毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第一章 入所編

第3話 《ニコチン(C10H14N2)》

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 破壊された壁の穴から『珊瑚』の菌糸が這うように外へ出てくる。
 その菌糸の中心には病棟の中で最も症状が進んでいた患者トーマスが、力なく宙に浮いている。

「っ、トーマスさん……っ!」

 『珊瑚』の宿主が誰なのか、モーズは大方の予想はできていたが、実際に目にすると辛いものがある。
 トーマスは背中から生えた八本の大きな菌糸を使い、壁を移動を始めている。まるで蜘蛛が壁を伝うかのような動きだ。遠目から見た姿も、長い足の中心に胴があるように見えて、蜘蛛に酷似している。

虫型・・か。そりゃ僥倖」

 すると『先輩』は何やら幸先が良さそうな表情を浮かべ、銃を構えると、
 ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 弾丸とは違う白く発光する球体を銃口で形成し、トーマスに向けて発砲した。それは地上から3階へ優に届き、菌糸の一本に当たると風穴を開けて破壊してしまった。コンクリートを砕く硬質な菌糸を壊す威力は強力で、凶悪で、外れた弾は病棟の壁に当たりそこにもまた風穴を作ってしまう。
 それを見たモーズは慌てて先輩の腕を掴むと銃を下げさせた。

「待て! 無闇矢鱈に撃たないでくれ! 病棟には多くの患者がいるんだ、流れ弾に当たってしまえば大惨事だ!」
「そうですよ、先輩。人除けが済んでいるいつもの癖で撃っちゃ駄目ですよ」
「あ゙ぁ゙?」

 先輩が露骨に苛立った顔をしたが、セレンは慣れているのか無視して話を続ける。

「先生、感染者……トーマスさんを誘導するならどこがいいでしょうか?」
「それは勿論、人のいない場所……。今ならば庭園辺りがいいと思うが」
「だそうです、先輩」
「チッ、面倒臭ぇな。おいお前、モーズだっけか? 囮になれ」
「は? 私がか?」

 いきなり命令をされ、モーズは困惑した。

「お前が病棟に撃つなっつったんだろ」
「それはそうだが、囮になるといってもどうすれば……」
「感染者に来て欲しい場所に突っ立てろ。そんでセレン、虫を壁から落とせ」
「了解です」

 先輩の言う虫、とは今動き回っているトーマスの事だろう。しかし「落とす」とはどういう意味だろうか、とモーズが不思議に思っていると、先輩に「さっさと動け」と急かされてしまい移動を余儀なくされた。
 モーズはよくわからないまま人気のない庭園、患者の憩いの場として設けられた噴水の前まで走った。予想通りそこには人っ子一人いない。ここならば銃弾が降り注いでも被害が出ることはないだろう。

(セレンとトーマスさんはどうなった?)

 モーズは病棟の3階へと視線を戻す。すると病棟の水道パイプを伝って器用に壁を登る白い人影、セレンが視界に入った。

(か、彼は軽業師なのか?)

 あんな線の細い体でクライミングが得意だったとは知らなかった。妙な所に感心している間にセレンはあっという間に病棟の3階まで登ってしまうと、病棟のベランダ、その柵の上をこれまた器用に歩いてトーマスへ近付いていく。
 当然、人が接近する気配に気付いた『珊瑚』は菌糸の狙いをセレンに向ける。寄生菌として近くにいる人間へ感染させようとするのは当然の動きだ。ましてセレンはマスクも保護具の装備もない、無防備な生身の姿。狙うには打ってつけだ。
 真っ赤な突起が、凶器が、セレンを貫かんと矛先を向ける。

「セレン……!」

 がしり。
 その凶器を、セレンは素手で鷲掴んだ。

「……、は?」

 常人では捉えられない素早さに防げない剛力を宿している筈の菌糸、その先端をあっさり掴んだ彼はそのままクッションでも放るかのように、菌糸とその先の本体たるトーマスを片手で持ち上げ壁から引き離し、地面へ落とした・・・・
 ドォオオンッ!
 質量が増幅した『珊瑚』の落下衝撃は凄まじく、軽い地響きが起きる程だ。

