毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十三章 失楽園

第491話 熱光線

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「……よくも」

 ガンッ!
 フリードリヒの足が『大筒』を踏み付け、甲高い金属音が天文台の床に響いた。
 ここはオフィウクス・ラボ最上階、天文台の縁。
 本来は厚いガラスの壁に囲まれた場所だが、今はその防壁が失われ、海風が遮るものなく吹き抜けている。

「よくもよくもよくも、好き勝手やってくれたな……!」

 潮と鉄の匂いを含む風に髪を靡かせながら、フリードリヒは海の彼方を睨み付ける。
 人工島アバトンを蹂躙した赤い塔。その中央に輝く真紅の瞳へ、凝縮した憎悪を突き刺すように。

「あら、あら、あら。せっかちさん、ね」

 背後から、柔らかな声が風に乗って届いた。
 モルヒネだ。彼は天文台中央に設置されているボックスソファに腰を下ろし、吹き抜ける風を気怠げに楽しんでいる。

「ヒドラジンは、まだ、よ?」
「これ以上、待っていられるものか! あの真菌カビめが、塵にしてやる!!」

 ガンッ!
 再び大筒を踏み付ける。
 その大筒の正体は、白く巨大な、大砲であった。天文台の床下、その一部が開かれ、競り上がったそれは、重々しい質量感を漂わせながら、白い塔から身を乗り出し赤い塔の方向へと砲口を向けている
 だが放たれるのは砲弾ではない。
 空をも焦がす灼熱の熱光線――そして、大気を汚し、海も大地も瞬く間に不毛へと変える猛毒。
 フリードリヒの怒りに呼応するように、砲身が低く唸りを上げながら動き出す。先端には白熱する光が渦を巻き、二発目の一撃が放たれた。

 ――カッ!

 空間を灼き裂くひかりの束が、放射線を描きながら赤い塔へ突き進む。狙いを違えることなく胴を貫通し、噴き上がる『珊瑚』の欠片が海へと降りそそいだ。
 尤もフリードリヒの真の狙いはただ一つ。赤い塔の中央に開かれた、真紅の瞳。
 僅かに逸れた着弾に、ギリ、と奥歯を噛み締めた。

「チッ! 精度の悪い粗悪品め! 緊急事態でなければ叩き壊している所だが、致し方ない!」

 大砲が放つ熱光線に何故、毒素が含まれているのか。
 原理はウミヘビの扱う『抽射器』と同じだ。銃を扱うウミヘビは、己の毒素を発光体へ変換し、銃口から発砲する。そして撃ち抜いた標的を破壊すると同時に、毒素を注ぐのだ。
 この抽射器を更に凶悪に、そして人間の手で扱えるようにしたのが、フリードリヒの扱っているこの大砲である。

 操作方法は脳波。アイギスへ指示を出す時と同じ、電気信号。装填される毒素は植物園で10年かけて採取・精製された毒草の精髄。
 ウミヘビの手を借りず、己の手で憎き『珊瑚』を葬り去る為だけに生み出された殺戮兵器。フリードリヒの成果物。
 しかしそれは未だ研究途中の代物であり、照準の補正も不十分で、長距離精密射撃には人間の反射だけでは限界がある。だからこそ、県を跨ぐレベルの超長距離射撃をもこなすヒドラジンの助力を求めていた。
 弾も限りがある。慎重に、着実に、撃たなければならない。
 しかし赤い塔が直接、触手を伸ばしてきた辺りで――フリードリヒの堪忍袋の尾が、切れた。

「ウミヘビの楽園を踏み躙る不届き者めが! 殺してやる! 細胞の一片も残さず、海の藻屑となれ……!」

 ◇

「んっふふ。困ったものだね」

 赤い塔のの中で、フルグライトはちっとも困っていない声を出しながら、赤い稲妻が走る頬をかいていた。

「君はまだ【赤子】だからね。怖いのだろう? ウミヘビへ直接、手を下すのが。人間とて、毒虫を素手で潰すのはおっかなびっくりするものだ。虫に嫌悪感を抱いているのなら、もっと出来ないだろうね」

 暗にウミヘビを虫ケラ扱いしながらも、フルグライトは手の平での側面をさすり、宥めるように言葉をかける。

「でもね、ここで潰して置いた方が後が楽だよ? 後回しにした所で、いずれ駆除しなくてはいけないのだから」

 そう伝えても【赤子】の動きは消極的で、触手はウミヘビを狙うのではなく、招き入れたいカールへばかり伸ばされる。
 その都度、ウミヘビに迎撃され、消耗するばかりであった。
 そうして怖々と動いている内に、白い塔から熱光線が放たれ、【赤子】の胴体が焼き裂かれる。
 焦げた匂いがに流れ込み、【赤子】は癇癪を起こす。
 触手は無秩序に暴れ回り、もはやフルグライトの言葉を聞く様子もない。

「……。使えない子だなァ」

 冷ややかな声が、に満ちた。
 落胆と軽蔑をないまぜにした、温度のない声。

「アレキサンドライトは、ここには居ない。それにどうも、セレンも居ないようだね。原石カールも回収が難しいそうだ。……“弾”も尽き、君の成長も望めない……となれば、もう、

 フルグライトがそう淡々と告げれば、の内壁が脈打つ。
 【赤子】はフルグライトを吐き出そうとし、逆に取り込もうとし、押し潰そうとする。だが、どれも叶わない。
 主導権は常に、フルグライトにあった。

「嫌なのかい? どうして? 今まで散々、切り離して来ただろう? ……あぁ、そうか。“剪定”という言葉を知っているかい? 駄目な枝を切り取り、新芽を育てやすくする方法だよ。次の子の為に……。君も、切り離してしまおう」

 赤い塔の根元に、ビキリと音が走った。
 蜘蛛の巣のような亀裂がじわじわと広がり、塔全体が不吉に軋む。
 ぽっきりと折れれば、その質量は暴力そのものとしてアバトンへ降り注ぐだろう。

「勿体ないね。本当に、勿体ない。でもこれも――不老不死の為だ」

 天を突くほど巨大な赤い塔。《珊瑚サマ》の赤子。
 この規模を用意するには、相応の贄が必要で、次を成すにはさらに多くの贄を求められる。
 それでも、見込みのない赤子を養うよりは切る方が得だ――フルグライトはそう決断していた。

 亀裂が深まり、塔の胴が傾き始める。
 異様な変化に気付いた虫ケラたちが、真紅の瞳の向こうで慌ただしく動き回る。
 天文台から放たれた光の束が再び胴を貫く――だが、枯らすには至らない。
 倒壊は、止まらない。

 フルグライトは穏やかな笑みを浮かべ、赤い塔がアバトンへ沈む瞬間を待った。
 その時、

『諸君』

 頭に響く、聴きたくなかった声。

『ただいま。長らく、待たせてしまったね』

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