毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第517話 《鉛(Pb)》

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 その一年後。
 西暦2288年。テオ16歳。徐福18歳。
 不老不死研究の傍ら、テオはウミヘビの【器】を造る事に、成功した。
 容姿は人間。髪や瞳の色といった色素は奇抜。みな一様にして整った顔立ち。テオの遺伝子をモデルケースに、成人男性の平均体型を目指したものの、身長には差がある。
 と言うのも、マネキンのような無個性な素体を用意しても、卵を埋め込むと勝手に変質してしまうのだ。寧ろ各々が自分で合わせられるよう、余白を残した方がよく馴染む。
 それらが模索している内に辿り着いた、ウミヘビの【器】の最適解であった。
 人造人間ホムンクルスが、完成した瞬間だ。

 尤もあくまで見た目の話で、中身は大きく異なる。
 彼らの体内に流れているのは青い血液。その青い血を問題なく循環させられる、頑丈でいて柔軟な血管は人間の細胞では到底、再現できず、全く違う物質が使われている。原料の割合で言えば、ウミヘビの内臓はガラスの方が近い。
 その血管を覆う肉体もまた強靭でなければ、青い血に耐えられない。しかしどれだけ丈夫に造っても、壊れる時は壊れてしまう。失血による乾きはウミヘビの死に直結するというのに。
 そこでテオは『壊れてもいい方向』に発想を転換させた。プラナリアやトカゲ、そしてアイギスの再生能力を参考に、自動修復させれば肉体の強度を保ちつつ、滑らからに動かす事ができる。
 これが功をなし、ウミヘビへ【器】を与える事が叶った。
 青い血を循環させる為、胸に埋め込んだ卵を心臓とし、卵がコミニケーションに使っていた電気信号を誘導し、意識を脳とリンクさせ、人間と変わらない動きをさせる。
 これでウミヘビ達をリビングの片隅で、退屈させずにすむ。

 テオは早速ウミヘビ達5人全員へ、【器】を与えた。

 ◇

「走れる! 走れるぞ、坊ちゃん!」
「駆けっこができるのう!」

 【器】の試行を重ね、安全性を確認できた後。
 別荘の中庭では、硫黄と砒素が芝生の上を走り回り、自由に動かせる四肢を堪能していた。
 ガーデンチェアに腰掛ける水銀は、そんな2人を「やんちゃねぇ」と呟きながら眺める。
 水銀の隣には鉛が芝生の上に腰を下ろし、スケッチブックを手に持って、花壇の花を眺めるアンチモンを、水彩絵具で黙々と描いていた。

「楽しいかい? 鉛」
「うん。ずっとやってみたかったんだー、お絵描き」

 後ろからスケッチブックを覗き込んでいたテオの問いかけに、鉛はふにゃりと屈託なく笑って頷く。
 鉛の容姿は、鉛色モノクロだった。髪も瞳もネズミのような色をしていて、それもそれでテオは綺麗だと思ったのだが、鉛自身はあまり好きではないようだった。
 だからか、鮮やかな色彩を持つ風景や、他のウミヘビを絵に描き出す事を好んだ。自分の持っていない色彩ものを、自分の代わりに紙へ乗せる。
 そこから派生して化粧にも興味を持ち、他のウミヘビに施していた。鉛曰く、自分が着飾るよりも、周りが華やかになる方が好きなのだと言う。

「アンチモンって、綺麗な色だよねー」
「い、いきなり何? 煽ててもウチは何も返せないからね?」
「えー? 顔料の事言っているんだけどー?」
「ちょっ、紛らわしいしっ!」

 鉛達の卵と同化した鉱石、それらは顔料として使えるものだったから、鉛は積極的に使用していた。
 鉛の意思は尊重したい。しかし鉱毒で体調が崩れるかもしれない。そう思ったテオは【器】のメンテナンスや微調整も兼ね、幾度も検査を重ねてみたところ、ある事がわかった。
 ウミヘビ達は、毒の影響を受けない。
 極端な量の毒を取り込まない限りは、卵の姿でいた時と同じように、何の問題なく生活ができる。
 病に罹らない。毒は効かない。怪我は修復する。
 結果的に、不死に近い存在が出来上がった事をテオは知った。

(【器】の劣化速度とか耐久年数がどうかとか、まだ調べなきゃいけない事はあるけれど……。【器】をあげる、って言う目標は達成できた。これからどうしようかな)

