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第二十四章 機能家族
第511話 レルネーの泉
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「意味がないと知りながら行くなんて、物好きだなお前は」
「そう思うなら無理について来なくていいよ~っ!」
「別に。今日は退屈だったから暇潰しをしているだけだ」
よく晴れたある休日。
テオは徐福と共に空陸両用車に乗って、スイスからパラス国へ移動をしていた。子供だけでは車の手配ができなかったので、例によってパラケルススの名義を使いレンタル。操縦は自動運転に任せ、2人だけの「小さな遠征」が現実となった。
「冒険楽しみだな~。見て見て、ジョーさん! ちゃんと必要な物買い揃えたよ! ヘルメットでしょ~。安全靴でしょ~。懐中電灯に軍手でしょ~? あ、ジョーさんの分はこっちね!」
はしゃぎながら、テオはリュックの中身をぶちまける。
車の床に転がったのは、まるで工事現場用の装備一式。観光目的というより、本気の探検装備だ。
「……そういえば行き先をパラス国だとしか聞いていなかったが、どこが目的地なんだ?」
「洞窟っ!」
テオの明るい返答を聞き、徐福は「留守番で良かったかもしれない」と軽く後悔したのだが、久し振りに見せるテオの満面の笑みを前にすれば、その考えも喉奥で消えていった。
パラス国に到着後、車を有料駐車場に残し、2人は徒歩で目的地へ向かった。東洋人と西洋人の幼い子供が、大きなリュックを背負って歩いている。なんて悪目立ちもいい所な組み合わせだったものの、テオが発明し徐福が改良した認識阻害装置のお陰で、通行人には「ただの観光客」として映っている。
そうして辿り着いたのは、テオの宣言どおり洞窟だった。
懐中電灯を向けても闇は濃く、岩肌は湿り、足元は不揃いな石で危うい。転べば頭を打ってもおかしくない危険な環境だ。軍手越しに石壁をつたいながら、2人は慎重に奥へと進む。
「テオ。これ以上道が荒れるようなら、お前を気絶させてでも引き返すからな」
「わかってる。ありがとう、ジョーさん」
テオの声は真剣そのものだった。
終わりの見えない常闇。その奥に、彼が求めているものがある。
ぴちゃん……ぴちゃん……
生き物の息遣いすらない空間に、水音が反響する。
懐中電灯を向けると、そこには――澄んだ水をたたえる泉があった。雨水が伝って溜まったものか、あるいは地下水脈が湧き出しているのかは判別できない。だが、荒れた洞窟の中にありながら、不思議なまでの清潔さを放っていた。
「あった! あったよ、ジョーさん!」
泉を見つけたテオは小走りに駆け寄り、膝をついて水面を覗き込む。
「テオ、滑り落ちたら事だ。もっと離れろ」
「いいの! 近くないと意味ないのっ!」
徐福の警告を跳ね除け、テオは肺いっぱいに空気を吸い込むと、
「お父さん! お母さん!」
大きな声で、両親を呼んだ。
声が洞窟の奥へと響き渡り、幾重にも反響して返ってくる。だが答えは、ない。当たり前だ。
2人とも、既にこの世にはいないのだから。
「お父さん、お母さん! オレ、会いにきたよ! 会いに、来たよ……!」
「……テオ。せめてそういうのは、墓の前でやったらどうだ?」
「ジョーさん知らない? 湖や川ってね、冥界に続いているんだよ? だからオレの声もきっと聞こえるよ! きっと、きっと……」
テオの目には涙が溜まり、言葉は弱々しく消えていく。
死者は蘇らない。声を聞く事も姿を見る事も叶わない。知っている。わかっている。それでも幼いテオはその事実を受け止め切れることができずに、こうして伝説に縋っているのだ。
