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第二十四章 機能家族
第498話 行き場のない感情
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(メディアへの対応や交渉は、パウルくんや副所長が担う事が多かったのだけれど……。彼らに頼れない今、僕らが頑張らなくっちゃ……)
たった一日で色々な事が起こり、フリッツの心身は限界を迎えそうになっていた。
肉体的な疲労は勿論の事、教祖コーラルの存在、パウルの負傷、カールの凍結、オフィウクス・ラボの被害――
そしてそれらを憂いている時間がない現状。メディアの対処や国連の対応をしくじれば、本来の目的である『珊瑚症ステージ4治療の認可』が降りなくなってしまうどころか、クスシの立場が揺らいでしまう可能性がある。
ラボで行われた臨床試験は有効な結果を残し、災害の鎮圧は最善を尽くせた。という旨を何としてでも押し通さなくてはならない。
これから降りかかってくる慣れない課題が思い浮かぶほど、フリッツは憂鬱になってしまった。
「ちわーっす。飯持ってきましたよ~」
そんな暗澹たる空気を吹き飛ばすかのように、努めて明るい声を出しながらフリーデンが入室する。彼の右手には外の店舗で購入したのだろう、出来合いの弁当が入ったビニール袋が握られている。
「昼食べていないでしょう? 俺もですけど。だから買ってきました」
「ありがとう。後で頂くよ」
「んじゃ、これはここに置いときますんで!」
フリーデンはいそいそと机に弁当を置き、それから備え付けのベッドを椅子がわりに腰を下ろした。
「青洲さんと連絡取れたんですよね? ……どうでした?」
そして神妙な声で、アバトンの現状を訊ねる。
本来ならば自分の言葉で伝えるべきだろう。しかしフリッツはどうしても言う事ができずに、携帯端末を無言で手渡し、そこに送られてきた報告書をフリーデンへ見せた。
画面に表示されたその報告書を読んだフリーデンは、息を飲んだ後に「カール先輩……」と小さく呟く。
薄暗い部屋に、再び暗澹たる空気が流れた。
「その、パウルくんの容態は、どうだったのかな?」
話題を切り替えるのも兼ねて、フリッツはパウルの名を口に出す。
パウルは現在、寮の個室ではなく病棟の個室を与えられ、そこで経過観察を受けている。
――災害鎮圧がひと段落し、最低限の汚染除去を終えた直後。緊張の糸が切れた事と、麻酔が切れた事が重なり、パウルはアイギスの上で失神してしまったのだ。
以降、彼は病棟の個室で処置を受けている。その様子を、フリーデンは先ほど見に行っていた。
「……当面は絶対安静だって、エミール院長が」
そして淡々と、告げられた診断を口にした。
片足を切断した身体を、気力と麻酔で無理矢理動かしていたツケが回ってきたのだろう。幾らアイギスの治癒能力が優れていても、欠損による負荷の緩和は難しい。傷口を塞ぎ出血を止めたところで、疲労や痛み、それに伴う発熱が押さえられる訳ではないのだから。
「やっぱ、無理してたんですよ。パウル先輩。ロベルト院長や、柴三郎院長の事で精神的な負担も半端なかったでしょうし」
「その柴三郎院長もずっと昏睡状態、なんだよね? パウルくんもだけど……エミール院長も、とてもツラいだろうね。それなのに、災害現場やメディアの対処に当たって……」
「フリッツさんも、ツラいんじゃないんですか? 4年前の事件の犯人、ほぼ確定したんでしょう?」
じっと、フリーデンはフリッツへ顔を向けて言う。
4年前、ドイツ感染病棟の東棟で起きた生物災害。
フリッツの友人達が犠牲になった、忌まわしい事件。
その引き金となったのがロベルト――正確にはロベルトに擬態した『コーラル』なのだと、判明した。
「俺は事件のこと、情報でしか知らないですし、ロベルト院長との関わりだってぶっちゃけほとんどなかったですけど……。それでも今、キツいです。だからフリッツさんはもっと、ツラいんじゃないですか?」
フリーデンとロベルトの接点は意外と少ない。フリーデンがベルリンに上京した頃と入れ違う形でロベルトはドイツから離れていたのと、オンライン授業……と言うよりも講談を一方的に聞いた経験も数えるぐらい。
実際に交流をしたのはクスシになって以降。パウルの口から恩師としての情報を得る事が多かったので“知っている”感覚はあるものの、親しみはこれっぽっちも抱いていない。
しかしフリッツは、ロベルトが教師を勤めていた頃は学生であった。卒業後もユストゥスの助手として大学に所属をしていた。
交流する機会は、非常に多かった筈だ。
「……パウルくんに比べたら僅かな時間だろうけど、僕もね、ロベルト院長に教鞭を振るって貰った事がある。ゼミを見学させて貰った事もあるし、共同研究をした事もある」
