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第二十三章 失楽園
第496話 置いてけぼり
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「お、ガラス割れてんのか。そいつぁ僥倖」
廊下に飛び散ったガラス片と、その上に堂々と立つモノの姿を見て、ニコチンは不敵に笑った。
状況の異常さに怯むどころか、歓迎の素振りさえ感じさせる。
「この事態は貴方の仕業ですか? 仕業ですか?」
そんなニコチンへ、鋭い視線を投げたのはシアナミドだ。
赤い塔の災害に加え、【檻】の機能不全――不測の事態が続くなか、それを当然と捉えているように見えるニコチンの態度は、疑念を抱かせるに十分である。
「外の災害も、【檻】の機能不全も……」
「俺にンな便利な力ねぇよ。信じるかどうかは勝手だが」
肩をすくめ否定をするニコチン。
しかし彼の視線はシアナミドではなく、モノにのみ向けられている。
「おい、モノ。島の外に出てぇか?」
「やっぱ脱獄すんのか! そりゃあもう出てぇよ俺は! ここつまんねぇからな!」
「なら俺に従ってくれ。そしたら、出してやるよ」
モノの声には抑えきれない歓喜がにじむ。
その声を聞いたタリウムは、血の気が引いたように目を見開いた。
「先輩……!? 何を考えているんスか!」
「『契約』」
吐き捨てるような一言。
「『珊瑚』に関わる有事の際、国連に使役させられる。っつうやつ。タリウム、お前も結ばされてんだろ。モノもな。その契約が今、行使されたってだけだ」
そのままニコチンは、感情の熱を削ぎ落とした、硬質な響きで説明をする。
それを聞いたタリウムは眉をひそめた。
「……それ、正式なやつっスか?」
問い詰める声音には、苛立ちと不安が混じっている。
「俺は何も聞かされていないし、ここへの道中でも先輩も説明してくれなかった。ちゃんとしたヤツなら、最初っから言えばよかったじゃないスか。なのに何でこんな、強引に……!」
「知らねぇよ。お上の考える事なんざ」
しかしニコチンは突き放すような物言いをするばかりで、まともに答えない。
「やめなさい。やめなさい。このような越権行為、クスシが承知しているとはとても思えません。規律を乱す者を、僕は許しませんよ」
「クスシじゃねぇ、国連の契約だ。ラボの規律やら規則やら関係ねぇ。命じられたら従う。それだけだろ」
話しながら、ニコチンは白衣の裾へ手を潜らせる。取り出されたのは、銃型の抽射器だ。
災害が起きる前から、彼は獲物を忍ばせていたのだ。
次いでニコチンは迷いのない仕草で、銃口をシアナミドへ向ける。
「邪魔するんなら撃つぞ」
張り詰めた空気が、ひりひりと肌を刺す。
廊下に散らばったガラス片までもが、緊迫に合わせて微かに震えているようだった。
「……僕を出血させるつもりですか? ニコチン。よしなさい、よしなさい」
シアナミドはまるで射線を意に介さず、平板な声で応じた。
怯みの欠片もない。
「へっ。今頃、命乞いか?」
「貴方、先ほど飲酒をしたでしょう?」
その指摘に、ニコチンの目が細くなる。
それを見たシアナミドはタリウムの腕を掴んでいた手を離すと、一歩踏み出し、淡々と宣告した。
「僕の毒素を浴びたが最後……。酩酊します。酩酊します。第一課だろうと、関係ありません。『アセトアルデヒド』を取り込んでいる者はすべからく、効果を発揮するのですから」
そう言うや否や、彼は自らの首筋へと指先を這わせた。あと一押しで、爪が肌を裂く。
同じくアセトアルデヒドを取り込んだタリウムがいる前での使用は避けたかったのだが、手段を選んでいる場合ではないとの判断だ。
ニコチンが引き金を引くのが先か、シアナミドが自傷を遂げるのが先か。時間が凍り付いたかのような沈黙が落ちた。
「おぉい。なに牽制しあってんだよ」
その均衡を、重く割り砕いたのはモノの声だった。
「邪魔なら、千切っちまえばいいよなぁ? なぁ、なぁ、なぁ!」
次いで声に合わせて振り上げられる、獣じみた拳。
狙いは――シアナミドの頭蓋だ。
ゴキンッ!
