毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十三章 失楽園

第480話 噴石

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 赤い塔は枝のような触手を生やし、その先端に丸い膨らみを作ると、亀裂を刻み、勢いよく振り回した。
 すると先端が千切れ、大岩状となった『珊瑚』が、大岩状となった『珊瑚』の塊が、雨あられと人工島アバトンに降り注ぐ。
 それはまるで、隕石のようだった。

 ドゴォッ!
 ネグラの食堂。その屋根が突き破られ、砕けた破片と共に『珊瑚』の塊が落ちてくる。
 墜落地点にあった椅子や長椅子はひしゃげ、まるで丸められた紙のように潰れていった。

「なっ、何だこれは!?」
「『珊瑚』の、ようね。見た事がないタイプだけれど」

 平穏な一時を壊しにかかった異物を前に、驚愕を隠せないパラチオンに、冷静に分析をしようとする水銀。
 彼らの後ろでは、アトロピンを庇うように抱いたテルルが、怯えた目で様子を窺っていた。不幸中の幸いだったのは、半端な時間帯だった故に食堂にはここの4人しかおらず、人的被害が出なかった事か。

「……これ、菌床を作っているわね」

 じわじわと、『珊瑚』によって陥没した床から血管のように広がっていく菌糸を見て、水銀は眉を潜める。

「テルル、アトロピンと外に出なさい。パラチオン、貴方も」
「俺様もか!?」
「外がどうなっているかわからないわ。非戦闘員の2人だけじゃ不安でしょう? 護衛に自信がないなら、別に従わなくていいのだけれど」
「何だと! それぐらい俺様にもできる!」

 水銀の安易な挑発にパラチオンは声を荒げつつ、

「……一人で、大丈夫なんだろうな?」

 水銀の身を、案じた。

「当たり前じゃない」

 それに対し水銀は勝気な笑みを浮かべ、頭に被っていた小柄なシルクハットを手にすると、帽子の中へと片手を入れ、まるで手品をするかのように、液体金属で形成された銀色の細剣を引き抜く。

「ボクは最強なのよ?」

 そのまま水銀は光を反射する刃を振るい、誇り高く笑った。

「……。任せたぞ」

 それを聞いたパラチオンはもう迷う事なく、アトロピンを抱くテルルと共に食堂から退避をする。
 一人残った水銀は、カツカツとハイヒールを鳴らしながら『珊瑚』の塊へと近付き、細剣を、一直線に突き刺した。
 ドスッ
 組織を腐食させながら、細剣はすんなりと『珊瑚』へ刺さる。がしかし、手応えはない。刺した箇所以外が赤黒く変色する事もなく、毒が回った気配もしない。

(死滅しない?)

 水銀が怪訝に思っていると、
 かたり
 『珊瑚』の塊が揺れた。動いている。生きている。細剣を刺してなお、未だ菌床を広げ続け、空気中に胞子を飛ばしているのだから、当たり前ではあるのだが。
 次いで少しの間を置き、ばかりと、『珊瑚』は、正確にはその外郭が、左右に開いた。胡桃の殻が、自然と割れるかのように。
 どうやら細剣が刺さったのは外郭のみで、中の本体には届いていなかったらしい。

「……ア、アァ」

 外郭の『珊瑚』から生える無数の蔦状菌糸と全身が繋がっている、虚な目をした人型の……〈根〉。
 感染者。
 しかし水銀が今まで相まみえた感染者とは、まるで違う。殻の中の感染者の顔は、深酒で泥酔しているような、薬物でトリップしているかのような、異様な雰囲気を纏っていたのだから。

「ア、ァ、ア……。アァアアア……」

 唇の端から涎を垂らし、濁った声を漏らし続ける感染者。その音に意味はない。ただの唸り声。
 だが敵意は、確かにある。
 ぐにゃり
 突然だった。足元の菌床が脈打ち、割れた殻から肉腫のような隆起がせり出す。
 一瞬にして“角”のような突起を形成し、その先端が、水銀へと向けられる。

「……!」

 水銀は即座に床を蹴り、ハイヒールの踵が床を跳ね、舞うように後方へ跳び、攻撃範囲から脱した。
 ただし視線は逸らさない。彼は銀の細剣を逆手に構えたまま、動きを窺った。
 その時、不意に、

