毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十三章 失楽園

第483話 ラボ最深部

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 それはカールとシアンが、共同研究室を飛び出た直後。
 バカッ!
 大きな音を立て、エレベーターの扉が内側から破壊された。次いでひしゃげた扉の隙間を縫って、ひらぺったい何かが飛び出して来る。

「へぶっ!?」

 それは目にも止まらぬ速さで直進し、カールの顔面にへばり付いた。
 視界が真っ黒に塗り潰される。

「先生!?」

 へばり付いたそれは、シアンの慌てた声と共に間もなく剥がされた。
 視界を遮る物を取り除かれ、カールはようやく自身に飛び込んできた物の正体を知る。
 オキクラゲ型アイギス。
 徐福を宿主とするアイギスである。しかし徐福本人の姿はない。代わりと言うべきか、アイギスの短い触手にA4サイズの紙を持たされているが。
 それには、徐福の筆跡でこう書かれていた。

『ヒドラジンを天文台に』

 走り書きの文字で、端的に。けれど伝えたい事は、的確にわかる。

「りょーかいりょーかい! ヒドラジンちゃんを天文台にねぇ~っ! 確か今、港にいる筈だよねヒドラジンちゃん!」
「待ってくれへん、先生! どないして天文台に行くんですか! あないな不気味なのが外におるのに、先生を投げんのは反対です!」
「シアン、俺ちゃんを投擲ショートカットしようと思った? 要らない、要らない。それでもいいけど、流石に天文台までには行けないしね~」

 ここで言うシアンの投擲とは、対象者を空高く放り投げる事により、上層階へ運ぶ運搬方法である。
 階段やエレベーターの使用よりも早く移動が出来るものの、安全性に欠ける。海に聳え立つ赤い塔が、大岩状の『珊瑚』を投げ付けている時に使用するのは得策ではないだろう。

「移動方法なら今、副所長が見せてくれたっしょ~? エレベーター使うのよん」
「たった今壊されましたが?」
「アイギスよ、ア・イ・ギ・ス」

 ずるり
 カールの背中から這い出るように、ユウレイクラゲ型アイギスが姿を現す。それは徐々に肥大化していき、廊下の横幅いっぱいになるまで体積を増やした。

「アイギスは軽いから高所だと風に負けて吹き飛んじゃうけどぉ、壁に囲まれた所なら平気っしょ~? だから、アイギスをエレベーターの箱代わりにして移動するのよん」

 『珊瑚』の影響で電子機器の使用が不可能となっている今、エレベーターの使用も不可能。よって徐福はさっさと移動手段をアイギスへ移行し、エレベーターの扉を破壊しその中を通過していたと推測できる。
 そしてその途中、カールへ向け手紙という形で指示を出してきた。副所長を任されているだけあり、判断も行動も早い人である。

「成る程……。せやけど通りがかったんなら、手紙じゃなく口頭で伝えても……。そっちの方が齟齬もないでしょうに」
「それだけ急いでいたってコ・ト・よっ! 俺ちゃんも急がなくっちゃだ!」

 そこでカールはアイギスに廊下の窓を開けさせ、その巨体を外へ出させる。
 そして空中にアイギスの傘という足場を作った所で、カールは飛び移った。

「シアンは製作所に抽射器取りに行って~! 俺ちゃんはヒドラジンちゃんのお迎え行ってるから!」
「先生、一人で大丈夫です!?」
「手分けした方が効率いいっしょ! シアン、丸腰だと危なっかしいし!」

 シアンは宿している毒素が強い。その強さに比例し、辺りを巻き込む危険性が高くなってしまう。
 の安全性をなるべく保つには、毒素を標的以外注がない抽射器の使用が不可欠であった。

