毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
502 / 600
第二十三章 失楽園

第485話 火かき棒

しおりを挟む
 18年前、西暦2302年。
 新年が明けて、間もなくの頃だ。雪が降り積もる中、カールは寒さも忘れ、自宅の広々とした庭で雪遊びに興じていた。
 その頃は前代未聞の感染爆発パンデミックを引き起こした珊瑚症が、ワクチンの開発と普及によって混乱が徐々に収まり、外出制限が緩和されてきた時期。好奇心旺盛なカールは「テレビの中のえらい人が、『ワクチン打った人は外に出ていい』って言っている」と両親に訴えたところ、「近場で一人遊びをするのなら」という許しを得る事に成功したのだ。
 と言ってもスウェーデンの冬は日が短く、おやつ時には暗くなってしまう。昼を食べた後の外出許可、それも庭の中となると、両親からすれば家の範囲内だという認識だっただろう。
 限られた時間、限られた場所。それでも幼いカールにとって、久しぶりに自由に過ごせる外は楽しく、夢中で雪だるまを作っていた。

 そうして、自分と同じくらいの背丈をした雪だるまを作り終えた時。ふと、カールはが降っている事に気が付いた。
 尤も直ぐに雪ではないと気付いた。赤い雪の正体は、『珊瑚』の胞子である。自分以外誰もいない庭の中、家の延長線で過ごしていた為に、その時カールはマスクを付けていなかった。
 胞子の発生源がどこかわからないが、これはいけないとカールは家の中へ駆け込んだ。
 だが、時既に遅かった。
 右目に、付着したのだ。『珊瑚』の胞子が。

 見えるのだ。右目にだけ。無数の触手を生やした塔のような、真紅の単眼を持つ、赤い何か。
 それが玄関の景色と重なって、天井よりも高い位置から見下ろしている。
 目が合った。否、目を付けられたと、カールは直感的に思った。
 “それ”はどう見ても幻覚だ。実体なんてない。理解していても、獲物を見るような単眼の目付きに、カールは背筋が凍る程の恐怖を覚え、床を這うようにして“それ”から逃げた。
 “それ”の近くにいたら、頭から食われる。大口を開けて、歯を立てて、生きたまま、咀嚼をされる。
 そんな光景ばかり、思い浮かんでしまう。
 けれど一向に距離が離れない。右目に張り付いている。根本から取り除かなければ、これは永遠に付き纏う。
 そう悟ったのならば、やるべき事は簡単で。

 ダイニングへ駆け込んだカールは自ら右目を抉り取り、暖炉の側に置いてあった火かき棒を手にし熱すると――感染抑止と止血を、同時に済ませた。
 そうして視神経まで焼いた右目は、機械式部品や人工人体のパーツを埋めようとも光を戻す事なく。
 カールは形だけの義眼を、嵌め込むようになったのだった。

 人間の感染者も動植物の感染源も付近にない中、『珊瑚』の胞子が何処から流れてきたのか。
 真相は、未だにわかっていない。

 ◆

(……今思えば、【原木】を持った人が近くに居たのかもねぇ)

 そんな事を考えながら、カールはユウレイクラゲ型アイギスの上から海を眺めた。
 真っ青な海からは、赤い塔が突き出ている。それは天に届かんばかりの高さで、真紅の単眼を持ち、島を見下ろしている。
 カールの記憶の焼き付いた赤い塔と、サイズは違えど瓜二つだ。
 ペガサス教団が崇拝する『珊瑚』を神格化した、《珊瑚サマ》に酷似している。と知ったのは、今年に入ってからの事だ。
 イギリスの菌床で対峙したショールが持っていた、聖像画イコンに描かれていた《珊瑚サマ》を見た時も気味悪く思ったが、実体を持つと更に君が悪く――
 恐ろしい。

(けど、幾ら非現実で不気味でも、『珊瑚』は生き物だ。《珊瑚サマ》もそれは同じ。死が存在する有機物。ならクスシの俺がすべき事は、処分だ)

 覚悟を改め、カールは急ぎ港へ移動をする。真紅の単眼を持つ赤い塔から最も近い港は、そこら中に蔓延る菌糸によって赤く染まり、目に痛い光景となっていた。
 未だ菌糸が届いていないのは、車庫の屋根ぐらいだ。そしてカールの探し人ヒドラジンは、その屋根の上に立ち港を見下ろしていた。

「ヒドラジンちゃん! 怪我なさそうだね、よかったよかった!」

 カールはヒドラジンの真上へと移動し、無事な姿にまず安堵をする。
 対するヒドラジンは変わり果てた港の有り様が不満なようで、不機嫌そうな顔をそのままカールへ向けてきた。

「カール。この状況、どういうワケ?」
「俺ちゃんもよくわかんないけどぉ、奇襲っぽい! そんでヒドラジンちゃんは天文台に呼ばれているんでぇ! 一緒に来て来て! 触手掴んで!」
「全く納得できないんだけど?」

