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第二十四章 機能家族
第507話 お泊まり
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ホームステイが始まってから、徐福の生活は激変した。
一番狭いゲストルーム――と案内された部屋の床には、厚みのある絨毯が敷かれ、赤と金糸で編まれた唐草模様が陽光を受けて仄かに輝いている。壁は淡いクリーム色の漆喰に金のモールディングが走り、角ごとに花や天使のレリーフがあしらわれていた。
窓には天井まで届くほどの丈のカーテンが二重にかけられている。外側は深紅のベルベット、内側は透けるようなレース生地で、風が通るたびに柔らかく揺れた。窓辺に置かれた鉢植えの白い蘭からはかすかな香りが漂ってくる。
部屋の中央には大人2人が寝転んでも余るほど広いベッドがあり、真っ白なシーツにシルクの掛け布団がかかっている。枕はふかふかと山のように積まれ、触れるのが怖くなるほどだ。
脇にはマホガニー材のライティングデスクがあり、上には重厚なランプとクリスタルのインク瓶が並んでいる。
天井を見上げれば、小ぶりながらも本物のクリスタルシャンデリアが吊り下げられ、光を七色に散らしていた。
これが「一番狭い」部屋だというのだから、徐福には笑うしかなかった。
「これは掃除が面倒ネ……」
「掃除? それはお手伝いさんがやってくれるから、ジョーさんは気にしなくていいよっ!」
「……。あぁ、そうカ……」
食事はダンスルームと見紛う食堂で朝、昼、晩3食きちんと提供される。
しかもメニューはテオの家に雇われたシェフが、栄養を完璧に計算した創作料理。一度たりとも同じメニューは出されない。リクエストをすれば出してくれるらしいが。それに加えて、おやつまである。そのおやつも市販品ではなく、パテシエが調理した一品スイーツだ。
果たして自分は貴族だっただろうか、と徐福は目眩を覚えた。贅沢の価値を理解できず、自分がどこに立っているのかわからなくなるのだ。
しかし20人は座れる長い長いテーブルの端に座り、テーブルマナーを知らないままナイフとフォークを握るのは何だか滑稽に思える。後ろに控える使用人の視線も気になって、徐福は食堂での食事に忌避感を覚えた。
「ここで食べるの、落ち着かないヨ……」
「あ、じゃあ部屋に運んで貰う? ねぇ、その時はオレも一緒に食べていーい?」
「勝手にしロ」
「仕事」という体裁で、テオと遊ぶ時間は、徐福が通信教育を終えた夕方に設けられることが多かった。
呼び出し先はたいていテオの部屋だ。そこで2人はバーチャルゲームやパズル、チェス、TRPGといったシミュレーション系の遊びに没頭する。時には壁際のスクリーンいっぱいに投影された映画やドラマを観て、互いに感想を言い合うこともある。
「ジョーさん、お泊まりさせて~っ」
普段は徐福を自室に呼ぶ事が多かったテオだが、徐福の部屋に転がり込む事もままあった。
パジャマ姿で予告なくやってきて、許可を得る前にベッドへダイブする。自由で遠慮のないテオに徐福は何度、溜め息を吐いたかわからない。
「ノックぐらいしロ」
「一秒でも早く会いたかったんだもんっ!」
「ガキかお前ハ……。いや、ガキだったナ」
しかし徐福はテオを摘み出す事は一度もしなかった。
それは雇い主を無碍にできないから、などと言う打算的な思いからではない。
……ただ遊びに来た友達を、追い払う理由が、なかっただけである。
「ねぇ、ジョーさん。オレん家に来てさぁ、楽しい?」
ベッドの上でクッションを抱きしめながら、テオは問う。
「嫌な事あったら言ってね! 友達が悲しいのヤだから!」
「今更、何を言い出すのかと思えばそんな事ヲ……」
「お父さんとお母さんに言われるんだ、友達なら何でも言い合える仲になりなさいって! ……もしオレん家にいるのが嫌になったら、別荘とか寄宿学校とかも、紹介できるよって、ちゃんと伝えなさいって……」
しょんぼりと眉を下げ、あからさまに「ジョーさんと離れたくない」と顔に書いておきながら、テオはテオなりに精一杯、徐福の幸福を望んでいる。
ただの働き手としてしか見られていなかった徐福からするとそれは新鮮で、ほんの少し、くすぐったい。
「ここから更に余所に行くのは面倒ダ。今のままでいイ」
「本当っ!?」
ベッドの端に腰を下ろした徐福の言葉に、テオの顔がパッと明るくなる。
幼さ相応に、彼は感情のすべてを隠さず表へ出すのだ。
「……お前は随分と可愛がられているナ。ここに来るまでお前のような親は、フィクションの中にしか存在しないと思っていたヨ」
「うん! オレ、お父さんとお母さん大好きだよ! オレの話何でも聞いてくれるし、悪い事は悪いって教えてくれるし、欲しい物も何でも揃えてくれるっ!」
(アタシをほぼ拉致した事は“悪い事”に入らないのカ……?)
