毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第119話 最後の見舞い

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「お久しぶりですユストゥス教授!」
「先日の菌床処分はどうでしたか!?」
「オフィウクス・ラボのクスシに会ったって本当ですか!?」
「順番に話せ」

 突如として実験室に雪崩れ込んできた3人の若者達は同時にバラバラの事を喋ってきて、ユストゥスを呆れさせた。
 その3人はユストゥスの、そしてフリードリヒの顔見知り。ユストゥスの授業をフリードリヒと共に受け、ゼミで共同研究もしたこの医大の卒業生達である。

「と言うかお前たち、仕事はどうした。私の記憶が正しければジョセフは病院勤務、アレキサンダーは製薬会社勤務、ダニエルは菌類研究センター勤務だろう」
「有給を取りました!」
「自分は本日、元々お休みです!」
「サボ……早退しました!」

 サボったと言いかけた元生徒ダニエルに対して、ユストゥスは無言で歩み寄ると耳を摘み容赦なく引っ張った。

「私は仕事をサボる人間を教え子に持った覚えはない」
「いたたた! 大丈夫です! 埋め合わせはするって書き置きしておきましたから!」
「まぁまぁ教授、どうか今日だけは大目に見てください」

 フリードリヒが間に入って「どうどう」とユストゥスを落ち着かせる。
 ユストゥスが怒る度にフリードリヒが宥める、実験室ではお決まりのパターンとなっている光景だ。

「僕達ゼミ生が揃う事のできる、最後の日ですから」

 そしてフリードリヒはマスクの下で、寂しげに笑った。

 ――教授となったユストゥスがゼミナールことゼミを立ち上げたのは、フリードリヒを生徒に持ってからだった。生徒達と切磋琢磨し合う研究活動ことゼミを。
 そもそもユストゥスの請け負う授業を選択する生徒数は少なく、人が集まらなかった。ユストゥスは教鞭を振るう傍ら、珊瑚症の研究に熱心な医者だったものの、21歳という若さで教授となった彼には当たり前だが教師としての実績はなく、医者としての経験も少なく、信頼は薄い。
 更には生徒の中には彼よりも年上の者も多くおり、才覚を妬む者もいた。しかも厳格な性格で妥協を知らないユストゥスは愛嬌のある方とは言い辛く、初見で人柄で好かれる事は少ない。
 だからユストゥスが教師となった年、教室に座っていた生徒は数える程であった。
 そんな中、

『教授、質問いいですか?』
『教授、この意見論文についてなのですが』
『教授、こないだの実験で気になる事が』

 教室の一番前の席で、熱心に授業を受ける生徒が居た。
 首席で大学に入学していたフリードリヒである。彼はこの時点で教授のユストゥスと同レベルの論争を交わせ、同学年の生徒とは一線を画していた。
 授業を終えた放課後もユストゥスと延々と珊瑚症について議論し、知見を深め合った。そしてユストゥスは確信した。フリードリヒの頭脳は同学年の生徒どころか上級生も、何なら下手な教師よりも上回っていると。
 彼は同学年の生徒との交流や、基礎を大事にする性格から飛び級制度を利用していないが、既に超越してしまっている。

 だからユストゥスは、フリードリヒのレベルに合わせたゼミを立ち上げた。
 珊瑚症、その特効薬を追究するゼミを。

 ゼミを立ち上げたのはフリードリヒに大学の設備を使わせたかったからで、今までと同じくツーマンセルな活動になると当初は予想していた。しかし実際には、フリードリヒの他に4人もの生徒が集った。
 フリードリヒの穏やかな人柄に惹かれた者、彼と真摯に議論を交わすユストゥスに探究心が触発された者、珊瑚症根絶に本気で取り込みたい者。理由は様々だが、生徒主体のゼミとしては高レベルな研究に喰らいついてくれる者達ばかり。
 そのゼミ生達との研究は、ユストゥスにとても充実した時を過ごさせてくれた。

 故に彼らが大学を卒業し生徒となくなった今でも、ユストゥスは交流を続けている。
 なおゼミ立ち上げの発端であり研究に一番熱心だった生徒のフリードリヒは、ちゃっかり自分の助手に抜擢してしまっているが。

 そして時は流れて現在。
 切磋琢磨し合ったそのゼミ生の一人が、珊瑚症のステージ4になってしまった。

「彼は、『シャルル』は明日には冷安室に行ってしまう。だから今日中に会いに行かなくてはいけません」
「……あぁ、そうだな」

 フリードリヒの言葉にユストゥスも深く頷き、不織布マスクを付け直す。
 ステージ4となってしまった珊瑚症患者は感染病棟から冷安室へ移され、コールドスリープさせる。なおドイツでは自国で冷安室を完備しているのだが、シャルルは本人たっての希望でオフィウクス・ラボへ移送される事が決まっている。
 だから今日を逃せば、顔を見られる機会はなくなってしまうだろう。
 オフィウクス・ラボに所属する、クスシにでもならない限り。

「花束一つ持たせてくれないなんて融通ききませんよねぇ」
「写真も用意したんですけどね。目が覚めた時に一番に見て欲しいから」
「自分はオルゴールを持たせたかった! ほら、人の身体で最後まで機能しているのって聴力だっていうでしょう? 眠っていても楽しめるかなって」

 生徒達は私物持ち込み禁止なラボの指針にぶちぶち文句を言いながら、ユストゥスとフリードリヒを連れ実験室を出る。向かう先は医大の隣に建つ感染病棟。
 そこに5人目のゼミ生、シャルルが眠っている。

「おやおや、ユストゥス教授。ぞろぞろと群れをなしてどこに行く?」

 しかし大学の外へ続く廊下を歩いている途中、ユストゥスは白衣を着た男に声をかけられた。

「……何の用だ、ルイ」

 鬱陶しく伸ばした茶髪を後ろで纏めたその男の名は、『ルイ』。
 ユストゥスと同じくこの医大で教鞭を振るう、同い年の教授だった。
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