毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
139 / 600
第八章 特殊学会編

第137話 《ホルムアルデヒド(CH2O)》

しおりを挟む
 ステージ6。
 珊瑚症の最終進行度と目されていたステージ5より、更に進行した状態。ここまで症状が進むと見た目は健常者と変わらず、知性もまた健常者と等しい。加えて毒耐性の強化、肉体の負傷時にも行動が抑制されず、菌床の菌糸や他の感染者を操作することも可能、珊瑚症の進行度も進められる。

 ――生物災害バイオハザードの域を超えた、天災的
 尤もこれらは全て、憶測。
 ドイツ東部で接触したオニキスと、パラスで会食したルチルの証言を元に立てた、仮説にもならない憶測。

 ルチルとの対話記録はないものの(なおセレンに頼めば一言一句思い出してくれる)、オニキスの姿を映した映像記録はある。しかし現時点で人権がある筈のオニキス、それも未成年の姿が映った映像は、幾らバイオテロの疑いがあろうともプライバシーに配慮し、ボカして使わなければならないだろう。
 故に確固たるサンプルとして提出できるのは、ステージ6となったと見られるネフェリンが亡くなるまでの記録映像と、遺体のみ。
 その遺体も損傷が激しく分析調査は困難を極める。フリッツが見付けた、ネフェリンの体内で僅かに生き残っていた『珊瑚』の真菌を一部保存、培養した物もあるが、人体への寄生時の生態とは大きく異なる。

「まずはこのステージ6に至った『珊瑚』を、人工人間へ感染させ経過を観察……。そして映像記録を編集しステージ6の可能性を纏め、提示する……。その上で健常者と感染者の見分け方を……。レントゲンでの透過は……駄目だ、『珊瑚』はレントゲンに映らない……。となればMRI検査になるが……。宿主が生きている状態でのデータがなければ照合はできない……。他の手、他の手は……」

 モーズは実験台の上に置いたパソコンの前で、使える資料を画面の中で纏めつつ、ぶつぶつ喋りながら頭を整理する。
 今回の研究発表でモーズが最も重視しているのは、【健常者と感染者の】だ。
 災害現場で起きた映像記録で伝えられるのはペガサス教団の危険性で、これはどちらかといえば警察の分野。学会に招待される、医師を基本とする研究者達がどうこうできる問題ではない。
 だが医師は仕事柄、珊瑚症患者と密接になるのが避けられない。そして真っ先に患者の異変に気付け、生物災害バイオハザードを阻止できるのもまた医師。

 人工島アバトンでコールドスリープされている珊瑚症患者は、約1500万人。この人数分、医師達は災害を防いできたのだ。
 ラボで確認できない、各国でコールドスリープされた患者も含めれば、その数は更に膨れ上がる。
 安全に的確に、できれば簡単に、健常者と感染者を見分ける事ができれば、ステージ6が災害を起こす前に何らかの対策が打てるはず。

 モーズは頭を悩ませ、そして1つの仮説が思い浮かび、丸椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。

「1つ、試したい事がある。これを用いれば、見分け方を突き詰められるかもしれない。その為にも私は《資料室》に向かわなければ」

 するとモーズの口から発せられた《資料室》という単語を聞いたフリッツが、心配そうに声をかけてきた。

「電子情報では検証できないのかい? ホログラムで映せば360度観察ができるのだけれど」
「あぁ。ネフェリンさんのご遺体から直接、調べなくては叶わない」
「資料室なぁ。向かうのはいいけど、モーズは『課題』クリアできたのか?」
「……いいや」

 フリーデンの言葉に、モーズは静かに首を横に振る。
 以前モーズはフリーデンに「資料室を当たりたい。そして珊瑚症患者の解剖記録を確認したい」と申し出た事がある。その日は遠征が入ってしまい行けずじまいだったが、後日改めて案内して貰った。
 だがモーズはその資料室への入室が叶った時がない。

「しかし発表は2週間後なんだ。私は何としてでもをもぎ取る……!」

 何故ならば資料室には、フリーデンの言葉を借りるとすると「面倒な奴」がいるからだ。

「そっかぁ。じゃあ俺も付き添ってやるよ。力になれるかわからないけどさ」
「それは心強いな。ありがとう、フリーデン」

 ◇

「絶対! 入るんじゃねぇえええ!!」

 フリーデンと共にモーズが訪れた、ラボの4階にある資料室。
 そこに入る為の扉の前で、2人は門番の如く立ち塞がる1人のウミヘビに入室を拒否されていた。
 千草色の髪と藍紫色の目を持つ美青年の姿をしたウミヘビ。彼は自身の管理者に当たるクスシに対してだろうと、断固として自分の主張を曲げる事はなかった。

「新人なんぞに俺の『作品』に触れさせてたまるかぁっ! せめて研修終えてから出直して来い!」
「研修が終わるのは入所から1ヶ月! そしてその日こそ学会当日だ! とても間に合わない!」

 それでもモーズはそのウミヘビに食い下がり、どうにか中に入れて貰えるようにと頼み込む。

「どうか入室の許可を頂きたい! 《ホルムアルデヒド(CH2O)》!!」

 モーズ達の前に立ち塞がるウミヘビの名は、《ホルムアルデヒド(CH2O)》。
 水に溶かせば《ホルマリン(HCHO)》。資料室の中に保管された感染者の遺体や、『珊瑚』の保菌が確認された動植物。それら全てに固定処理を施し、標本としてラボに残しているウミヘビ。
 そして実質、資料室の主となってしまっているウミヘビであった。



 ▼△▼

補足
ホルムアルデヒド(CH2O)
言わずと知れた防腐剤。ちなみにホルムアルデヒド自体は気体。
水に溶かしたホルマリンに死骸を漬ける、または注射すれば長時間の固定処理が可能。他にも殺菌剤、殺虫剤、合成樹脂など様々な用途に使われている。
生きた人体に対しては催涙性や炎症を引き起こす、日本では劇物指定の毒である。

外見について
純粋な状態では無色透明。しかし生物(の臓器)をホルマリンに漬けると酸化して緑色に変色する為、くすんだ千草色の髪をしている。
藍紫色の瞳は鑑別方法で変色する色からきている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

やっちん先生

壺の蓋政五郎
大衆娯楽
昔は小使いさんて呼ばれていました。今は技能員です。学校ではやっちん先生と呼ばれています。 鎌倉八幡高校で技能員をしている徳田安男29歳。生徒からはやっちん先生と慕われている。夏休み前に屋上の防水工事が始まる。業者の案内に屋上に上がる。二か所ある屋上出口は常時施錠している。鍵を開けて屋上に出る。フェンスの破れた所がある。それは悲しい事件の傷口である。

処理中です...