骨の砕ける鈍い音が、廊下の闇に響き渡る。
「ぐあ……っ!」
呻き声と共に膝を床につけたのは、タリウムであった。
咄嗟にシアナミドを突き飛ばし、その右腕でモノの拳を受け止めて、無惨に、折られたのだ。
「タリウム!」
「よそ見すんなよ」
ゴッ
鈍い衝撃音。
シアナミドの身体が弾かれるように床に叩き付けられた。そのまま銃の底で頭を打ち据えられ、瞳から光が消える。抵抗の暇もなく、彼は意識を手放した。
「シア、ナミド……」
タリウムは痛みに顔を歪めながら、折れた右腕を掴み、ぐっと力を込める。骨を正しい位置に戻すためだ。やがて再生能力が働き、砕けた骨は再び形を成すだろう。
だが安堵する間もなく、今度はモノの巨腕が彼の首を片手で鷲掴みにした。
「が……っ!」
次の瞬間、壁へと叩き付けられる。
石壁が大きく凹み、背骨にまで響く衝撃が走る。黒いマスクに青い血がじわりと滲んだ。
「モノ、何してんだ」
ニコチンの声が低く飛ぶ。
「だってよぉ! 邪魔しただろ、こいつ! そんで邪魔な奴は片すんだろ!?」
「違ぇよ。いいからちょっと待ってろ、すぐ終わる」
モノをタリウムから引き離し、ニコチンは壁に背中を預け咳き込むタリウムの前に屈み込む。
「立てんだろ、タリウム。行くぞ」
「……行き、ません」
「あ゙ぁ゙?」
「先輩だって、嫌、でしょう。アセトアルデヒドさんを置いて、とか」
返答の代わりに、ニコチンの靴底がタリウムの肩を踏みつける。
体重が加わった瞬間、鈍い悲鳴が廊下を切り裂いた。
「嫌とかっつぅ話じゃねぇだろ。命令は命令だ、何も考えず付き従うもんだ」
「……本当に?」
絞り出すように、タリウムは言う。
「先輩は、本当に、何とも……思わないんスか?」
パァン!
乾いた破裂音が廊下を裂き、白い発光体の姿をした銃弾がタリウムの肩を穿つ。
瞬間、毒素が体内に流れ込み、全身を灼くような痛みが駆け巡った。視界が白んで、意識が遠のきかける。
「はぁ? 結局、撃ってんじゃねぇか」
「うるせぇ、行くぞ。奥にある転送装置を使う。それから……」
二人分の足音と共に、声が遠のいていく。
(……ねぇ、先輩。何で、スか)
意識の淵で、タリウムは問いを重ねた。
(何で、険しい顔をして俺を撃って、……それでいて、どこか安心した顔で、離れて行くんスか……)
決して本音を語らず、感情を押し殺していた彼の中にあるのは、諦めか、それとも――。
答えへ辿り着く事は終ぞなく。
真っ黒い闇が、視界に広がっていった。
▼△▼
次章より『機能家族』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『失楽園』、これにて完結です。
拠点襲撃は一度はやっておきたいよね! と言う訳で今回はアバトンの防衛戦でした!
そして仲間の裏切りと言いますか離反も王道だよね! 書いていて楽しかったです! ちなみに今回初登場のモノくんは第10章188話【檻】の回に名前だけ出ております。やっと本人出せた。
またお気付きでしょうが、二章まるまる主人公モーズが出てきておりません。
流石に次章は出ます、はい。
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状況の異常さに怯むどころか、歓迎の素振りさえ感じさせる。
「この事態は貴方の仕業ですか? 仕業ですか?」
そんなニコチンへ、鋭い視線を投げたのはシアナミドだ。
赤い塔の災害に加え、【檻】の機能不全――不測の事態が続くなか、それを当然と捉えているように見えるニコチンの態度は、疑念を抱かせるに十分である。
「外の災害も、【檻】の機能不全も……」
「俺にンな便利な力ねぇよ。信じるかどうかは勝手だが」
肩をすくめ否定をするニコチン。
しかし彼の視線はシアナミドではなく、モノにのみ向けられている。
「おい、モノ。島の外に出てぇか?」
「やっぱ脱獄すんのか! そりゃあもう出てぇよ俺は! ここつまんねぇからな!」
「なら俺に従ってくれ。そしたら、出してやるよ」
モノの声には抑えきれない歓喜がにじむ。
その声を聞いたタリウムは、血の気が引いたように目を見開いた。
「先輩……!? 何を考えているんスか!」
「『契約』」
吐き捨てるような一言。
「『珊瑚』に関わる有事の際、国連に使役させられる。っつうやつ。タリウム、お前も結ばされてんだろ。モノもな。その契約が今、行使されたってだけだ」
そのままニコチンは、感情の熱を削ぎ落とした、硬質な響きで説明をする。
それを聞いたタリウムは眉をひそめた。
「……それ、正式なやつっスか?」
問い詰める声音には、苛立ちと不安が混じっている。
「俺は何も聞かされていないし、ここへの道中でも先輩も説明してくれなかった。ちゃんとしたヤツなら、最初っから言えばよかったじゃないスか。なのに何でこんな、強引に……!」
「知らねぇよ。お上の考える事なんざ」
しかしニコチンは突き放すような物言いをするばかりで、まともに答えない。
