580 / 600
第二十七章 虫籠の底
第560話 仲間外れ
しおりを挟む
孤児院に来てから2年が経って、僕とモーズは8歳になっていた。
ワクチンをぷすぷす打たれた甲斐あって、その頃には感染爆発がそこそこ落ち着いて、生物災害もほとんどなくなってた。
だから孤児院にいる沢山の子供たちを養子に出す話が、シスターから出てきたんだ。
家族を失った僕らは、新しい家族ができた方が幸せでしょうって、シスターは言っていたけど、本当かな? 沢山の子供たちと賑やかに暮らすのも、楽しいよ? そりゃあ、一人部屋はないし、おもちゃもゲームも独り占めできないけど、独りぼっちにならないですむ、なりようがないのは、良かったと思うんだ。
「さぁ、皆さんここに並んでください。背筋は真っ直ぐ。笑顔も忘れずに」
養子が欲しいって大人が来る度に、僕たちはシスターに孤児院の廊下に一列で並ばされる。でもやってくる大人は、子供を引き取ると国から貰える補助金の方が目当てだったりもする。どのくらいか知らないけど、しばらく働かないですむぐらい貰えるとか噂で聞いた。
そうじゃなくっても大人は商品を眺めるみたいに僕ら子供を見てくるから、その目が嫌で嫌で、僕はしょっちゅう列から抜け出して隠れんぼしてた。
何よりあの列にはモーズがいない。補助金が出るのは災害孤児に対してだけ。モーズは対象外。教会にも大人にもお金は配られない。
僕含めて他の子供たちは災害に巻き込まれたか、親が感染者になっちゃったりとか、シスターの言いつけを守らないで勝手に“お出かけ”をして怪我をしたり珊瑚症に罹ったり、そもそも帰って来られなくなったりで、何かしら『珊瑚』に関わりを持つ。その子供はみーんな災害孤児扱いなんだけど、モーズだけはなんともないままでいられてた。
幸運なはずなのに、仲間外れにされているみたいで、モーズはますます居心地悪そうにしていたっけ。しかも子供が引き取られたら、どれだけ仲良くしていたりお世話をしていても連絡を取ったら駄目なルールなんだって。孤児院の思い出は『珊瑚』の嫌な思い出に結びついちゃうから、新しい家族ができた子にトラウマを思い出させないようにする為だってシスターは言っていたけれど、本当かなぁ?
嫌な思い出だけじゃないはずなのに、何か変だ。
でも例えシスターの気遣いが本物だったとしても、モヤモヤは晴れない。
だってそれじゃ、引き取られることのないモーズの家族は減る一方だ。最初から家族のいなかったモーズにとっての家族は、孤児院のみんななのに。友だちだって、学校に通えなかったから、孤児院の中でしか作れない。モーズにとっての世界はここなのに、隅っこに追いやられているみたいでムカムカする。
養子を貰いにきた大人が来ている間、モーズは共同寝室のベッドの上で、お布団を頭から被って縮こまって、独りぼっちで過ごしてた。
お化けでも見たんじゃないかってぐらい、何かに怯えてた。
この頃モーズは、何かにじぃっと見られているみたいで、嫌なんだって。ただでさえ家族が減っていって寂しくて辛いのに、大きな目玉の怪物に見下ろされるのが怖いって、目尻に涙を溜めていた。
でもシスターの言うことを聞かない悪い子な僕がそばにいてくれると怖くないって、安心したように笑ってくれた。それからしばらく、寝室でこっそり遊んでいると、モーズは怪物のことをすっかり忘れちゃったみたいで、僕と一緒に夢中になってお絵描きしてた。
不自然なくらいすっぽりモーズの頭から消えていたけど、人間は怖すぎる思い出を忘れるようになっているらしいから、そんなものなのかな?
一応、シスターにも相談してみようかな。
「そうですか、モーズがそんな事を……。大丈夫ですよ、キコ。何も心配はいりません」
教会の事務室で僕の話を聞いたシスターは、ニコニコと上機嫌に笑ってた。
「あの子はきっと、祝福を受けているだけです。人一倍敏感な子だから、その祝福が思ってもみない形で見えてしまっているだけでしょう」
「祝福……?」
「そう。モーズが見たという目は恐らく、人智を超えた御使いの目。フランチェスコは聖書に書かれた天使さまがどのような姿をしているか、知っていますか?」
「ううん。よく知らない」
首を横に振った僕に、シスターは事務机の上に置いてあった聖書外典を手に取って、あるページを開いて僕に向けてくれた。
そこには禍々しいといっていい天使の姿が書かれていて、僕はぴゃっとちょっと飛び退いてしまった。
モーズが見たっていうのも、天使なのかな?
