毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第508話 硫化水銀(HgS)

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 その日は、テオの6歳の誕生日だった。
 屋敷の広間ではホームパーティが盛大に開催され、親戚や両親の友人知人、そしれその子供達が招待され、朝から晩まで賑やかだった。
 食堂の長い長いテーブルには、まるで結婚式の披露宴に出されるような大きなケーキが鎮座している。キッズルームには色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントが山のように積まれ、まるでピラミッドのように聳え立っていた。
 しかしこの誕生日会は大人の事情がふんだんに介入した社交会であり、招待された子供達はツテ目的でテオに擦り寄ってくる。中身のない賛美を並べるばかりで、誰もテオ自身を見ようとしない。
 故にケーキを食べてもおもちゃで遊んでも、道化師のパーフォーマンスを見てもオーケストラ楽団員の生演奏を聞いても、テオの心が満たされる事はなかった。

 テオの本当の誕生日会は、寝る前。
 喧騒と人混みを嫌って引き籠もっていた徐福の部屋で、ひっそりと始まった。

「見て見て、ジョーさん! これ、お父さんとお母さんがくれたんだ!」

 部屋に入ってきたテオは、真っ先に誕生日プレゼントを徐福に見せてきた。
 小さな手の平に乗ったそれは――血を塗り固めたかのような、真っ赤な石だった。
 ただの石ではない。『辰砂』だ。別名、硫化水銀。
 水銀という毒を孕んだ危険な鉱石。

「お前、石が好きなのカ? 暇潰しにも腹の足しにならない物だゾ?」

 怪訝そうに首を傾げながら、徐福はそれを覗き込む。

「ふっふっふっ、ただの石じゃないよ~っ! これは『賢者の石』なんだっ! 何でも叶えてくれる魔法の石っ!」
「お前……。そんな迷信を信じるような奴だったカ……?」
「迷信って言わないのっ!」

 確かに辰砂は別名、『賢者の石』と呼ばれ、古くから不老不死の霊薬やら卑金属を金に変えるやら、様々な伝説が語られている。
 しかしあくまで伝説。幼いながらに聡明な頭を持つテオが、こうした物語を本気で信じていることに、徐福は思わず眉を潜めた。

「夢と希望を与えてくれる神秘性が大事なの~っ! 前から欲しかったんだぁ」

 困惑する徐福を余所に、テオは辰砂に頬擦りをしている。その瞳はきらきらと輝き、まるで宝物を抱えた子猫のようだった。
 石そのものと言うよりも、その背後にある歴史や物語が、テオにとって何よりも価値があるようだ。
 実用性が低い、またはほぼない骨董品を寵愛する愛好家と似たような感性なのだろう。徐福は心の中でそう結論付けた。

「お前、石に願うような夢があるのカ?」
「いっぱいあるよ? 箒で空を飛びたいなぁとか、杖から炎を出したいなぁとか!」
(……そういえばこどもパークで魔法使いのジョブを選んでいたな、こいつ)

 絵本で描かれるような、典型的な魔法使い像に憧れるテオは、その時ばかりは年相応の幼さを見せていた。
 ゲームクリエイターになりたいという夢も、現実では実現し難い魔法を仮想空間で実現させたいのかもしれない。

「今の夢はねぇ。ジョーさんと夜更かしして、を楽しみたいのが夢っ!」

 罪の味――それは夜食、しかも甘ったるくハイカロリーなものを指す。
 宣言するや否や、テオは足元に置いていた紙袋を抱え、ぱたぱたとテーブルへ駆け寄った。中から白い箱を取り出して蓋を開ければ、苺のショートケーキが2つ。真っ白なホイップの山に鮮やかな赤い実が載り、灯りに照らされて艶めいていた。
 テオは器用に箱を解体して皿代わりにし、さらに紙袋からペットボトルのジュースを2本取り出した。

「ジョーさん、乾杯しようっ! 乾杯っ!」
「……わかっタ、わかっタ」

 根負けしたように笑って、徐福はペットボトルを受け取る。
 ぽこん、とプラスチック同士が当たる軽い音が、静かな部屋に響いた。
 その夜――2人の秘密の誕生日会は、夜明けまで明かりを落とすことなく続いた。

 ◇

「ねぇ、ジョーさんは誕生日にどんなプレゼントが欲しい? ボードゲームとか?」
「金だナ。金があれば大抵は困らないヨ」
「お金はお給料払っているからもう渡しているようなものじゃん~っ! オレはプレゼントを渡したいのっ! あ、手作りのマグカップ一緒に作るとか? 体験とか思い出をプレゼントする~、みたいなっ!」
「いらン」
「え~っ!」

 2人がそんな些細な会話を交わしたのは、書斎で過ごした時だったか、それともシアタールームで映画を鑑賞した時か。
 テオは誕生日を祝われた事がない徐福に最高の誕生日を過ごして欲しいと、あれこれ画策をしていた。
 物が欲しくないのならば小旅行がいいか、それとも高級料理、例えば満漢全席を味わうのはどうか。
 遠足を楽しみにする子供のように、画用紙に様々な予想図をクレヨンで描いていた。頭を使い手を使い、あれこれ頭を悩ませるテオを見て、徐福はよく笑みをこぼしていたものだ。
 徐福はそれだけで、何かが満たされた気がした。

 しかしテオの願いに反し、徐福の誕生日会が開かれる事はなかった。
 徐福が8歳になる前に――テオの両親は真っ赤に染まり、二度と起き上がる事がなくなってしまったから。

 
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