毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第560話 仲間外れ

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 孤児院に来てから2年が経って、僕とモーズは8歳になっていた。
 ワクチンをぷすぷす打たれた甲斐あって、その頃には感染爆発パンデミックがそこそこ落ち着いて、生物災害バイオハザードもほとんどなくなってた。
 だから孤児院にいる沢山の子供たちを養子に出す話が、シスターから出てきたんだ。
 家族を失った僕らは、新しい家族ができた方が幸せでしょうって、シスターは言っていたけど、本当かな? 沢山の子供たちと賑やかに暮らすのも、楽しいよ? そりゃあ、一人部屋はないし、おもちゃもゲームも独り占めできないけど、独りぼっちにならないですむ、なりようがないのは、良かったと思うんだ。

「さぁ、皆さんここに並んでください。背筋は真っ直ぐ。笑顔も忘れずに」

 養子が欲しいって大人が来る度に、僕たちはシスターに孤児院の廊下に一列で並ばされる。でもやってくる大人は、子供を引き取ると国から貰える補助金の方が目当てだったりもする。どのくらいか知らないけど、しばらく働かないですむぐらい貰えるとか噂で聞いた。
 そうじゃなくっても大人は商品を眺めるみたいに僕ら子供を見てくるから、その目が嫌で嫌で、僕はしょっちゅう列から抜け出して隠れんぼしてた。
 何よりあの列にはモーズがいない。補助金が出るのは災害孤児に対してだけ。モーズは対象外。教会にも大人にもお金は配られない。

 僕含めて他の子供たちは災害に巻き込まれたか、親が感染者になっちゃったりとか、シスターの言いつけを守らないで勝手に“お出かけ”をして怪我をしたり珊瑚症に罹ったり、そもそも帰って来られなくなったりで、何かしら『珊瑚』に関わりを持つ。その子供はみーんな災害孤児扱いなんだけど、モーズだけはなんともないままでいられてた。
 幸運なはずなのに、仲間外れにされているみたいで、モーズはますます居心地悪そうにしていたっけ。しかも子供が引き取られたら、どれだけ仲良くしていたりお世話をしていても連絡を取ったら駄目なルールなんだって。孤児院の思い出は『珊瑚』の嫌な思い出に結びついちゃうから、新しい家族ができた子にトラウマを思い出させないようにする為だってシスターは言っていたけれど、本当かなぁ?
 嫌な思い出だけじゃないはずなのに、何か変だ。
 でも例えシスターの気遣いが本物だったとしても、モヤモヤは晴れない。
 だってそれじゃ、引き取られることのないモーズの家族は減る一方だ。最初から家族のいなかったモーズにとっての家族は、孤児院のみんななのに。友だちだって、学校に通えなかったから、孤児院の中でしか作れない。モーズにとっての世界はここなのに、隅っこに追いやられているみたいでムカムカする。

 養子を貰いにきた大人が来ている間、モーズは共同寝室のベッドの上で、お布団を頭から被って縮こまって、独りぼっちで過ごしてた。
 お化けでも見たんじゃないかってぐらい、何かに怯えてた。
 この頃モーズは、何かにじぃっと見られているみたいで、嫌なんだって。ただでさえ家族が減っていって寂しくて辛いのに、大きな目玉の怪物に見下ろされるのが怖いって、目尻に涙を溜めていた。
 でもシスターの言うことを聞かない悪い子な僕がそばにいてくれると怖くないって、安心したように笑ってくれた。それからしばらく、寝室でこっそり遊んでいると、モーズは怪物のことをすっかり忘れちゃったみたいで、僕と一緒に夢中になってお絵描きしてた。
 不自然なくらいすっぽりモーズの頭から消えていたけど、人間は怖すぎる思い出を忘れるようになっているらしいから、そんなものなのかな?
 一応、シスターにも相談してみようかな。

「そうですか、モーズがそんな事を……。大丈夫ですよ、キコ。何も心配はいりません」

 教会の事務室で僕の話を聞いたシスターは、ニコニコと上機嫌に笑ってた。

「あの子はきっと、祝福を受けているだけです。人一倍敏感な子だから、その祝福が思ってもみない形で見えてしまっているだけでしょう」
「祝福……?」
「そう。モーズが見たという目は恐らく、人智を超えた御使いの目。フランチェスコは聖書に書かれた天使さまがどのような姿をしているか、知っていますか?」
「ううん。よく知らない」

 首を横に振った僕に、シスターは事務机の上に置いてあった聖書外典を手に取って、あるページを開いて僕に向けてくれた。
 そこには禍々しいといっていい天使の姿が書かれていて、僕はぴゃっとちょっと飛び退いてしまった。
 モーズが見たっていうのも、天使なのかな?

「モーズがまた怖い怪物を見たと言ったら、私を呼んでください。それは怖くないものだって、私から教えますから」

 シスターは外典を胸に穏やかに微笑んでいる。
 何だろう、その微笑みが酷く下卑たものに見えてしまう。聖母マリアさまみたいに綺麗な笑みなのに、歪で俗と欲にまみれて、今にも涎がこぼれ落ちそうに見えるのは何でだろう。
 モーズは食べ物じゃないのに、食べ物みたいに見ている感じがして、その日を境に、僕はシスターが好きじゃなくなってしまった。
 理由はよくわからない。何か嫌だ。モーズに近付けたくない。
 これからもっと、モーズの側にいよう。
 ちょっと目を離した隙に離れ離れになっちゃいそうで、怖いから。

 ――衣服は僧侶を作らない。

 その時なんとなく、お医者さんが教えてくれた言葉が、頭の中にふっと浮かんだ。
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