毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第559話 ぶきっちょなやさしさ

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 孤児院の朝はとっても早い。
 お洗濯やお掃除、朝ご飯の準備も、全部自分たちでやらないといけないから、てんやわんや。僕たちより小さな子供たちのお世話もしなきゃいけないしね。
 珊瑚症が広がる前は、孤児院ここにももっと大人がいて、ここまで慌ただしくなかったって、モーズは話してくれた。
 3才くらいの、まだおむつがとれてない子のおむつを替えてあげたり、おねしょしちゃった子のシーツを洗ったり、歯が生えそろってない子でも食べやすいよう柔らかいご飯を用意したり……。モーズは何でも、イヤな顔を全くしないで、当たり前のように小さい子たちのお世話をしていた。
 孤児院ここには僕たちよりも年上の、年長の子たちがいるんだから、その子たちにも手伝ってもらおうよと僕はアイデアを出してみたけど、モーズは「年長の子たちは勉強しなきゃだろう?」って不思議そうな顔をしていた。年長の子たちは勉強を理由に、モーズに大変なことを押し付けているのかな? 何だか、イヤな感じがする。
 モーズは孤児院ここでできた初めての友だちで、死んじゃったお父さんお母さんのつらさを少し忘れさせてくれる子。お手伝いを引き受けちゃう前に、僕が遊びに誘ってあげれば、モーズも僕も楽しくってお互い嬉しいよね? ……これも『利用』に入るのかな? けど遊べばモーズは笑ってくれる。お手伝いしている時は笑わないもの、これはいいことだよね。きっと。

 外、って言っても教会の敷地内にあるハーブ畑だけど。その中を走り回りながら、色んなことを話しているうちに、モーズの好きなことを知った。
 お絵描きだって。フランスって芸術が盛んな国だもんね。イタリアも美術館いっぱいあるけど。こわい病気が広がる前に、何回かお父さんお母さんに連れて行ってもらったことあるよ。
 それから葉っぱとか、お花も好きなんだって教えてくれた。自然がいっぱいな孤児院ここで育ったから、興味を持つようになったのかな?

「キコは、なにが好き?」
「僕はね~。虫の観察っ!」
「えっ」

 虫って面白くって大好き! 生き物なのにロボットみたいに決まった動きをするんだよ? それも群れで! 見ていて飽きないな~。
 あれ? なんかまたモーズに不思議そうな顔をされちゃった。何でだろ。
 あっ! ハーブの葉っぱのうらにクモの卵、みっけ! 持ってか~えろっ!!
 あったかくなった頃、クモの卵を教会の事務室に置いておいたのが僕だってばれちゃって、シスターからおーっきな雷が落ちちゃったけど。でもちっちゃなクモの大行進が見られたのは、わくわくしたなぁ。カマキリの卵もみっけられたら持ってか~えろ。

 ◇

 あったかくなって花がたくさん咲くようになっても、こわい病気はあちこちに広がったままで、僕たちはお出かけを禁止されていた。
 テレビのニュースからは毎日毎日、真っ赤な真っ赤な災害について取り上げられていて、お父さんとお母さんが死んじゃった日を思い出す。孤児院には僕以外にも家族を亡くした子供がいっぱいいて、みんなイヤな思いをしちゃうから、結局テレビは見なくなっちゃったな。
 お外で遊ぶのも、感染対策でダメになっちゃって、僕は本を読んだりお絵描きしたり、ゲームをしたり動画を見たりして過ごしていた。あっ、勉強もしてたよ。学校に行けないからアルファベットとか足し算とか引き算とか、基本的なことをシスターから教わった。たまに学校の先生が孤児院にビデオ通話を繋げてくれて、リモート授業を受けることもあったなぁ。お金持ちなら仮想空間に入って、バーチャルな空間で通学とかできたんだろうけど、お金も道具もないここだとテレビ通話が限界だったんだよね。
 画面越しで実際に先生がこの場にいるわけじゃないから、緊張感がなくて、僕はうとうと寝ちゃうことも多かった。

「キコ、キコ。おきて」

 その度に、モーズは起こしてくれた。モーズはどんなに退屈な授業でも、お昼ご飯を食べた後でも、絶対起きていてえらいなぁ。

「また、イヤな夢見ちゃった?」

 机に突っ伏して寝ちゃってた僕を起こしてくれたモーズは、そう言って心配そうに眉を寄せてる。

「イヤな夢?」
「うん。なんだか苦しそうな声出してたから……」

 苦しそうな声。イヤな夢。
 よく覚えてないけど、お父さんとお母さんがバラバラになった夢を見ちゃったのかな? 何回も見る。起きても覚えている時と忘れている時があるけど、そのたびにびっちょり汗をかいているし、体もなんだかだるいんだ。
 でも僕だけじゃない。他の子供たちも、イヤな夢を見て泣いている。ふさぎ込んでいる。怒っている。起きているときにフラッシュバックして、物に当たる子だっている。孤児院ここじゃ珍しくもなんともない。僕は起きているときにムカムカしたら、礼拝堂に行くんだ。そこで両手を合わせて一人でお祈りをしていると、だんだん気持ちが落ち着くから。お祈りの内容は、病気がなくなりますようにとか、『珊瑚』が消えちゃいますようにとか、燃えて炭になって、苦しんで死んじゃえとか、上品とはとても言えないけどね。
 逆に『珊瑚』で怖い目にあったことのないモーズは、僕や他の子供たちが『珊瑚』の悪口を喋っている時、なんだか居心地が悪そう。
 怖い目に遭ってないって幸運なことなのに、どうしてか僕たちよりも苦しそうな顔をして、本を読みあさったり、勉強に打ち込んだり、お手伝いを頑張ったり、いつも何かしてた。
 僕が遊びに誘わなきゃ、まともに息抜きしない。わかった。モーズはぶきっちょなんだ。
 ぶきっちょで、やさしいんだ。
 ならモーズは、僕が見てあげなくっちゃね。チェスをして遊ぼう。お喋りしよう。宿題見せっこしよう。お手伝いも、一緒にすれば早く終わるよ。

 だってモーズは、友だちだもん。
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