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第二十六章 交差する思惑
第557話 遺伝子学習
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「あぁ、そうだ寄生虫と言えば。ブロムさんはフランチェスコさんの研究内容を知らないのですか? ずっと一緒に居たのでしょう? 断片的にでもわかれば、資料を読み解く足掛かりになるのでは?」
「……う。いや、俺はよく……わからない」
セレンの問い掛けに、ブロムはぴくりと肩を強張らせると、気まずそうに目を伏せた。
「フランチェスコ先生はあまり、研究に関する事を語らなかった。俺に理解できる頭が、ないからだろう。その代わりと言っては何だが……虫についてよく話してくれたぞ。虫は、遺伝子で記憶するのだと。脳だけでなく遺伝子で学習し、子孫に受け継いでいく、不思議で魅力的な生き物なのだと……」
遺伝子による学習。
その能力は生物の中でも特に虫に顕著に現れ、よく実験対象として蝿や蝶が選ばれ研究されている。個が学んだ危険を学習し、子孫という群れへ伝播する。そうして生き残る術を覚えていく。脳だけでは、本能だけでは語れない、生命の神秘だ。
人間も臓器移植を受けた際、提供者の記憶や嗜好を引き継ぐ事がある。記憶とは、細胞一つ一つに刻まれているものなのかもしれない。
(……記憶。細胞……)
ふと浮かんだキーワードが、ぱちんと線で結ばれる。
モーズの思考に、一筋の光が走った。
次の瞬間、彼はがばりと布団から飛び起き、ウミヘビ達を驚かせる。
「……そうか、その手があったか! これならば、リスクを最低限にできる……!」
手段としては思い浮かんでいた。だが現実味がないとして、頭の隅に追いやっていた。
何せモーズは対話できるのだ。ステージ5と。特異な体質によって。
血という養分を与え芽胞から目覚めさせれば、いつでも、フランチェスコと言葉を交わせる。
それをしなかったのは、フランチェスコが生物災害となってしまう事を危惧してだ。例えウミヘビやアイギスの手によって暴走を押さえ込めたとしても、その後、フランチェスコを再び芽胞の状態に戻すかコールドスリープを施さなければ――処分する他ない。
この場に冷弾を扱えるウミヘビはいない。寄生虫の生態がわからぬままでは芽胞への逆変換も不鮮明で、成功率も不確実。そんな状態で、フランチェスコとの対話など望めない。死に直結する。
だからこそ、モーズは一刻も早く暗号を読み解き、フランチェスコの研究を把握したかった。
一分一秒でも早く、彼と言葉を交わしたかった。
しかしそこまで焦る必要などなかった。思い詰める必要などなかった。
もっと手軽で、安全な手段があったのだから。
「モーズ先生? 如何致しましたか?」
「何か思い付いたのー?」
「あぁ、あぁ! 試してみる価値はある! 皆、どうか協力してくれ!」
モーズは興奮を抑えきれず、勢いのまま語った。
「フランチェスコから芽胞の一片を削り取り、それを活性化させる! そこから細胞の記憶を、読み込む! そうすれば少ないリスクで、フランチェスコの軌跡を辿れるかもしれない……!」
実際モーズは菌床で、何度か『珊瑚』が蓄積していた記憶を読み込んだ事がある。中でもイギリスで接触した、スピネルの記憶が顕著だろう。
モーズは彼女と顔を合わせた事はほとんどなかったが、にも関わらず、過去を垣間見れた。あれは無意識に『珊瑚』の信号を受信した結果だろう。
ならばフランチェスコでも同じ事が、出来る筈だ。
尤も初めての試みには違いない。成功するかどうか、読みが当たっているのかどうか、わからない。
わかるまで、試行を繰り返せばいい。
「もう少しだけ待っていてくれ、フランチェスコ」
決意を胸に、モーズは寝巻きを脱ぎ捨てシャツに袖を通すと、白衣へ、手を伸ばした。
◇
「……アセトアルデヒド、さん?」
