毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十七章 虫籠の底

第569話 卵と器

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 西暦2316年。
 一歳になってもまだ培養槽から出られないパラチオンに、日課になっているお喋り(ほとんど一方的だけど)をした後。主任を追い出して手に入れた個室の研究室で、僕は衝撃を受けていた。
 ウミヘビの青い血によって、『珊瑚』の感染から逃れた人がいるという情報を入手できたからだ。
 名前はフリードリヒ。一月前にクスシになった人で、僕が配属先候補としてあげていたあのドイツの大学で助教授をしていた人だ。事の始まりはドイツ感染病棟で巻き起こった生物災害バイオハザード。フリードリヒはその災害の被災者で、ステージ5に菌糸で身体を貫かれ瀕死の重症を負った。確実に感染したと思われる状態。それにも拘わらず彼は非感染者としてラボで活動しているらしい。
 情報源は、国連だ。
 国連はオフィウクス・ラボを管理しているからクスシのデータを定期的に更新している。その情報をこっそり盗み見たらわかったんだ。裏を取りたいところだけど、オフィウクス・ラボは基本的に機密の塊だし、ラボのある人工島アバトンは衛星でも認識できないよう細工がされている。真偽を確かめるのは難しそうだ。
 でも珊瑚症の症状を緩和する薬だって、一番最初はウミヘビの血を使っていたんだ。青洲というクスシが調薬というデータも合わせれば、この情報の信憑性はグッと高くなると思う。

 血だ。ともかくウミヘビの青い血が必要だ。
 調べなくちゃ。研究しなくちゃ。『珊瑚』を殺す為に。
 手始めにパラチオンから採血した青い血で徹底的に『珊瑚』との反応を……あ、駄目だ。やっぱり毒素が強すぎる。AIにスキャンさせて軽くシミュレーションしただけで、『珊瑚』も人間も殺してしまうデータ結果が滝のように流れ出てくる。僕は頬を引き攣らせた。これは実験どころじゃない。一歩間違えたら、いや一息でも誤ったら僕も死んでしまう。僕は生き抜かなくっちゃいけないのに。
 作戦変更。もう一人、ウミヘビを造ろう。レシピは頭に入っている。《器》の材料も、パラチオンを造る際に出た余りがある(何回も《器》が壊れたから、造り直す為に沢山入手する必要があったんだよね)。不足分があったとして僕個人の資産で補える。設備もパラチオンを造る時に整えた。
 問題は《卵》だ。
 パラチオンみたいに強過ぎる毒素は扱えない。でも造る前から毒素がわかるものなのかな? そもそも《卵》って一体何なのか、あまりにもあやふやだ。
 改めて調べ直してみても、やっぱり《卵》は謎が多い。

 ただ《卵》は《卵》で増えて、最初に取り込んだ毒素に性質が依存する。という情報は手に入れられた。 
 《卵》が《卵》を? どういう事かな? うまく理解ができない。飲み込めない。でも《卵》を増やす手順も手に入れられたから実行自体はできる。
 この研究所にある《卵》はパラチオンの胸の中にあるものだけだから、独自に増やす場合、彼の協力は必須だ。
 胸を裂いて《卵》を剥き出しにし、そこに青い血を直接、過剰に輸血して――
 ……。あまりに痛々しい。ウミヘビによってはこの施術に耐えきれず、壊れてしまうらしい。パラチオンに施すのは……。
 ……。…………。
 いや、ちゃんとしなきゃ。覚悟を決めた筈だろう、僕は。『珊瑚』を殺す為には何だってやるんだ。やらなくてはいけないんだ。どんな手段を取ろうとも。
 僕は既に外道で非道で鬼畜な事をしでかしているんだ、今更なんだという話だよね。
 だからね、パラチオン。僕に、《卵》を頂戴。

