毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十五章 里帰り編

第526話 大義名分

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 ◇

 一方その頃。
 セレン達の待機する高級ホテルのスイーツルームでは、ルームサービスを受けたスタッフが持ち込んだフレンチが、中央のテーブルを豪奢に埋め尽くしていた。煌びやかな皿の数々は、もはや料理というより芸術品に近い。
 しかしそんなことはお構いなしに、3人はコースの順序もテーブルマナーも無視し、気に入った料理から好き勝手にフォークを突き立てる。

「そう言えば所長とアンチモンさんは、島の外で何をしていたのですか? ウロボ……」

 何気なく口にしかけたセレンの言葉は、アンチモンの射抜くような視線によって遮られた。
 彼が握っているナイフの切っ先が今にも飛んできそうな鋭さを帯びたところで、セレンはウロボロスの話題はテトラミックスの前では禁句であった事を思い出し、ゴホンと咳払いをして誤魔化す。

「……失礼。迷子のウミヘビ探しでもしていたのでしょうか?」
「んーん。確かにウミヘビ探しもしていたけど、それはメインじゃなかった」

 アンチモンはナイフの切っ先でムニエルを小さく刻みながら、気のない調子で返す。

「国連本部とね。会議してたんだ、いっぱい」
「うわー。難しい話してそー」
「そうでもないし。国連がウチらウミヘビを常時貸し出せ、とか、所有権寄越せ、とか、そういうの突っぱねてた感じ」

 皿の上でほろりと崩れる白身魚をつつきながら、アンチモンは事もなげに言った。
 国連はこれまでも、ウミヘビが関わる騒動が起きるたびに国連警察を人工島アバトンへ送り込み、事あるごとにオフィウクス・ラボへ圧力をかけてきた。
 その真意はラボの不祥事を掴み、ウミヘビの所有権を握る事にある。
 しかしウミヘビの尊厳を重んじるテオフラストゥスにとって、所有権の譲渡は到底、受け入れられるものではなく。ジュネーブにある国連本部で、国連事務総長を含む要人達と直接対峙する必要があったのだ。

「あと、『契約』を破棄させようとしてた」

 ニコチンやタリウムが国連と交わされている、国連と『の契約』。

「……あの契約が行使されると、ウミヘビは兵器として扱われるから」

 セレンやテトラミックス、アンチモンにとっては関係のない話になるものの――テオフラストゥスが未だに握り潰せない『契約』の効力は強く、一定の条件が揃えば所有権を強制的に奪われる危険性がある。
 その『契約』を何かの拍子に、難癖を付けてでもセレン達にも同様に結ばされてしまえば、その後、一生縛られてしまう可能性は大いにある。
 決して油断はできない。

「あと今、フリードリヒがウミヘビに頼らない対『珊瑚』の兵器開発しているから、その普及が叶った時のプランも国連に伝えていたよ。クスシを中心に人工島アバトンを運営して、ウミヘビを外には出さないって。『契約』は『珊瑚』が関わらなきゃ発揮されないし、島の外にさえ出なければ、ウチらは何にも脅かされない」
「えー? それ、遠征とか出来なくなるって事? 車に乗れなくなるのは嫌だなー」

 ラタトゥイユのナスをフォークで刺し、不満げに口へ放り込むテトラミックス。
 島内では車に乗る機会などない。それは車好きの彼にとって耐え難いことだった。

「車とか、シミュレーターでも乗れるでしょ」
「でも実際に運転するのとは違うよー。あと整備とか改造するのも好きだしさー。何より潮風感じながら走るのができないよねー」
「確かに細かいとこの再現は難しいかもだけど……。島外で何か仕掛けられるより、ずっとマシだし」

 安全を求めるアンチモンと、自由を求めるテトラミックス。
 テトラミックスが“”経緯を鑑みれば、アンチモンのように閉じ籠る選択を選ぶのもわかる。よってセレンは無用な衝突を避け、口を挟まず、ビーフシチューの柔らかな牛肉を噛み締める。
 しかし事情を知らぬテトラミックスはアンチモンの意見に納得できる筈もなく、理想を語るのをやめなかった。

「アンチモン、知ってる? モーズ先生は俺達にも人権をーって、色々と考えてくれているんだよー。俺としてはモーズ先生の考えの方が好き、」
「一介の医師が!」

 ガシャンッ!
 その時、アンチモンの拳がテーブルに叩き付けられた。食器が跳ねて甲高い音を立て、コップが横倒しになる。

「どうにか出来る、問題じゃないし……!」

 鬼気迫る形相と震える声。
 その剥き出しの感情に、テトラミックスは息を呑み、言葉を失った。

「……ご、ごめんアンチモン。俺、嫌なこと言っちゃったみたい?」
「……いや。こっちこそ、大声出して悪かったし……」

 倒れたコップをそっと元に戻しながら、アンチモンは眉を下げ謝罪を口にする。
 なお激昂にかられたアンチモンに慌てるテトラミックスとは対照的に、セレンは変わらず沈黙を守っていた。

(所長がウロボロス解体に踏み切って、ウミヘビが国連に認識されるようになってから、おおよそ30年でしたか。それだけ長い時間をかけても、私達に人権が与えられていないという事は……そういう事なんでしょうね)

 基本的にウミヘビは失血しない限り際限なく再生し続け、戦闘能力に優れ、宿す毒素に至っては辺り一帯の生物を死滅させ土地さえ枯らす。
 幾ら人間と同等の知性を持っていようとも、そんな生物兵器を人間とは認められない。それが国連の覆る事のない答えなのだろう。

(しかしモーズ先生ならば何か、変化をもたらしてくれそうだと期待を抱いてしまうのは……。私の贔屓が強い所為でしょうか?)

 絶対的に思える国連の判断。それを覆してしまう何かを、モーズは持っている気がして。
 セレンはちらりと横目で、BGM代わりに盗聴音声を流しているラジオへ視線を向けたのだった。

「……色々とオブラートに包んでいるけど、結局はさ、国連は廃棄したいんだよ。ウミヘビ、全員」

 幾らか落ち着きを取り戻したアンチモンは、ふと、残酷な真実を吐き出した。

「《卵》だけ残しておいて、使えそうな時が来たら再利用リサイクルするって形が理想みたい」

 《卵》の状態ならば衣食住を与える必要がなく、収納コストは僅かで済む。
 普段は保管し、有事の際に起動させる――まさに兵器としての運用である。
 とても効率的で、合理的だ。冷酷なまでに。

「所長はそれを何としても止めたいんだ。けど話は平行線みたいで、決着を付けられてない。だから国連が変な介入してくる前に『珊瑚』を片して、ウミヘビを人工島アバトンから出す理由を無くすのに奔走している、って感じ」

 でも、と、アンチモンは言葉を続ける。

「所長が必死にウミヘビを集めて、教育して訓練して、災害鎮圧を重ねる度に……。国連はウミヘビを脅威とみなして、壊す大義名分にしてくるんだよね」

 深い悲哀を滲ませて。

 ◇
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