毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第四章 一時帰宅編

第72話 《四アルキル鉛(Pb(C2H5)4 )》

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【がぁあああっ! いテェ! イてぇ!! コの神ノ御使タル俺ニ! 俺ノ玉体ニ! ナンテ事ォヲヲッ!!】

 車をぶつけられた鼠型感染者の金切り声が、モーズの頭にガンガンと響く。
 ただでさえ激痛で意識を保つのが辛いのに、胃の内容物を嘔吐をしてしまいそうだ。

「先生、ご無事ですか!?」

 苦悶の表情を浮かべるモーズの元に、セレンが駆け付ける。

「……体が痛む、が、致命傷ではない。私は大丈夫、だ」
「喋らなくてよいです、ゆっくり息をしてください! アイギス! どうか先生を、先生をお助けください!」

 セレンの願いを聞き届けたのか、モーズの右手首から触手が出てきた。触手はそのまま駐車場に広がっていた血溜まりまでにゅるにゅると伸び、先端を付けて――吸血を始めた。
 すると段々と、モーズの意識が鮮明になってくる。アイギスが治癒を施してくれたのだ。それも宿主の血に執着する習性を押して、わざわざ他所からエネルギーを供給したうえで。

「アイギス、すまない。ありがとう……」

 まだ動けないが意識は保て、痛みも和らいできた。きっと内臓も修復してくれているのだ。
 水を噴出していた消火栓は安全弁が働いたようで放水は止まり、充電スタンドも安全装置が起動してか電源が落ちている。もう痛みを与えてくる対象はない。
 モーズはセレンに上体を起き上がらせて貰い、アパートの外壁に背中を預け改めて現状を確認した。

 レトロなデザインの車が4台、空中に浮いている。

「あ、新人さん大丈夫っぽい? いやぁ、よかったよかった」

 その真下ではインナーカラーを緑色で染めた赤毛の車番が、ルービックキューブを片手に笑っている。
 人工島アバトン出立時。彼はいつも通り港の空陸両用車の運転席に乗っていて、モーズの一時帰宅にもついて来ていた。ここ数日、遠征がなく暇だったとか何とか言いながら。
 アパートの近くに到着した後、路肩に駐車した車の番人をしていた筈だが、災害の騒動を聞き付けやってきてくれたらしい。

【邪魔すルナ! 俺ハアレギザンドライドヲ殺シテ! 珊瑚サマに最モ近イニィィイッ!!】

 その時、車に吹っ飛ばされた鼠型が体勢を立て直し、復活した電気信号を用いてか取り巻きも連れて、モーズに突進してくる。
 セレンがすかさずチャクラムを構えたが、数が多くて捌き切れないだろう。
 そう思ったが……。

「いやぁ、弱い奴ほど群れる。群れる」

 どかっ。どかっ。どかっ。どかっ。
 警察官の感染者4人は宙から落ちてきたレトロ車に押し潰され、駐車場のコンクリートにめり込まされ、身動きを封じられる。
 セレンがパトカーを投げた時よりも威力が高いというか、自由落下以上の力がかかっている事が見て取れた。

【ナンダ! ナニガ俺ノ邪魔ヲシテイルンダ! 死ネ! 死ネ!】
「鼠型も弱いのにすばしっこくて、俺好きじゃないんだよね」
【死ンデシマエェエエ!!】
「だから、固定しなきゃだ」

 ドカッッ!
 最初に鼠型を吹き飛ばすのに使ったレトロ車が、鼠型の針山と化した背中に突き刺さる。直後、レトロ車が鼠型ごと燃え上がった。
 赤毛の車番が操っているレトロ車は、電気自動車が主流となった現代では珍しいガソリン車だったようだ。

【ウガァァアアアア!!】

 火達磨となり暴れ回る鼠型。
 感染者の悲痛な悲鳴はモーズにしか聞こえていないが、悶絶している様は誰が見てもわかる。

「丸焼けにされるの、嫌い? じゃあ、を、プレゼントしてあげる」

 車番はルービックキューブを黒衣の中、ウエストポーチにしまうと、駐車場の中へ足を踏み入れた。
 その次の瞬間には、ガシリと、車番は自身が燃えるのも厭わず鼠型の首を鷲掴んでいた。

(は、速い)

 モーズの動体視力では追えなかった。まるで弾丸の如き高速移動。
 しかも背中に生えた菌糸に加えて車が刺さり、重量が増している鼠型をあっさりと持ち上げている。とんでもない怪力だ。