その小さな背中が痛々しくて、徐福は何も返せなかった。ただ黙って隣にしゃがみ込み、同じ水面を見下ろす。
――そこで、違和感に気づく。
泉は澄んでいる。だが、透明ではなかった。
水底が見えるはずの距離でさえ、そこには真っ青な色が広がっている。
よく晴れた日の、海の色に似ている。
この暗い洞窟で、懐中電灯ひとつを頼りにそんな色が見えるはずがない。
常識では説明できない青さに、徐福の背筋は冷たいものが走った。
「お父さん、お母さん……」
テオがまた両親を呼べば、水面に、波紋が広がった。水滴は落ちていない。風の一つも吹いていない。
泉に何か、いる。
そう確信した徐福はテオの襟首を引っ張り、泉から距離を取らせようとした。
「わっ! ジョーさん、何するのっ!」
「いいから行くぞ!」
「待って、いきなり引っ張らないで……っ! ……あっ」
揉み合う拍子に、テオの手の平から赤い石が滑り落ちた。
ぽちゃん――。と音を立てて泉へ落ちていったのは、辰砂だ。
持ってきていたらしい。しかもタイミングの悪いことに、ちょうど手にしていた。祈りのつもりだったのかもしれない。
「と、取らなきゃっ!」
「駄目だ、危ない!」
得体の知れない泉。危険の気配が漂う場所に、テオを近づけるわけにはいかない。
2歳差とはいえ、今は体格にほとんど差がない。力は拮抗し、膠着状態となった。
ざぱっ
次の瞬間、水面が盛り上がり、そこから「それ」が姿を現した。
細長い。蛇に似ている。だが鱗はなく、ぬめりを帯びたつるりとした肌。
そして何より、全身を覆う色。陽光を反射して揺らめくその青は、よく晴れた海の色に酷似していた。
ただし大きさは常識を逸していた。人間を丸呑みにできるほどの巨体。
目の前に広がる光景は、想像の枠を易々と踏み破っていた。
硬直するテオと徐福。
短いが永遠のような沈黙の後、青い蛇は首をもたげ――ざぱん、と水飛沫を上げて泉へと沈んでいった。
「な、何なんだアレは……」
張りつめていた糸がぷつりと切れ、徐福は膝が崩れそうになるほど大きく息を吐いた。
知識にない存在。生命なのかどうかすら判別できない、得体の知れない何か。
未知との邂逅に、頭が焼き切れそうだった。
「わかんない、けど……」
テオもまた目を丸くして、蛇が姿を消した泉を覗き込んでいる。
やがて彼はしゃがみ込み、手を伸ばすと、水際に転がっていた丸い物体を拾い上げた。
「卵? 落としたみたい」
よく晴れた海の色に似た、表面がつるりとした楕円形の、まさに卵の形をした何か。
「捨てろ」
徐福は即答した。
「でもほら、これ見てジョーさん。賢者の石、くっ付いてる」
青い卵の一部に、赤い石がめり込むように融合していた。それはテオの両親の形見である、辰砂だ。間違いない。
青い卵がまるでスライムのように石を取り込んでいる光景に、徐福の背筋が粟立つ。
まさか青い蛇は辰砂を拾ってくれたのか? その為だけに顔を出した? と思いかけて、そんな都合のいい話ないだろうと、徐福はぶんぶんと頭を左右に振った。
テオは青い卵を抱えたまま、リュックに入れていた自動人形の鑑定機能でスキャンをかける。やがて満足げに頷くと、辰砂を入れていたガラスケースへと卵を丁寧に収めてしまった。
「おい、それ持って帰る気か!?」
「うん。賢者の石取り出したいし」
「新手の菌や毒が付着していたらどうする!?」
「スキャンには何も反応なかったから、危なくないよ。これはオレが責任持って管理する!」
「正気か……!?」
「元々ジョーさんがいきなりオレを引っ張った所為だもん、このぐらい許してよね~」
「ぐぅ……」
痛いところを突かれ、徐福は言葉を詰まらせる。負い目を盾にされれば、強くは出られない。結局、渋々ながらも承諾してしまった。
