毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第510話 万能薬辞典

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 粛清とも呼べる政界への鉄槌が下ってから一ヶ月後。
 社会の混乱が徐々に収まりつつある頃、テオは徐福と共に、亡き両親が所有していた別荘へと住処を移していた。
 別荘には2人だけで、大人の姿はない。本来ならば幼い子供だけで暮らす事など許可されない。しかしテオは巧妙に架空の名義を作り上げ、それを保護者として登録した。一緒に暮らしている体裁を整えることで、子供だけの生活を実現させたのである。

 その保護者の名は――『パラケルスス』。

 以降、テオは大人の目を欺くために、度々自らをパラケルススと名乗った。さらにホログラムでその姿を形成し、画面越しでの対話も可能にした。
 現代ならではのリモート環境やオンライン技術を駆使し、公的なやり取りも行える体制を整えたことで、2人の生活は外部から干渉されることなく続けられた。

 別荘での暮らしが始まってから、徐福は通信教育を再開した。屋敷にあった卵型機器カプセルを別荘に移したのだ。雇い主を失ったからと今更、中国に帰る気はさらさらなかった。身に付けた学でエンジニアでもなれば、どこにいても食いっぱぐれないだろう。そんなぼんやりとした人生設計を組み立てながら、ITを学ぶ道を歩み始めていた。
 テオはと言うと、小学校に入学するまでまだ時間があるからと(※スイスの小学校は6歳から入学で、8月末から始まる)――パラケルススの名義で仕事を始めた。
 資産家であるテオは働かなくとも、資金運用だけで生活できる。それにも関わらず働き始めたのは、架空の人物であるパラケルススの存在を現実感あるものとして強化する為だった。社会に所属させることで大人の目を更に欺く。幼いながらも理詰めで考えた末の行動だった。
 そこまでしてテオが徹底して大人を避けるのは理由がある。一夜にして両親を失ったことも関係しているが、それ以前からホームパーティに集う、私利私欲を滲ませた大人達の目と顔を見てきた為に、信用ができなくなってしまっていたからだ。
 たった一人の大事な友達と一緒にいられたら、それでいい。そんな排他的な思考に陥っていた。

 パラケルススの仕事は多岐に渡った。システム開発を請け負う事から始まり、電気信号への干渉を突き詰め、認識阻害や記憶精査といった、人間の脳そのものに介入するような技術すら編み出してしまった。ちなみにこのうち認識阻害の研究は、後に興味を持った徐福へと引き継がれていく。
 こうして、電子上でしか姿を現さない才人・パラケルススは、一部の業界で確かな存在感を示すようになった。電子の海で名声を高め、科学や医学における貢献度から国際的な賞の授与すら打診される程に。しかし、テオはその全てを拒絶した。彼にとってパラケルススとは、あくまで徐福との二人暮らしを守るための傀儡にすぎず、それ以上でもそれ以下でもなかった。仕事を続けるのも、軌道に乗ったから。ただそれだけの理由だった。

 そんな閉鎖的な生活を続けた2年後。
 西暦2280年。テオが8歳を、徐福が10歳を迎える年。
 別荘に、匿名で誕生日プレゼントが届けられた。テオは徐福と同じように通信教育で義務教育を履修しており、しかも飛び級によって短時間で幾度も学年が繰り上がっている。その度にクラスメイトも教師も変わり、プレゼントを贈り合うような関係を築けた相手などいない。
 一体誰が、何の目的で。
 そう思いながら郵便受けに乱雑に突っ込まれていた四角い包みを手に取る。ずしりと重い。リビングへ戻り、包装を剥がすと、中から現れたのはハードカバーの一冊の本だった。添えられていたバースデーカードには簡素な「おめでとう」の文字。
 本のタイトルは、《万能薬辞典》。
 しかしその表紙には、薬学とは無縁の奇妙な魔法陣が描かれており、ただの学術書には見えない不穏な気配を放っていた。

「テオ、その本どうしたんだ」

 卵型機器カプセルでの授業を終えた徐福が、お茶を片手に側に寄って来る。そしてテオの手にする本の表紙を見て、眉間にシワを寄せた。

「万能薬辞典……? 怪しすぎる。どこで買ったんだ、そんなもの」
「買ってないよっ! ポストに入ってたのっ!」

 むすっと頬を膨らませながら、テオは本を開いてみる。
 表紙の印象に違わず、中身もヘンテコであった。
 賢者の石。エリクサー。ポーション。ユニコーンの角。仙丹せんたん。ユグドラシルの葉。ネクター。アムリタ。ソーマ。変若水おちみず。テリアカ……。
 現実味が薄いものばかりで、どちらかと言うとファンタジー小説やバーチャルゲームを作る際に活用する、アイデア辞典に思える。効果の説明もどれも不老不死になれるだとか、どんな毒でも解毒するだとかあやゆる病を治すだとか、それが簡単に叶えば苦労しないと、子供ながら呆れてしまうレベルの荒唐無稽さ。

 著者の名前は、『トール』。
 パラケルススとして仕事をしていた時に、どこかで小耳に挟んだ気がしたが……詳細は忘れてしまった。

「トップに載っているのは賢者の石か。お前の好みをよく捉えているじゃないか」

 徐福は両腕を組んで感心したように呟く。
 テオは両親の形見となってしまった賢者の石こと辰砂を、別荘暮らしになった今でもガラスケースの中に大事に保管している。この本の送り主は、まるでその事を知っているかのようだった。

「お礼を考えないといけないな」
「お礼って言われても、送り主が誰かわからないんだよね。これ、ポストに突っ込んであったやつだし」
「は? そんな怪しいものを家に入れたのか、お前。爆弾や毒物だったらどうするつもりだったんだ」

 テオの無防備さに、徐福は目を細める。
 テオは慌てて「ちゃんと自動人形オートマタの鑑定機能でスキャンして確認したもんっ!」と直ぐに反論したものの、徐福は一歩も引かず、「正体不明の贈り物を受け取る時点で駄目だ。捨てろ、そんなもの」と冷ややかに告げる。

「でも本に罪はないし……。ちょっと興味ある内容には違いないし……」
「お前にストーカーが付き纏っていたとしても、アタシは知らないからな」
「ジョーさん冷たいっ!」

 その日の晩、テオはベッドの上で《万能薬辞典》を読み耽った。
 元々、賢者の石に連なる伝承が好きなだけあり、ファンタジーだろうと夢と希望に溢れた神秘には夢中になってしまう。
 そして余す所なく読み切った結果、テオは、ある決意を抱いた。

「……冒険、してみよう」

 本に書かれている内容は、フィクションの中にしか存在しない魔法。
 しかし効果はともかく、場所も、物も、現実に存在する。
 何の意味をなさないと心の片隅で理解していても、テオはそれに縋る道を、選んだのだった。


※徐福がカタコトでないのは流暢に英語が喋れるからです。西暦2320年現在、カタコトで話しているのはわざと。
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