毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
528 / 600
第二十四章 機能家族

第511話 レルネーの泉

しおりを挟む
「意味がないと知りながら行くなんて、物好きだなお前は」
「そう思うなら無理について来なくていいよ~っ!」
「別に。今日は退屈だったから暇潰しをしているだけだ」

 よく晴れたある休日。
 テオは徐福と共に空陸両用車に乗って、スイスからパラス国へ移動をしていた。子供だけでは車の手配ができなかったので、例によってパラケルススの名義を使いレンタル。操縦は自動運転に任せ、2人だけの「小さな遠征」が現実となった。

「冒険楽しみだな~。見て見て、ジョーさん! ちゃんと必要な物買い揃えたよ! ヘルメットでしょ~。安全靴でしょ~。懐中電灯に軍手でしょ~? あ、ジョーさんの分はこっちね!」

 はしゃぎながら、テオはリュックの中身をぶちまける。
 車の床に転がったのは、まるで工事現場用の装備一式。観光目的というより、本気の探検装備だ。

「……そういえば行き先をパラス国だとしか聞いていなかったが、どこが目的地なんだ?」
「洞窟っ!」

 テオの明るい返答を聞き、徐福は「留守番で良かったかもしれない」と軽く後悔したのだが、久し振りに見せるテオの満面の笑みを前にすれば、その考えも喉奥で消えていった。
 パラス国に到着後、車を有料駐車場に残し、2人は徒歩で目的地へ向かった。東洋人と西洋人の幼い子供が、大きなリュックを背負って歩いている。なんて悪目立ちもいい所な組み合わせだったものの、テオが発明し徐福が改良した認識阻害装置のお陰で、通行人には「ただの観光客」として映っている。

 そうして辿り着いたのは、テオの宣言どおり洞窟だった。
 懐中電灯を向けても闇は濃く、岩肌は湿り、足元は不揃いな石で危うい。転べば頭を打ってもおかしくない危険な環境だ。軍手越しに石壁をつたいながら、2人は慎重に奥へと進む。

「テオ。これ以上道が荒れるようなら、お前を気絶させてでも引き返すからな」
「わかってる。ありがとう、ジョーさん」

 テオの声は真剣そのものだった。
 終わりの見えない常闇。その奥に、彼が求めているものがある。
 ぴちゃん……ぴちゃん……
 生き物の息遣いすらない空間に、水音が反響する。
 懐中電灯を向けると、そこには――澄んだ水をたたえる泉があった。雨水が伝って溜まったものか、あるいは地下水脈が湧き出しているのかは判別できない。だが、荒れた洞窟の中にありながら、不思議なまでの清潔さを放っていた。

「あった! あったよ、ジョーさん!」

泉を見つけたテオは小走りに駆け寄り、膝をついて水面を覗き込む。

「テオ、滑り落ちたら事だ。もっと離れろ」
「いいの! 近くないと意味ないのっ!」

 徐福の警告を跳ね除け、テオは肺いっぱいに空気を吸い込むと、

「お父さん! お母さん!」

 大きな声で、両親を呼んだ。

 声が洞窟の奥へと響き渡り、幾重にも反響して返ってくる。だが答えは、ない。当たり前だ。
 2人とも、既にこの世にはいないのだから。

「お父さん、お母さん! オレ、会いにきたよ! 会いに、来たよ……!」
「……テオ。せめてそういうのは、墓の前でやったらどうだ?」
「ジョーさん知らない? 湖や川ってね、冥界に続いているんだよ? だからオレの声もきっと聞こえるよ! きっと、きっと……」

 テオの目には涙が溜まり、言葉は弱々しく消えていく。
 死者は蘇らない。声を聞く事も姿を見る事も叶わない。知っている。わかっている。それでも幼いテオはその事実を受け止め切れることができずに、こうして伝説に縋っているのだ。
 その小さな背中が痛々しくて、徐福は何も返せなかった。ただ黙って隣にしゃがみ込み、同じ水面を見下ろす。
 ――そこで、違和感に気づく。
 泉は澄んでいる。だが、透明ではなかった。
 水底が見えるはずの距離でさえ、そこには真っ青な色が広がっている。
 よく晴れた日の、海の色に似ている。
 この暗い洞窟で、懐中電灯ひとつを頼りにそんな色が見えるはずがない。
 常識では説明できない青さに、徐福の背筋は冷たいものが走った。

