毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
574 / 600
第二十六章 交差する思惑

第556話 ふて寝

しおりを挟む
「おい、モーズ! いつまで気落ちしているんだ! 早く研究に戻らないか!」
「すまない、今起きても頭が働きそうにない……」

 モーズが仮眠という名の休息に入ってから8時間後。
 彼は未だに布団の中で丸くなっていた。目は覚めている。起き上がる事はできる。しかし昨晩受けた衝撃を機に、積み重ねてきた疲労が一気に押し寄せ、身体が鉛のように沈み込んでしまっている。そんな中、ブロムに布団を揺すられてもまるで気力がわかなかった。
 残念ながら一晩眠った程度で簡単に切り替えられる程、モーズは器用ではない。

「これ、モーズ先生が謹慎を受けていた頃のニュースですね。島の外ではこんな愉快な事があったとは」

 起きられないモーズを横目に、セレンは椅子に腰掛け新聞を読んでいる。ルイが偽物のモーズ――『ペガサス教団の司祭アレキサンドライト』についての詳細が載っている電子新聞を購入し、印刷してくれたのだ。
 これを持ってきたルイは「まさか当事者が知らぬとは夢にも思わず……」と少々罰が悪そうにしていた。しかし渦中の人物が騒動を全く把握していないなど、普通は思わないだろう。彼は何も悪くない。何故だかモーズに秘匿されていた結果、部外者に当たるルイが暴露する形になってしまったのは、双方不幸だったとしか言いようがない。

「へぇー。これステージ6だよね? こんなにモーズ先生そっくりになれるんだー、びっくりー」

 テトラミックスがセレンが広げる新聞を覗き込み、そこに載っているモーズ、の偽物アレキサンドライトの顔をまじまじと眺めるながら言った。アレキサンドライトはモーズの双子だと言われても納得してしまう程、精巧に顔を再現している。
 しかし新聞には正体が暴かれた一面も載っていて、そこには化けの皮が剥がれ、顔の半分が別人となっているアレキサンドライトがいた。ちなみにこの様子は当時、各国に生配信されていたらしい。

「これは一月以上、前の騒動なのだろう? 終わった事だ、お前が気にする事ではない!」
「……恐らく世間的には終わっていないぞ、ブロム……」

 布団の中から、モーズのくぐもった声が漏れる。
 ブロムの言う通り、偽物騒動自体はとっくに決着が付いている。しかしそれでモーズの注目度が下がる訳ではない。しかもルイからついでと言わんばかりに『オフィウクス・ラボプロモーション』と言う名の肖像権ガン無視で無断製作されたモーズメインのPV映像の存在を知らさせ、頭を抱えた。
 自分の預かり知らぬところで広告塔にされていたのだ。それも世界に向けて。思い返すだけで頭痛がする。

「ああああ、身を隠す必要性が更に増してきた……! ……決めたぞ。所長から連絡が来るまで、私は隔離病室ここから出ない。絶対に」
「それって気分転換に散歩もしないってこと? 引き篭もり宣言だねー」
「私としてはモーズ先生がまともに休息を取ってくだされば、何でもいいですがね」

 けらけら笑うテトラミックス。モーズの身だけを案じるセレン。
 モーズは昨日まで苦悩していた。『珊瑚』によって打撃を受けたクスシやウミヘビ、医師に患者、災害現場、それらに手を差し伸べられないもどかしさ、無力感。何よりも目の前にいるフランチェスコの力になれるのかどうか、不安と焦燥がずっと渦巻いていた。
 しかし想定外の方向から心理的に後頭部を殴られ、キャパオーバーという名の思考リセットが訪れるとは思ってもみなかったが。

「それにしてもここまで完璧な成りすましが出来るとなると、病室の安全も保証されないのでは? 今後、ルイ院長のフリをした不届者が訪れるかもしれませんよ?」
「その件は大丈夫だ。対策として、出入り口に体重計を置いてあるからな」

 セレンの疑問に対し、モーズは布団からにょきりと手だけを出して答える。指差す方向は隔離病室の扉。そこにはアナログ式の簡素な体重計が置かれている。
 この隔離病室には厳重なセキュリティが施されているが、ステージ6は電子機器を操作する力を持つ。過信はできない。なので元々、セキュリティに依存するのではなく、体重を測るという極々シンプルな手法で判別を心掛けていた。

「ルイ院長は珊瑚症患者ではない。体重は平均値。それはあの人を直接、抱き抱えたセレンが知っているだろう?」
「えぇ。モーズ先生のような重量はなかったですね」
「ならステージ6の特徴である、体重差さえ目を配れば見抜ける。そこまで警戒する必要はない」

 隔離病室に直接、訪ねて来るのはルイのみ。食事や消耗品の配給、廃棄物の回収は定期的に廊下を往復している自動人形オートマタに任せてある。ルイの計らいによってモーズ達が隔離病室から出る必要をなくしてくれている状況で、不穏分子が現れる事はそうそうないだろう。

「これで私はフランチェスコの事に集中できる。まぁ今日は暗号解読に着手できるか、怪しいところだが……」
「しゃんとしろ、モーズ。せめて布団から出ろ」
「ううぅ……」
「ねーねー。気になっていたんだけど、何でフランチェスコって人は暗号化してるのー? 自分が見直すのも誰かに伝えるのも手間じゃないー?」

 布団を引き剥がそうとするブロムとそれに抵抗するモーズを前に、ごく自然な疑問を投げかけてきたのはテトラミックスだ。
 フランチェスコが残した資料を暗号化していなければ、解読などという手順を踏む事なく研究を進められる。何故わざわざややこしい事をしたのか、理解できないのも自然だ。

「それは、身を守る為だろう」

 ようやく布団から顔を出したモーズが、額に手を置きながら答える。

「ペガサス教団は何処に潜んでいるのかわからない。ルチル医師のように感染病棟にいる者もいれば、ネフェリンのように国連に所属している者もいる。加えてアレキサンドライトのように、その……他人に成りすましている場合もある。『珊瑚』を撲滅するに有益な手段を見出せば、そういった潜伏している信徒に排除されても、何もおかしくない」

 そこでフランチェスコは研究結果を暗号化し、自分だけが進捗を把握できるよう予防線を張ったのだろうと、モーズは推測した。

「研究結果を横取りされる可能性を懸念して、もなくはないが……。フランチェスコには特別、出世欲があった訳ではないからな。名誉は二の次だっただろう」
「よくわかっているじゃないか」

 モーズの分析に、ブロムは両腕を組んで感心している。
 フランチェスコは昔馴染みなのだ、その程度の事、容易に予想できる。

「んー。でも内容がよくわからない研究だよー? モーズ先生が欲しい情報、あるのかなー?」
「確かにフランチェスコが残した資料が、ステージ5の治療に直結するかは不鮮明だ。現時点ではあくまで憶測。妄想でしかない。とは言え、寄生虫に関しては最低限わかる筈。それだけでも『珊瑚』への対抗手段を増やせ、治療に繋げられる」

 『珊瑚』の増殖を上回る速度で『珊瑚』を喰らい尽くす寄生虫。この生態を利用すれば、感染者をステージ3の状態を維持する処置を施せる。身体を、特に脳を『珊瑚』の支配下に置かれる前に喰らう形で切断パージし、失った部位は再構築手術でカバーする。
 ステージ4治療が、寄生虫の力によって難易度がぐっと下がる。施術者の負担も減る。これだけでも有意義な研究と言っていい。

「ステージ5を芽胞に追い込める寄生虫。後は『珊瑚』の支配から逃れる決定打を見付けられれば――希望は、ある」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

やっちん先生

壺の蓋政五郎
大衆娯楽
昔は小使いさんて呼ばれていました。今は技能員です。学校ではやっちん先生と呼ばれています。 鎌倉八幡高校で技能員をしている徳田安男29歳。生徒からはやっちん先生と慕われている。夏休み前に屋上の防水工事が始まる。業者の案内に屋上に上がる。二か所ある屋上出口は常時施錠している。鍵を開けて屋上に出る。フェンスの破れた所がある。それは悲しい事件の傷口である。

暁天一縷 To keep calling your name.

真道 乃ベイ
ファンタジー
   命日の夏に、私たちは出会った。  妖魔・怨霊の大災害「災禍」を引き起す日本国。  政府は霊力を生業とする者を集め陰陽寮を設立するが、事態は混沌を極め大戦の時代を迎える。  災禍に傷付き、息絶える者は止まない絶望の最中。  ひとりの陰陽師が、永きに渡る大戦を終結させた。  名を、斉天大聖。  非業の死を成し遂げた聖人として扱われ、日本国は復興の兆しを歩んでいく。  それから、12年の歳月が過ぎ。  人々の平和と妖魔たちの非日常。  互いの世界が干渉しないよう、境界に線を入れる青年がいた。  職業、結界整備師。  名は、桜下。    過去の聖人に関心を持てず、今日も仕事をこなす多忙な日々を送る。  そんな、とある猛暑の日。  斉天大聖の命日である斉天祭で、彼らは巡り会う。  青い目の検非違使と、緋色の髪の舞師。  そして黒瑪瑙の陰陽師。  彼らの運命が交差し、明けない夜空に一縷の光を灯す。 ※毎月16日更新中

処理中です...