「な、何だ? 硬化した菌糸の重さは白金プラチナ並み、普通の人間が持ち上げられる訳が……っ!?」

 目の前で起こっている事に理解が及ばないモーズ。その間にもトーマスは落下地点からむくりと起き上がり、再び動き出す。病棟にはセレンという脅威がいるからか、院内には入ろうとせず寧ろ離れていく。
 そうすると自然に外で無防備に立っている人間、モーズへ次の狙いを定めてきた。

「っ、来たか!」

 他の被害者を出さない為にもここで引きつけなければと、モーズは覚悟を決める。例え、体を貫かれることになったとしても。
 ドンッ!
 その時、トーマスの身体から生えた菌糸が一本、吹っ飛ばされた。
 ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 銃声と共にまた一本、また一本と破壊されていく菌糸。『先輩』の射撃は正確で、月明かりしかない暗がりの中、菌糸だけを狙い撃ってゆく。
 そしてとうとう足として使っていた菌糸は残り二本となり、トーマスは危機感を覚えたのかその場から逃走を始めた。モーズから先輩から病棟から、全てから距離を取ろうとカサカサと気味の悪い動きで敷地の外へと向かってゆく。

「トーマスさん、待ってくれ!」
「ほっとけ。どうせ逃げられねぇよ・・・・・・

 その先輩の言葉通り、トーマスの動きは突然止まった。
 何やら小刻みに震えて、悶えているようにも見える。

「痙攣に錯乱に呼吸困難、って言ったのはお前だろ。モーズ」
「それはタバコを飲みこんだ君に向かって言ったのであって」

 そこでふと、モーズはセレンが口にした言葉を思い出す。

(まさか)

 「あ、おい」と先輩が止めるのも聞かずモーズは『珊瑚』の、トーマスの元へと駆け寄った。トーマスは小刻みに痙攣し、手足をばたつかせ、酸素を求めてか激しく胸を上下させたり、しきりに口を開閉している。

「これは、ニコチン中毒の症状だというのか」
「あ゙ぁ゙? さっきセレンが言ってただろうがよ。俺は《ニコチン》。化学式で言うと『C10H14N2』ってのは、お医者さまのが詳しいんじゃねぇか?」

 言いながら先輩は白衣のポケットからタバコを一本取り出し、口に咥えるとライターで火を灯した。

「俺はこの銃の形した『抽射器ちゅうしゃき』で俺の毒を射てる、有毒人種とかいうやつだ。お前も知っているだろ、《ウミヘビ》」
「《ウミヘビ》とはオフィウクス・ラボが管理する特殊部隊、なのではないのか?」
「はぁ? 外じゃそんな認識なのか? 違ぇよ。ウミヘビは有毒人種の通称。そんで俺たち・・・は宿す毒素の名で呼ばれる」

 俺たち。複数形。
 ならば先輩の関係者である彼も含まれているのだろう。モーズは灰色の髪を揺らしてこちらに駆け寄って来てくれるその人へ、視線を向けた。

「セレン。君は、《セレン(Se)》だったのか」





 ▼△▼
補足
ニコチン(C10H14N2)
タバコに含まれている事で有名。毒物に分類されている、つまり少ない量で人を致死に至らしめるヤバいやつ。
昔は殺虫剤として農薬に使われていました。効き目が速効性なので当時は便利だったと思われますが、現在では毒性が強過ぎるからと登録抹消されています(虫どころか人も死ぬ)

外見
髪の色はニコチンが空気中だと褐茶色になる特性から。
瞳の色は鑑別方法から。ニコチンはホルマリンと濃硝酸を加えるとバラ色になります。
やや小柄なのはニコチンには成長ホルモンを出しにくくする効果があるから(身体が酸欠になるので)。受動喫煙だろうと背が伸び悩む事に。なので本人もちょっと小さい。
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