「お父さん、お母さん……」

 テオがまた両親を呼べば、水面に、波紋が広がった。水滴は落ちていない。風の一つも吹いていない。
 泉に何か、いる。
 そう確信した徐福はテオの襟首を引っ張り、泉から距離を取らせようとした。

「わっ! ジョーさん、何するのっ!」
「いいから行くぞ!」
「待って、いきなり引っ張らないで……っ! ……あっ」

 揉み合う拍子に、テオの手の平から赤い石が滑り落ちた。
 ぽちゃん――。と音を立てて泉へ落ちていったのは、辰砂だ。
 持ってきていたらしい。しかもタイミングの悪いことに、ちょうど手にしていた。祈りのつもりだったのかもしれない。

「と、取らなきゃっ!」
「駄目だ、危ない!」

 得体の知れない泉。危険の気配が漂う場所に、テオを近づけるわけにはいかない。
 2歳差とはいえ、今は体格にほとんど差がない。力は拮抗し、膠着状態となった。
 ざぱっ
 次の瞬間、水面が盛り上がり、そこから「それ」が姿を現した。
 細長い。蛇に似ている。だが鱗はなく、ぬめりを帯びたつるりとした肌。
 そして何より、全身を覆う色。陽光を反射して揺らめくその青は、よく晴れた海の色に酷似していた。
 ただし大きさは常識を逸していた。人間を丸呑みにできるほどの巨体。
 目の前に広がる光景は、想像の枠を易々と踏み破っていた。
 硬直するテオと徐福。
 短いが永遠のような沈黙の後、青い蛇は首をもたげ――ざぱん、と水飛沫を上げて泉へと沈んでいった。

「な、何なんだアレは……」

 張りつめていた糸がぷつりと切れ、徐福は膝が崩れそうになるほど大きく息を吐いた。
 知識にない存在。生命なのかどうかすら判別できない、得体の知れない何か。
 未知との邂逅に、頭が焼き切れそうだった。

「わかんない、けど……」

 テオもまた目を丸くして、蛇が姿を消した泉を覗き込んでいる。
 やがて彼はしゃがみ込み、手を伸ばすと、水際に転がっていた丸い物体を拾い上げた。

「卵? 落としたみたい」

 よく晴れた海の色に似た、表面がつるりとした楕円形の、まさに卵の形をした何か。

「捨てろ」

 徐福は即答した。

「でもほら、これ見てジョーさん。賢者の石、くっ付いてる」

 青い卵の一部に、赤い石がめり込むように融合していた。それはテオの両親の形見である、辰砂だ。間違いない。
 青い卵がまるでスライムのように石を取り込んでいる光景に、徐福の背筋が粟立つ。
 まさか青い蛇は辰砂を拾ってくれたのか? その為だけに顔を出した? と思いかけて、そんな都合のいい話ないだろうと、徐福はぶんぶんと頭を左右に振った。
 テオは青い卵を抱えたまま、リュックに入れていた自動人形オートマタの鑑定機能でスキャンをかける。やがて満足げに頷くと、辰砂を入れていたガラスケースへと卵を丁寧に収めてしまった。

「おい、それ持って帰る気か!?」
「うん。賢者の石取り出したいし」
「新手の菌や毒が付着していたらどうする!?」
「スキャンには何も反応なかったから、危なくないよ。これはオレが責任持って管理する!」
「正気か……!?」
「元々ジョーさんがいきなりオレを引っ張った所為だもん、このぐらい許してよね~」
「ぐぅ……」

 痛いところを突かれ、徐福は言葉を詰まらせる。負い目を盾にされれば、強くは出られない。結局、渋々ながらも承諾してしまった。
 こうしてテオは、青い卵を手に入れたまま別荘へと戻る事になった。

 それが、2人の運命を大きく狂わせる引き金になるとも知らずに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...