「モーズがまた怖い怪物を見たと言ったら、私を呼んでください。それは怖くないものだって、私から教えますから」
シスターは外典を胸に穏やかに微笑んでいる。
何だろう、その微笑みが酷く下卑たものに見えてしまう。聖母マリアさまみたいに綺麗な笑みなのに、歪で俗と欲にまみれて、今にも涎がこぼれ落ちそうに見えるのは何でだろう。
モーズは食べ物じゃないのに、食べ物みたいに見ている感じがして、その日を境に、僕はシスターが好きじゃなくなってしまった。
理由はよくわからない。何か嫌だ。モーズに近付けたくない。
これからもっと、モーズの側にいよう。
ちょっと目を離した隙に離れ離れになっちゃいそうで、怖いから。
――衣服は僧侶を作らない。
その時なんとなく、お医者さんが教えてくれた言葉が、頭の中にふっと浮かんだ。
ワクチンをぷすぷす打たれた甲斐あって、その頃には感染爆発がそこそこ落ち着いて、生物災害もほとんどなくなってた。
だから孤児院にいる沢山の子供たちを養子に出す話が、シスターから出てきたんだ。
家族を失った僕らは、新しい家族ができた方が幸せでしょうって、シスターは言っていたけど、本当かな? 沢山の子供たちと賑やかに暮らすのも、楽しいよ? そりゃあ、一人部屋はないし、おもちゃもゲームも独り占めできないけど、独りぼっちにならないですむ、なりようがないのは、良かったと思うんだ。
「さぁ、皆さんここに並んでください。背筋は真っ直ぐ。笑顔も忘れずに」
養子が欲しいって大人が来る度に、僕たちはシスターに孤児院の廊下に一列で並ばされる。でもやってくる大人は、子供を引き取ると国から貰える補助金の方が目当てだったりもする。どのくらいか知らないけど、しばらく働かないですむぐらい貰えるとか噂で聞いた。
そうじゃなくっても大人は商品を眺めるみたいに僕ら子供を見てくるから、その目が嫌で嫌で、僕はしょっちゅう列から抜け出して隠れんぼしてた。
何よりあの列にはモーズがいない。補助金が出るのは災害孤児に対してだけ。モーズは対象外。教会にも大人にもお金は配られない。
僕含めて他の子供たちは災害に巻き込まれたか、親が感染者になっちゃったりとか、シスターの言いつけを守らないで勝手に“お出かけ”をして怪我をしたり珊瑚症に罹ったり、そもそも帰って来られなくなったりで、何かしら『珊瑚』に関わりを持つ。その子供はみーんな災害孤児扱いなんだけど、モーズだけはなんともないままでいられてた。
幸運なはずなのに、仲間外れにされているみたいで、モーズはますます居心地悪そうにしていたっけ。しかも子供が引き取られたら、どれだけ仲良くしていたりお世話をしていても連絡を取ったら駄目なルールなんだって。孤児院の思い出は『珊瑚』の嫌な思い出に結びついちゃうから、新しい家族ができた子にトラウマを思い出させないようにする為だってシスターは言っていたけれど、本当かなぁ?
嫌な思い出だけじゃないはずなのに、何か変だ。
でも例えシスターの気遣いが本物だったとしても、モヤモヤは晴れない。
だってそれじゃ、引き取られることのないモーズの家族は減る一方だ。最初から家族のいなかったモーズにとっての家族は、孤児院のみんななのに。友だちだって、学校に通えなかったから、孤児院の中でしか作れない。モーズにとっての世界はここなのに、隅っこに追いやられているみたいでムカムカする。
養子を貰いにきた大人が来ている間、モーズは共同寝室のベッドの上で、お布団を頭から被って縮こまって、独りぼっちで過ごしてた。
お化けでも見たんじゃないかってぐらい、何かに怯えてた。
この頃モーズは、何かにじぃっと見られているみたいで、嫌なんだって。ただでさえ家族が減っていって寂しくて辛いのに、大きな目玉の怪物に見下ろされるのが怖いって、目尻に涙を溜めていた。
でもシスターの言うことを聞かない悪い子な僕がそばにいてくれると怖くないって、安心したように笑ってくれた。それからしばらく、寝室でこっそり遊んでいると、モーズは怪物のことをすっかり忘れちゃったみたいで、僕と一緒に夢中になってお絵描きしてた。
不自然なくらいすっぽりモーズの頭から消えていたけど、人間は怖すぎる思い出を忘れるようになっているらしいから、そんなものなのかな?
一応、シスターにも相談してみようかな。
「そうですか、モーズがそんな事を……。大丈夫ですよ、キコ。何も心配はいりません」
教会の事務室で僕の話を聞いたシスターは、ニコニコと上機嫌に笑ってた。
「あの子はきっと、祝福を受けているだけです。人一倍敏感な子だから、その祝福が思ってもみない形で見えてしまっているだけでしょう」
「祝福……?」
「そう。モーズが見たという目は恐らく、人智を超えた御使いの目。フランチェスコは聖書に書かれた天使さまがどのような姿をしているか、知っていますか?」
「ううん。よく知らない」
首を横に振った僕に、シスターは事務机の上に置いてあった聖書外典を手に取って、あるページを開いて僕に向けてくれた。
そこには禍々しいといっていい天使の姿が書かれていて、僕はぴゃっとちょっと飛び退いてしまった。
モーズが見たっていうのも、天使なのかな?
「モーズがまた怖い怪物を見たと言ったら、私を呼んでください。それは怖くないものだって、私から教えますから」
シスターは外典を胸に穏やかに微笑んでいる。
何だろう、その微笑みが酷く下卑たものに見えてしまう。聖母マリアさまみたいに綺麗な笑みなのに、歪で俗と欲にまみれて、今にも涎がこぼれ落ちそうに見えるのは何でだろう。
モーズは食べ物じゃないのに、食べ物みたいに見ている感じがして、その日を境に、僕はシスターが好きじゃなくなってしまった。
理由はよくわからない。何か嫌だ。モーズに近付けたくない。
これからもっと、モーズの側にいよう。
ちょっと目を離した隙に離れ離れになっちゃいそうで、怖いから。
――衣服は僧侶を作らない。
その時なんとなく、お医者さんが教えてくれた言葉が、頭の中にふっと浮かんだ。
10
あなたにおすすめの小説
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?
武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。
ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
青春
【第五部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
プライベート・スペクタル
点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。
この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。
その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。
(※基本 隔週土曜日に更新予定)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる