毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十六章 交差する思惑

第537話 長途の途中にて

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 ◆

 西暦2317年。

「先生はどうして俺を選んだのですか?」

 夜の森を歩く最中、ブロムは先を歩くフランチェスコに問いかけた。

「それ、どういう意味かな?」
「……パラチオンの方が、能力が高かったはずです」

 ブロムと同じ研究所で造られたウミヘビ、パラチオン。
 調整の関係で、彼が培養槽から出た姿を見る事はなかったが、毒素の強さや身体能力の高さはブロムの比ではない。
 しかしフランチェスコが手を取ったのは、ブロムであった。自分を造った生みの親であり、被人道的な研究所内とは思えないほどの穏やかに接してくれたフランチェスコ。彼が連れ出してくれた事は、ブロムは心から嬉しかった。しかし同時に、自分では力不足ではないかと言う後ろ向きな感情が付き纏って仕方ない。
 するとフランチェスコは前を向いたまま、ブロムへこう答えた。

「確かに単純な強さはパラチオンの方が上かもしれないね。でもほら、あの子は幼過ぎる。僕じゃ制御できないよ。ラボに任せるのが一番よかったんだ」

 パラチオンが培養槽から出られなかった理由。
 それは強力な能力に対し、自制が効かないとわかっていたからだ。このまま、外へ出したとしても本能のままに暴れ回り、誰にも止められないまま、研究所を壊滅させてしまうのは目に見えていた。
 ブロムが液体非金属を駆使して制御できればあるいは、という案も出ていたが、結局、それが実現する事はなかった。
 地力が違い過ぎる。
 よってフランチェスコはパラチオンを自分の手元に置いておくのではなく、オフィウクス・ラボへ研究所の情報を匿名でリークする形で保護を任せた。
 ウロボロスあそこで得られる情報も技術も、この2年で大方身に付けられたから。

「でも例えパラチオンが僕の言う事を素直に聞いてくれるいい子だったとしても、僕はブロムを選んだよ。僕の旅には君が必要だから」
「ではどうして、オフィウクス・ラボの車に乗っていたウミヘビを勧誘したのですか? 彼も俺より格上だ。……俺では心許ないから、強さを、求めているのでは?」

 ラボの車に乗っていたウミヘビ――赤毛の車番、テトラミックス。
 パラチオンと同じ第三課に属し、毒素も身体能力も非常に高い。更に加えれば、彼はウミヘビの中でも年長。場数もそれなりに踏んでいるだろう。

「……俺は、アイギスを追い払う事しか、出来なかった……」

 彼がいればフランチェスコが望む通り、アイギスの入手が叶ったかもしれない。
 そう思うと、悔しさと惨めさが、ブロムの胸の奥で渦巻く。

「あのウミヘビを連れていたとして、結果は同じだ」

 しかしフランチェスコはそんなブロムの悲観を否定した。

「アイギスはウミヘビの天敵なんだから、敵う子なんていないよ。まして群れ相手に。寧ろ追い払えた事を誇ろうよ、ブロム」
「先生……」
「あのね、ブロム。あのウミヘビに声をかけたのは、何だか寂しそうだったから、ってだけ」
「寂しそう、ですか?」

 ブロムはテトラミックスの姿を遠目で見たのみだが、ルービックキューブを手にマイペースに過ごしていたと記憶している。
 目元は真っ黒いゴーグルをかけていて窺えなかったものの、口元は薄らと笑みを浮かべ、少なくとも暗い表情をしていなかったように思った。

「うん。一人車に残されて、蚊帳の外に置かれて……。平気そうな顔をしていたけど、何処かで疎外感を覚えていたんじゃないかなぁ? だから僕らとちょっとした暇潰しが出来たら素敵かなって思ったんだよ。まぁ結果として、フラれてよかったんだ。じゃなきゃオフィウクス・ラボの所長に目を付けられてしまうから」

 研究所が把握していた情報では、テトラミックスはオフィウクス・ラボの所長テオフラストゥスが自らの手で造った5人のウミヘビのうちの一人。
 そして拉致の末にウロボロスの改造を受けた、被験者。
 その結果か、テオフラストゥスはテトラミックスを過保護に扱っている節があり、本人の希望を汲んで運転手という役割を与えているものの、高い戦闘能力を活かさず戦闘は控えさせている。
 もしもフランチェスコが下手に接触すれば、テオフラストゥスは地の果てまで追跡してくる事だろう。

「目を付けられてしまっては、困るのですか?」
「そりゃあもう。だってあの人は絶対、ブロムを連れて行っちゃうもの。僕にはブロムが必要なのに」

 当たり前のように必要とされたことに、ブロムは目を丸くする。

「僕は、アイギスを手に入れられなかった。他の手を考えなくちゃいけない。ブロム、君はとても器用だ。君じゃなきゃ出来ない事が沢山ある。頼りにしているよ?」
「……はい」

 ブロムは力強く頷いた。
 背中を向けているフランチェスコからは見えないとわかっていても、自分に決意を表す為に。

「ねぇ。ブロムこそ僕でよかったのかい? 僕に従わず研究所に残っていれば今頃、他のウミヘビ達と過ごせ……」
「俺は、俺の意思で此処にいます」

 ブロムはフランチェスコの言葉を遮るようにして言った。

「どうか貴方のお役に立たせてください、フランチェスコ先生」
「……うん。期待に応えられるよう、頑張るよ」

 フランチェスコの真意を確認できたところで、ブロムは歩く事に意識を集中する。
 ウロボロスを秘密裏に脱退し、研究所の壊滅を見届けてから早一週間。
 2人は延々とトルコ国内を移動していた。目的地はフランスの東端、フランチェスコが育ったプロヴァンスだ。

「しかし全て徒歩での移動とは、長旅になるでしょうね」
「なるべく公共機関を使いたくないからね。でも3ヶ月もあれば着くでしょ。ふふ、着いたら久し振りにベーカリーに寄りたいなぁ」

 フランチェスコは声を弾ませる。
 疲れなど全く見せずに。

「幼馴染とね、通い詰めていたベーカリーがあるんだ。ブロムもきっと気に入ってくれるんじゃないかな? できたてのあったかいやつ、食べようね」

 ◆
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