「アァ、ア……アレキ、……サン、ド、ライト」

 不意に、意味のある言葉を発した。
 低く湿った声で、縋るように――歯の欠けた口が、宝石の名を紡ぐ。
 その声は徐々に大きくなり、やがて狂ったように、

「アレキサンドライト、アレキサンドライト、アレキサンドライト……」

 絶叫した。

「どコだァ、アァァアアッ!!」

 瞬間、菌床が爆ぜる。
 波紋のように四方へと広がる菌床侵蝕。同時に角状の菌糸が一斉に突き出し、空間を串刺しにする。
 ズガッ! ガギャッ! メキメキッ!
 床に突き刺さり、天井を打ち破り、柱を砕き、壁を裂く。
 椅子も、長机も、台所も、冷蔵庫も、食器棚も、ドリンクサーバーも、次々と餌食になった。
 ピシャアッ!
 次いで水道管が裂け、水が噴き出し、飛沫が壁と床を濡らす。電灯が悲鳴のようにパリンと弾け、破片がシャワーのように降る。天井が軋み、崩れる。
 光も、音も、構造物も――全てが壊されていく。
 照明器具ごと落下してくる瓦礫に、水銀は跳ねるように回避しながら、迫り来る菌糸の矛先を細剣で迎撃した。
 死角から襲って来ようとも、足元から襲って来ようとも、音や風の流れ、気配を読み取り、無駄なく的確に切り刻んでいく。

「これ以上、ここを壊さないで頂戴な」

 そうして攻め手を防ぎ切った後、水銀は冷ややかな目で、感染者を睥睨する。
 しかしそこにあるのは怒りや悲しみではない。後悔だ。
 イレギュラーな事態と相手に様子見などせず、疾く処分すればよかったという、自身の過失に対する、後悔。
 水銀は口元に左手を添え、火を吹き消すかのように、ふーっと長い吐息を吐いた。
 すると銀髪の銀色の霧が吐き出され、徐々に、しかし着実に、食堂に満ちていく。

「ア、アァアアア!?」

 銀色に包まれていく程に、殻の中の感染者は錯乱した。
 水銀の毒霧を正面から浴びているのだ、当然の反応である。
 痙攣。頭痛。呼吸困難。神経にも作用するその毒性は、幾ら身体を『珊瑚』へ置換したとして、脳を《核》とする感染者にとっても苦しいものだろう。
 しかし換気は期待できない。何せ感染者自身が食堂を菌床で覆い尽くし、密閉空間へ変えてしまったのだから。
 水銀が息を吐く度に、菌床は赤黒く変色していき、蔦で繋がる感染者も悶絶し、弱っていく。
 ――命の灯火が潰えるまで、さほど時間は掛からなかった。

 コツ、コツ、コツ。
 ハイヒールを鳴らし、水銀は沈黙した感染者へ歩み寄る。身体中から生えた蔦状菌糸に吊られたその個体は、もはや抵抗の意思もなく、白目を剥いたまま不自然な体勢で硬直している。
 ドスッ
 水銀は無言のまま、細剣をその額へ突き立てた。
 刃が深く刺さったその瞬間から、殻ごと赤黒く変色していき、やがて灰となって崩れ落ちる。
 塵の山だけを残し、感染者は静かに消えた。
 それを見届けてから、水銀は踵を返し、食堂の出入り口へと向かう。
 しかしガラス扉は、絡みついた菌糸でびくともしない。
 彼は一言も発することなく、細剣を持ち替え……少し逡巡した後に、ガラスを四角く切り抜いた。ぱらぱらと砕け落ちる破片の音と共に、外気が流れ込む。
 そうして足を踏み出した外は、目を背けたくなるような光景と化していた。

(……何体、落ちてきたのかしら)

 『珊瑚』の塊が各所に落下し、地面は裂け、真っ赤な菌糸があちこちに張り巡らされている。空気は淀み、真っ赤な胞子が火の粉のように浮遊している。
 まるで火山噴火後のような、惨状。

「片端から、壊すしかないわね」

 先程は屋内だった故に、毒霧を効かせる事ができたものの、外となると同じ手段は使えない。毒霧が分散するだけでなく、毒素の弱いウミヘビを巻き込む危険性もあるからだ。
 ならば取る手段は一つ。
 水銀は細剣を握り直し、ハイヒールの踵から液体金属を形成し――自身の背後に、ゴーレムを形成したのだった。
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