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第四章 一時帰宅編
第75話 写生術
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「いやぁ、言い切ったねモーズ先生。ウミヘビに人権をだなんて。ウミヘビはセレンみたく品行方正な奴の方が少ないんだ、難しいと思うよー?」
モーズの話した事を、ミックスは現実味のない話と捉えて笑っている。
「交流のあるウミヘビが少ないのでその実感は薄いのだが、ミックスの言う通り時間のない私にどこまで、何が出来るのか不鮮明だ。それでも可能性は模索していこうと思う。……頼りない回答ですまないな、セレン」
「いいえ、いいえ。モーズ先生はそういう方です。それでいいのです」
――セレンが感染病棟でモーズと初めて出会った時、セレンはモーズを、利用できる。と、思った。
研修医としてやってきたセレンと挨拶を交わしたモーズは、セレンの見目の美しさに少し物珍しさを覚えているようだったが、特に言及する事なくさっさと持ち場に戻っていた。
そんなモーズは昼でも夜でも勤務中でも、暇があれば珊瑚症の研究に没頭していて、他の医者や職員との交流を疎かにしていた。別に口下手だとか、社交性がない訳ではない。ただ、常に追い立てられているようで、食事も空いた個室に籠り誰ともろくに会話を交わさないだけ。
ペガサス教団の内通者が居る可能性にも全く気付いておらず、人を疑う素振りもない。モーズは他人に興味がなく、また洞察力が低いのではと、セレンは感じていた。
しかし彼が愚直で生真面目なのは、患者を診察している姿を見ればありありと伝わった。一人一人真剣に向き合い、自分に使える手段を全て使って、一人でも多く少しでも長く珊瑚症の進行が止まるよう心を砕き手を尽くしていた。
生真面目で、視野が狭くて、お人好しで、人を疑わない。
それでいて『珊瑚』の研究に注力し、クスシヘビになれる程に優秀。
(私は貴方を手駒に出来ると、思ったのです)
セレンは直ぐにモーズへ擦り寄った。媚を売った。献身的に尽くした。
やがてクスシになるとわかるモーズに気に入られて、遠征での相棒的立場を確保したかった。セレンは速殺性には欠けるが戦闘力はあり毒素も強くサポートも得意。きっと目を付けてくれると思った。
そして遠征先で人探しをしたかった。今すぐこの手で殺したい人間を。その最中でモーズに恩を売り、【お願い】をすれば真意に気付きもせず真面目に聞いてくれると思った。人殺しに加担させた後、利用し切った後の事はどうでもよかった。その心理は自分の欲望のまま人を使おうとするクロールと、何ら変わりがない。
しかし簡単に【お願い】を聞いてくれるという見立ては、外れた。
ましてそれ以上の事を言ってくるとは、予想だにしていなかった。
「……そういう所。嫌いでは、ないですよ」
セレンは嬉しいのか悔しいのか、曖昧な微笑を浮かべた後、不意に腕時計型電子機器を操作し、車内でホログラム画面を映し出す。
尤もホログラム画面は薄い水色の四角のみが映っているだけで、他には何も描かれていない。しかしそれでよかった。
描くのは、これからだから。
セレンは画面を操作して『絵描きモード』へ変換すると、指先を筆として絵を描き始める。
「セレン?」
「モーズ先生。私の特技が何なのか、覚えておりますか?」
「特技? ええと確か、人を無力化できる力があり、記憶力が優れているのだったか?」
「その通り。私は記憶力がよいのです」
セレンは一心不乱に指を動かし続ける。時に描く色を変換して、ホログラム画面のキャンバスを塗りたくる。
やがて形作られていったのは、亜麻色で柔らかい質感の髪を首の後ろで一つ結びにした、琥珀色の目をした若い青年。
微笑を浮かべる顔は優しげで温和で、茶目付けも感じるものの、『狼の目』とも称される琥珀色の瞳は力強く、目を付けられれば逃れられない。そんな迫力があった。
その青年はモーズの探し求めるフランチェスコ、その人であった。
「セレン、これ、は……」
一度だけ。セレンがフランチェスコの写真を見たのはたった一度だけだ。
路地裏で、モーズがルチルから写真を受け取る時、暗がりの中でちらりと見ただけ。
なのにセレンはその記憶を元に正確無比に、髪の毛一本一本まで精密に描き上げてみせた。
「あ、この人見た事あるー」
だがセレンの写生術に驚愕する中で、聞き捨てならない言葉がミックスから発せられ、意識がそちらに引っ張られてしまう。
「見た!? この男をか!? いつ、どこで、どんな状況で見たというのだ!?」
「お、おー。そんなに気になる人だった?」
「この人物はフランチェスコと言って、私が5年前から探している昔馴染みだ!」
「あー。名前も同じだ。なら同一人物だろねぇ。俺が会ったのは、3年前だ」
3年前。モーズの前から雲隠れしてしまった日よりも後の出来事。
「俺、車番としてしょっちゅう遠征に連れて行って貰っているんだけど、トルコ行った時だったっけなー。いつも通り運転席に座ってたら窓を叩かれて声をかけられてねぇ」
「ト、トルコ? 隣接しているとはいえ、ヨーロッパの外の?」
「そそ。結構、大規模な菌床があったもんだから、クスシと一緒に大人数で行ったんだ。まーそんな現場でも俺は留守番だけどー」
ヨーロッパの外への遠征は、余程の大規模処分作業でなければ車移動はしない。
それでも一瞬で感染者を制圧してしまうほど強いミックスが、控えに回されている。彼の毒素は非常に警戒されているようだ。