「……っ! 直ぐ取ってくるんで、絶対に無茶したらあきまへんで!?」
「りょーかいりょーかい! 俺ちゃんもパパッと行って来ちゃうよ~ん!」

 そうしてシアンは上層の5階へ、カールは地上の港へ向かう為に別れた。

 ◇

 エレベーター内部の昇降路を、オビクラゲ型アイギスに乗った徐福は猛スピードへ降って行っていた。

【あぁ全く! アタシが抜けた以上、いつか来るとは予想していたが……!】

 徐福がペガサス教団へ潜入していた頃、信徒がラボの認識阻害装置を破らないよう常に見張り、阻んできた。
 脱退すれば邪魔立てする者がいなくなり、いつから居場所を突き詰められる日が来る事など、容易に予想ができる。
 その日が今日。学会当日の11月1日だったというだけの話だ。

【人手が減る今日この日を狙い撃ったか! それも大層な『』を引き連れて!!】

 今日は今朝から自分専用の個別研究室に居た彼だが、人工島アバトンへ侵入者がやってくる直前、自身に寄生するアイギスが電気信号の乱れを察知し徐福へ伝達した。それによって徐福は誰よりも早く異常事態を知り、クスシ達への指示を手元にあった紙へ書き示し、研究室を飛び出した。
 昇降路を降る途中、フルグライトのいる階層とカールのいる階層に、指示書を持たせたアイギスを投げ付けた。
 ちなみにその際、各階のエレベーターの扉を破壊したが、昇降路へ入った時点でも破壊しているので今更の話である。

【しかし、しかしだ! 島の認識阻害装置を破った程度で、思い通りに行くと思うなよ!?】

 母国語中国語で怒声を発しながらも、地上階まで辿り着いた徐福。そこにはエレベーターのカゴがある。
 しかし電波妨害によって動かないそれはもはや障害物でしかない為、徐福は首筋からアイギスを新たに分離すると、カゴをエントランスへ強引に、力尽くで弾き出した。
 エレベーター扉がひん曲がる音と、重量のあるカゴが叩き付けられる音を聞きながら、徐福は更に降下を続ける。
 向かう先は、地下。以前、臨床試験に使われた手術室がある階層よりも更に深い、オフィウクス・ラボの最深部。
 ものの数分でそこへ辿り着いた徐福は、アイギスから飛び降り、へと着地をする。

【渦巻け、アイギス!!】

 そして更にアイギスを分離し、増殖させ、100にも及ぶ数まで増やすと、その階層の床を覆うへ張り付けた。
 そのガラス板の先にあるのは――コフィン
 オフィウクス・ラボが受け入れてきた、珊瑚症の罹患者。ステージ4に至った者達。
 1500万人にも及ぶ、コールドスリープ患者が眠る冷安室。
 境界線のように敷き詰められたガラス板は、『珊瑚』の侵蝕を阻む特殊ガラスで出来ている。ラボの上層階が菌床に侵されても、菌糸が最深部へ届く事はない。
 だが、例え菌糸自体が届かなくとも、菌糸による電波妨害によってコールドスリープ処置が解かれてしまった場合――1500万人もの感染者が、解き放たれてしまう危険がある。

【手駒も補給もくれてやるものか! これでお前は行尸走肉こうしそうにく! いいや、いいや! その場から動く事さえできぬ木偶の坊!!】

 しかし徐福は間に合った。
 地下への距離が近かった、3階層で蔓延った菌床を“誰か”が食い止めてくれたお陰で、菌糸が届く前に、コールドスリープ処置を施す為の電気設備がある最深部へ来れたのだ。
 そして電気信号を操れるアイギスを放った事により、電波妨害を排除できる。
 コールドスリープ患者の目覚めは訪れない。

【教団本部襲撃の意趣返しのつもりか知らないが、こちらの縄張りに来たんだ! この場で葬ってやろうじゃないか!】

 手はある。が来る事を見越した対処は、とうの昔に考え付いている。
 後はカールとフルグライトが徐福の指示通りに動けば、実行できる。

【アタシはその為に、布石を打ってきたのだから!!】
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