毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第118話 2人のフリードリヒ

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 西暦2316年。ドイツにある、とある医大にて。
 大学に勤務する教授ユストゥスに設けられた実験室では、海の色に似た液体が詰まったパックをショーケース冷蔵庫の中から取り出される所だった。

「うわぁ。すごーく、綺麗ですね」

 その青い液体が入ったパックを取り出した不織布マスクを付けたユストゥス教授の助手は、パックを蛍光灯に照らしその爽やかな青色に驚いている。
 まるでよく晴れた日の、海の色。
 この液体が血液だと、有毒人種《ウミヘビ》の血液だと言うのだから、信じられなかった。

「だが猛毒だ。扱いは慎重に頼む」

 目を輝かせている助手に対し、ユストゥスは警告をする。《ウミヘビ》の青い血は、飛散すればそれだけで辺りを汚染し下手をすれば死者まで出てしまう猛毒。生物兵器に相応しい殺傷力を持っている。
 この血液のデータを専用のレーザーでスキャンし、実験室のシミュレーターへ読み込ませれば即座に『危険物』と判定が出るほどだ。

「人間に投与した時の反応をシミュレーターで計算したら、即死という結果が出た」
「こ、怖い。これが体内に流れているから、ウミヘビは珊瑚症に罹患しないんですかね?」
「恐らく」
「こんな貴重な物を頂けただなんて、教授はとても信頼頂けたのですね。これならきっと、教授がクスシになる日も近い!」

 助手は期待に満ちた声でユストゥスを讃える。
 ユストゥスがウミヘビの青い血を入手出来たのは、ウミヘビを管理するオフィウクス・ラボのクスシに接触出来たからだ。
 ユストゥスは珊瑚症の研究を進める一環で度々、臨時で軍属する。そうして菌床処分の経験を積んでいた中、先週行った菌床処分の災害現場にクスシが呼ばれ、初めて話す機会に恵まれた。
 珊瑚症研究に特化したオフィウクス・ラボ入所を目指すユストゥスにとって、またとない機会。そのクスシに災害鎮圧の合間を縫って積極的に声をかけ、交流や知見を深めようと尽力し、その成果か《ウミヘビの青い血》を分け与えてくれた。

 だが信頼されたから渡してくれた、と言う感じはしない。どちらかと言うと話しかけられるのが鬱陶しかったから、だと思われる。
 ユストゥスは医学部教授という立場のある人間だから、渡しても下手に扱わないだろう。なんて雑な思想がどことなく伝わってくるクスシで、そんないい加減な人間が最先端の研究を扱える環境にいると思うと、ユストゥスは釈然としない思いを抱いてしまう。

「ユストゥス教授?」
「……あぁ、いや。これを分け与えて貰ったクスシが何というか、人格に難ありな人物だったもので、あまり思い出したくない」
「そうおっしゃらずに。教授がオフィウクス・ラボへの入所が叶った時には上司となる方でしょう? お名前は? 連れていたウミヘビはどのような子でしたか?」
「連れていたウミヘビの名は教えてくれなかったが……」

 今思い出しても嫌な印象を覚えるクスシ。

「……『フリードリヒ』」

 その男の名を、ユストゥスは非常に言いづらそうに口にした。

「クスシは『フリードリヒ』という名の、男だった」
「それは、奇遇ですね。だ」

 思いがけない偶然に、助手こと『フリードリヒ』が感心する。
 『フリードリヒ』はゲルマン系の男性名としてよくある名前で被る事も珍しくはないが、まさかあの性格の悪そうなクスシも同じ名前とは、とユストゥスは気が滅入った。

「私がフリードリヒと呼ぶのは君だけだ。あいつの事はクスシと呼ぶ事にする」
「ラボにいる人間は皆クスシなのに?」
「関係ない! それよりも今日、君に見せたかったのはこれだ!」

 クスシの話はさっさと終わらせ、ユストゥスは鍵付き冷蔵庫にしまっていた試験管を取り出すと、フリードリヒの前に掲げる。
 シリコンゴム栓で蓋をされたその試験管の中には、水色の液体が詰まっていた。

「これは私が調合した、ウミヘビの青い血を希釈し、『珊瑚』を殺菌できるレベルのまま可能な限り中和した新薬だ!」
「凄い! つまりこれを投与すれば珊瑚症の特効薬になるんですね!」
「あぁ! これを使えば人間に寄生した『珊瑚』は残らず死滅し、感染者は……! ……1時間後ぐらいに亡くなる」
「亡くなるんですか!?」

 まさかの結果に驚愕するフリードリヒ。
 そんな彼に向けて、ユストゥスは作業机の上に置いていた、シミュレーターが計算した結果を印刷した分厚い資料を手渡す。
 その資料にはシミュレーターによって導き出された『多臓器不全で死亡』『呼吸困難で死亡』『心肺停止で死亡』など様々な死因が書かれている。

「何度シミュレートしても毒死判定が入ってしまってな……」
「わ、わぁ。これは確実に認可されないやつですね。『珊瑚』の耐性が強いのかウミヘビの毒が強いのか……」
「1時間以内に解毒が間に合えばどうかと、解毒薬も作ってみたのだが、その結果も芳しくなかったな。低確率ながら命を取り留める事もあるようだが、後遺症の羅列が凄かった」
「う~ん、あぁ~……。これは悲惨ですね……」

 資料の後半には解毒剤投与後のシミュレーション結果も書かれていたが、『全身麻痺』『失明』『脳死』『呼吸不全』など重い後遺症が残る結果ばかり。
 これでは「命だけでも助かれば」とはとても言えない。

「それでだな、フリードリヒ。ウミヘビの血とこの新薬、ついでに解毒剤も君に渡しておく。サンプルとして活用して欲しい」
「えっ、こんな希少な物をいいんですか!?」
「君ならばこれを元に、私よりも優れた薬を作れるだろう」

 ユストゥスはショーケース冷蔵庫からウミヘビの血を取り出し、あらかじめ用意していた保冷インスリンケースへ仕舞う。そこに新薬と解毒剤もしまった後に、それをフリードリヒに手渡した。
 個人で実験器具を揃えてあるフリードリヒの自宅でも研究が出来るように、と。

「私もオフィウクス・ラボ入所を目指している身だが、君もまた、いつかオフィウクス・ラボに迎えられる人間だと確信している。これはその礎にして欲しい」
「……っ! はい! 教授のご期待に添えられるよう、精進いたします!」

 フリードリヒはユストゥスから受け取ったインスリンケースを、抱きしめるように持って宣言をする。
 丁度その時、実験室に3人の人がなだれ込んできた。
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