毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
142 / 600
第八章 特殊学会編

第140話 《メタノール(CH4O)》

しおりを挟む
「……。兄……? 人造人間ホムンクルスたるウミヘビに、兄弟が……?」
「いるよぉ? 人間の定義する兄弟とはちょっと違うけどねぇ」

 人造人間ホムンクルスに『兄弟』という概念がある事実はなかなか衝撃的で、モーズの酔いが冷めてゆく。

「人間の定義とは異なる兄弟……。非常に気になるのだが、訊いてもよいだろうか?」
「クスシの言うことは何だって聞くよぉ? と言っても僕も専門的なことはわからないけど、このぉ~肉体? の情報が同じなんだっけなぁ? 人間の一卵性双生児に近い感じぃ?」

 アセトは胸元に手を当てて、あやふやながらも兄弟の定義を伝えてくれた。
 肉体の情報が同じ。人間で言う一卵性双生児に近い。
 それらの情報から推察するに、同じ遺伝子を持つ者を『兄弟』と呼んでいるのだろう。しかし親が存在しない人造人間ホムンクルスが遺伝子を共有すると言うのも妙な話だ。
 モーズはウミヘビがどう産まれてくるのか未だ知らないが、恐らく1つのに当たる物を分割した後、人の形になるまで成長させたのでは、という考察を回らない頭でぼんやり考えた。

「アセト、本題からズレてっぞ」
「あっ、そうだねぇニコ。えっとねぇ、さっきは僕の兄ちゃんに会う? って言ったけど、正確には兄ちゃんといつも一緒にいるウミヘビの方に新人さんを会わせたいんだぁ」
「そのウミヘビは、一体?」
「ホルムの兄ちゃんだよ」

 アセトアルデヒドと同じく、ホルムアルデヒドにも兄がいる。
 そう教えてくれた彼はそのまま、兄の名前まで喋ってくれた。

「名前は、《メタノール(CH4O)》。きっと新人さんも、よく知っている毒素だろうねぇ」

 ◇

 アセトが携帯端末で呼び出せば、20分後には地下バーに兄はやって来てくれた。
 1人はアセトと同じく橙色の髪をしていて、顔付きも非常によく似たウミヘビ。確かに双子のように見える。だが色素以外、見目も声音も複製したかの如く似ているタリウム、カリウム、ナトリウムらのような瓜二つさとは違う。
 何せアセトの兄という彼は、14歳ぐらいの幼い見目をしていたのだから。

(弟、ではないのだな?)

 彼に連れられて来たもう1人のウミヘビも14歳ぐらいの幼い見目をしている。ホルムアルデヒドと異なりくすんだ千草色の髪はしていないが、淡青色と近い色合いをしている。
 ただそのウミヘビの目元は藍色の大きなリボンで覆われていて、瞳を確認する事ができない。しかも彼の右手には白杖が握られている。
 ――盲目なのだと、一目でわかった。

「初めまして、モーズさま。ボクの名前は《メタノール(CH4O)》。どうぞ、よろしくお願いします」

 礼儀正しく自己紹介をしてきた盲目のウミヘビ、メタノールに、モーズも席から立って胸元に手を当て頭を下げる。

「初めまして、メタノール。隣の方の名前も伺っても?」
「察しが悪いクスシだねぇ。いいけどさぁ」

 モーズの側まで持って来た木製椅子にメタノールが座れるよう介助をしながら、アセトの兄も自身の名を名乗った。

「オレは《エタノール(C2H6O)》。アルコール、って呼んでくれてもいいよぉ?」

 エタノール。モーズがさっきまで浴びるように呑んでいた酒、そのもの。尿素カルバミドと同じく毒性は低いが、彼また有毒人種ウミヘビとして存在していたようだ。
 そして兄2人の共通点は、弟2人の毒素が変質するの状態だという事。原料と言ってもいい。メタノールが酸化すればホルムアルデヒドに、エタノールが酸化すればアセトアルデヒドへと変質する。もしかするとウミヘビが兄として産まれる経緯は、その反応式と関係しているかもしれない。
 しかしあまり考察ばかりすると本題から逸れてしまうので、モーズは一旦、『兄弟』の定義については頭の隅に追いやる事とした。

