毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二章 初遠征、菌床処分

第23話 《水銀(Hg)》

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 無事に一匹のアイギスが寄生した所で、モーズはガラスケースの外に出て飼育室に置かれた長椅子にフリッツらと共に腰を下ろした。
 ケースの中に入って出ただけなのにどっと疲れた気がする。

「アイギスは吸血種でね。血が猛毒だろうと触手の中にしまい込んで蓄積するんだけど、宿主には毒が及ぶ事はない。だからウミヘビが血を飛散させてしまった時も安全に回収ができる」

 フリッツの説明から、先日フリーデンがニコチンの飛散した血を回収していた光景が脳裏をよぎる。

「そうでなくとも手足の延長線になるし盾代わりにもなるし、重宝しているよ。何より、吸血によってウミヘビを廃棄・・出来る」

 猛毒の血液を持つウミヘビ、それに対する安全な廃棄手段。それこそがアイギスを利用する最大の理由なのだろう。

「モーズくん。僕らのお役目は『珊瑚』の治療を目指した研究に災害対処。そしてウミヘビの監視、管理、使役、時に教育、そして有事の際の《廃棄》。アイギスはそれらに必要不可欠な存在だ。それを頭に入れて研修に取り組んで欲しい」
「……あぁ。了解した」

 裏地が蛇柄の白衣に袖を通した事、アイギスを受け取った事。その上でモーズは自身が《クスシヘビ》となった覚悟を自覚する為にも、力強く頷いた。
 するとフリッツは口元に手を添えて何やら小刻みに震えている。恐らく感嘆している。

「すごーく、素直で嬉しい……」
「フリッツさん? 俺も素直でしょっ!?」
「貴様は言われた事以外もするからだろう!」
「え~? そりゃ化学者としては気になった事は片っ端から取り組むっしょ~?」
「好奇心の塊は一人で充分だっ!!」

 昨日からちょくちょく話に出てくる〈好奇心の塊〉と称されるクスシは一体どんな人物なのだろうか。モーズも段々気になってくる。
 コンコン。
 その時、飼育室の扉がノックされた。

「お取り込み中失礼するわ」

 そして返事を待たず一人の人間が入室してくる。すらりと伸びた高い背丈に加えて、ハイヒールで更に長身になったその人物は、美貌一つで国を傾けそうな程の容姿をしていた。
 腰を越える長さの銀髪を靡かせて、暗がりでも僅かな光源で輝く銀の瞳を揺らして、目尻と口元には紅をさしその銀の美しさを強調している。白衣のデザインも独特で袖口がチャイナ服のようなゆったりと余裕のある作りになっている。しかし銀髪の頭の上には小ぶりの銀色シルクハットが乗っかっていて、和洋折衷ならぬ中洋折衷な格好だ。
 そんな、一見するとチグハグな格好をしているというのに調和が取れているのは、パリコレモデルもかくやと言わんばかりの力強い美しさを持っているからだろうか。

(女性? いいや、この骨格は男性だ。声も低い)

 目の前の人物は恐らくウミヘビ。そしてウミヘビはニコチンの話から皆男性のはず。
 それにしても今まで以上に目を引く容姿をしているというか、美貌だけで食べていけそうだと思う程に美人だ。遠目からでも派手で目に付いた事だろう。

「共同研究室に居ないと思ったら飼育室に居るだなんて、少し探したじゃない。そもそも新人はボクに真っ先に挨拶に来るべきでしょうに、逆に呼び出すだなんて……いい度胸ね」

 カツカツとハイヒールを鳴らして歩く彼はじっ、と、と長椅子に座るモーズを見下ろす。

「ナ、マ、イ、キ」

 その迫力に背中が背凭れにつくほど後退してしまうモーズ。
 そもそも彼は誰なのだろうか。

「立場を弁えろ。アバトン内を自由に動けるからと態度が大きくなっているようだが、貴様もウミヘビ。私達クスシに従わなくてはいけない存在だ」
「ボクに命令していいのは所長だけよ、おチビさん」
「おチビ……っ!?」

 大柄のユストゥスと銀髪の男の背丈は(ハイヒール込みで)さほど変わらない。なので物理的な事を指しているのではなく、内面的な事を指していっているのだろう。
 尤も銀髪の男は二十歳そこそこの若造に見え、貫禄のあるユストゥスより歳を重ねているようには到底見えないが。

「ボクはアンタ達より、いえ誰よりも古参なのよ? 所長と、あと副所長と共にラボの黎明期を支えた貢献者なんだから。年季が違うわ、年季が」

 胸に手を置き尊大な態度で堂々と言い放す銀髪の男。
 十五年前からという事は、彼は十歳にも満たない内からラボに貢献していたのか、それとも……。

「貴様っ!」
「どうどう、ユストゥス。彼の言う通り僕らはラボの中じゃ若輩者だ。先輩には敬意を払わなくてはね」
「そうよ。もっと敬いなさいな」

 席から立って憤るユストゥスの前に回り込み、落ち着かせるフリッツ。
 状況がよく飲み込めていないモーズは、隣の席に座るフリーデンに補足を求めた。

「その、本当に若輩者なのか?」
「俺が入所したのは二年前。フリッツさん達は四年前に同期で入所。他のクスシはそれより歴が長い。だから全体で見れば俺達も新参者なんだ」

 若々しいフリーデンは勤務歴が浅そうだと予想はしていたが、貫禄のあるフリッツ達も長くはないという事実はなかなか衝撃的である。

「で?」

 再び銀髪の男に鋭い視線を向けられ、ビクリと体を強張らせるモーズ。

「呼び出しておいて挨拶しない気? このボクに?」
「ええと、貴方を呼び出した覚えはないのだが……。そもそも誰なのかも知らないのだが……」
「はぁ?」

 あからさまに機嫌の悪くなった声音にモーズはすかさず立ち上がり、軽く会釈をする。

「わ、私はモーズだ。初めましてカトレアの花に似たお方。貴方の名を教えて頂けないだろうか?」

 フリーデンの「何だその歯の浮くような台詞」という突っ込みが後ろから聞こえるが、モーズは聞かなかった事とした。

「……あら。悪くない花のチョイスね」

 銀髪の男には効果はあったようで、少し機嫌を直してくれたようだ。

「この様子だと、本当にボクを呼び出していないのね。ニコチンってばいい加減なんだから」

 両腕を組んで呆れる銀髪の男。その挙動一つでさえ絵になる。そしてニコチンが昨日「声をかけておく」と言っていたウミヘビは、どうやら目の前の彼らしい。
 すると彼は再び胸元に手を置き、自身の名を告げた。

「ボクは《水銀(Hg)》。古代から人にこよなく愛されてきた神秘の雫。その小さな脳みそによぉく刻み込んでおきなさいな」



 ▼△▼
補足。
水銀(Hg)。言わずと知れた液体金属。
キャラの見た目は水銀の銀そのまま銀髪銀色目。
水銀がかつて白粉に使われていて、水銀が取れる赤い宝石『辰砂(別名、賢者の石)』も顔料に使われていました。なので赤い紅さしてます。
神秘的な見た目から始皇帝に「不老不死の秘薬」として求められてきた水銀。白衣がチャイナ風味なのもそこから。
なおヨーロッパでは水銀はかつて帽子作りにも使われていたのでシルクハットを被っています。その所為で帽子屋は皆んな水銀中毒に陥り神経がやられていたとか。
『不思議の国のアリス』に出てくるいかれ帽子屋マッドハッターもこの水銀の影響で気が触れている説があります。
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