「やめなさい。やめなさい。このような越権行為、クスシが承知しているとはとても思えません。規律を乱す者を、僕は許しませんよ」
「クスシじゃねぇ、国連の契約だ。ラボの規律やら規則やら関係ねぇ。命じられたら従う。それだけだろ」
話しながら、ニコチンは白衣の裾へ手を潜らせる。取り出されたのは、銃型の抽射器だ。
災害が起きる前から、彼は獲物を忍ばせていたのだ。
次いでニコチンは迷いのない仕草で、銃口をシアナミドへ向ける。
「邪魔するんなら撃つぞ」
張り詰めた空気が、ひりひりと肌を刺す。
廊下に散らばったガラス片までもが、緊迫に合わせて微かに震えているようだった。
「……僕を出血させるつもりですか? ニコチン。よしなさい、よしなさい」
シアナミドはまるで射線を意に介さず、平板な声で応じた。
怯みの欠片もない。
「へっ。今頃、命乞いか?」
「貴方、先ほど飲酒をしたでしょう?」
その指摘に、ニコチンの目が細くなる。
それを見たシアナミドはタリウムの腕を掴んでいた手を離すと、一歩踏み出し、淡々と宣告した。
「僕の毒素を浴びたが最後……。酩酊します。酩酊します。第一課だろうと、関係ありません。『アセトアルデヒド』を取り込んでいる者はすべからく、効果を発揮するのですから」
そう言うや否や、彼は自らの首筋へと指先を這わせた。あと一押しで、爪が肌を裂く。
同じくアセトアルデヒドを取り込んだタリウムがいる前での使用は避けたかったのだが、手段を選んでいる場合ではないとの判断だ。
ニコチンが引き金を引くのが先か、シアナミドが自傷を遂げるのが先か。時間が凍り付いたかのような沈黙が落ちた。
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その均衡を、重く割り砕いたのはモノの声だった。
「邪魔なら、千切っちまえばいいよなぁ? なぁ、なぁ、なぁ!」
次いで声に合わせて振り上げられる、獣じみた拳。
狙いは――シアナミドの頭蓋だ。
ゴキンッ!
骨の砕ける鈍い音が、廊下の闇に響き渡る。
「ぐあ……っ!」
呻き声と共に膝を床につけたのは、タリウムであった。
咄嗟にシアナミドを突き飛ばし、その右腕でモノの拳を受け止めて、無惨に、折られたのだ。
「タリウム!」
「よそ見すんなよ」
ゴッ
鈍い衝撃音。
シアナミドの身体が弾かれるように床に叩き付けられた。そのまま銃の底で頭を打ち据えられ、瞳から光が消える。抵抗の暇もなく、彼は意識を手放した。
「シア、ナミド……」
タリウムは痛みに顔を歪めながら、折れた右腕を掴み、ぐっと力を込める。骨を正しい位置に戻すためだ。やがて再生能力が働き、砕けた骨は再び形を成すだろう。
だが安堵する間もなく、今度はモノの巨腕が彼の首を片手で鷲掴みにした。
「が……っ!」
次の瞬間、壁へと叩き付けられる。
石壁が大きく凹み、背骨にまで響く衝撃が走る。黒いマスクに青い血がじわりと滲んだ。
「モノ、何してんだ」
ニコチンの声が低く飛ぶ。
「だってよぉ! 邪魔しただろ、こいつ! そんで邪魔な奴は片すんだろ!?」
「違ぇよ。いいからちょっと待ってろ、すぐ終わる」
モノをタリウムから引き離し、ニコチンは壁に背中を預け咳き込むタリウムの前に屈み込む。
「立てんだろ、タリウム。行くぞ」
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「あ゙ぁ゙?」
「先輩だって、嫌、でしょう。アセトアルデヒドさんを置いて、とか」
返答の代わりに、ニコチンの靴底がタリウムの肩を踏みつける。
体重が加わった瞬間、鈍い悲鳴が廊下を切り裂いた。
「嫌とかっつぅ話じゃねぇだろ。命令は命令だ、何も考えず付き従うもんだ」
「……本当に?」
絞り出すように、タリウムは言う。
「先輩は、本当に、何とも……思わないんスか?」
パァン!
乾いた破裂音が廊下を裂き、白い発光体の姿をした銃弾がタリウムの肩を穿つ。
瞬間、毒素が体内に流れ込み、全身を灼くような痛みが駆け巡った。視界が白んで、意識が遠のきかける。
「はぁ? 結局、撃ってんじゃねぇか」
「うるせぇ、行くぞ。奥にある転送装置を使う。それから……」
二人分の足音と共に、声が遠のいていく。
(……ねぇ、先輩。何で、スか)
意識の淵で、タリウムは問いを重ねた。
(何で、険しい顔をして俺を撃って、……それでいて、どこか安心した顔で、離れて行くんスか……)
決して本音を語らず、感情を押し殺していた彼の中にあるのは、諦めか、それとも――。
答えへ辿り着く事は終ぞなく。
真っ黒い闇が、視界に広がっていった。
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拠点襲撃は一度はやっておきたいよね! と言う訳で今回はアバトンの防衛戦でした!
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