毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
575 / 600
第二十六章 交差する思惑

第557話 遺伝子学習

しおりを挟む
「あぁ、そうだ寄生虫と言えば。ブロムさんはフランチェスコさんの研究内容を知らないのですか? ずっと一緒に居たのでしょう? 断片的にでもわかれば、資料を読み解く足掛かりになるのでは?」
「……う。いや、俺はよく……わからない」

 セレンの問い掛けに、ブロムはぴくりと肩を強張らせると、気まずそうに目を伏せた。

「フランチェスコ先生はあまり、研究に関する事を語らなかった。俺に理解できる頭が、ないからだろう。その代わりと言っては何だが……虫についてよく話してくれたぞ。虫は、遺伝子で記憶するのだと。脳だけでなく遺伝子で学習し、子孫に受け継いでいく、不思議で魅力的な生き物なのだと……」

 遺伝子による学習。
 その能力は生物の中でも特に虫に顕著に現れ、よく実験対象として蝿や蝶が選ばれ研究されている。個が学んだ危険を学習し、子孫という群れへ伝播する。そうして生き残る術を覚えていく。脳だけでは、本能だけでは語れない、生命の神秘だ。
 人間も臓器移植を受けた際、提供者の記憶や嗜好を引き継ぐ事がある。記憶とは、細胞一つ一つに刻まれているものなのかもしれない。

(……記憶。細胞……)

 ふと浮かんだキーワードが、ぱちんと線で結ばれる。
 モーズの思考に、一筋の光が走った。
 次の瞬間、彼はがばりと布団から飛び起き、ウミヘビ達を驚かせる。

「……そうか、その手があったか! これならば、リスクを最低限にできる……!」

 手段としては思い浮かんでいた。だが現実味がないとして、頭の隅に追いやっていた。
 何せモーズは対話できるのだ。ステージ5と。特異な体質によって。
 血という養分を与え芽胞から目覚めさせれば、いつでも、フランチェスコと言葉を交わせる。
 それをしなかったのは、フランチェスコが生物災害バイオハザードとなってしまう事を危惧してだ。例えウミヘビやアイギスの手によって暴走を押さえ込めたとしても、その後、フランチェスコを再び芽胞の状態に戻すかコールドスリープを施さなければ――処分する他ない。
 この場に冷弾を扱えるウミヘビはいない。寄生虫の生態がわからぬままでは芽胞への逆変換も不鮮明で、成功率も不確実。そんな状態で、フランチェスコとの対話など望めない。死に直結する。
 だからこそ、モーズは一刻も早く暗号を読み解き、フランチェスコの研究を把握したかった。
 一分一秒でも早く、彼と言葉を交わしたかった。

 しかしそこまで焦る必要などなかった。思い詰める必要などなかった。
 もっと手軽で、安全な手段があったのだから。

「モーズ先生? 如何致しましたか?」
「何か思い付いたのー?」
「あぁ、あぁ! 試してみる価値はある! 皆、どうか協力してくれ!」

 モーズは興奮を抑えきれず、勢いのまま語った。

「フランチェスコから芽胞の一片を削り取り、それを活性化させる! そこから細胞の記憶を、読み込む! そうすれば少ないリスクで、フランチェスコの軌跡を辿れるかもしれない……!」

 実際モーズは菌床で、何度か『珊瑚』が蓄積していた記憶を読み込んだ事がある。中でもイギリスで接触した、スピネルの記憶が顕著だろう。
 モーズは彼女と顔を合わせた事はほとんどなかったが、にも関わらず、過去を垣間見れた。あれは無意識に『珊瑚』の信号を受信した結果だろう。
 ならばフランチェスコでも同じ事が、出来る筈だ。
 尤も初めての試みには違いない。成功するかどうか、読みが当たっているのかどうか、わからない。
 わかるまで、試行を繰り返せばいい。

「もう少しだけ待っていてくれ、フランチェスコ」

 決意を胸に、モーズは寝巻きを脱ぎ捨てシャツに袖を通すと、白衣へ、手を伸ばした。

 ◇

「……アセトアルデヒド、さん?」
「あっ、タリウム。起きたんだぁ」

 意識がゆっくりと浮上し、暗闇の底から現実へ引き戻される。
 タリウムは医務室のベッドに寝かされていた。天井の白い照明が、少し滲んで見える。目の焦点が合うにつれ、すぐ傍で覗き込むアセトアルデヒドの不安げな表情が形を取った。

「カリウムとナトリウムが心配してたよぉ? 呼んでくるねぇ」
「……ちょっと、待って欲しいっス……」

 のそのそと立ち上がりかけたアセトアルデヒドの袖口を、タリウムは反射的に掴んで引き留めた。
 力は弱い。それでも彼の動きを止めるには十分だった。

「どうしたのぉ?」
「あの二人は、騒がしいんで……。それで、アセトアルデヒドさん。……今日は、何日ですか?」

 問われたアセトアルデヒドは椅子に腰を下ろし直してから、静かに答える。

「……11月4日」

 三日。ニコチンに毒素を注がれ意識を失ってから、丸三日経っている。
 タリウムの胸が、冷たい指先で撫でられたようにざわついた。

「俺、そんなに……寝ていたんスか」
「なかなか毒素が抜けなかったみたいでねぇ。のアトロピンがいれば、もっと早く起きられたんだろうけど……」

 再利用リサイクルされた、幼い姿をしたアトロピン。彼は未だ毒素の扱いが不安定で、タリウムへ治療を施す事ができなかった。
 その為か、意識が戻った今もまだ、タリウムの身体は鉛のように重い。