「でも俺が停まってた場所は規制区域だったからさ、車から出て安全な所まで戻りなーって言ったんだよね。何なら送るよーって。そしたらさ」
ミックスは一拍置いて、フランチェスコの目的を口にする。
「封鎖されて久しい遺跡の入り口を教えて欲しいって言うんだから、びっくりしたよねー」
モーズの話した事を、ミックスは現実味のない話と捉えて笑っている。
「交流のあるウミヘビが少ないのでその実感は薄いのだが、ミックスの言う通り時間のない私にどこまで、何が出来るのか不鮮明だ。それでも可能性は模索していこうと思う。……頼りない回答ですまないな、セレン」
「いいえ、いいえ。モーズ先生はそういう方です。それでいいのです」
――セレンが感染病棟でモーズと初めて出会った時、セレンはモーズを、利用できる。と、思った。
研修医としてやってきたセレンと挨拶を交わしたモーズは、セレンの見目の美しさに少し物珍しさを覚えているようだったが、特に言及する事なくさっさと持ち場に戻っていた。
そんなモーズは昼でも夜でも勤務中でも、暇があれば珊瑚症の研究に没頭していて、他の医者や職員との交流を疎かにしていた。別に口下手だとか、社交性がない訳ではない。ただ、常に追い立てられているようで、食事も空いた個室に籠り誰ともろくに会話を交わさないだけ。
ペガサス教団の内通者が居る可能性にも全く気付いておらず、人を疑う素振りもない。モーズは他人に興味がなく、また洞察力が低いのではと、セレンは感じていた。
しかし彼が愚直で生真面目なのは、患者を診察している姿を見ればありありと伝わった。一人一人真剣に向き合い、自分に使える手段を全て使って、一人でも多く少しでも長く珊瑚症の進行が止まるよう心を砕き手を尽くしていた。
生真面目で、視野が狭くて、お人好しで、人を疑わない。
それでいて『珊瑚』の研究に注力し、クスシヘビになれる程に優秀。
(私は貴方を手駒に出来ると、思ったのです)
セレンは直ぐにモーズへ擦り寄った。媚を売った。献身的に尽くした。
やがてクスシになるとわかるモーズに気に入られて、遠征での相棒的立場を確保したかった。セレンは速殺性には欠けるが戦闘力はあり毒素も強くサポートも得意。きっと目を付けてくれると思った。
そして遠征先で人探しをしたかった。今すぐこの手で殺したい人間を。その最中でモーズに恩を売り、【お願い】をすれば真意に気付きもせず真面目に聞いてくれると思った。人殺しに加担させた後、利用し切った後の事はどうでもよかった。その心理は自分の欲望のまま人を使おうとするクロールと、何ら変わりがない。
しかし簡単に【お願い】を聞いてくれるという見立ては、外れた。
ましてそれ以上の事を言ってくるとは、予想だにしていなかった。
「……そういう所。嫌いでは、ないですよ」
セレンは嬉しいのか悔しいのか、曖昧な微笑を浮かべた後、不意に腕時計型電子機器を操作し、車内でホログラム画面を映し出す。
尤もホログラム画面は薄い水色の四角のみが映っているだけで、他には何も描かれていない。しかしそれでよかった。
描くのは、これからだから。
セレンは画面を操作して『絵描きモード』へ変換すると、指先を筆として絵を描き始める。
「セレン?」
「モーズ先生。私の特技が何なのか、覚えておりますか?」
「特技? ええと確か、人を無力化できる力があり、記憶力が優れているのだったか?」
「その通り。私は記憶力がよいのです」
セレンは一心不乱に指を動かし続ける。時に描く色を変換して、ホログラム画面のキャンバスを塗りたくる。
やがて形作られていったのは、亜麻色で柔らかい質感の髪を首の後ろで一つ結びにした、琥珀色の目をした若い青年。
微笑を浮かべる顔は優しげで温和で、茶目付けも感じるものの、『狼の目』とも称される琥珀色の瞳は力強く、目を付けられれば逃れられない。そんな迫力があった。
その青年はモーズの探し求めるフランチェスコ、その人であった。
「セレン、これ、は……」
一度だけ。セレンがフランチェスコの写真を見たのはたった一度だけだ。
路地裏で、モーズがルチルから写真を受け取る時、暗がりの中でちらりと見ただけ。
なのにセレンはその記憶を元に正確無比に、髪の毛一本一本まで精密に描き上げてみせた。
「あ、この人見た事あるー」
だがセレンの写生術に驚愕する中で、聞き捨てならない言葉がミックスから発せられ、意識がそちらに引っ張られてしまう。
「見た!? この男をか!? いつ、どこで、どんな状況で見たというのだ!?」
「お、おー。そんなに気になる人だった?」
「この人物はフランチェスコと言って、私が5年前から探している昔馴染みだ!」
「あー。名前も同じだ。なら同一人物だろねぇ。俺が会ったのは、3年前だ」
3年前。モーズの前から雲隠れしてしまった日よりも後の出来事。
「俺、車番としてしょっちゅう遠征に連れて行って貰っているんだけど、トルコ行った時だったっけなー。いつも通り運転席に座ってたら窓を叩かれて声をかけられてねぇ」
「ト、トルコ? 隣接しているとはいえ、ヨーロッパの外の?」
「そそ。結構、大規模な菌床があったもんだから、クスシと一緒に大人数で行ったんだ。まーそんな現場でも俺は留守番だけどー」
ヨーロッパの外への遠征は、余程の大規模処分作業でなければ車移動はしない。
それでも一瞬で感染者を制圧してしまうほど強いミックスが、控えに回されている。彼の毒素は非常に警戒されているようだ。
「でも俺が停まってた場所は規制区域だったからさ、車から出て安全な所まで戻りなーって言ったんだよね。何なら送るよーって。そしたらさ」
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