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第二十四章 機能家族
第497話 重症
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西暦2320年11月1日。
ドイツの首都、ベルリンで開催された学会会場を舞台に巻き起こった生物災害は、世界ニュースを始めとする世界中のメディアで大々的に報じられ、各国を震撼させた。
規模こそ今年6月に起きた《暁の悲劇》に比べれば小さい。だが、ドイツ感染病棟の敷地内という局地的な被害は、人口比で見れば《暁の悲劇》を遥かに上回る。また菌糸で形成された「頭のない天使」や「鯨」といった傀儡の存在も知れ渡り、『珊瑚』の新たな脅威を前に、大衆の恐怖は過去の事件とは異なる質を帯びた。
収拾にあたった国連軍の指揮官マイク、オフィウクス・ラボ所属クスシのユストゥス、更に会場の管理者であったドイツ感染病棟の院長エミールまでもが、発生直後から矢継ぎ早に記者会見へ引きずり出され、説明責任を問われる事態となっている。
災害が起きた原因。警備体制に欠陥があったどうか。そして犠牲となった人々の数――
記者会見の会場を映した中継映像では怒号と憶測が飛び交っており、収束の兆しはまだ見えない。
ベルリンを震源とした混乱は、なおしばらく世界を揺らし続けることになるだろう。
◇
11月1日、17時25分。
日はすっかり落ち、ベルリンの街は真っ暗になっていた。
それでも災害現場となったドイツ感染病棟は庭園を中心にスタンドライトで照らされ、ウミヘビの毒素による汚染の除去及び『珊瑚』の消毒が継続している。それでも基準値に達するまで丸一日はかかると目され、建物や歩道の復旧作業へ取り掛かれるようになるのはその後となり、立ち入り禁止規制が解かれるまで相応の時間を有すると予想されている。
関係者以外の出入りが制限されたドイツ感染病棟、そこに付属する寮の利用許可を、クスシとウミヘビは院長エミールから得た。
それによりウミヘビ達は与えられた個室から出ない事を条件に、生物災害の対処で疲労した体を休めている。
二人一部屋で割り振られたウミヘビの部屋、5室。
その廊下を挟んだ向かい側の部屋はクスシに提供され、一人につき一部屋を利用している。
そしてその内の一室では、木製椅子に腰掛けたフリッツが、青洲とホログラム越しに連絡を取っていた。
「青洲さん、この報告……」
フリッツからは学会で起きた事を、青洲からは人工島アバトンで起きた事を報告しあったのだが――
その内容を前に、フリッツはフェイスマスクの下で顔を青くした。
フリッツの視線の先には青洲の映るホログラム映像……ではなく、携帯端末の画面がある。そこには青洲から送られてきた『リスト』が表示され、
壊されたウミヘビの名前と、“脱走”をしたウミヘビの名前が並んでいた。
『生物災害と、それに伴う電波障害による混乱に乗じて……制御が解かれた転移装置を、使われてしまったようでな』
アバトンにある転移装置は、クスシの手でなければ本来は動かせない。しかし『珊瑚』が齎した電波障害はその制御を排除し、ウミヘビであるニコチンの手による操作を可能としてしまった。
そうして脱走を手引きしたニコチンを目撃した、シアナミドの証言によると、ニコチンの行動には迷いがなくあらかじめ示し合わせていたかのようだった、との事だ。
――『珊瑚』に関わる有事の際、国連に使役させられる。
その『契約』が行使された、という発言も聞いている。これが事実ならばニコチンを始めとする脱走者は、国連の管区のどこかに居ると推測できるものの、確認は取れていない。
またニコチンへ秘密裏に指示を出していた辺り、国連はアバトンが菌床に侵され、脱走できる機会が来る事を確信していた事も窺われる。その確認もまだ、取れていないと青洲は言った。
『まだ、不明確な情報が多く、すまない……。人手が、足りなくてな……。フリードリヒは……ウミヘビのケアを最優先に動いている、のと、カールを冷安室へ送った話は、伝えたと思うが……。副所長も今、眠っている……。いや、昏睡と言った方が正しいか……』
「え……っ!?」
災害の最中、感染者となったカールはコールドスリープを施され、冷安室で眠らされている。
その報告を受けただけでも衝撃的だったというのに、状況は更に悪いようだ。
『副所長は……重度の、貧血の状態だ。アイギスを使役し過ぎた、ようだ。処置は済んで、いるが……いつ目覚めるか、わからない』
「そ、そんな」
動揺から声を震わせるフリッツ。
青洲はカールを冷安室へ搬送する為、オフィウクス・ラボの最下層へ降った際、ガラス床に伏しピクリとも動かない副所長、徐福を発見した。彼の周囲には100を超えるアイギスが浮遊していて、冷安室を死守するのに無茶をした事が見て取れた。