 カールの説明不足っぷりに不服そうにしながらも、ヒドラジンは指示通りアイギスの触手を掴んだ。
 カールはヒドラジンがしっかりとアイギスの触手を掴み、アイギスもヒドラジンの腕や腰に触手を巻き付かせ、きちんと固定したのを確認した後にラボへ向け空中移動を再開する。
 その時、青洲とアコニチンがラボの前を横切るのが見えた。足を向けている先にあるのは、ネグラだ。そこは遠目からでもわかるほど『珊瑚』の被害が深刻で、カールも気になっていた所である。

「おっ、青洲先生がネグラ行ってくれるなら安心かな~っ! 俺ちゃんもヒドラジンちゃんを運び終わったら行こうって思ってたト・コ!」
「別に天文台へ行くだけなら俺一人でも……。心配なら、一緒に行けばいいと思うワケ」
「だぁめだぁめ! エレベーター壊れちゃっているからね~っ! 階段で行くにも時間かかってキツいっしょ~? だからアイギスで運ぶのっ!」
「壊れてる? ラボで何があ……」

 ――ヒュッ
 赤い塔から、『珊瑚』の弾が投げ捨てられる。それは港の上を通り過ぎ、カール達の元へ吸い込まれるように直進した。
 背後からの攻撃を察知したアイギスは、カールが反応するよりも早く弾を避け、右に大きく傘を揺らす。

「おおっと!?」

 アイギスは弾を綺麗にかわしてくれた。カールもすかさず傘の上で姿勢を低くし、傘から落ちないよう踏ん張った。弾は誰を巻き込む事もなく、砂浜へと落ち――
 クンッ
 状況を冷静に整理していたカールの身体が、大きく揺れた。
 弾の直撃はかわせた。掠ってさえいない。傘から落ちないよう、踏ん張りも効いている。だが次の瞬間には、カールは宙に飛んでいた。

「……っ!」

 違う。引っ張られたのだ。『珊瑚』の弾から伸びた、菌糸の触手の手によって。
 目を凝らしてみなければ見えない程の、糸状の触手。それがカールの右腕を絡み取っている。恐らく弾が横切った時に巻き付けられたのだ。

(これ、わざと右側狙ってきた……!?)

 カールの右目は義眼で、右側の視界は欠けている。左目の視界でさえ、フェイスマスクで狭まっているのだ、気付くのが遅れてしまった。
 狙ってやったとしたのならば、随分と狡猾である。

「カール!」

 宙に飛ばされたカールの姿を見たのだろう、青洲の焦る声が聞こえた。しかしこのまま砂浜に叩き付けられたとしても、高さ的に打ち身で済む。落下はさした問題ではない。
 問題は、弾の落下スピードに合わせ、急激な勢いでアイギスから離されている事だ。

(――不味い)

 カールのマスクの下、頬の上で、冷や汗が伝う。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

暁天一縷 To keep calling your name.

真道 乃ベイ
ファンタジー
   命日の夏に、私たちは出会った。  妖魔・怨霊の大災害「災禍」を引き起す日本国。  政府は霊力を生業とする者を集め陰陽寮を設立するが、事態は混沌を極め大戦の時代を迎える。  災禍に傷付き、息絶える者は止まない絶望の最中。  ひとりの陰陽師が、永きに渡る大戦を終結させた。  名を、斉天大聖。  非業の死を成し遂げた聖人として扱われ、日本国は復興の兆しを歩んでいく。  それから、12年の歳月が過ぎ。  人々の平和と妖魔たちの非日常。  互いの世界が干渉しないよう、境界に線を入れる青年がいた。  職業、結界整備師。  名は、桜下。    過去の聖人に関心を持てず、今日も仕事をこなす多忙な日々を送る。  そんな、とある猛暑の日。  斉天大聖の命日である斉天祭で、彼らは巡り会う。  青い目の検非違使と、緋色の髪の舞師。  そして黒瑪瑙の陰陽師。  彼らの運命が交差し、明けない夜空に一縷の光を灯す。 ※毎月16日更新中

東京の空の下 ~当節猫又余話~

月夜野 すみれ
ファンタジー
高校二年の大森孝司が目覚めると隣に男が寝ていた。まさか男と初体験してしまったのでは!?と動揺していると、男は目の前で猫になった。 猫が男の姿に化けていたのだ。 猫が化猫だと訴えても家族に信じてもらえないまま学校へ行くと幼馴染みの内藤秀介から彼女が出来たと告げられる。 彼女を紹介してもらうために中央公園に向かうと桜の木の上で化物が人を喰っていた。 そして孝司達も化物に捕まり喰われそうになったところを秀介の彼女に助けられる。 秀介の彼女、武蔵野綾は孝司と同い年くらいに見えた。 だが綾は10年前に失踪した孝司の祖母だと告げられる。 化猫は家に住み着いてしまい、家族がいつ食い殺されるかと気が気ではない。 そして秀介の彼女・武蔵野綾は自分の祖母だと言っているが事実なのだろうか? カクヨム、小説家になろう、noteにも同じものを投稿しています。 カクヨム、noteは1章1話、小説家になろうはここと同じく細切れ版です。

処理中です...