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第二十六章 交差する思惑
第556話 ふて寝
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「おい、モーズ! いつまで気落ちしているんだ! 早く研究に戻らないか!」
「すまない、今起きても頭が働きそうにない……」
モーズが仮眠という名の休息に入ってから8時間後。
彼は未だに布団の中で丸くなっていた。目は覚めている。起き上がる事はできる。しかし昨晩受けた衝撃を機に、積み重ねてきた疲労が一気に押し寄せ、身体が鉛のように沈み込んでしまっている。そんな中、ブロムに布団を揺すられてもまるで気力がわかなかった。
残念ながら一晩眠った程度で簡単に切り替えられる程、モーズは器用ではない。
「これ、モーズ先生が謹慎を受けていた頃のニュースですね。島の外ではこんな愉快な事があったとは」
起きられないモーズを横目に、セレンは椅子に腰掛け新聞を読んでいる。ルイが偽物のモーズ――『ペガサス教団の司祭アレキサンドライト』についての詳細が載っている電子新聞を購入し、印刷してくれたのだ。
これを持ってきたルイは「まさか当事者が知らぬとは夢にも思わず……」と少々罰が悪そうにしていた。しかし渦中の人物が騒動を全く把握していないなど、普通は思わないだろう。彼は何も悪くない。何故だかモーズに秘匿されていた結果、部外者に当たるルイが暴露する形になってしまったのは、双方不幸だったとしか言いようがない。
「へぇー。これステージ6だよね? こんなにモーズ先生そっくりになれるんだー、びっくりー」
テトラミックスがセレンが広げる新聞を覗き込み、そこに載っているモーズ、の偽物アレキサンドライトの顔をまじまじと眺めるながら言った。アレキサンドライトはモーズの双子だと言われても納得してしまう程、精巧に顔を再現している。
しかし新聞には正体が暴かれた一面も載っていて、そこには化けの皮が剥がれ、顔の半分が別人となっているアレキサンドライトがいた。ちなみにこの様子は当時、各国に生配信されていたらしい。
「これは一月以上、前の騒動なのだろう? 終わった事だ、お前が気にする事ではない!」
「……恐らく世間的には終わっていないぞ、ブロム……」
布団の中から、モーズのくぐもった声が漏れる。
ブロムの言う通り、偽物騒動自体はとっくに決着が付いている。しかしそれでモーズの注目度が下がる訳ではない。しかもルイからついでと言わんばかりに『オフィウクス・ラボプロモーション』と言う名の肖像権ガン無視で無断製作されたモーズメインのPV映像の存在を知らさせ、頭を抱えた。
自分の預かり知らぬところで広告塔にされていたのだ。それも世界に向けて。思い返すだけで頭痛がする。
「ああああ、身を隠す必要性が更に増してきた……! ……決めたぞ。所長から連絡が来るまで、私は隔離病室から出ない。絶対に」
「それって気分転換に散歩もしないってこと? 引き篭もり宣言だねー」
「私としてはモーズ先生がまともに休息を取ってくだされば、何でもいいですがね」
けらけら笑うテトラミックス。モーズの身だけを案じるセレン。
モーズは昨日まで苦悩していた。『珊瑚』によって打撃を受けたクスシやウミヘビ、医師に患者、災害現場、それらに手を差し伸べられないもどかしさ、無力感。何よりも目の前にいるフランチェスコの力になれるのかどうか、不安と焦燥がずっと渦巻いていた。
しかし想定外の方向から心理的に後頭部を殴られ、キャパオーバーという名の思考リセットが訪れるとは思ってもみなかったが。
「それにしてもここまで完璧な成りすましが出来るとなると、病室の安全も保証されないのでは? 今後、ルイ院長のフリをした不届者が訪れるかもしれませんよ?」
「その件は大丈夫だ。対策として、出入り口に体重計を置いてあるからな」
セレンの疑問に対し、モーズは布団からにょきりと手だけを出して答える。指差す方向は隔離病室の扉。そこにはアナログ式の簡素な体重計が置かれている。
この隔離病室には厳重なセキュリティが施されているが、ステージ6は電子機器を操作する力を持つ。過信はできない。なので元々、セキュリティに依存するのではなく、体重を測るという極々シンプルな手法で判別を心掛けていた。
「ルイ院長は珊瑚症患者ではない。体重は平均値。それはあの人を直接、抱き抱えたセレンが知っているだろう?」
「えぇ。モーズ先生のような重量はなかったですね」
「ならステージ6の特徴である、体重差さえ目を配れば見抜ける。そこまで警戒する必要はない」
隔離病室に直接、訪ねて来るのはルイのみ。食事や消耗品の配給、廃棄物の回収は定期的に廊下を往復している自動人形に任せてある。ルイの計らいによってモーズ達が隔離病室から出る必要をなくしてくれている状況で、不穏分子が現れる事はそうそうないだろう。
「これで私はフランチェスコの事に集中できる。まぁ今日は暗号解読に着手できるか、怪しいところだが……」
「しゃんとしろ、モーズ。せめて布団から出ろ」
「ううぅ……」
「ねーねー。気になっていたんだけど、何でフランチェスコって人は暗号化してるのー? 自分が見直すのも誰かに伝えるのも手間じゃないー?」
布団を引き剥がそうとするブロムとそれに抵抗するモーズを前に、ごく自然な疑問を投げかけてきたのはテトラミックスだ。
フランチェスコが残した資料を暗号化していなければ、解読などという手順を踏む事なく研究を進められる。何故わざわざややこしい事をしたのか、理解できないのも自然だ。
「それは、身を守る為だろう」
ようやく布団から顔を出したモーズが、額に手を置きながら答える。
「ペガサス教団は何処に潜んでいるのかわからない。ルチル医師のように感染病棟にいる者もいれば、ネフェリンのように国連に所属している者もいる。加えてアレキサンドライトのように、その……他人に成りすましている場合もある。『珊瑚』を撲滅するに有益な手段を見出せば、そういった潜伏している信徒に排除されても、何もおかしくない」
そこでフランチェスコは研究結果を暗号化し、自分だけが進捗を把握できるよう予防線を張ったのだろうと、モーズは推測した。
「研究結果を横取りされる可能性を懸念して、もなくはないが……。フランチェスコには特別、出世欲があった訳ではないからな。名誉は二の次だっただろう」
「よくわかっているじゃないか」
モーズの分析に、ブロムは両腕を組んで感心している。
フランチェスコは昔馴染みなのだ、その程度の事、容易に予想できる。
「んー。でも内容がよくわからない研究だよー? モーズ先生が欲しい情報、あるのかなー?」
「確かにフランチェスコが残した資料が、ステージ5の治療に直結するかは不鮮明だ。現時点ではあくまで憶測。妄想でしかない。とは言え、寄生虫に関しては最低限わかる筈。それだけでも『珊瑚』への対抗手段を増やせ、治療に繋げられる」
『珊瑚』の増殖を上回る速度で『珊瑚』を喰らい尽くす寄生虫。この生態を利用すれば、感染者をステージ3の状態を維持する処置を施せる。身体を、特に脳を『珊瑚』の支配下に置かれる前に喰らう形で切断し、失った部位は再構築手術でカバーする。
ステージ4治療が、寄生虫の力によって難易度がぐっと下がる。施術者の負担も減る。これだけでも有意義な研究と言っていい。
「ステージ5を芽胞に追い込める寄生虫。後は『珊瑚』の支配から逃れる決定打を見付けられれば――希望は、ある」
「すまない、今起きても頭が働きそうにない……」
モーズが仮眠という名の休息に入ってから8時間後。
彼は未だに布団の中で丸くなっていた。目は覚めている。起き上がる事はできる。しかし昨晩受けた衝撃を機に、積み重ねてきた疲労が一気に押し寄せ、身体が鉛のように沈み込んでしまっている。そんな中、ブロムに布団を揺すられてもまるで気力がわかなかった。
残念ながら一晩眠った程度で簡単に切り替えられる程、モーズは器用ではない。
「これ、モーズ先生が謹慎を受けていた頃のニュースですね。島の外ではこんな愉快な事があったとは」
起きられないモーズを横目に、セレンは椅子に腰掛け新聞を読んでいる。ルイが偽物のモーズ――『ペガサス教団の司祭アレキサンドライト』についての詳細が載っている電子新聞を購入し、印刷してくれたのだ。
これを持ってきたルイは「まさか当事者が知らぬとは夢にも思わず……」と少々罰が悪そうにしていた。しかし渦中の人物が騒動を全く把握していないなど、普通は思わないだろう。彼は何も悪くない。何故だかモーズに秘匿されていた結果、部外者に当たるルイが暴露する形になってしまったのは、双方不幸だったとしか言いようがない。
「へぇー。これステージ6だよね? こんなにモーズ先生そっくりになれるんだー、びっくりー」
テトラミックスがセレンが広げる新聞を覗き込み、そこに載っているモーズ、の偽物アレキサンドライトの顔をまじまじと眺めるながら言った。アレキサンドライトはモーズの双子だと言われても納得してしまう程、精巧に顔を再現している。
しかし新聞には正体が暴かれた一面も載っていて、そこには化けの皮が剥がれ、顔の半分が別人となっているアレキサンドライトがいた。ちなみにこの様子は当時、各国に生配信されていたらしい。
「これは一月以上、前の騒動なのだろう? 終わった事だ、お前が気にする事ではない!」
「……恐らく世間的には終わっていないぞ、ブロム……」
布団の中から、モーズのくぐもった声が漏れる。
