毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十六章 交差する思惑

第549話 最後通牒

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(今頃アセト、心配してるか? 何なら怒ってるかもなァ。ま、そりゃそうか。黙って出て行っちまったし、『珊瑚』が来るの黙認してたようなもんだしな。俺は)

 天敵であるウミヘビの暮らすアバトンに『珊瑚』が来る。それも合図として。ならばわかりやすく、何かしらの形で菌床が発生するのだろうのだろうとは予想していた。故にネグラ内で『珊瑚』から逃れやすそうな場所を探し、マンションの屋上を下見し、災害発生時は直ぐにアセトアルデヒドを避難させられるよう頭の中でシミュレーションをしていた。
 しかしまさか、天に届きそうな程に巨大な『珊瑚』の塔が発生するとは、思ってみなかったが。

(災害の時、運良くアセトの側に居たからあいつは真っ先に避難させられたが……。あの規模じゃ、壊れたウミヘビも出ちまっただろうなァ。クスシも生きてんだか……)

 その時ふと脳裏に浮かんだのは、治療と称してしつこく付き纏っていたモーズの顔で。
 ハッ、と。ニコチンは鼻で笑った。
 あの日、人工島アバトンに居なかったモーズは確実に助かっている事だろう。そして事態を知ればきっと失望し、激怒し、見放してくる事だろう。
 彼は突き抜けたお人好し。死人が出るレベルの外道を犯した者を赦す筈がない。

(どうでもいい事だけどな。俺は脱走したんだ、他のウミヘビも巻き込んで。災害も予見しておきながら黙認した。万が一、アバトンへ連れ戻される事があっても、待ってるのは廃棄だ。国連に残ったままでも、役目が終わりゃ廃棄されるに違いない)

 だからもう、モーズと顔を会わせる事はない。

(お上の連中が言う事にゃ、『珊瑚』を撲滅する算段があるとか? だから手を貸せだとか何とか。……奴らの企みが成功すれば、アセトの安全は二度と脅かされない。二度とだ。二度と)

 そして二度と、アセトアルデヒドの顔を見る事もないだろう。

(他に優先する事があるか? 何だってやってやるよ。アセトの為なら。アセト。俺はアセトさえ笑ってくれたら、笑ってくれるんなら、他に何も、いらない。あいつが笑ってくれる。それだけでいい。それ以外、何もいらねぇ。いらない。いらないんだ。いらない。いらないだろ。いらないよな。いらないねぇな。いらない。いらないから)

 どうか平和になった世界で、笑っていてくれますように。

 ◇

「やぁ、アダマス」

 国際連合本部ビルの一室。
 ブラインドカーテンを閉め切ったそこは薄暗く、光源は無数に浮かぶホログラム画面のみ。
 その中央で、革張りのソファに座していたアダマスの真後ろに――十字剣のフェイスマスクを付けたクスシ、オフィウクス・ラボ所長、が姿を見せていた。

「勝手に入ってくるだなんて、感心しないね。パラケルスス」
「オレ、ノックはしたよ?」
「息をするように嘘を吐く」

 アダマスは苦笑する。視線を青白い画面を映すホログラムに向けたまま。

「これから会議でね。生憎と君の相手をしている時間はない。退室をお願いするよ」
「息をするように嘘を吐く」

 素っ気ない態度のアダムスに対し、パラケルススは言われた事をそのまま鸚鵡返しにした。
 ぴくりと、アダマスの肩に力がこもる。

「なぜ嘘だと?」
「オレの家族を、ウミヘビを痛め付ける命令を出すつもりだろう。相手の返事はいらない。一方的に伝えれば済む。そんなの、会議でも何でもない」
「酷い決め付けだね」
「一遍に沢山のウミヘビを確保したんだ。次にする事といえば『扱い方の共有をする』のが定石だと思ってさ。あぁそれとも、を消すつもりかな?」

 コツ。
 靴音をわざと鳴らして、パラケルススはアダマスへ歩み寄った。

「ラボの認識阻害装置を壊して、ステージ6を送り付けたの……お前だろう」

 確信を、胸に抱きながら。

「オレの方針が気に入らないのは知っていたけど、此処までするなんてね。でもジョーさ……徐福は予想していたみたいだ。彼が対策してくれていたからこそ、最悪の事態は避けられた。でも、そんな彼でさえ、ウミヘビを誘拐をするのは想定していなかったと思うよ? ははっ」

