毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第四章 一時帰宅編

第73話 英雄(ヒーロー)

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『ウオォオオオ!!』

 地響きが起きているかと勘違いするような……歓声。
 こういった大人数による大きな歓声は、スポーツ観戦でスター選手がホームランを打ったとかゴールを決めたとか、そういった時に聞くものではなかろうか。
 モーズはアパートの駐車場の出入り口の更に向こう側、規制線ギリギリ、車道や歩道が見えなくなるほど集まった民衆を見ながら、現実を受け止め切れずにいた。

「凄い! 軍が来る前に災害を止めちまった!」
「戦車が来なきゃいけないレベルなのに!」
「バイオテロの首謀者だろ? マッチアンドポンプじゃ?」
「あれだけ身体を張って街を守ってくれた人がテロの首謀者な訳ないだろ!」
「そうだ! そうだ! あの人は本当に死にかけていた!」
「それに着実にバイオテロをしたいなら、警戒態勢が敷かれた所じゃない場所でするものだろう! 警察に逮捕される危険を押してまで来てくれたんだぞ!?」
「間違いなく! 街を守ってくれた英雄ヒーローだ!」
英雄ヒーローだ! 英雄ヒーローだ! 英雄ヒーローだ!』

 警察官がどうにか群衆が規制線内に入り込まないよう警備をしているが、とても大変そうだ。
 モーズとしては消防や保健機関による殺菌消毒が終わっていない場所に集まらず、解散して欲しい。
 人が集まっている原因が自分という事実から目をそらして、そう思った。

「あ、あの! 怪我は大丈夫ですか!?」

 アパートの外壁に背中を預けたままのモーズに、警察官の一人が声をかけてきた。この人は確かモーズが感染者から庇った後、真っ先に逃げ出した人ではなかっただろうか。
 そんな事を考えながら、モーズは手の届く範囲に落ちていたフェイスマスクを拾ってそれで顔を覆ってから、声を出す。

「いや、貴方の方こそ、怪我はなかったか?」
「自分の状態をまず気にしてください!」
「珊瑚症に感染した、可能性もある。後で陽性検査を、してください」

 モーズが医者として病院に行って欲しいと言えば、警察官は歓喜に打ち震えたような声をあげる。
 その声が伝播してか、駐車場内にいた他の警察官達もにわかに高揚し出す。

「こんな時まで他人の事を……! 直ぐに救急車を呼びますね!」
「そうだ! 丁重に扱わなくては! おもてなししなくては!」
「誰だ! こんな人格者をバイオテロの首謀者だとか言い出した奴は!」
「許されねぇよな!?」
「は? え、いや、私は……」

 群衆と同じくらいでやんややんやと、警察官も警察官で何故か盛り上がっている。興奮している。
 指名手配し拳銃まで向けた相手にこの手の平の返しよう。隣に立つセレンはそれが釈然としないらしく、頬をぷくりと膨らませて不機嫌な表情を浮かべていた。

「……帰ります」

 そこで悪目立ちしまくった現実をようやく直視したモーズは、もうこの場に居たくなくなってしまった。
 モーズの返答に警察官達は「えぇっ!?」とどよめく。

「セレン、車の手配」
「あ、もう俺が呼んだよー」

 テトラミックスことミックスがちょいと頭上を指差す。間もなくしてそこには、路肩に停めていた空陸両用車が完全自動フルオートでやって来た。
 空陸両用車は一般庶民には手が出せない超高級車。それを見た群衆がまた大きな声をあげている。
 その轟音を無視して、セレンはひょいとモーズを丁寧に優しく、横抱きに抱えると、目の前まで降下し後部座席のドアが開いた空陸両用車へ乗り込んだ。続いてミックスも後部座席に乗り込む。
 そのままミックスがドアを閉めたと同時に、車は空に向かって発進した。

「……ベルト、皮ではなく鎖にでもした方がいいだろうか?」
「いえ、先生。いざという時の為に簡単に切れた方がいいですよ。今日みたく吐血をしたり、頭部に怪我をした際など、応急処置がしやすいですから」
「そうか、ううむ……」

 セレンに後部座席に座らせて貰ったモーズは、せめてマスクのベルトが切れずに素顔をカメラの下に晒していなければ、と。何がせめてになるかどうかわからない事を、回らない頭でぐるぐる考えていた。

「こんな街中で大立ち回りだなんて、10年振り? 手の平くるくる民衆面白かったねー」

 あっはっはっと、ミックスが声をあげて笑う。
 そういえば、運転席でない場所にいる彼を見るのは初めてな気がする。

「ミックスさん、運転席にいなくてよいのですか?」

 するとモーズと同じ事を思ったのか、セレンが代わりに訊いてくれた。

完全自動フルオート運転だからね。地上なら他の車も多いから運転席に座ってなきゃ駄目な法律が多いけど、障害がほぼない空なら別に運転席にいなくていいんだぁ」
「いえそうではなく、フロントガラスからの景色を眺めるのが好きな貴方が後部座席ここにいてよいのですか?」
「えー。だってモーズ先生かっこよかったからねー。俺、もっと話したいかなぁて」
「えぇっ!? 新人さん呼びから一気に【先生】まで呼び方変えないで欲しいんですけど!?」
「先生呼びはセレンの専売特許じゃないよ? 気にしなーい気にしなーい」

 けたけた笑うミックスに、不満たらたらなセレン。
 このミックスこそ災害を鎮めた張本人なのに、どうして自分の方に民衆が沸いたのか意味がわからず、モーズは混乱していた。

「何故、人々は四アルキル鉛……ええと、テトラミックスと呼べばよいのだったか。君を、称えていなかったのだろうか? 君こそ、英雄だろうに」
「俺? あー、先生ほら消火栓ぶっ壊して放水したでしょ? しかも放電のおまけ付き。それを喰らったドローンの映像が一部乱れててね、俺の姿ほぼ見えなかったんじゃない?」

 俺の事は何も見えなかった方が都合が良いなぁ、機密的な意味で。と呑気に喋るミックスを前に、モーズは片手で顔を覆った。
 自分がやった事が予期せぬ方向で自分に返ってきている。

「そうでなくとも、一瞬で片した俺より泥臭く立ち向かって、自分を逮捕しようとしていた警察を身を挺して庇っていたモーズ先生の方が、大衆受けいいでしょー」
「処分作業はエンタメでは決してないのだが……?」

 警察に密着取材をし逮捕劇などをテレビに流すバラエティ番組はモーズも知っているが、自分もそんなエンタメに組み込まれる日が来てしまった事に目眩を覚えた。

(私はただ、写真を取りに来ただけなのに、何故こんな騒動に……)

 そこでモーズは写真の事を思い出し、上着のポケットに入れていた写真立てを取り出す。
 写真は鼠型処分作業時の戦闘、具体的に言うと針山に刺された事によって、穴だらけになってしまっていた。

「……あぁ、写真、見れなくなってしまったな」
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