 中庭で自由に過ごすウミヘビ達を、一歩離れたところで眺めながら、テオは顎に手を当てる。
 【器】は大方、完成した。ウロボロスに所属する理由はもうない。

 テオはウロボロス研究所で、『不老不死の肉体を人工的に造り、その肉体に脳を移植する事で意識を移す』。そう取り繕ってウミヘビの【器】を秘密裏に造っていた。だがウミヘビの【器】は人間では動かす事は叶わない。人間の脳を移植したところで、神経を繋ぐ事も血を巡回させる事も出来ないからだ。
 【器】は人間の形をした、棺にしかならない。
 これならば機械に脳を埋め込む……。つまりサイボーグ化実験の方が、まだ不老不死の可能性がある。
 そう結論付けて、“この研究には見込みがない”と報告すれば穏便に手を引けるだろう。

(ジョーさんの助手に落ち着こうかな。ウロボロスって給料いいし、機材は常に最先端の物が使えるし、新薬開発し放題だし、その新薬が世に出て救えた命もあって、やり甲斐も充分。職場として飽きないんだよね)

 テオの好奇心を満たすのに、ウロボロスというは丁度いい。
 次にやりたい事が思い浮かぶまでは、脱退しなくていいかと思う程に。
 フィールドワークと偽称して外出すれば、いつでもウミヘビ達と会える点も、研究所に留まる一つの理由となっていた。

(……このまま皆んなと仲良く暮らせていけたら、オレはそれで幸せだ)

 一度は血の海に沈んでしまった、温かな家庭。
 それを再び手に出来たテオは、満たされていた。
 職場には大好きな友達の徐福がいる。家に帰れば出迎えてくれる家族ウミヘビがいる。たまに参加する民間の学会ではミシェルと鉢合わせし、口喧嘩をする事も度々あるが……それもいいスパイスと考えれば受け入れられる。
 今が永遠に続けば――
 そんな空想する事も、あった。

(あぁ。不老不死が欲しいって気持ち、今ならちょっとわかるかも)

 ふふっと、笑みをこぼし、テオは春の日差しのような光景を、目に焼き付ける。
 この頃が最も、幸福だったかもしれない。

 ――平穏は、長くは続かなかったから。

 ◇

「お出かけ? なら俺はお留守番しておくー」

 それはテオが珍しく長期休みが取れた日の事だった。
 折角の機会。少し遠出して、皆でキャンプをしようとテオが提案してみたところ、鉛は「家に残る」と言ってきた。
 彼の手には、描きかけのキャンパス。最近ハマっている油絵で、中庭の風景を描いたものだ。

「これ。もう少しで完成するんだ。集中して描きたくってー」

 【器】を経て以降、ウミヘビ達は人間の生活を覚え、家事も買い出しも自分でできるようになっていた。自動人形オートマタに任せる事もできる所を、身体があるのだからと積極的に取り込み、学んでいったからだ。
 一人で家に残すのは少し不安だったものの、キャンプは一泊二日の予定。テオが研究で家を空ける期間よりも遥かに短い。

「わかったよ、鉛。ただオレ達が行くキャンプ場は電波が届かない場所だから、留守中、何か困った事があったらジョーさんを頼ってね」
「うんー」

 そうして鉛は玄関先で、車に乗り込むテオ達をずっと見送ってくれた。
 車が発車しても、家から離れても、シルエットになってしまっても、姿が見えなくなるまで、手を振り続けてくれた。
 それが鉛の姿を見た、最後の時だった。


 ▼△▼

補足

鉛(Pb)
言わずと知れた重金属。
白粉や顔料の材料であったり、その重さから重りとして扱われたり、その柔らかさから工芸品にされたりと、古来より広く利用されてきた。

しかし毒性は無視できず、脱鉛化が進んでいる。
鉛は摂取しても急性中毒になる事は少ないものの、赤子ならは近く命を落とし、大人でも蓄積すれば血液や腎臓へ影響を受ける他、遺伝までする可能性があるという厄介もの。
死産、奇形、脳障害など、胎児への影響は特に大きい。

ちなまに鉛(正確には酢酸鉛)は甘いので昔は食器を鉛でコーティングしていたものが流行っていた。
その結果、鉛中毒者も増えてしまったと言われている。



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