毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第141話 ウミヘビの宴

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「正直に話して頂き、感謝する」

 モーズはメタノールに、例え見えていなくとも深く頭を下げて感謝を表すと、本題のホルムアルデヒドの話へと入った。

「ではメタノール。弟のホルムアルデヒドについて1つ訊きたい」
「1つではなく幾つでもどうぞっ。ボクは弟の嫌いなものも苦手なものも把握していますのでっ」
「いいや、1つで充分だ。それに私が訊きたいのは彼が忌避している物ではない」
「では弟の好きな物を褒美に用意するおつもりですか? うーん、弟は標本以外の事はなかなか興味を持ってくれなくて……」
「それも少し異なる。私が訊きたい質問はだな」

 そこでモーズはちらりとテーブルの上に並ぶ酒瓶へ視線を向け、

「彼も酒が好きかどうか、だ」

 至極シンプルな事を訊いた。

 ◇

「…………。俺を泥酔させたって資料室には入れないからな?」

 15分後。
 アセトに通話で「新人さんがお酒奢ってくれるってぇ」と言われたホルムアルデヒドは、意外とあっさり資料室から地下バーまで来てくれた。
 だがすんなり地下バーに入ってはくれず、扉を少し開けた隙間から、とても警戒した様子で中を睨んでいる。

「ホルム! またクスシさんに意地悪言ってっ!」
「げぇっ!? なんで兄貴もここにいるんだよ!?」

 しかし兄のメタノールも地下バーに居ることを知ると、驚愕しつつ中へ入ってきた。そして兄と同じテーブル席(ちなみに8人掛けサイズ)に座るモーズへ詰め寄る。

「あっ! さては兄貴を人質に取って言う事を聞かせようと!?」
「そんな物騒なことはしない」
「それじゃ兄貴に取り入ろうってか!? 小癪なクスシがっ!」
「ホルムっ! 事実無根だし口が悪いよっ! めっ!」

 クスシであるモーズには強気に出られるのに、メタノールに「めっ」と叱られると、ホルムアルデヒドは途端にたじたじになってしまう。
 ウミヘビも人間と同じように、兄などの年上の身内には弱いようだ。

「私は非番を頂戴したんだ。研究だの標本だのは今日は忘れる事にする。それよりウミヘビ達と語らいたいと思っただけだ。私はまだまだ、君達の事を知らないから」

 入所してから2週間を超えて、モーズもウミヘビの理解が進んできたと思っていた。
 だが自分が見ていたのは表面的な、上澄みでしかなかったと、メタノールとの会話で痛感した。
 だからモーズは思ったのだ。折角の休暇を活用し、飲み会を開こうと。

「もしよかったら、付き合って頂きたい」
「怪しい……」

 説明を受けてもホルムアルデヒドは訝しげにしている。
 ここまで警戒をしているのに彼が地下バーにやって来たのは、タダ酒に釣られたからだ。セレンの話によると、ウミヘビは遠征や持ち回りの当番、シミュレーターでの戦闘訓練、ラボの資料室や飼育室の管理など個人専用のお役目などをこなすことによって【ポイント】が配布され、その【ポイント】を金銭代わりにネグラ内で生活用品や嗜好品を購入できるのだという。
 ただ大食堂で提供される食事だけは【ポイント】を消費しなくてよいらしく、極限まで【ポイント】を稼がずに過ごしている者も中にはいるようだ。

 そう例えば、他の仕事は全て放棄し、日々資料室にこもっている状態のホルムアルデヒドなど。

 所持ポイントが少ないホルムアルデヒドは奢られでもしない限り、滅多に酒が飲めない。嫌いという訳ではない、寧ろ好きなのに。その事情をモーズが知ったのはつい15分前のことで、そんな事情がなくとも誘おうとは思っていたのだが、モーズの予想以上にポイント消費なしの飲酒は効果的なようだ。
 そこでふと、ホルムアルデヒドがモーズの向かい側の席にニコチンが座っている事に気付く。すると今度はそっちに移動し、すすすと、自分よりも小柄なニコチンの影に隠れるように擦り寄った。

「その、ニコチン、俺が泥酔したら変なことしでかす前に回収してくれるか?」
「何で俺に頼むんだよ。てかどんだけ呑む気だ」
「うう、うるさいっ! 好きなだけ呑める機会なんて今後一生ないかもなんだっ!」

 モーズはウミヘビに好きなだけ奢れる。
 何故ならばクスシは、ネグラ内の物はポイントも金銭も対価もなしに購入できるから。

「……兄貴も一緒だし、ちょっとハメ外したっていいだろ」

 しかし最後は兄メタノールがこの場に居る事が決め手になったようで、ホルムアルデヒドは渋々といった様子で空いた席についた。

「セレンには頼まないのだな? 彼の方がすんなり頼まれてくれそうなものだが」
「新人贔屓の奴に無防備なとこ晒したら、何されるかわかったもんじゃねぇだろ!」
「あははは。懸命な判断ですねぇ」
「怖っ。やっぱ可愛い顔して油断ならねぇ……!」

 モーズの隣で不敵な笑みを浮かべるセレンにドン引くホルムアルデヒド。
 そのやり取りを見たアセトは何がツボに入ったのか、膝を叩いて爆笑している。

「ぶふっ! あーはっはっはっ!! いやぁ、普段つるまない面子が揃うと面白いねぇ!」
「はぁ!? 今の何がおかしかったんだよ……!?」
「んー? ホルムも洞察力ってあるんだぁ、って。普段は標本しか視界に入ってないのにねぇ」
「俺にもあるわ洞察力ぐらい!」
「あっはははは! わかった、わかった。あ、とりあえず皆んな麦酒エールでいいかなぁ?」

 一通り笑ったアセトは席から立つと、バーのカウンターの中に入って人数分のグラスをトレイに乗せて出てきて、テーブルに並べる。次いで麦酒が入った酒瓶を持って中身を注いだ。
 注がれたと同時に、白い泡がしゅわしゅわと音を立てて層を作る麦酒エール。そこから香ってくるフルーティな香り。

「じゃ、今日は新人さんの~……。えーっと、初ご来店を祝して、でいいかなぁ?」
「別に口上なんざなんでもいいだろよ」
「こういうのはちゃんと決めといた方が記念になるんだよぉ、ニコ。ええっとぉ、それじゃあ新人さんの初ご来店と久し振りの【宴】を祝して、乾杯っ!」

 そしてアセトが乾杯の音頭を取ってくれた事により、【宴】が、始まった。
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