こうしてテオは、青い卵を手に入れたまま別荘へと戻る事になった。
それが、2人の運命を大きく狂わせる引き金になるとも知らずに。
「そう思うなら無理について来なくていいよ~っ!」
「別に。今日は退屈だったから暇潰しをしているだけだ」
よく晴れたある休日。
テオは徐福と共に空陸両用車に乗って、スイスからパラス国へ移動をしていた。子供だけでは車の手配ができなかったので、例によってパラケルススの名義を使いレンタル。操縦は自動運転に任せ、2人だけの「小さな遠征」が現実となった。
「冒険楽しみだな~。見て見て、ジョーさん! ちゃんと必要な物買い揃えたよ! ヘルメットでしょ~。安全靴でしょ~。懐中電灯に軍手でしょ~? あ、ジョーさんの分はこっちね!」
はしゃぎながら、テオはリュックの中身をぶちまける。
車の床に転がったのは、まるで工事現場用の装備一式。観光目的というより、本気の探検装備だ。
「……そういえば行き先をパラス国だとしか聞いていなかったが、どこが目的地なんだ?」
「洞窟っ!」
テオの明るい返答を聞き、徐福は「留守番で良かったかもしれない」と軽く後悔したのだが、久し振りに見せるテオの満面の笑みを前にすれば、その考えも喉奥で消えていった。
パラス国に到着後、車を有料駐車場に残し、2人は徒歩で目的地へ向かった。東洋人と西洋人の幼い子供が、大きなリュックを背負って歩いている。なんて悪目立ちもいい所な組み合わせだったものの、テオが発明し徐福が改良した認識阻害装置のお陰で、通行人には「ただの観光客」として映っている。
そうして辿り着いたのは、テオの宣言どおり洞窟だった。
懐中電灯を向けても闇は濃く、岩肌は湿り、足元は不揃いな石で危うい。転べば頭を打ってもおかしくない危険な環境だ。軍手越しに石壁をつたいながら、2人は慎重に奥へと進む。
「テオ。これ以上道が荒れるようなら、お前を気絶させてでも引き返すからな」
「わかってる。ありがとう、ジョーさん」
テオの声は真剣そのものだった。
終わりの見えない常闇。その奥に、彼が求めているものがある。
ぴちゃん……ぴちゃん……
生き物の息遣いすらない空間に、水音が反響する。
懐中電灯を向けると、そこには――澄んだ水をたたえる泉があった。雨水が伝って溜まったものか、あるいは地下水脈が湧き出しているのかは判別できない。だが、荒れた洞窟の中にありながら、不思議なまでの清潔さを放っていた。
「あった! あったよ、ジョーさん!」
泉を見つけたテオは小走りに駆け寄り、膝をついて水面を覗き込む。
「テオ、滑り落ちたら事だ。もっと離れろ」
「いいの! 近くないと意味ないのっ!」
徐福の警告を跳ね除け、テオは肺いっぱいに空気を吸い込むと、
「お父さん! お母さん!」
大きな声で、両親を呼んだ。
声が洞窟の奥へと響き渡り、幾重にも反響して返ってくる。だが答えは、ない。当たり前だ。
2人とも、既にこの世にはいないのだから。
「お父さん、お母さん! オレ、会いにきたよ! 会いに、来たよ……!」
「……テオ。せめてそういうのは、墓の前でやったらどうだ?」
「ジョーさん知らない? 湖や川ってね、冥界に続いているんだよ? だからオレの声もきっと聞こえるよ! きっと、きっと……」
テオの目には涙が溜まり、言葉は弱々しく消えていく。
死者は蘇らない。声を聞く事も姿を見る事も叶わない。知っている。わかっている。それでも幼いテオはその事実を受け止め切れることができずに、こうして伝説に縋っているのだ。
その小さな背中が痛々しくて、徐福は何も返せなかった。ただ黙って隣にしゃがみ込み、同じ水面を見下ろす。
――そこで、違和感に気づく。