「それにしても兄だというのに幼い見目とは、些か混乱してしまうな」
「ウミヘビは外見年齢と実年齢関係ないからねぇ。人間の兄弟とはまた違うんだしぃ?」

 ケッ、と露骨に嫌そうな顔をしたエタノールも木製椅子に座った所で、メタノールが元気よく話し始める。

「弟の話を聞きたいと伺いましたっ。何なりとご質問を……」
「その前に、メタノールの事について訊いていいだろうか?」
「はい、どうぞっ」
「そのは……?」

 ウミヘビには強い再生能力がある。ニコチン曰く高所落下の衝撃を受けてでも再生できるレベルの。
 ならばメタノールの目は産まれた時、いや造られた時からの障害なのかと、モーズは気になったのだ。

「見えておりません。ボクは、盲目なんです。正確に言うと、

 モーズの意図を汲んでくれたのか、メタノールはそう答えてくれた。
 先天的ではなく、後天的なものだと。
 つまりウミヘビでも再生が叶わない傷を負う事が、あるのだと。

「差し支えなければ、理由を伺ってもよいだろうか?」
「初対面で訊くぅ!?」
「エッちゃん、いいよ。人間は気になってしまうものだから」

 エタノールことエッちゃんを宥めながら、メタノールは話を続ける。

「ボクは数年前。遠征先での菌床処分の際に、毒素を使い過ぎて中毒症状に陥ってしまいました。ボクの毒素の解毒及び中和を担当してくれているエタノールの手で一命を取り留めはしましたが、元には戻り切らず……。この目は、ボクの力不足が招いた結果です」
「それは違うよっ! あの日はオレが……っ!」
「エッちゃん」

 メタノールに名前を呼ばれ、暗に喋らないで欲しいと言われてしまったエタノールは、ぐっと唇を噛んで顔をそらした。
 メタノール中毒の解毒にはエタノールが使われる。そしてウミヘビも毒素を製成し続ければ自身の毒素に【器】が耐え切れなくなり、最悪の場合は命を落とす。きっとエタノールは中毒に落ち至ったメタノールを解毒して、彼の命を救ったと思われる。
 だが命を落とすまでいかなくとも、とても重い後遺症が残る事もあるのかと、以前、中毒症状に陥らせてしまったニコチンも一歩間違えば全快できなかった可能性があったのかと、モーズは飲酒によって上がっていた体温が下がっていくのを感じた。

「でも悲観する事はありません! 遠征に呼ばれる事はなくなりましたが、それは戦闘の危険がなくなるのと同じ事です! またラボは、盲目のボクでも出来るお役目を用意してくださった!」

 メタノールははきはきと、外見年齢の幼さ相応に元気いっぱい喋る。

「飼育室のアイギスのお世話をしているのはボクなんです。エッちゃんの助けも借りてですけど。アイギスはですね、ふふ、ボクの電気信号を読み取ってコミュニケーションを取ってくれるんですよ? だからとても充実した日々を過ごせています!」

 ぎゅっと、白衣の裾を掴んで。

「……なので憐れまれる方が、ボクは辛いです」

 そして健気に笑うメタノールに、モーズは胸が苦しくなる感覚を覚えたのだった。



 ▼△▼

補足
メタノール(CH4O)
別名、メチルアルコール、木精など

アルコール』で覚えよう、と学校で習った方もいるだろう日本では劇物に指定されている毒。
ちなみに引火しやすい性質もある。
先述の覚え方の通り、メタノールをエタノールの代わりに摂取すると失明の危険があり、飲み過ぎれば死に至る。決してアルコールとして扱ってはいけない(※アメリカで禁酒法が蔓延っていた時代は飲まれていたとかいなかったとか)

見た目
メタノール自体は無色透明の液体で特異な香りがする。淡青色の髪は炎色反応から。
藍色のリボンは似合いそうだな、という理由で巻いているだけで特に深い意味はない。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...