「アセトアルデヒドさん、ニコチン先輩は……」
「……居なく、なっちゃったぁ。脱走、したんだって。あはは、は……」

 乾いた笑い声。
 けれど笑いの形をしているだけで、明らかに泣く寸前だ。

「……アセトアルデヒドさんは、どうして、ここに?」
「君が、ニコに傷付けられたって、シアナミドが言うから……。あの災害で、何人かウミヘビが壊れたんだ。君まで壊れるんじゃないか、それもニコが原因でってなると、居ても立っても居られなくって……。何か出来る訳じゃ、ないのにねぇ」

 アセトアルデヒドの声は震え、語尾が揺れている。
 柔らかな口調の奥から、必死で抑えている、悲鳴のようなものが滲み出ている。

「壊れ、た……」
「うん。……兄ちゃんも、壊れちゃった」

 アセトアルデヒドの兄、エタノール。
 彼はラボで、メタノールを庇う形で壊れてしまったという。

「メタノールは勿論、ホルムも、塞ぎ込んじゃっているんだぁ。兄ちゃんと一緒に、ペンタクロロも……壊れちゃったから」
「ペンタクロロ、が……?」

 第二課所属の中でも戦闘慣れしていたペンタクロロフェノール。非戦闘員であるエタノールだけでなく、彼でさえ壊されてしまった事実に、タリウムは動揺を隠せなかった。
 事態は想像よりも、遥かに深刻なようだ。

「……再利用リサイクルは、されたんスかね」

 再利用リサイクルをした所で壊れたウミヘビは戻って来ない。姿が似ただけの別人が造れるだけ。
 だが同じ毒素を持つ、忘れ形のような存在と会える。少しは慰めになるのでは、とタリウムは考えたのだが、アセトアルデヒドは首を横に振った。

「ううん、しないみたい。ラボもネグラもボロボロで、余力がないから……。それに所長がさ、嫌なんだってぇ。下手に再利用リサイクルしても、利用されるだけだろうから」
「利用……?」
「国連に」

 その単語が口から出たと同時に、医務室の空気が一層重くなる。

「その国連にね、ニコがいるんだって。『珊瑚』をやっつける兵器として。それで、それでね……。もしかしたら僕達と争う可能性があるかもしれないって、言ってた……」
「争う……? な、何で、ッスか……」
「ウミヘビを廃棄するの、ウミヘビを使うのが、一番効率的だから……」

 国連の目論見の一つに、ウミヘビの廃棄処分がある。
 何せウミヘビは人類を脅かす危険物。故に国連はウミヘビをのさばらせる訳にはいかない、という使命感を抱いていた。だがウミヘビを壊すのは容易ではない。
 しかしウミヘビ同士で潰し合わせれば、低リスク低コストで目的を達成できる。

「俺達は、『珊瑚』の切り札、じゃなかったッスか? なのに、消耗させるとか……」
「うん……。僕も『珊瑚』がなくなるまでは、直接的な事はしないと思っているよぉ? でも、『珊瑚』がなくなった時……」

 ウミヘビを使利点はなくなったとして、国連が戦争をけしかけてくる可能性は、大いにある。
 想像したくない未来が瞼の裏に浮かび、アセトアルデヒドは膝の上で、拳を握り締めた。

「……万が一そうなってしまったと、しても……先輩が、アセトアルデヒドさんを傷付ける訳、ないじゃないスか……」
「でもニコ、タリウム傷付けちゃった」
「……俺は、アセトアルデヒドさんじゃないので」
「僕以外なら、攻撃してくるって事だよねぇ?」

 ぽとり。
 アセトアルデヒドの目尻から、涙が、静かな音を立てて落ちた。
 抑えていた堰が、零れ始めている。

「……半年近く前にさ、飲み会、したんだ。ニコと。モーズ先生やセレン、ホルムにメタノール、それから兄ちゃんと一緒に。楽しかったなぁ。沢山、笑って、飲んで騒いで……」

 最早、遠い記憶に感じる――ニコチンと過ごした穏やかで優しい日々。
 その過去に縋るように、アセトアルデヒドは何度も何度も、反芻するように思い出をなぞる。そのまま彼は、絞り出すように言った。

「嫌だなぁ。ニコが誰かを、傷付けるの。ニコだって、きっと嫌なのに。けど、どんなに嫌でもやれちゃうのが、ニコだから。苦しいのも悲しいのも痛いのも皆んな、押し殺せちゃうから。だから……」

 モーズに、ニコチンを治して助けて欲しいと、縋った。
 ニコチンが居なくなってしまった今では、叶わぬ願いとなってしまったが。

「……僕、どうしたらいいんだろうねぇ? ねぇ、タリウム」


  ▼△▼

 次章より『虫籠の底』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『交差する思惑』、これにて完結です。

 本章は状況整理回になってしまいましたね。構想時は三つ巴感が強くなる章になるかな? と思ったんですがそうでもなかった……。
 しかしじわじわ暗躍していた国連が、ようやく本格的に本編へ躍り出てくれました! これで役者は揃った!
 次章はフランチェスコの掘り下げや、最終決戦的なステージに向け準備を整えていく方向になるかな? と思います。
 お楽しみに!

 もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
 励みになります。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...