ブロムの言う通り、偽物騒動自体はとっくに決着が付いている。しかしそれでモーズの注目度が下がる訳ではない。しかもルイからついでと言わんばかりに『オフィウクス・ラボプロモーション』と言う名の肖像権ガン無視で無断製作されたモーズメインのPV映像の存在を知らさせ、頭を抱えた。
自分の預かり知らぬところで広告塔にされていたのだ。それも世界に向けて。思い返すだけで頭痛がする。
「ああああ、身を隠す必要性が更に増してきた……! ……決めたぞ。所長から連絡が来るまで、私は隔離病室から出ない。絶対に」
「それって気分転換に散歩もしないってこと? 引き篭もり宣言だねー」
「私としてはモーズ先生がまともに休息を取ってくだされば、何でもいいですがね」
けらけら笑うテトラミックス。モーズの身だけを案じるセレン。
モーズは昨日まで苦悩していた。『珊瑚』によって打撃を受けたクスシやウミヘビ、医師に患者、災害現場、それらに手を差し伸べられないもどかしさ、無力感。何よりも目の前にいるフランチェスコの力になれるのかどうか、不安と焦燥がずっと渦巻いていた。
しかし想定外の方向から心理的に後頭部を殴られ、キャパオーバーという名の思考リセットが訪れるとは思ってもみなかったが。
「それにしてもここまで完璧な成りすましが出来るとなると、病室の安全も保証されないのでは? 今後、ルイ院長のフリをした不届者が訪れるかもしれませんよ?」
「その件は大丈夫だ。対策として、出入り口に体重計を置いてあるからな」
セレンの疑問に対し、モーズは布団からにょきりと手だけを出して答える。指差す方向は隔離病室の扉。そこにはアナログ式の簡素な体重計が置かれている。
この隔離病室には厳重なセキュリティが施されているが、ステージ6は電子機器を操作する力を持つ。過信はできない。なので元々、セキュリティに依存するのではなく、体重を測るという極々シンプルな手法で判別を心掛けていた。
「ルイ院長は珊瑚症患者ではない。体重は平均値。それはあの人を直接、抱き抱えたセレンが知っているだろう?」
「えぇ。モーズ先生のような重量はなかったですね」
「ならステージ6の特徴である、体重差さえ目を配れば見抜ける。そこまで警戒する必要はない」
隔離病室に直接、訪ねて来るのはルイのみ。食事や消耗品の配給、廃棄物の回収は定期的に廊下を往復している自動人形に任せてある。ルイの計らいによってモーズ達が隔離病室から出る必要をなくしてくれている状況で、不穏分子が現れる事はそうそうないだろう。
「これで私はフランチェスコの事に集中できる。まぁ今日は暗号解読に着手できるか、怪しいところだが……」
「しゃんとしろ、モーズ。せめて布団から出ろ」
「ううぅ……」
「ねーねー。気になっていたんだけど、何でフランチェスコって人は暗号化してるのー? 自分が見直すのも誰かに伝えるのも手間じゃないー?」
布団を引き剥がそうとするブロムとそれに抵抗するモーズを前に、ごく自然な疑問を投げかけてきたのはテトラミックスだ。
フランチェスコが残した資料を暗号化していなければ、解読などという手順を踏む事なく研究を進められる。何故わざわざややこしい事をしたのか、理解できないのも自然だ。
「それは、身を守る為だろう」
ようやく布団から顔を出したモーズが、額に手を置きながら答える。
「ペガサス教団は何処に潜んでいるのかわからない。ルチル医師のように感染病棟にいる者もいれば、ネフェリンのように国連に所属している者もいる。加えてアレキサンドライトのように、その……他人に成りすましている場合もある。『珊瑚』を撲滅するに有益な手段を見出せば、そういった潜伏している信徒に排除されても、何もおかしくない」
そこでフランチェスコは研究結果を暗号化し、自分だけが進捗を把握できるよう予防線を張ったのだろうと、モーズは推測した。
「研究結果を横取りされる可能性を懸念して、もなくはないが……。フランチェスコには特別、出世欲があった訳ではないからな。名誉は二の次だっただろう」
「よくわかっているじゃないか」
モーズの分析に、ブロムは両腕を組んで感心している。
フランチェスコは昔馴染みなのだ、その程度の事、容易に予想できる。
「んー。でも内容がよくわからない研究だよー? モーズ先生が欲しい情報、あるのかなー?」
「確かにフランチェスコが残した資料が、ステージ5の治療に直結するかは不鮮明だ。現時点ではあくまで憶測。妄想でしかない。とは言え、寄生虫に関しては最低限わかる筈。それだけでも『珊瑚』への対抗手段を増やせ、治療に繋げられる」
『珊瑚』の増殖を上回る速度で『珊瑚』を喰らい尽くす寄生虫。この生態を利用すれば、感染者をステージ3の状態を維持する処置を施せる。身体を、特に脳を『珊瑚』の支配下に置かれる前に喰らう形で切断し、失った部位は再構築手術でカバーする。
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