【離セ! 離セ! 離セ!】
「何? あ、俺の名前? 最期に誰が自分を殺したかぐらい、知っておきたいって?」

 鼠型感染者の声が聞こえない車番は見当違いな事を口走りながら、「いいよー」とマイペースに承諾して、目元を隠していた黒いゴーグルを片手で首元までずらす。
 そして青い右目と黄色い左目が、太陽の下に曝け出された。

「俺の名前は、《四アルキル鉛(Pb(CH3CH2)4 )》。呼び難いだろうから《テトラミックス》でいいよ、略してミックス。……って言っても、旧文明の負の遺産だから、知らないか」

 ミシミシ
 鼠型の首を絞める四アルキル鉛こと、の力が増す。

「ガソリン車が主流だった300年前は大活躍していたらしいよ、俺の毒素。ノッキングを防ぐアンチノック剤の材料でね、ガソリンに添加して車の故障を防いでいたんだ。けど毒性が強くって無鉛化が進んでさ、今じゃ俺の毒素を使うのは違法も違法」

 そんな違法車が街中で結構残っていてびっくり、とミックスは駐車場に刺さったレトロ車や鼠型に刺さるレトロ車を見回す。
 彼が操れるガソリン車、その中には四アルキル鉛が使われたアンチノック剤が含まれているという事なのだろう。

「車に縁がある毒素だからか、俺も車が好きでさー。ラボじゃ車番やらせて貰っているんだ」
【離セ! 離セ! 離セェッッ!!】
「あ、俺の自語りもしかして興味ない? 奇遇だね。俺もお前に、興味ない」

 グチュッ!
 ミックスは、握力だけで、鼠型の首を握り潰してしまった。菌糸が張って硬化している筈の首を。
 頭を失くした感染者は凶暴化する……のだが、鼠型はそのまま動かなくなってしまう。背中に刺さる車の下敷きになるように横たわった後、ビグンビグンと痙攣して。
 車が突き刺さった他の感染者も欠損した身体に限界が来たのか、セレンの毒素がようやく回ったのか、動く気配がない。

 ――処分は、終わった。

「いやぁ、来るの遅くなってごめーん」

 ミックスは鼠型の生首をその辺にぽいと投げ捨てると、モーズの元までてくてく歩み寄り、目線を合わせる為かしゃがみ込んでオッドアイの瞳を間近に見せてくれた。
 炎で焼けた臭いがするかと思ったが、彼からは寧ろ少し甘い香りがする。

「俺、毒素の強ーい『』所属だからラボの許可がないと参戦できなくてね。ましてここ街中だし。でも中継見て危なそうだなーと思って、来ちゃった。その辺に違法車あったからそれ使って、一応、最大限毒素なしで済ませたけど……。後で一緒に怒られてくれない?」
「私としては、危ない所を助けてくれた、感謝しかないが……」
「本当? 新人さんがそう言ってくれると、弁明しやすくて有難いなー」
「……というか、その、中継、とは?」
「中継は中継。俺、車内で見てたんだけど」

 ミックスはちょいと人差し指で上空を指差した。
 指差した先、空中では無数の監視カメラドローンが飛んでいる。そういえばこのアパートは厳戒態勢で、日の出前からずっと撮影がされていた事を、モーズは今思い出した。

「ずっと、生中継してたよ?」
「……。えっ」

 次いである意味、感染者と対峙した時よりも背筋が冷える事を言われて、モーズは硬直したのだった。


 ▼△▼

補足
四アルキル鉛(Pb(C2H5)4 )。別名、テトラエチル鉛、四エチル鉛、四メチル鉛、テトラミックスなど
劇物よりも毒性の強い毒物、その毒物の中から更に毒性が強いと判断され新しく分類された『特定毒物』(日本の法律だと別表第三に掲げられている)。

車などのエンジンのノッキングを防ぐアンチノック剤の材料の一つ。平たく言うと色んな化学物質が混ざった鉛の毒。しかしあまりに毒性(神経毒)が強く、2000年時点で無鉛化が進み現代では一部の国を除き使用がほぼされていない。
本作24世紀では完全に扱っていない過去の遺物設定。
どれだけヤバい毒なのかと言うと日本では『四アルキル鉛等作業主任者』という専用の職&国家資格があるぐらいヤバい。
今は特定化学物質とまとめて講習を受け取れる資格だが、昔は四アルキル鉛個別の講習を受ける必要があった。

外見について
純正品は無色。赤・青・黄・緑色のいずれかの着色が義務付けられている。なので別名テトラミックスだしと髪と瞳に全部乗っけた。あと特異臭(芳香性の甘味臭)もする。
ゴーグルや黒衣はライダースーツをちょっと意識して身に付けている車好き。バイクも好き。
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