毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十四章 機能家族

第518話 改造

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 2日後の、夕方。キャンプの帰り道。
 電波が届く範囲に入って直ぐに、アンチモンは鉛に電子メールを送っていた。キャンプ場で撮った写真や、川遊びをした事、焚き火をした事、バーベキューをした事。
 鉛の好きそうな、綺麗な石や花を土産にした事。
 それらを文面にしたため、車の中から発信していた。

「酔わないの?」
「酔わない」

 水銀の懸念にキッパリ答えるアンチモン。
 しかし鉛からの答え、返信は来ない。既読さえ付かない。

「……鉛? 寝てる?」

 一切の反応がない事に、アンチモンはくしゃりと顔を歪めた。
 何かあったのかと電話をかけてみれば――応答しない。
 呼び出し音が、車内に虚しく響くばかりであった。
 嫌な予感がして、テオは車の操縦を自動オートから手動に変更。法定速度を無視し、離着陸規制を無視し、文字通り飛んで帰宅をした。
 そうして辿り着いた自宅は……荒れ果てていた。

 扉は破壊され、屋内の壁には銃痕。床には血痕。
 赤と青が混じっていて、鉛が負傷した事実を、ありありと伝えていた。

「……鉛?」

 真っ先に家へ入ったアンチモンは、震える声で鉛の姿を探す。

「鉛、鉛、鉛。どこ行ったし。お土産も、あるのに。鉛……」

 幾ら呼びかけても返事はなく。
 家の2階。鉛の為にと設けたアトリエには、描きかけのキャンパスがイーゼルに乗ったまま。そこには青い血が彼方此方に飛び散っていて、アトリエ全体を花のように彩っていた。
 ここで、襲われたのだ。
 誰に?

「坊ちゃん、外に出ましょう」
「そうだね。ワタシ達の血は、坊ちゃんには毒だから」

 アトリエの惨状を見た水銀と硫黄に手を引かれ、背を押され、テオは自宅の外に出されてしまう。
 青い血は、猛毒だ。近付くだけでも危ない。ただの強盗ならば、青い血を出血させてしまった時点で、なす術なく倒れてしまう筈。
 セキュリティの突破に成功したとして、青い血の危険性をあらかじめ把握していなければ、まともに対処できない。
 性質を知っていた誰かが、自宅に侵入した事となる。

「鉛、何処にもいないのぅ」

 テオの少し後に家から出てきた砒素が、肩を落とし寂しげな声で言う。
 家中探してみても、鉛の姿はなかったそうだ。

(……攫われた? それとも、殺され……)

 テオの喉の奥がひりつく。
 寒くもないのに身体が震えて、胃がびっくり返りそうになる。
 居なくなったのは鉛だけではなく、リビングに保管していた《卵》も消えていたそうだ。

 ――ウロボロスが、関係しているのでは?

 そんな思考が脳裏に過ぎったものの、確証はない。仮にウロボロスの何某による犯行ならば、警察は頼れない。頼ったところで使い物にならない。
 何せ相手は国家権力が絡む秘密組織なのだから。

 その日からテオは、徐福の助手というポジションを隠れ蓑に、ウロボロス内の詮索に注力した。
 そして、見付けた。

 実験台に横たわるは、ざんばらに伸びた髪を床に垂らし、焦点の合わない目で天井を見上げていた。
 虫の標本のように、釘を打ち付ける形で実験台に磔にされたの胸は、左右に開かれ肉を抉られ、《卵》を剥き出しにされている。
 卵が規則的に、どくどくと脈打つ様を、目視で確認できる。そして皮肉な事に、それがの生存を裏付けていた。
 顔立ちは、やつれてはいたが、かつてのまま。しかし髪も目の色も変色していて、印象は大きく異なる。
 真っ赤な、長い髪。インナーカラーは緑で、右目は青く、左目は黄色い。
 モノクロだった彼が憧れ、好きだと語っていた色取り取りの色彩。

「……鉛」

 テオは呼ぶ。家族の名前を。しかし触れられない。手を伸ばせない。ガラスの壁一枚隔てて、近付く事も叶わない。
 あちらこちらにできた青い血の水溜まりによって、中毒になってしまうから。

(水銀達を、呼ばなくっちゃ……)

 を弄くり回していた機械式アームは、ハッキングする事によって止めた。
 記録ログによれば、露出させた卵に針を刺して、多種多様な毒を注ぎ、改造を試みたらしい。
 それをもってして何を成したかったのかは知らない。
 聞き出す前に、ここにいた研究員は皆殺しにしてしまったから。

(……ウミヘビのレシピ、鉛の身体から分析されている、よね。家にあった卵も、行方不明のまま……)

 それを踏まえると、恐らく何処かで、ウミヘビは造られていっている。
 そして鉛のように、非人道的な扱いを受けているのだとしたら。

(もう、いいか。オレにとって一番優先すべきものは、家族だから……手を出してきた物は何だろうと、許しはしない)

 西暦2290年。
 テオがウロボロスに所属してから、丁度3年。テオが18歳になる年。
 彼はウロボロスの解体を、断行した。

 ◆

「ジョーさんには『勝手に職場を物理的に消すな』、って怒られたっけ。今度はオレがジョーさんを助手として雇うから、って言ったら許してくれたけど」

 元より資産は一人では使い切れないほどある。
 職場がなくなろうが、徐福を雇うのもウミヘビ達を養うのも難なくできた。

「それからジョーさんの手も借りて、鉛の身体は修復したけど、変色や記憶は戻らなくてね。よっぽどショックを受けたからか、意識が戻るまで長いこと寝ていた所為か、わからないけど……。人格まで変わってしまって、筆を持つ事はなくなってしまった」

 円柱に背を預けながら、テオフラストゥスはどこか寂しそうに言葉を紡ぐ。

「名前もね、四アルキル鉛か、テトラミックス。そう呼ばないと反応しないようになってしまって、特に仲が良かったアンチモンは愕然としていた。今も、納得し切っていないかもしれない。……それでも、生きて戻ってきてくれただけで良かったって、思うようにしている」

 テトラミックスを戦闘に出さない、ウロボロスと関わらせない理由は、かつて彼が受けた『改造』に帰結をする。
 何かの拍子で、精神が不安定にならないように。単純に、肉体を激しく損傷したテトラミックスを二度と見たくないという、テオフラストゥスの個人的な考えも含まれているが。
 そこで今まで沈黙を保っていたモーズが、口を開いた。

「その、水銀達を後から呼んだという事は、テトラミックスが居た研究所には単身で乗り込んだのですか? 一人で、壊滅させた……?」
「正確にはアイギスも居たよ。アイギスはオレがジョーさんの助手になった時に寄生させていたから、あの頃にはもう扱いを心得ていた。銃火器持ってる相手でも簡単に制圧できたなぁ」
(恐ろしいな……)

 長年、アイギスを寄生させた宿主の武力は、戦車と同等なのではないか。
 そんな推測が脳裏を横切って、モーズは無意識に半歩セレンへ歩み寄ってしまう。

「ウロボロスは大きい組織だったから、大変だったよ。支部を一つ潰しても湧き出てきて、ウジ虫か何かかと思った」
「そ、そうなんですね」
「でも潰した分、ウミヘビを回収できたから、頑張った甲斐はあったね。居場所を突き止めるのが大変で、時間はかかってしまっていたけど、10年も費やせば大方、決着を付けられたと思ったよ」

 しかしその10年。
 西暦2300年になった年。24世紀、最悪の幕開け、その原因である珊瑚症が、爆発的に流行をした。
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