フリーデンの推測通り、知人では収まらないレベルの交流があったと、フリッツは肯定する。
「僕の友達……ダニエルを唆した本人かはわからないけれど、シャルルの進行を促進したのは彼で間違いないんだろうね」
フリッツは友人達を死に追いやった犯人をずっと探していた。突き止められたら公の場に引き摺り出して、罪が裁かれる事を願っていた。
ペガサス教団の誰かだろうと推測し、信徒ばかりに目が向かっていたが――
「正体がわからなかった敵が形を持ったら、怒りとか、憎しみとか、復讐心とか……。そう言ったものが湧き上がると思っていたよ。そうなる筈だって。……でも実際は、違うみたいだ」
例え擬態だとしても、見知った人が、尊敬の念を抱いていた人が、仲間の身内である人が仇である事実を、簡単には受け止められない。
「こんなにも悲しい思いを抱くだなんて、想像もしてなかった……!」
それどころかフリッツの胸の内にはやるせなさ、哀しみ、苦しみが渦巻いて、行き場のない感情に打ちのめされそうな程で。
フリッツはマスクの下で唇を噛み締めた。
「フリッツさん、ご飯食べたら仮眠取ってくださいね」
フリッツが身体が強張っているのを見て、フリーデンはそう言いながらベッドから立ち上がる。
「昨日だって学会の準備と移動で、体休まってないんですから。一旦寝ないと」
「……心配してくれてありがとう、フリーデンくん。でもユストゥスが矢面に立ってくれている今、休んでいる時間は……」
「だったら尚更ですよ。ここでフリッツさんが倒れてしまったら、ユストゥスさんが記者会見を引き受けてくれている意味なくなっちゃいますよ?」
ユストゥスは現在、災害の後処理に奔走している最中。
ユストゥス自身も教え子を死に追いやった犯人の正体に思う所があるだろうに、前線で疲労した身体を押してまで活動している。
全てはフリッツが受けただろう精神的な負荷を気遣っての事だ。その思いを無碍にするのは悪いだろうと、フリーデンは暗に言いながら努めて明るい声を出す。
「俺は昼間に仮眠取ったんで! ユストゥスさんとの交代とかラボの緊急連絡受け取りとか、何でも対処できますんで!」
「……そう、だね。少し、休もう。フリーデンくんも、無理はしないようにね」
フリッツの承諾と、ずっと強張っていた身体が弛緩したのを見て、フリーデンは「それじゃ俺も飯食うんで!」と退室をする。
そうして出た廊下は酷く、静かであった。防音機能が優秀なのだろう。アバトンの寄宿舎のように。
(……モーズ今、どこに居っかなぁ)
フリーデンはその寄宿舎の隣室の住人である友人を思い浮かべながら、提供された部屋へと向かったのだった。
たった一日で色々な事が起こり、フリッツの心身は限界を迎えそうになっていた。
肉体的な疲労は勿論の事、教祖コーラルの存在、パウルの負傷、カールの凍結、オフィウクス・ラボの被害――
そしてそれらを憂いている時間がない現状。メディアの対処や国連の対応をしくじれば、本来の目的である『珊瑚症ステージ4治療の認可』が降りなくなってしまうどころか、クスシの立場が揺らいでしまう可能性がある。
ラボで行われた臨床試験は有効な結果を残し、災害の鎮圧は最善を尽くせた。という旨を何としてでも押し通さなくてはならない。
これから降りかかってくる慣れない課題が思い浮かぶほど、フリッツは憂鬱になってしまった。
「ちわーっす。飯持ってきましたよ~」
そんな暗澹たる空気を吹き飛ばすかのように、努めて明るい声を出しながらフリーデンが入室する。彼の右手には外の店舗で購入したのだろう、出来合いの弁当が入ったビニール袋が握られている。
「昼食べていないでしょう? 俺もですけど。だから買ってきました」
「ありがとう。後で頂くよ」
「んじゃ、これはここに置いときますんで!」
フリーデンはいそいそと机に弁当を置き、それから備え付けのベッドを椅子がわりに腰を下ろした。
「青洲さんと連絡取れたんですよね? ……どうでした?」
そして神妙な声で、アバトンの現状を訊ねる。
本来ならば自分の言葉で伝えるべきだろう。しかしフリッツはどうしても言う事ができずに、携帯端末を無言で手渡し、そこに送られてきた報告書をフリーデンへ見せた。
画面に表示されたその報告書を読んだフリーデンは、息を飲んだ後に「カール先輩……」と小さく呟く。
薄暗い部屋に、再び暗澹たる空気が流れた。
「その、パウルくんの容態は、どうだったのかな?」
話題を切り替えるのも兼ねて、フリッツはパウルの名を口に出す。
パウルは現在、寮の個室ではなく病棟の個室を与えられ、そこで経過観察を受けている。
――災害鎮圧がひと段落し、最低限の汚染除去を終えた直後。緊張の糸が切れた事と、麻酔が切れた事が重なり、パウルはアイギスの上で失神してしまったのだ。