一応、自力で輸血剤を投与しようと携帯端末を片手に自動人形を操作しようとした形跡があったのだが、完遂する前に失神してしまったのだろう。
『診たところ……幸い命に別状はない。今は医務室で輸血と酸素投与を施し、安静に、させている。後は、後遺症が残らない事を祈るばかりだ……』
「そうですね……。脳が酸欠になっていなければ、いいんですけど」
『……パウルも、ベッドから起き上がれない状態、なのだろう? 無理に移動させるのは、よした方がいい。こちらも、受け入れる態勢が、できていないから、な。……落ち着くまで、ベルリンにいる方が、いいだろう』
「えっ!? いや、クスシ2人で対処できる状況ではないでしょう!? 直ぐに帰還します!」
『必要、ない。ベルリン災害の対処の方が、重要だ……。……世間からすれば、な』
青洲の言葉に、フリッツはぐっと唇を噛み締めた。
現在テレビやインターネットを覗けば、ベルリンで発生した災害ニュースがひっきりなしに発信されている。世界の関心は今、ドイツに注がれている事だろう。
しかし対照的に、人工島アバトンで起きた生物災害は何一つ報道されていない。オフィウクス・ラボが受けた損害も、頭のない天使や鯨の傀儡の比ではない、圧倒的な質量を持つ【赤い塔】の出現は、世間は知らされていない。
徹底的に、秘匿されている。
もしも報道すればただでさえ混乱している大衆の恐怖を更に煽り、恐慌に陥るかもしれない。という懸念を危惧している面もあるだろうが、一番の理由は「オフィウクス・ラボの権威を失墜させない」為だ。
珊瑚症でも生物災害でも、『珊瑚』に対するありとあらゆる対処をこなし鎮圧してきたオフィウクス・ラボが『珊瑚』によって深手を負った。などと知れ渡れば大衆は拠り所を失う。希望をなくす。信頼も失う。
故に【赤い塔】に纏わる災害と被害は、世間には隠し通す事になっている。
『今後の『珊瑚』に対する方針は、ベルリンで行われる会見や会議で、定まる事だろう。……治療方法の確立の認可も、だ。全力で、取り組んで欲しい』
「……。はい、わかりました」
『互いに立て込んでいる身、だ。小生とは当分、連絡が取れなくなるだろうが……。火急の知らせがある場合は、応答するまで発信して貰って、構わない。では、そちらは頼んだぞ。フリッツ』
そう言って、青洲は通話を切った。
ホログラム映像も消失し、薄暗くなった部屋で、フリッツは膝の上の拳を握り締めたのだった。
ドイツの首都、ベルリンで開催された学会会場を舞台に巻き起こった生物災害は、世界ニュースを始めとする世界中のメディアで大々的に報じられ、各国を震撼させた。
規模こそ今年6月に起きた《暁の悲劇》に比べれば小さい。だが、ドイツ感染病棟の敷地内という局地的な被害は、人口比で見れば《暁の悲劇》を遥かに上回る。また菌糸で形成された「頭のない天使」や「鯨」といった傀儡の存在も知れ渡り、『珊瑚』の新たな脅威を前に、大衆の恐怖は過去の事件とは異なる質を帯びた。
収拾にあたった国連軍の指揮官マイク、オフィウクス・ラボ所属クスシのユストゥス、更に会場の管理者であったドイツ感染病棟の院長エミールまでもが、発生直後から矢継ぎ早に記者会見へ引きずり出され、説明責任を問われる事態となっている。
災害が起きた原因。警備体制に欠陥があったどうか。そして犠牲となった人々の数――
記者会見の会場を映した中継映像では怒号と憶測が飛び交っており、収束の兆しはまだ見えない。
ベルリンを震源とした混乱は、なおしばらく世界を揺らし続けることになるだろう。
◇
11月1日、17時25分。
日はすっかり落ち、ベルリンの街は真っ暗になっていた。
それでも災害現場となったドイツ感染病棟は庭園を中心にスタンドライトで照らされ、ウミヘビの毒素による汚染の除去及び『珊瑚』の消毒が継続している。それでも基準値に達するまで丸一日はかかると目され、建物や歩道の復旧作業へ取り掛かれるようになるのはその後となり、立ち入り禁止規制が解かれるまで相応の時間を有すると予想されている。
関係者以外の出入りが制限されたドイツ感染病棟、そこに付属する寮の利用許可を、クスシとウミヘビは院長エミールから得た。
それによりウミヘビ達は与えられた個室から出ない事を条件に、生物災害の対処で疲労した体を休めている。
二人一部屋で割り振られたウミヘビの部屋、5室。
その廊下を挟んだ向かい側の部屋はクスシに提供され、一人につき一部屋を利用している。
そしてその内の一室では、木製椅子に腰掛けたフリッツが、青洲とホログラム越しに連絡を取っていた。
「青洲さん、この報告……」
