毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十三章 失楽園

第484話 ペガサス

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 ◇

「“弾”が、当たらなくなってしまったね」

 暗闇の中でそう呟いたのは、赤い稲妻状の刻印を頬に付けられた、フルグライトであった。
 そこは人工島アバトンの前に現れた、赤い塔。その内部に作られたの中。
 赤い塔の持つ単眼の視界を共有しているフルグライトは、オフィウクス・ラボの本拠地、白い塔を狙った“弾”――中に感染者を入れた大岩状の『珊瑚』が空振りする様を見て、悲しげに眉を下げる。

「どうしてだろう。徐福が何か、仕掛けを起動させたのかな? あの男ならば、やりかねない」

 ヨーロッパ付近の大西洋中を探り、伸ばした菌糸によって電気信号を放ち、人工島アバトンを秘匿していた認識阻害装置を破った所まではいいものの、その先が上手くいっていない。

「養分がたんまりとある、地下へ菌糸を伸ばすのは失敗してしまったようだ」

 フルグライトが真っ先に狙ったのは、オフィウクス・ラボの地下への侵蝕。1500万人の感染者が眠る場所。
 地下へ比較的近い3階へ『珊瑚』を送り届ける事には成功したが、それはウミヘビの誰かの手により直ぐに死滅。端から一発で成し遂げられる、などという楽観的な思考は持っていなかったものの、それ以降の弾は全て外れてしまい、ネグラや浜辺に落ちるか、そもそも島に届く前に失速してしまう。

「ならば後は弾が尽きるまで、撃つしかないか。アレキサンドライトの探索と共に、少しでもウミヘビの消耗を……」
「フル、フルグライトさま……」

 ぶつぶつと考え込むフルグライトの言葉を遮るように、弱々しい声が足元から響く。
 それは赤い塔の内部に、苦しげな顔だけをの側面から覗かせるペガサス教団の信徒、御使いステージ6の声であった。

「何だい? 発言を許可した覚えはないのだけれど」
「御使い達をあの不浄の地へ送るのは、もうお止めください。帰り道を用意せず、使い捨てのように殉教させるだなんて、あまりにもむごいではないですか」
「教祖様を見捨てて逃げた程度の信仰心でよく言う」

 冷たい声で、フルグライトは言った。

「理想的な殉教を求めるのなら、教祖様の盾となって果てればよかったというのに。君達は逃げたじゃないか。背中を見せて。地を這って」

 赤い塔の内部に埋め込まれ、弾へ込められ投げ捨てられているのは、ペガサス教団本部がウミヘビの襲撃に合った時、我先にと逃げ出した者達である。
 フルグライトはその場に居なかったものの、実際に襲撃を受けたショールから話は聞いている。逃走した者達の記憶の照会もした。言い逃れはできない。
 それでも、足元の御使いは声を震わせながら救いを求めた。

「不老不死を誰よりも強く追い求める貴方様なら、我々が抱いた、死の恐怖もご理解頂けるのでは……!?」
「その不老不死を得る為に不可欠な教祖様を振り払ってしまっては、死から逃れる事を諦めたも同然だろうに」

 何を都合のいい事言うんだ、とフルグライトは呆れた声で返す。

「不老不死へ至る道が険しい事ぐらい、知っているだろう? 口を開けて待っていれば訪れるものではない。だから私は一生懸命、己を磨いているよ? 教祖様をお守りできるようにね。それが自分の身を守る事にも繋がるのだし。けれど君達は易きに流れ、思考も努力も放棄した」

 御使い達は教祖と《珊瑚サマ》を拝むばかりで、自分磨きには消極的だ。その意識の低さをフルグライトは以前から問題視していたが、襲撃を受けた時に浮き彫りとなってしまった。

「御使いになった所でこれでは……。使えない脳みそだ」

 求めるばかりで何もしない者など、腫瘍と同じ。
 どうせならば、この機に切り離してしまえばいい。フルグライトはそう結論付けた。
 教祖コーラルも、それに同意してくれた。

「最期ぐらい、役に立っておくれ」

 フルグライトは靴底で足元の御使いの頭を踏み付け、の底へ沈むよう体重をかける。
 その先にあるのは、弾となって島へ打ち捨てられる未来だ。御使いは血相を変えて叫んだ。

「ま、待って! 待ってくださいフルグライトさま! わ、わ、わたくしまで、送るつもりで……!?」
「その為に呼んだのに、どうして戸惑っているのかな?」
「そんな! 聞いてない! わたくしは、聞いて……っ!」
「聞き分けの悪い子の口は、さっさと塞いでしまおうか」

 足により体重がかけられる。御使いの口がの中へ沈み込んだ。

「そもそもだ。君達はどうして教団がペガサスの名を冠しているのか、知っているのかい?」

 静かになった所で、フルグライトは足元だけでなく、だけでなく、赤い塔を形成するのに使御使い達全体へ語りかける。

「ペガサスの仕事は運び屋だ。ギリシャ神話の最高神、ゼウスの持つ雷霆を運ぶ役目を負っている。私達の役目も同じ」

 うっそりと、恍惚とした表情で、

「神の元へ運ぶんだ。神具となる、宝石を」

 己が使命を口にした。
 足元の御使いがの底へ完全に沈んだ所で、フルグライトは真紅の単眼と神経を接続し、島をじっくりと見渡す。
 この赤い塔は《珊瑚サマ》を模した幼体。鯨を始めとする海洋生物と、数多の御使いを贄として産んだ
 そして《珊瑚サマ》に近しい“彼”ならば、赤子越しに声を聞く事が出来るだろうと踏み、フルグライトは語りかけた。

「アレキサンドライト、出ておいで。そしたらもう御使いを送るのは止めるよ。共に理想郷へ行こう。そこには病の恐怖も、死の恐怖も、老いの恐怖もない。君の探す幼馴染も事が……アレキサンドライト?」

 だがアレキサンドライト……モーズからの返事はない。微かな反応さえ感じられない。
 単に聞こえていないのか、電気信号が阻害された場所に隠れているのか、意識がないのか。まさかとは思うが、亡くなっているのか。
 フルグライトはすかさず送り込んだ弾が放つ電気信号を受信し、内部の様子を探りにかかる。

(……断片的に送られてくる情報からして、ここには居ない?)

 それによって導き出した結論は、『人工島アバトンにモーズはいない』というものだった。
 単に姿が見えないだけではない。港へ菌糸を伸ばし足取りを探ってみたところ、真新しい足跡が残っている事を知った。それは車庫付近で途切れている。
 彼はアバトンに居ないのだ。
 しかしモーズは学会の会場となっている、ベルリンにも居ない。その情報は今、ベルリンのドイツ感染病棟に蔓延る菌床が伝えてくれている。

(アバトンにもベルリンにも居ないだなんて、一体どこに……。それも、私達の目を掻い潜って)

 モーズが空陸両用車で移動をしたのならば、どこかで必ず人目につく筈である。臨床試験成功以降、クスシの動向はペガサス教団は勿論、世間一般も非常に注目している。ラボの車が視界に入っただけでも、即座にSNSへ投稿される程に。そしてそれは巡り巡って、教団にも共有される。
 目撃情報が一切ないまま、人気がない場所へ赴くのは不可能の筈だ。
 酷く不可解だが、モーズがいない事は事実。彼を迎えるという目的は空振りになってしまった。

「あれもこれも、上手くいかないなァ」

 煩わしそうに、フルグライトが目を細める。連動して、真紅の単眼も揺れる。

「まぁ、嘆いていても仕方がない。他にも、やるべき事はあるのだから」
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