以降、彼は病棟の個室で処置を受けている。その様子を、フリーデンは先ほど見に行っていた。
「……当面は絶対安静だって、エミール院長が」
そして淡々と、告げられた診断を口にした。
片足を切断した身体を、気力と麻酔で無理矢理動かしていたツケが回ってきたのだろう。幾らアイギスの治癒能力が優れていても、欠損による負荷の緩和は難しい。傷口を塞ぎ出血を止めたところで、疲労や痛み、それに伴う発熱が押さえられる訳ではないのだから。
「やっぱ、無理してたんですよ。パウル先輩。ロベルト院長や、柴三郎院長の事で精神的な負担も半端なかったでしょうし」
「その柴三郎院長もずっと昏睡状態、なんだよね? パウルくんもだけど……エミール院長も、とてもツラいだろうね。それなのに、災害現場やメディアの対処に当たって……」
「フリッツさんも、ツラいんじゃないんですか? 4年前の事件の犯人、ほぼ確定したんでしょう?」
じっと、フリーデンはフリッツへ顔を向けて言う。
4年前、ドイツ感染病棟の東棟で起きた生物災害。
フリッツの友人達が犠牲になった、忌まわしい事件。
その引き金となったのがロベルト――正確にはロベルトに擬態した『コーラル』なのだと、判明した。
「俺は事件のこと、情報でしか知らないですし、ロベルト院長との関わりだってぶっちゃけほとんどなかったですけど……。それでも今、キツいです。だからフリッツさんはもっと、ツラいんじゃないですか?」
フリーデンとロベルトの接点は意外と少ない。フリーデンがベルリンに上京した頃と入れ違う形でロベルトはドイツから離れていたのと、オンライン授業……と言うよりも講談を一方的に聞いた経験も数えるぐらい。
実際に交流をしたのはクスシになって以降。パウルの口から恩師としての情報を得る事が多かったので“知っている”感覚はあるものの、親しみはこれっぽっちも抱いていない。
しかしフリッツは、ロベルトが教師を勤めていた頃は学生であった。卒業後もユストゥスの助手として大学に所属をしていた。
交流する機会は、非常に多かった筈だ。
「……パウルくんに比べたら僅かな時間だろうけど、僕もね、ロベルト院長に教鞭を振るって貰った事がある。ゼミを見学させて貰った事もあるし、共同研究をした事もある」
フリーデンの推測通り、知人では収まらないレベルの交流があったと、フリッツは肯定する。
「僕の友達……ダニエルを唆した本人かはわからないけれど、シャルルの進行を促進したのは彼で間違いないんだろうね」
フリッツは友人達を死に追いやった犯人をずっと探していた。突き止められたら公の場に引き摺り出して、罪が裁かれる事を願っていた。
ペガサス教団の誰かだろうと推測し、信徒ばかりに目が向かっていたが――
「正体がわからなかった敵が形を持ったら、怒りとか、憎しみとか、復讐心とか……。そう言ったものが湧き上がると思っていたよ。そうなる筈だって。……でも実際は、違うみたいだ」
例え擬態だとしても、見知った人が、尊敬の念を抱いていた人が、仲間の身内である人が仇である事実を、簡単には受け止められない。
「こんなにも悲しい思いを抱くだなんて、想像もしてなかった……!」
それどころかフリッツの胸の内にはやるせなさ、哀しみ、苦しみが渦巻いて、行き場のない感情に打ちのめされそうな程で。
フリッツはマスクの下で唇を噛み締めた。
「フリッツさん、ご飯食べたら仮眠取ってくださいね」
フリッツが身体が強張っているのを見て、フリーデンはそう言いながらベッドから立ち上がる。
「昨日だって学会の準備と移動で、体休まってないんですから。一旦寝ないと」
「……心配してくれてありがとう、フリーデンくん。でもユストゥスが矢面に立ってくれている今、休んでいる時間は……」
「だったら尚更ですよ。ここでフリッツさんが倒れてしまったら、ユストゥスさんが記者会見を引き受けてくれている意味なくなっちゃいますよ?」
ユストゥスは現在、災害の後処理に奔走している最中。
ユストゥス自身も教え子を死に追いやった犯人の正体に思う所があるだろうに、前線で疲労した身体を押してまで活動している。
全てはフリッツが受けただろう精神的な負荷を気遣っての事だ。その思いを無碍にするのは悪いだろうと、フリーデンは暗に言いながら努めて明るい声を出す。
「俺は昼間に仮眠取ったんで! ユストゥスさんとの交代とかラボの緊急連絡受け取りとか、何でも対処できますんで!」
「……そう、だね。少し、休もう。フリーデンくんも、無理はしないようにね」
フリッツの承諾と、ずっと強張っていた身体が弛緩したのを見て、フリーデンは「それじゃ俺も飯食うんで!」と退室をする。
そうして出た廊下は酷く、静かであった。防音機能が優秀なのだろう。アバトンの寄宿舎のように。
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