毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第509話 暖炉の煙突

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 その日はクリスマスの夜だった。
 屋敷ではきらびやかなツリーが飾られ、親戚や招待客を交えた盛大なクリスマスパーティが開かれていた。だがテオは「ジョーさんと一緒じゃなきゃ意味がない」と言い張り、広間に顔を出すことなく、徐福と共に自室へ籠もっていた。
 それは徐福にとって、生まれて初めてのクリスマスだった。2人だけの静かな夜を祝うように、扉の向こうからは賑やかな笑い声や演奏がかすかに響いてくる。

 銃声が轟いたのは――いつの瞬間だったか。
 祝祭のざわめきを一瞬で掻き消す、鋭い破裂音。それは続けざまに幾度も重なり、広間の音楽と悲鳴が入り乱れた。
 屋敷の警備を突破して雪崩れ込んだのは、明らかに組織的に動く武装集団だった。マフィアか、それに類する者達か。
 銃弾は壁を砕き、硝煙と血の匂いが廊下を満たす。警備員も使用人も、親戚もゲストも、そして両親すら――次々と撃たれ、斬られ、殴り倒されていく。
 煌めいていたはずのクリスマスの夜は、一転して地獄の色に塗り替えられた。

「テオ、テオ。こっち来るヨ」

 銃声が響いた瞬間、徐福は迷わずテオの手を掴み、廊下を忍ぶように走り抜けて徐福のゲストルームへと戻った。
 部屋に入るなり、暖炉の前に立つ。今日は一日中火を入れていなかったため、中は冷え切っている。小柄なテオならば、すっぽりと中に身を潜められた。

「ここに隠れているといいヨ。大丈夫だ、きっと見付からなイ」

 徐福が押し込むように促すと、テオは戸惑いながらも暖炉の奥に身を丸める。その前に衝立を立て、影が見えぬよう覆い隠した。

「口を閉じて、目を瞑って、耳を塞いでいロ。少し静かにしていれば、警察がすぐに来ル。だから……心配いらなイ」
「……ヤだ」

 暗闇の中から、掠れた声が返ってきた。

「ジョーさんも、一緒にいて? ひとりは……ヤだよ」

 テオの声は、幼い懇願そのものだった。

「……いいや、無理ダ。定員オーバーネ」
「隠れるんじゃなくて、外に出ればいいんだよっ! ジョーさんはサンタクロースがどうやってお家に来るのか、知らない?」

 泣きそうな声で訴えるテオに、徐福は困ったように眉を寄せる。しかし、暖炉に押し込まれた小さな体が必死に笑顔を作ろうとしているのを見て、言葉が出なかった。
 テオは自ら煙突内部の梯子を探り当て、暗闇の中で手探りしながら登り始める。小さな指先が冷たい鉄に触れ、煤で黒く染まっても構わないといった勢いだった。

「煙突の出口……。屋根は雪が積もってて、とっても寒いだろうけど、2人でくっ付けば、寒くないよね?」
「……。わかっタ、わかっタ」

 徐福は根負けしたかのように苦笑をすると、テオの提案に従い、自らも暖炉の中に入ると、梯子に手を掛ける。煤に塗れながら、肩先に雪が舞い落ちる感触を感じつつ、慎重に登った。
 やがて2人が外に出る。屋根の上には深い雪がしんしんと積もっていた。雪の白さが、2人の小さな影を完全に覆い隠してくれる。
 静寂の中、遠くでサイレンの音が鳴り、警察が屋敷を包囲していることを告げていた。襲撃者たちの動きは徐々に制限され、鎮圧の兆しが見える。
 2人は互いに身を寄せ合い、凍える屋根の上で一夜を過ごす。手の温もりが唯一の安心となり、降り続ける雪が世界を隔絶したかのように、僅かな平穏を与えてくれた。

 その夜、テオは天涯孤独となった。

 ◇

 真っ赤なクリスマスが終わって数日後。
 警察に保護されたテオと徐福は、孤児院に身を寄せていた。事件現場となった屋敷に立ち入る事はできず、保護者となってくれる大人もいない為、他に行く場所がなかったのだ。

「屋敷に入ってきた人達、雇われた人だったんだって」

 孤児院の食堂で、テオは徐福にぽつりと言った。警察の話では、犯人集団の特定はまだ先だと聞いていたはずだが。

「その話、誰から聞いたんダ?」
「聞いてないよ? 自分で調べたんだ」

 テオは徐福の手を引き、孤児院の事務室へ向かう。小さな手が指す先には、一台のパソコンが置かれていた。大人達の目を盗み、勝手に使ったのだという。

「監視カメラの映像を集めて、特定してみたんだー」
「どうやって入手したんだ、そんな映像……。いや、そもそもパスワードを突破して扱っている辺り、頭おかしいと思うガ」
「えへへ、そんなに褒めなくても」

 徐福が引き気味で呆れ顔を向けると、テオは乾いた笑い声をあげた。
 しかしその表情には以前よりも力強さはなく、両親を失った悲しみが影を落としていた。

「クリスマスにさ、要人って言うのかな。政治的に重要な人がいっぱい来たみたい。その人達を反対勢力がまとめて片したくて、殺し屋さん雇ったんだって」
「……そんな事、映画の中だけでしか起こらないと、思っていたネ」
「オレもだよ、ジョーさん」

 淡々と語るテオの瞳が、遠くを見つめる。
 その視線には、同年代の子供とは思えない威圧感が宿っていた。

「でも起きちゃったから。対抗しないと、駄目だよね? ジョーさん」

 それから数日後、複数の政治家が失脚し、殺しも請け負っていたマフィアが壊滅した。
 電子の海に、不祥事の証拠が流れたのだ。裏金や権力の暴走、無辜の命を奪った凄惨な事実が次々と暴露され、言い逃れも揉み消しも悉く潰された。結果、関係者は次々と社会の表舞台から退場していった。今では全員、堀の向こう側だ。
 そして、それを仕組んだのが齢6歳の幼子――テオだという事実を知る者は、徐福しかいなかった。
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