「あっ、タリウム。起きたんだぁ」
意識がゆっくりと浮上し、暗闇の底から現実へ引き戻される。
タリウムは医務室のベッドに寝かされていた。天井の白い照明が、少し滲んで見える。目の焦点が合うにつれ、すぐ傍で覗き込むアセトアルデヒドの不安げな表情が形を取った。
「カリウムとナトリウムが心配してたよぉ? 呼んでくるねぇ」
「……ちょっと、待って欲しいっス……」
のそのそと立ち上がりかけたアセトアルデヒドの袖口を、タリウムは反射的に掴んで引き留めた。
力は弱い。それでも彼の動きを止めるには十分だった。
「どうしたのぉ?」
「あの二人は、騒がしいんで……。それで、アセトアルデヒドさん。……今日は、何日ですか?」
問われたアセトアルデヒドは椅子に腰を下ろし直してから、静かに答える。
「……11月4日」
三日。ニコチンに毒素を注がれ意識を失ってから、丸三日経っている。
タリウムの胸が、冷たい指先で撫でられたようにざわついた。
「俺、そんなに……寝ていたんスか」
「なかなか毒素が抜けなかったみたいでねぇ。前のアトロピンがいれば、もっと早く起きられたんだろうけど……」
再利用された、幼い姿をしたアトロピン。彼は未だ毒素の扱いが不安定で、タリウムへ治療を施す事ができなかった。
その為か、意識が戻った今もまだ、タリウムの身体は鉛のように重い。
「アセトアルデヒドさん、ニコチン先輩は……」
「……居なく、なっちゃったぁ。脱走、したんだって。あはは、は……」
乾いた笑い声。
けれど笑いの形をしているだけで、明らかに泣く寸前だ。
「……アセトアルデヒドさんは、どうして、ここに?」
「君が、ニコに傷付けられたって、シアナミドが言うから……。あの災害で、何人かウミヘビが壊れたんだ。君まで壊れるんじゃないか、それもニコが原因でってなると、居ても立っても居られなくって……。何か出来る訳じゃ、ないのにねぇ」
アセトアルデヒドの声は震え、語尾が揺れている。
柔らかな口調の奥から、必死で抑えている、悲鳴のようなものが滲み出ている。
「壊れ、た……」
「うん。……兄ちゃんも、壊れちゃった」
アセトアルデヒドの兄、エタノール。
彼はラボで、メタノールを庇う形で壊れてしまったという。
「メタノールは勿論、ホルムも、塞ぎ込んじゃっているんだぁ。兄ちゃんと一緒に、ペンタクロロも……壊れちゃったから」
「ペンタクロロ、が……?」
第二課所属の中でも戦闘慣れしていたペンタクロロフェノール。非戦闘員であるエタノールだけでなく、彼でさえ壊されてしまった事実に、タリウムは動揺を隠せなかった。
事態は想像よりも、遥かに深刻なようだ。
「……再利用は、されたんスかね」
再利用をした所で壊れたウミヘビは戻って来ない。器が似ただけの別人が造れるだけ。
だが同じ毒素を持つ、忘れ形のような存在と会える。少しは慰めになるのでは、とタリウムは考えたのだが、アセトアルデヒドは首を横に振った。
「ううん、しないみたい。ラボもネグラもボロボロで、余力がないから……。それに所長がさ、嫌なんだってぇ。下手に再利用しても、利用されるだけだろうから」
「利用……?」
「国連に」
その単語が口から出たと同時に、医務室の空気が一層重くなる。
「その国連にね、ニコがいるんだって。『珊瑚』をやっつける兵器として。それで、それでね……。もしかしたら僕達と争う可能性があるかもしれないって、言ってた……」
「争う……? な、何で、ッスか……」
「ウミヘビを廃棄するの、ウミヘビを使うのが、一番効率的だから……」
国連の目論見の一つに、ウミヘビの廃棄処分がある。
何せウミヘビは人類を脅かす危険物。故に国連はウミヘビをのさばらせる訳にはいかない、という使命感を抱いていた。だがウミヘビを壊すのは容易ではない。
しかしウミヘビ同士で潰し合わせれば、低リスク低コストで目的を達成できる。
「俺達は、『珊瑚』の切り札、じゃなかったッスか? なのに、消耗させるとか……」
