毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十六章 交差する思惑

第538話 隠れ家と拠点

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 西暦2320年。
 フランス、プロヴァンスにある森の奥地。

「……フランチェスコ先生は、お前の話をよくしていた」

 そこの地下にある通路の中で、ブロムは膝を抱え座り込んでいた。
 正面には片膝を立て座るモーズ。斜め後ろには露骨に不機嫌な顔を浮かべたアンチモンが立っている。アンチモンは所長テオフラストゥスの命でブロムの見張りとモーズの護衛を任されてしまった為に、渋々ここに残っているのだ。

「共に何を食べていたのか、何処を歩いていたのか、何を話していたのか……。語ってくれたのはどれも、細やかな思い出ばかり。しかしその細やか思い出こそが、掛け替えのない宝物だったのだろう」

 ブロムは語る。フランチェスコと過ごした日々を。

「その時、ブリオッシュが好きなのだと聞かせてくれた。珊瑚症の症状が進み、寝たきりとなって――ついには喋る事が叶わなくなっても、あの店のブリオッシュを持ってくれば、先生は反応してくれた。微かにだが指先が、動いたのだ。本当に」

 ブロムがモーズを此処へ導く条件として求めた、ブリオッシュ。
 それはフランチェスコが人の意思を保っている事を知る唯一の手段で、ブロムはそれをよすがに、まるで神へ捧げる供物のように運び続けていた。

「持ってきたところで、先生が味わう事はもう出来ないというのにな。無意味な行為を、延々と繰り返して……」
「ブロム」

 そこでモーズが口を開く。

「ステージ5にも、意識がある。人としての意識が、ちゃんと。今は芽胞という名の休眠状態で意識はないだろうが、君の思いは伝わっていた筈だ」

 それは同情から来る慰めではない。
 ステージ5の声を聞き続けてきたモーズが知る、事実だ。

「ブロム。君はずっとフランチェスコの命を、心を繋ぎ止めていてくれたんだな。ありがとう。本当に、ありがとう」

 その上で、モーズは心からの感謝を告げた。
 ぐ、と。ブロムが唇を噛み締める。意味があるかもわからないまま続けてきた、孤独な戦い。それが今、報われた。
 人前でなければ、涙をこぼしていたかもしれない。

「しかし不思議だな。ステージ4以上になってしまえば、意識と関係なく暴力的になってしまうものだが……。外にも此処にも暴れた形跡がない。この寄生虫の効果で大人しかったのだろうか?」
「……詳しい事は、俺にもわからない。俺は、あまり頭が良くないから……」

 フランチェスコが研究内容を掻い摘んで話してくれた事もあったのだが、ブロムはその十分の一もわからなかった。
 わかっているのは、この通路を覆う蝿はフランチェスコを宿主とし、苗床とする代わりに彼の益になるよう動くというだけだ

「ただ先生は自分が正気を失う日を悟った後、意識が混濁する前にと直ぐに此処へ来た。3ヶ月前の事だ。それから間もなくして、先生は《根》になってしまった……」

 《根》となったフランチェスコは菌床を作り出し、通路と繋がってしまった。
 これでは移動させる事もままならず、ブロムの街と通路を往復する日々が始まった。ちなみにブロムが街で行っていた絵描きは現金を得る為の小遣い稼ぎで、それ以前はフランチェスコが研究所で確保していた金銭や遺産で生活を保っていたらしい。しかしフランチェスコの扱う金銭は電子貨幣。それも足が付かないよう様々なサーバを経由したり、偽造データを差し込んだりと手を加えていて、とてもブロムが扱える代物ではなかった為に絵描きを始めたのだ。
 モデルは勿論、人間受けのいいウミヘビ。彼らの顔は研究所で保管されていたデータで知った。

「フランチェスコ先生が言うに、この通路は昔、納骨堂に繋がっていたらしい。今は壁に塞がれて、入り口の上にも木が生えてしまったが……。しかし真上に大木が育つほど長い間、忘れ去れられた場所だ。隠れるのに打って付けだと、先生は考えた」
「そうなのか。私が生まれ育った土地だというのに、知らなかったな。……逆にフランチェスコは何故、知っていたのか……」

 モーズは顎に手を当て、首を捻る。
 しかし考察をしたところで答えを知る術はない。モーズは思考を切り替えた。

「あぁ、そうだブロム。ここは隠れ家であって拠点ではないだろう? 研究資料も実験道具も見当たらない。他にある筈だ」
「拠点は、来る途中にあった廃墟だ。そこで先生は寝泊まりをしていた」
「あそこを? 人が暮らしていた痕跡はなかったように思えるが……」
「先生が隠れ家から出られなくなったからな。使う事もなくなった」

 ブロムは街で絵を描き、得た金銭で生活を整えるか、この通路で過ごすかの二択。
 廃墟に寄る事がなくなってしまった為に、廃墟の周囲は雑草で覆われ急激に朽ちていってしまった。

(そう言えば畑には井戸があったな。飲み水にも使える。電気も、発電機があった筈だ)

 教会の設備を思い出し、2人で暮らすには充分だったかと納得するモーズ。

(そこに、この寄生虫についてまとめた資料があれば嬉しいのだがな……)

 今日はこれ以上目立たないよう、テオフラストゥスからこの場への待機を命じられてしまっている。拠点へ向かえるのは明日以降だ。
 フランチェスコが3年間過ごした、拠点。
 3年間……。

「……ん?」

 そこでふと、モーズは引っ掛かりを覚えた。

「ええと、ブロム。教会が閉鎖したのは3年前だ。それまでは普通に人が暮らしていたはず。素朴な疑問なのだが、どのタイミングで暮らすようになったのだろうか?」
「タイミング? 先生は住人を追い出して使っていたが」
「……。は?」

 追い出す。
 元いた住人、つまりシスターや孤児達を。

「あの教会の管理者は、人身売買の疑いがあるとして、一斉に検挙されていたぞ」
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