 そこでパラケルススは鼻で笑い、

「反吐が出る」

 憎々しげに殺意を吐き捨てる。
 しかしアダマスは優雅に椅子へ腰掛けたまま、パラケルススへ一瞥さえ送らない。

「さっきから、何を話しているのやら。私は規則を破り脱走したウミヘビを収監しただけだよ? これはラボの管理体制に穴があった、紛れもない証拠だ。今後は国連での管理を強化させて貰う」
「誘導した張本人がよく言う」
「私の采配が気に入らないのは知っているけど、これは私一人の意見ではなく総会の会議で決まった総意だ。抗議したいのなら今まで通り、君も会議に参加してくれ。次のスケジュールはね……」
「いいや、オレはもう会議に参加しない。ラボが大きな損壊を受けたんだ、所長として立て直さないと」
「つまり人工島に戻ると? わかった、見送りくらいするよ」
「必要ない」

 ようやく椅子から立ちあがろうとしたアダマスを、パラケルススは制止した。

「アダマス。オレはね、最後通牒をしに来たんだ」
「最後通牒?」
「手を出された以上、今後はウミヘビの貸し出しを一切しない。教団と手を組む人間なんて信用できないからね。お前が確保しているウミヘビも、いつか必ず回収する」
「アレらもう廃棄した。……と言ったら?」
国連ここを火の海にする。本部も支部も、何なら国だって滅ぼしてあげるよ。オレの故郷だからって関係ない。国際平和を願うお前に堪えるだろう?」

 パラケルススは、アダマスの理念を知っている。それは国際連盟の基本的な理念。
 集団安全保障。
 人類が安心して暮らせる社会を維持する事に、アダマスは思考し、行動している。その人類の中に、ウミヘビが入っていないだけで。

「尤もミシェルに管理権限がある限り、容易には手出しできないだろうけど……。あの子達ウミヘビをこれ以上、脅かす事があれば、オレは迷いなく戦争を仕掛けるよ」
「とても物騒だね、パラケルスス。『珊瑚』撲滅を掲げているラボの所長だとは思えない程に」
「お前こそ教団に関わって何を考えている。その気になれば強制的に解散させられる事もできるって言うのに、一部の連中を検挙だけして後は放置して、あまつさえラボにけしかけて……。そこまでしてオレに圧力をかけたかったのか?」
「何の事だか。私は君の言う通り、私の願う国際平和の為に尽力している。それだけだよ」

 どれだけ追及してもアダマスははぐらかすばかり。話にならない。
 パラケルススは眉間のシワを深く刻み、くるりと踵を返した。本当ならば今すぐにでも国連本部を侵略し、ウミヘビを連れ帰りたい。しかし流石のパラケルススも単独でそれを為すことは厳しい。しかも帰還先である人工島アバトンは今、被災によって機能停止状態。仮にウミヘビの奪取が叶ったとして、受け入れが難しい。
 腸が煮えくり返る思いを押し殺して、パラケルススは帰還を決めた。

「次、お前に会った時……。その真っ黒な腹の中、全部ぶち撒けさせるから、覚悟しておいて」

 そう言って、扉の奥へ、彼は消えていった。

「……パラケルススは他人の記憶が読める、っていう話だったね。それでも私の真意は掴めなかったと」

 誰もいなくなった部屋の中で、アダマスの声が木霊する。

「まぁ仮に記憶が読まれていても関係ない。これまで通り【降臨】に備えるだけだ。その為に必要なピースは、揃ってきた」

 アダマスは指折り数え、手元に置けたピースを頭の中で確認する。ウミヘビに、ミシェルに、ジョンに、クララに――
 しかしまだ足りない。
 一番大事なピースが、確保できていない。

(『アレキサンドライト』は、何処にいる? 恐らく、教団が最重要項目に入れているのはアレだ。つまりアレがなくては。まさかラボにも学会にもいなかっただなんて。……そろそろ、本腰を入れて捕えるべきか)

 アダマスは思考する。次に成すべき一手を考える。
 全ては国際平和の為に。
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