 ◇

 《卵》の増殖にはかなり苦労した。
 ただでさえパラチオンの身体は硬くて切りにくい。培養槽内には元々間接的に施術できるよう、アームやナイフを内蔵していたのだけれど、さっぱり歯が立たない。まずは改良に追われた。
 何とか胸を裂く段階に入れた次は、傷口が直ぐに再生してしまう問題にぶち当たった。如何にして裂け目を固定するのか、随分と頭を悩ませたよ。これは最終的にガラスの筒を傷口に嵌め込む事で解決した。
 胸を裂いて固定が出来たら、次は傷口から覗く《卵》への輸血を……となるのだけれど、裂く過程で滲み出た青い血はあっという間に培養液を汚染して、パラチオンの《器》にもダメージを与えるものだから中和にとても苦労した。培養槽内の環境を整えるのに丸一日かかったかな。
 ようやく数値が安定して中毒の心配がなくなってから、《卵》を……と思ったら、パラチオンの《卵》がちょっと膨らんだかと思うと、ぽこっと隆起して、そのまま新しい《卵》が飛び出た。輸血をしていないのにどうして、と僕は戸惑った。培養液の影響? 中和剤の影響? 不可思議な事ばかり。《卵》って何なんだろう、本当に。
 ちなみに僕があれこれ苦労している間、パラチオンは痛がる素ぶりも見せずすよすよと寝ていた。気持ちよさそうに。けど新しい《卵》が増殖した時だけ目を開けて、僕が遠隔操作で嵌め込んだ、胸のガラス筒に気付くとそれを引き抜き、ぺいっと上に投げ捨てるとまた眠ってしまった。僕が苦労して開けた傷口はみるみるうちに塞がって、綺麗さっぱりなくなった。
 ……。やりたい事は成せたのに、徒労を感じるのは何故だろう。何だかどっと疲れた。

 気持ちを切り替えて、僕は使い終えたガラス筒と念願の《卵》を遠隔操作アームで回収、培養槽の外へ出した。
 この《卵》を元に、僕は新しいウミヘビを造るんだ。
 宿さないといけない毒素はどうしよう? 幾つか候補は考えてきたけど、絞りきれていないんだよね。
 尤も僕の仮説が正しければ、選択肢は限られる。
 ウミヘビは既にウミヘビとなった毒素は造れない、という仮説。どうして同じ毒素のウミヘビが2人として造れないのは疑問だけど、データを見る限りそういうものだと飲み込む他ない。何かしら法則があると思うけど、それが何なのか掴めないままだ。
 仮説を証明する為、僕は試しに硫黄や水銀を《卵》へ与えた。過去のデータを参考に、同じフラスコの中に入れたんだ。でも《卵》は全く、何も反応しなかった。この仮説は正しいみたい。

 まだ造られていない毒素のウミヘビ。それもあまり強くない毒素が望ましい。いや、パラチオンレベルの強い毒素の方が珍しいんだけど。それにしてもレアな《卵》を引いちゃったなぁ。あの《卵》、元は誰が用意したんだろう?
 可能な限りデータを集めて、ホログラム画面いっぱいにウミヘビを映して、僕は思考を巡らせる。……皆んな綺麗な子達だな、とかちょっと余計な事も考えながら。
 兎にも角にも、悩みに悩んで僕が導き出したのは臭素ブロムだった。
 ウミヘビの能力は毒素の用途に依存する。ブロムはかつて記録媒体によく使われていたから、水銀やセレンのように記憶力に長けている筈だ。多分。
 僕はどきどきしながら、《卵》を納めたフラスコに赤褐色のブロムを注いだ。
 オフィウクス・ラボの所長パラケルススはこうやってウミヘビを造り出していたようだけど、実は再現性がある訳ではない。想定外のウミヘビが造られる事はよくあるらしい。狙って造れるのかどうか……。

 結果的に、ブロムと《卵》は馴染んでくれた。恐らく成功だ。
 後は予め用意していた器に《卵》が適合してくれたら――
 《卵》を埋め込んだ器は、何日かの間、培養槽の中で漂った後、目覚めてくれた。
 そしてガラス越しに僕を、真っ直ぐ見詰めてくれたんだ。
 ……初めまして、ブロム。
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