泉は澄んでいる。だが、透明ではなかった。
水底が見えるはずの距離でさえ、そこには真っ青な色が広がっている。
よく晴れた日の、海の色に似ている。
この暗い洞窟で、懐中電灯ひとつを頼りにそんな色が見えるはずがない。
常識では説明できない青さに、徐福の背筋は冷たいものが走った。
「お父さん、お母さん……」
テオがまた両親を呼べば、水面に、波紋が広がった。水滴は落ちていない。風の一つも吹いていない。
泉に何か、いる。
そう確信した徐福はテオの襟首を引っ張り、泉から距離を取らせようとした。
「わっ! ジョーさん、何するのっ!」
「いいから行くぞ!」
「待って、いきなり引っ張らないで……っ! ……あっ」
揉み合う拍子に、テオの手の平から赤い石が滑り落ちた。
ぽちゃん――。と音を立てて泉へ落ちていったのは、辰砂だ。
持ってきていたらしい。しかもタイミングの悪いことに、ちょうど手にしていた。祈りのつもりだったのかもしれない。
「と、取らなきゃっ!」
「駄目だ、危ない!」
得体の知れない泉。危険の気配が漂う場所に、テオを近づけるわけにはいかない。
2歳差とはいえ、今は体格にほとんど差がない。力は拮抗し、膠着状態となった。
ざぱっ
次の瞬間、水面が盛り上がり、そこから「それ」が姿を現した。
細長い。蛇に似ている。だが鱗はなく、ぬめりを帯びたつるりとした肌。
そして何より、全身を覆う色。陽光を反射して揺らめくその青は、よく晴れた海の色に酷似していた。
ただし大きさは常識を逸していた。人間を丸呑みにできるほどの巨体。
目の前に広がる光景は、想像の枠を易々と踏み破っていた。
硬直するテオと徐福。
短いが永遠のような沈黙の後、青い蛇は首をもたげ――ざぱん、と水飛沫を上げて泉へと沈んでいった。
「な、何なんだアレは……」
張りつめていた糸がぷつりと切れ、徐福は膝が崩れそうになるほど大きく息を吐いた。
知識にない存在。生命なのかどうかすら判別できない、得体の知れない何か。
未知との邂逅に、頭が焼き切れそうだった。
「わかんない、けど……」
テオもまた目を丸くして、蛇が姿を消した泉を覗き込んでいる。
やがて彼はしゃがみ込み、手を伸ばすと、水際に転がっていた丸い物体を拾い上げた。
「卵? 落としたみたい」
よく晴れた海の色に似た、表面がつるりとした楕円形の、まさに卵の形をした何か。
「捨てろ」
徐福は即答した。
「でもほら、これ見てジョーさん。賢者の石、くっ付いてる」
青い卵の一部に、赤い石がめり込むように融合していた。それはテオの両親の形見である、辰砂だ。間違いない。
青い卵がまるでスライムのように石を取り込んでいる光景に、徐福の背筋が粟立つ。
まさか青い蛇は辰砂を拾ってくれたのか? その為だけに顔を出した? と思いかけて、そんな都合のいい話ないだろうと、徐福はぶんぶんと頭を左右に振った。
テオは青い卵を抱えたまま、リュックに入れていた自動人形の鑑定機能でスキャンをかける。やがて満足げに頷くと、辰砂を入れていたガラスケースへと卵を丁寧に収めてしまった。
「おい、それ持って帰る気か!?」
「うん。賢者の石取り出したいし」
「新手の菌や毒が付着していたらどうする!?」
「スキャンには何も反応なかったから、危なくないよ。これはオレが責任持って管理する!」
「正気か……!?」
「元々ジョーさんがいきなりオレを引っ張った所為だもん、このぐらい許してよね~」
「ぐぅ……」
痛いところを突かれ、徐福は言葉を詰まらせる。負い目を盾にされれば、強くは出られない。結局、渋々ながらも承諾してしまった。
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