毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第567話 赤い泥のエイリアン

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 僕は既に医師免許を取得した事を伏せて、モーズと一緒に医大に通いながら、空いた時間で教会と孤児院運営の実態を調べた。
 そして僕の直感が当たっていた事を知った。
 シスターは人身売買をしていたんだ。『ウロボロス』という非人道的な研究施設に。そこでは不老不死を実現する為に様々な研究をしているらしい。一介の学生である僕の力では、断片的な情報しか掴めなかったけど、被験体は消耗品として扱われていたのは十分に伝わった。
 正直に言うと僕も知るのが怖かったんだ。不信感を覚えていたけど、僕とモーズが育った場所には違いないから、やっぱり愛着はある。あった。
 でももう未練はない。
 それからついでに、《万能薬辞典》が書庫に置かれていた理由も知った。この本の著作者はウロボロスの研究員だったみたい。今は行方をくらましているらしいけど。
 僕を引き取りたいと言っていた医者夫婦もウロボロスの人間だったってわかった。尤も僕は被験体としてじゃなくて、使い勝手のよさそうな助手として手に入れたかったようだ。どちらにせよ嫌だけど。断ってよかった、本当。
 ……でも、非人道的な研究も辞さないウロボロスなら、僕を助手として使えると評価した事もあるウロボロスなら、じっくりと腰を据えて研究ができる?
 手段を選ばずに、『珊瑚』を消す方法を見付けられる?
 けれど実態がよくわからない組織なんだ、期待外れだったとしたら時間と労力の無駄過ぎる。ここは慎重に決めた方がいい。

 あれこれしている内に感染から一年経って、大学6年生になった。医大は来年で卒業する。年を跨いで、夏になる前に。それまでに著名な研究室へ入れたらそっちの方が有意義だ、きっと。医大生という立場を活用できるのは今だけなんだし。
 ミシェル院長は研究室ゼミを作ってはいないようだ。個人では活動しているみたいだけど。ならドイツの大学の研究室ゼミとかどうだろう? あそこには『珊瑚』研究で真っ先に名前が上がる、ユストゥス教授やロベルト院長がいる。他にもルイ先生やエミール副院長といった優良な医者兼学者がいる。パウル先生っていう、2年前にオフィウクス・ラボへ入所した人の母校も、あのドイツの大学だ。その人達と縁を繋げば、僕も推薦を貰えるかもしれない。
 しかも折よく、僕はロベルト院長がフランスを訪れる話を入手した。ミシェル院長が教えてくれたんだ、フランス感染病棟に来るんだって。僕はその話に真っ先に飛び付いて、電車に乗り込みヴェルサイユ地方へ向かった。

 それで、見たんだ。
 バクンッて。
 真っ赤な泥状の、軟体動物のようなそうじゃないような、意味のわからない、粘膜にも見えるそれが、ロベルト院長を飲み込んだ瞬間を。

 あれはフランス感染病棟に着いて間もなく。
 正門を通った後、たまたま見付けたんだ。中庭のベンチで一休みしているロベルト院長を。ふくよかな体型をしているのと、あの人のトレードマークになっているフクロウのフェイスマスクで、遠目でもよくわかった。
 僕が駆け寄る前に、ロベルト院長は誰かに話しかけられていた。親しそうに会話をしていたから、門下生の人だったかもしれない。今となっては何もわからないけど。
 ロベルト院長はその誰かと病棟の裏手へ向かったから、僕も慌てて追いかけた。見ず知らずの僕がいきなり話しかけても相手にしてくれるかわからないけど、ともかく挨拶をしたくって。あわよくば人脈に繋げたくって。
 少しして、2人は地下共同墓地カタコンベに入った。この先は死者が眠る場所。弔われた人達と関係のない僕が土足で入り込んでいいものかと躊躇してしまって、どうせ出入り口で待っていれば会う事が出来るのだし、と思って足を止めた。
 ごぽり
 けれどその時、中から変な音が聞こえた。流水音のような、お湯が沸騰した時の音のような、ともかく水を連想させる音。
 何で地下墓地からそんな音が? まさかとは思うけど、地下水が溢れて浸水してしまったとか? そんな考えが脳裏を過ぎり、心配と好奇心に負けて、僕はこっそり地下共同墓地カタコンベへ入った。
 そして、見た。
 暗がりの中で、ロベルト院長が飲み込まれる瞬間。
 理解が追いつかなくって、僕は直ぐに地下共同墓地カタコンベを出た。あれは何だったんだろう。いつか映画で見た、エイリアンが人間に寄生するワンシーンのような光景だった。あの赤い泥はエイリアン?
 いや、違う。あの赤は、見覚えがある。両親を襲った感染者が生やしていた赤と同じ。
 あれは、『珊瑚』だ。
 僕は直ぐに病棟の院長室へ駆け込んだ。約束の時間にはまだ早かったけど、ミシェル院長は歓迎してくれた。
 そして僕がよくないものを目撃した事を、一目で悟ってくれた。

「問い掛ける。汝は何を見た?」

 僕は話した。信じて貰えるかわからなかったけど、見た事をそのまま。あれの正体が何なのかわからないけど、『珊瑚』に纏わる何かな気がする事も、話した。
 静かに傾聴してくれたミシェル院長は何か考える素振りを見せた後、「気付かれたか?」と僕に訊いてきた。
 わからない。訳もわからず逃げたから。僕が目撃した事を知っているかもしれない。

「身を隠せ。今直ぐに」

 ミシェル院長は僕に逃避を命じた。
 でも、僕は、やるべき事が。モーズを治す、役目を果たさなきゃ。

Qui vivra verraキ ヴィヴラ ヴェラ

 生きる者は見るだろう。
 つまり時が解決してくれる。生き続けてさえいれば、いつか真実が明るみになる。例え今は何もわからなくっても。そうミシェル院長は、僕にそう伝えてくれた。
 生きていれば、生きてさえいれば――

「何事も、Quand on veut, on peut望めば可能となる。これは、予言と捉えてくれて構わない」

 その予言は励まし? 同情?
 ……。…………。
 でも、うん、そうだね。僕は可能にしなくてはならない。そうでなければモーズを見捨てる事になる。見殺しにする事になる。
 何が何でもやらなくっちゃ、生きて、生き続けて、ここであの『珊瑚怪物』に喰われる訳にはいかない。
 僕は手短にミシェル院長へ礼と謝罪を告げると、病棟を飛び出し電車へ飛び乗った。
 僕はアパートに帰ると荷物をまとめて、モーズの前から去った。
 
 もう躊躇しない。覚悟は決めた。
 僕はそのまま孤児院に向かい、シスターに接触してウロボロスへのコンタクトを申し出た。断れば此処での悪行をバラすと脅しをかけて。モーズへ手を出すのも禁止させた。
 それから、この事を黙っておくよう命令もした。モーズが僕の足取りを辿って来られないように。モーズはこんな世界、知らなくていい。ウロボロスと言う人の道に外れた組織なんて、一生知らなくていい。
 僕はウロボロスで君を治す術を見付け出す。必ず。見付け出さなくてはいけない。君の身体が蝕まれているのは、僕が原因なのだから。
 ……置き手紙も残さなくて、ごめんね。
 ……謝る資格も、僕にはないけれど。

 もう少しあったキャンパスライフ、モーズと楽しみたかったな。


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