「でも友達だけは自分で見付けて作らないと駄目だって、言われたんだぁ」
そこでテオはむくりと起き上がって、徐福へ真っ直ぐ顔を向けた。
「ジョーさんと友達になれて、オレすっごい幸せ」
「そうカ」
「……ジョーさんは、幸せ?」
「まぁまぁだナ」
「そっか!」
そんな素っ気ない回答にも、屈託のない笑顔を浮かべたテオは、すぐさま話題を変える。
「ねぇねぇ! 今日は将来の夢を話そうよ! オレはね~、ゲームクリエイターになるんだ~っ! こどもパークみたいな楽しい場所、いっぱい作るっ!」
「夢、夢カ……。アタシは静かに暮らすのが夢ヨ。田舎の片隅で日光浴ができればそれでいイ」
「植物になりたいってコト!? それ夢と違うと思うよ、ジョーさんっ! もっとこう、なりたい職業を思い浮かべようよっ!」
そう言ってテオはベッド脇に置かれていた本棚から「はたらきもの」という絵本を引っ張り出し、運転手や料理人が柔らかな筆致で描かれたページを開く。
2人はその絵本をめくりながら、夜更けまで将来の夢を語り合った。
一番狭いゲストルーム――と案内された部屋の床には、厚みのある絨毯が敷かれ、赤と金糸で編まれた唐草模様が陽光を受けて仄かに輝いている。壁は淡いクリーム色の漆喰に金のモールディングが走り、角ごとに花や天使のレリーフがあしらわれていた。
窓には天井まで届くほどの丈のカーテンが二重にかけられている。外側は深紅のベルベット、内側は透けるようなレース生地で、風が通るたびに柔らかく揺れた。窓辺に置かれた鉢植えの白い蘭からはかすかな香りが漂ってくる。
部屋の中央には大人2人が寝転んでも余るほど広いベッドがあり、真っ白なシーツにシルクの掛け布団がかかっている。枕はふかふかと山のように積まれ、触れるのが怖くなるほどだ。
脇にはマホガニー材のライティングデスクがあり、上には重厚なランプとクリスタルのインク瓶が並んでいる。
天井を見上げれば、小ぶりながらも本物のクリスタルシャンデリアが吊り下げられ、光を七色に散らしていた。
これが「一番狭い」部屋だというのだから、徐福には笑うしかなかった。
「これは掃除が面倒ネ……」
「掃除? それはお手伝いさんがやってくれるから、ジョーさんは気にしなくていいよっ!」
「……。あぁ、そうカ……」
食事はダンスルームと見紛う食堂で朝、昼、晩3食きちんと提供される。
しかもメニューはテオの家に雇われたシェフが、栄養を完璧に計算した創作料理。一度たりとも同じメニューは出されない。リクエストをすれば出してくれるらしいが。それに加えて、おやつまである。そのおやつも市販品ではなく、パテシエが調理した一品スイーツだ。
果たして自分は貴族だっただろうか、と徐福は目眩を覚えた。贅沢の価値を理解できず、自分がどこに立っているのかわからなくなるのだ。
しかし20人は座れる長い長いテーブルの端に座り、テーブルマナーを知らないままナイフとフォークを握るのは何だか滑稽に思える。後ろに控える使用人の視線も気になって、徐福は食堂での食事に忌避感を覚えた。
「ここで食べるの、落ち着かないヨ……」
「あ、じゃあ部屋に運んで貰う? ねぇ、その時はオレも一緒に食べていーい?」
「勝手にしロ」
「仕事」という体裁で、テオと遊ぶ時間は、徐福が通信教育を終えた夕方に設けられることが多かった。