「うん……。僕も『珊瑚』がなくなるまでは、直接的な事はしないと思っているよぉ? でも、『珊瑚』がなくなった時……」
ウミヘビを使う利点はなくなったとして、国連が戦争をけしかけてくる可能性は、大いにある。
想像したくない未来が瞼の裏に浮かび、アセトアルデヒドは膝の上で、拳を握り締めた。
「……万が一そうなってしまったと、しても……先輩が、アセトアルデヒドさんを傷付ける訳、ないじゃないスか……」
「でもニコ、タリウム傷付けちゃった」
「……俺は、アセトアルデヒドさんじゃないので」
「僕以外なら、攻撃してくるって事だよねぇ?」
ぽとり。
アセトアルデヒドの目尻から、涙が、静かな音を立てて落ちた。
抑えていた堰が、零れ始めている。
「……半年近く前にさ、飲み会、したんだ。ニコと。モーズ先生やセレン、ホルムにメタノール、それから兄ちゃんと一緒に。楽しかったなぁ。沢山、笑って、飲んで騒いで……」
最早、遠い記憶に感じる――ニコチンと過ごした穏やかで優しい日々。
その過去に縋るように、アセトアルデヒドは何度も何度も、反芻するように思い出をなぞる。そのまま彼は、絞り出すように言った。
「嫌だなぁ。ニコが誰かを、傷付けるの。ニコだって、きっと嫌なのに。けど、どんなに嫌でもやれちゃうのが、ニコだから。苦しいのも悲しいのも痛いのも皆んな、押し殺せちゃうから。だから……」
モーズに、ニコチンを治して欲しいと、縋った。
ニコチンが居なくなってしまった今では、叶わぬ願いとなってしまったが。
「……僕、どうしたらいいんだろうねぇ? ねぇ、タリウム」
▼△▼
次章より『虫籠の底』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『交差する思惑』、これにて完結です。
本章は状況整理回になってしまいましたね。構想時は三つ巴感が強くなる章になるかな? と思ったんですがそうでもなかった……。
しかしじわじわ暗躍していた国連が、ようやく本格的に本編へ躍り出てくれました! これで役者は揃った!
次章はフランチェスコの掘り下げや、最終決戦的なステージに向け準備を整えていく方向になるかな? と思います。
お楽しみに!
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励みになります。
「……う。いや、俺はよく……わからない」
セレンの問い掛けに、ブロムはぴくりと肩を強張らせると、気まずそうに目を伏せた。
「フランチェスコ先生はあまり、研究に関する事を語らなかった。俺に理解できる頭が、ないからだろう。その代わりと言っては何だが……虫についてよく話してくれたぞ。虫は、遺伝子で記憶するのだと。脳だけでなく遺伝子で学習し、子孫に受け継いでいく、不思議で魅力的な生き物なのだと……」
遺伝子による学習。
その能力は生物の中でも特に虫に顕著に現れ、よく実験対象として蝿や蝶が選ばれ研究されている。個が学んだ危険を学習し、子孫という群れへ伝播する。そうして生き残る術を覚えていく。脳だけでは、本能だけでは語れない、生命の神秘だ。
人間も臓器移植を受けた際、提供者の記憶や嗜好を引き継ぐ事がある。記憶とは、細胞一つ一つに刻まれているものなのかもしれない。
(……記憶。細胞……)
ふと浮かんだキーワードが、ぱちんと線で結ばれる。
モーズの思考に、一筋の光が走った。
次の瞬間、彼はがばりと布団から飛び起き、ウミヘビ達を驚かせる。
「……そうか、その手があったか! これならば、リスクを最低限にできる……!」
手段としては思い浮かんでいた。だが現実味がないとして、頭の隅に追いやっていた。
何せモーズは対話できるのだ。ステージ5と。特異な体質によって。
血という養分を与え芽胞から目覚めさせれば、いつでも、フランチェスコと言葉を交わせる。
それをしなかったのは、フランチェスコが生物災害となってしまう事を危惧してだ。例えウミヘビやアイギスの手によって暴走を押さえ込めたとしても、その後、フランチェスコを再び芽胞の状態に戻すかコールドスリープを施さなければ――処分する他ない。
この場に冷弾を扱えるウミヘビはいない。寄生虫の生態がわからぬままでは芽胞への逆変換も不鮮明で、成功率も不確実。そんな状態で、フランチェスコとの対話など望めない。死に直結する。
だからこそ、モーズは一刻も早く暗号を読み解き、フランチェスコの研究を把握したかった。
一分一秒でも早く、彼と言葉を交わしたかった。
しかしそこまで焦る必要などなかった。思い詰める必要などなかった。
もっと手軽で、安全な手段があったのだから。
「モーズ先生? 如何致しましたか?」
「何か思い付いたのー?」
「あぁ、あぁ! 試してみる価値はある! 皆、どうか協力してくれ!」
モーズは興奮を抑えきれず、勢いのまま語った。
「フランチェスコから芽胞の一片を削り取り、それを活性化させる! そこから細胞の記憶を、読み込む! そうすれば少ないリスクで、フランチェスコの軌跡を辿れるかもしれない……!」
実際モーズは菌床で、何度か『珊瑚』が蓄積していた記憶を読み込んだ事がある。中でもイギリスで接触した、スピネルの記憶が顕著だろう。
モーズは彼女と顔を合わせた事はほとんどなかったが、にも関わらず、過去を垣間見れた。あれは無意識に『珊瑚』の信号を受信した結果だろう。
ならばフランチェスコでも同じ事が、出来る筈だ。
尤も初めての試みには違いない。成功するかどうか、読みが当たっているのかどうか、わからない。
わかるまで、試行を繰り返せばいい。
「もう少しだけ待っていてくれ、フランチェスコ」
決意を胸に、モーズは寝巻きを脱ぎ捨てシャツに袖を通すと、白衣へ、手を伸ばした。
◇
「……アセトアルデヒド、さん?」
「あっ、タリウム。起きたんだぁ」
意識がゆっくりと浮上し、暗闇の底から現実へ引き戻される。
タリウムは医務室のベッドに寝かされていた。天井の白い照明が、少し滲んで見える。目の焦点が合うにつれ、すぐ傍で覗き込むアセトアルデヒドの不安げな表情が形を取った。
「カリウムとナトリウムが心配してたよぉ? 呼んでくるねぇ」
「……ちょっと、待って欲しいっス……」
のそのそと立ち上がりかけたアセトアルデヒドの袖口を、タリウムは反射的に掴んで引き留めた。
力は弱い。それでも彼の動きを止めるには十分だった。
「どうしたのぉ?」
「あの二人は、騒がしいんで……。それで、アセトアルデヒドさん。……今日は、何日ですか?」
問われたアセトアルデヒドは椅子に腰を下ろし直してから、静かに答える。
「……11月4日」
三日。ニコチンに毒素を注がれ意識を失ってから、丸三日経っている。
タリウムの胸が、冷たい指先で撫でられたようにざわついた。
「俺、そんなに……寝ていたんスか」
「なかなか毒素が抜けなかったみたいでねぇ。前のアトロピンがいれば、もっと早く起きられたんだろうけど……」
再利用された、幼い姿をしたアトロピン。彼は未だ毒素の扱いが不安定で、タリウムへ治療を施す事ができなかった。
その為か、意識が戻った今もまだ、タリウムの身体は鉛のように重い。
「アセトアルデヒドさん、ニコチン先輩は……」
「……居なく、なっちゃったぁ。脱走、したんだって。あはは、は……」
乾いた笑い声。
けれど笑いの形をしているだけで、明らかに泣く寸前だ。
「……アセトアルデヒドさんは、どうして、ここに?」
「君が、ニコに傷付けられたって、シアナミドが言うから……。あの災害で、何人かウミヘビが壊れたんだ。君まで壊れるんじゃないか、それもニコが原因でってなると、居ても立っても居られなくって……。何か出来る訳じゃ、ないのにねぇ」
アセトアルデヒドの声は震え、語尾が揺れている。
柔らかな口調の奥から、必死で抑えている、悲鳴のようなものが滲み出ている。
「壊れ、た……」
「うん。……兄ちゃんも、壊れちゃった」
アセトアルデヒドの兄、エタノール。