フリッツからは学会で起きた事を、青洲からは人工島アバトンで起きた事を報告しあったのだが――
その内容を前に、フリッツはフェイスマスクの下で顔を青くした。
フリッツの視線の先には青洲の映るホログラム映像……ではなく、携帯端末の画面がある。そこには青洲から送られてきた『リスト』が表示され、
壊されたウミヘビの名前と、“脱走”をしたウミヘビの名前が並んでいた。
『生物災害と、それに伴う電波障害による混乱に乗じて……制御が解かれた転移装置を、使われてしまったようでな』
アバトンにある転移装置は、クスシの手でなければ本来は動かせない。しかし『珊瑚』が齎した電波障害はその制御を排除し、ウミヘビであるニコチンの手による操作を可能としてしまった。
そうして脱走を手引きしたニコチンを目撃した、シアナミドの証言によると、ニコチンの行動には迷いがなくあらかじめ示し合わせていたかのようだった、との事だ。
――『珊瑚』に関わる有事の際、国連に使役させられる。
その『契約』が行使された、という発言も聞いている。これが事実ならばニコチンを始めとする脱走者は、国連の管区のどこかに居ると推測できるものの、確認は取れていない。
またニコチンへ秘密裏に指示を出していた辺り、国連はアバトンが菌床に侵され、脱走できる機会が来る事を確信していた事も窺われる。その確認もまだ、取れていないと青洲は言った。
『まだ、不明確な情報が多く、すまない……。人手が、足りなくてな……。フリードリヒは……ウミヘビのケアを最優先に動いている、のと、カールを冷安室へ送った話は、伝えたと思うが……。副所長も今、眠っている……。いや、昏睡と言った方が正しいか……』
「え……っ!?」
災害の最中、感染者となったカールはコールドスリープを施され、冷安室で眠らされている。
その報告を受けただけでも衝撃的だったというのに、状況は更に悪いようだ。
『副所長は……重度の、貧血の状態だ。アイギスを使役し過ぎた、ようだ。処置は済んで、いるが……いつ目覚めるか、わからない』
「そ、そんな」
動揺から声を震わせるフリッツ。
青洲はカールを冷安室へ搬送する為、オフィウクス・ラボの最下層へ降った際、ガラス床に伏しピクリとも動かない副所長、徐福を発見した。彼の周囲には100を超えるアイギスが浮遊していて、冷安室を死守するのに無茶をした事が見て取れた。
一応、自力で輸血剤を投与しようと携帯端末を片手に自動人形を操作しようとした形跡があったのだが、完遂する前に失神してしまったのだろう。
『診たところ……幸い命に別状はない。今は医務室で輸血と酸素投与を施し、安静に、させている。後は、後遺症が残らない事を祈るばかりだ……』
「そうですね……。脳が酸欠になっていなければ、いいんですけど」
『……パウルも、ベッドから起き上がれない状態、なのだろう? 無理に移動させるのは、よした方がいい。こちらも、受け入れる態勢が、できていないから、な。……落ち着くまで、ベルリンにいる方が、いいだろう』
「えっ!? いや、クスシ2人で対処できる状況ではないでしょう!? 直ぐに帰還します!」
『必要、ない。ベルリン災害の対処の方が、重要だ……。……世間からすれば、な』
青洲の言葉に、フリッツはぐっと唇を噛み締めた。
現在テレビやインターネットを覗けば、ベルリンで発生した災害ニュースがひっきりなしに発信されている。世界の関心は今、ドイツに注がれている事だろう。
しかし対照的に、人工島アバトンで起きた生物災害は何一つ報道されていない。オフィウクス・ラボが受けた損害も、頭のない天使や鯨の傀儡の比ではない、圧倒的な質量を持つ【赤い塔】の出現は、世間は知らされていない。
徹底的に、秘匿されている。
もしも報道すればただでさえ混乱している大衆の恐怖を更に煽り、恐慌に陥るかもしれない。という懸念を危惧している面もあるだろうが、一番の理由は「オフィウクス・ラボの権威を失墜させない」為だ。
珊瑚症でも生物災害でも、『珊瑚』に対するありとあらゆる対処をこなし鎮圧してきたオフィウクス・ラボが『珊瑚』によって深手を負った。などと知れ渡れば大衆は拠り所を失う。希望をなくす。信頼も失う。
故に【赤い塔】に纏わる災害と被害は、世間には隠し通す事になっている。
『今後の『珊瑚』に対する方針は、ベルリンで行われる会見や会議で、定まる事だろう。……治療方法の確立の認可も、だ。全力で、取り組んで欲しい』
「……。はい、わかりました」
『互いに立て込んでいる身、だ。小生とは当分、連絡が取れなくなるだろうが……。火急の知らせがある場合は、応答するまで発信して貰って、構わない。では、そちらは頼んだぞ。フリッツ』
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