呼び出し先はたいていテオの部屋だ。そこで2人はバーチャルゲームやパズル、チェス、TRPGといったシミュレーション系の遊びに没頭する。時には壁際のスクリーンいっぱいに投影された映画やドラマを観て、互いに感想を言い合うこともある。
「ジョーさん、お泊まりさせて~っ」
普段は徐福を自室に呼ぶ事が多かったテオだが、徐福の部屋に転がり込む事もままあった。
パジャマ姿で予告なくやってきて、許可を得る前にベッドへダイブする。自由で遠慮のないテオに徐福は何度、溜め息を吐いたかわからない。
「ノックぐらいしロ」
「一秒でも早く会いたかったんだもんっ!」
「ガキかお前ハ……。いや、ガキだったナ」
しかし徐福はテオを摘み出す事は一度もしなかった。
それは雇い主を無碍にできないから、などと言う打算的な思いからではない。
……ただ遊びに来た友達を、追い払う理由が、なかっただけである。
「ねぇ、ジョーさん。オレん家に来てさぁ、楽しい?」
ベッドの上でクッションを抱きしめながら、テオは問う。
「嫌な事あったら言ってね! 友達が悲しいのヤだから!」
「今更、何を言い出すのかと思えばそんな事ヲ……」
「お父さんとお母さんに言われるんだ、友達なら何でも言い合える仲になりなさいって! ……もしオレん家にいるのが嫌になったら、別荘とか寄宿学校とかも、紹介できるよって、ちゃんと伝えなさいって……」
しょんぼりと眉を下げ、あからさまに「ジョーさんと離れたくない」と顔に書いておきながら、テオはテオなりに精一杯、徐福の幸福を望んでいる。
ただの働き手としてしか見られていなかった徐福からするとそれは新鮮で、ほんの少し、くすぐったい。
「ここから更に余所に行くのは面倒ダ。今のままでいイ」
「本当っ!?」
ベッドの端に腰を下ろした徐福の言葉に、テオの顔がパッと明るくなる。
幼さ相応に、彼は感情のすべてを隠さず表へ出すのだ。
「……お前は随分と可愛がられているナ。ここに来るまでお前のような親は、フィクションの中にしか存在しないと思っていたヨ」
「うん! オレ、お父さんとお母さん大好きだよ! オレの話何でも聞いてくれるし、悪い事は悪いって教えてくれるし、欲しい物も何でも揃えてくれるっ!」
(アタシをほぼ拉致した事は“悪い事”に入らないのカ……?)
「でも友達だけは自分で見付けて作らないと駄目だって、言われたんだぁ」
そこでテオはむくりと起き上がって、徐福へ真っ直ぐ顔を向けた。
「ジョーさんと友達になれて、オレすっごい幸せ」
「そうカ」
「……ジョーさんは、幸せ?」
「まぁまぁだナ」
「そっか!」
そんな素っ気ない回答にも、屈託のない笑顔を浮かべたテオは、すぐさま話題を変える。
「ねぇねぇ! 今日は将来の夢を話そうよ! オレはね~、ゲームクリエイターになるんだ~っ! こどもパークみたいな楽しい場所、いっぱい作るっ!」
「夢、夢カ……。アタシは静かに暮らすのが夢ヨ。田舎の片隅で日光浴ができればそれでいイ」
「植物になりたいってコト!? それ夢と違うと思うよ、ジョーさんっ! もっとこう、なりたい職業を思い浮かべようよっ!」
そう言ってテオはベッド脇に置かれていた本棚から「はたらきもの」という絵本を引っ張り出し、運転手や料理人が柔らかな筆致で描かれたページを開く。
2人はその絵本をめくりながら、夜更けまで将来の夢を語り合った。
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