彼はラボで、メタノールを庇う形で壊れてしまったという。
「メタノールは勿論、ホルムも、塞ぎ込んじゃっているんだぁ。兄ちゃんと一緒に、ペンタクロロも……壊れちゃったから」
「ペンタクロロ、が……?」
第二課所属の中でも戦闘慣れしていたペンタクロロフェノール。非戦闘員であるエタノールだけでなく、彼でさえ壊されてしまった事実に、タリウムは動揺を隠せなかった。
事態は想像よりも、遥かに深刻なようだ。
「……再利用は、されたんスかね」
再利用をした所で壊れたウミヘビは戻って来ない。器が似ただけの別人が造れるだけ。
だが同じ毒素を持つ、忘れ形のような存在と会える。少しは慰めになるのでは、とタリウムは考えたのだが、アセトアルデヒドは首を横に振った。
「ううん、しないみたい。ラボもネグラもボロボロで、余力がないから……。それに所長がさ、嫌なんだってぇ。下手に再利用しても、利用されるだけだろうから」
「利用……?」
「国連に」
その単語が口から出たと同時に、医務室の空気が一層重くなる。
「その国連にね、ニコがいるんだって。『珊瑚』をやっつける兵器として。それで、それでね……。もしかしたら僕達と争う可能性があるかもしれないって、言ってた……」
「争う……? な、何で、ッスか……」
「ウミヘビを廃棄するの、ウミヘビを使うのが、一番効率的だから……」
国連の目論見の一つに、ウミヘビの廃棄処分がある。
何せウミヘビは人類を脅かす危険物。故に国連はウミヘビをのさばらせる訳にはいかない、という使命感を抱いていた。だがウミヘビを壊すのは容易ではない。
しかしウミヘビ同士で潰し合わせれば、低リスク低コストで目的を達成できる。
「俺達は、『珊瑚』の切り札、じゃなかったッスか? なのに、消耗させるとか……」
「うん……。僕も『珊瑚』がなくなるまでは、直接的な事はしないと思っているよぉ? でも、『珊瑚』がなくなった時……」
ウミヘビを使う利点はなくなったとして、国連が戦争をけしかけてくる可能性は、大いにある。
想像したくない未来が瞼の裏に浮かび、アセトアルデヒドは膝の上で、拳を握り締めた。
「……万が一そうなってしまったと、しても……先輩が、アセトアルデヒドさんを傷付ける訳、ないじゃないスか……」
「でもニコ、タリウム傷付けちゃった」
「……俺は、アセトアルデヒドさんじゃないので」
「僕以外なら、攻撃してくるって事だよねぇ?」
ぽとり。
アセトアルデヒドの目尻から、涙が、静かな音を立てて落ちた。
抑えていた堰が、零れ始めている。
「……半年近く前にさ、飲み会、したんだ。ニコと。モーズ先生やセレン、ホルムにメタノール、それから兄ちゃんと一緒に。楽しかったなぁ。沢山、笑って、飲んで騒いで……」
最早、遠い記憶に感じる――ニコチンと過ごした穏やかで優しい日々。
その過去に縋るように、アセトアルデヒドは何度も何度も、反芻するように思い出をなぞる。そのまま彼は、絞り出すように言った。
「嫌だなぁ。ニコが誰かを、傷付けるの。ニコだって、きっと嫌なのに。けど、どんなに嫌でもやれちゃうのが、ニコだから。苦しいのも悲しいのも痛いのも皆んな、押し殺せちゃうから。だから……」
モーズに、ニコチンを治して欲しいと、縋った。
ニコチンが居なくなってしまった今では、叶わぬ願いとなってしまったが。
「……僕、どうしたらいいんだろうねぇ? ねぇ、タリウム」
▼△▼
次章より『虫籠の底』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『交差する思惑』、これにて完結です。
本章は状況整理回になってしまいましたね。構想時は三つ巴感が強くなる章になるかな? と思ったんですがそうでもなかった……。
しかしじわじわ暗躍していた国連が、ようやく本格的に本編へ躍り出てくれました! これで役者は揃った!
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