毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第150話 体重測定

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「た、体重測定……!?」

 想定外の見分け方に、聴講席が再び騒つく。

「はい。『珊瑚』の比重が重い事は周知の事実であり、患者の体重を記録すれば珊瑚症進行具合の目安になる。というのは、感染病棟に勤める皆さんはご存知でしょう」
「しかしあくまで目安だ! 体重は患者の年齢、性別、人種、脂肪量、筋肉量、生活習慣によって大きく変わる事に加えて、日々変動する! 定期検診を受けている患者本人のデータでなければ、比較はできない!」
「【見分け方】と言うからには、担当患者でなくとも判断が付かなくては意味がないぞ……!」
「承知しております。ではここで失礼ながら、今の彼女の体重を発表させて頂きます」

 モーズはホルムアルデヒドに体重計を渡し、ネフェリンの体重をこの場で測って貰う指示を出す。それを受けたホルムアルデヒドは体重計を壇上の中央に置くと、まずはそこに収納ケースの蓋を乗せた。
 そして蓋の重さを事前に測量から省くよう体重計の操作をした後に、ホルムアルデヒドは収納ケースからネフェリンの遺体を取り出し、蓋の上に丁寧に慎重に、繊細な所作で乗せる。
 遺体が無事に蓋の上に乗ったのを見て、ホルムアルデヒドがそっと静かに手を離せば、体重計の数値が急激に変動していき、やがて彼女の重さを指し示す。

「134キロ」

 それが、カメラを通してスクリーンに映し出された数字。ネフェリンの現在の体重。
 しんと、騒ついていた聴講席が今度は静まり返る。
 横たわるネフェリンの遺体は、どう見ても肥満体型とは言えない。寧ろ痩身。
 にも関わらずこの数字。異常だ。あまりにも重すぎる。

「彼女が生前に受けた最後の身体測定では、身長は170センチで体重は68キロ。その時点ではステージ2。軍人並みに鍛えている身体に『珊瑚』の重さが少し足された、程度で至って健康でした。しかしそれが、倍近くの値になっている」

 体重測定という役割を終えたネフェリンの遺体をホルムアルデヒドがさっさと収納ケースに戻す中、モーズは発表を続ける。

「ここに表記されている数字には、ご遺体に添加した薬品の重さも含まれています。しかしご遺体は損傷が激しく、欠損した部位も多い。総合的には生前よりも軽くなっている。それでもこの重さです」

 もしかしたら生前は、150キロ、下手をしたら200キロを超えていたかもしれない。
 その可能性に聴講者達は困惑が隠せず、どよめいている。

「《ステージ6》が生きている状態のデータが記録映像しかない以上、詳細はわかりません。正直、皆さんに提示できる正確なデータはないに等しい。
 けれど体重ならば、重さならば話は違う。……例え感染者が生きていようと、死んでいようと、ステージが進もうと『珊瑚』の比重は人の細胞よりも重い。その事実は変わらない」

 モーズはラボの資料室に保管されているステージ5感染者複数人の遺体、その体外に突き出た突起を覗いた上で重さを計測した映像もスクリーンへ映す。
 ステージ5も健常者より遥かに重量がある。しかしステージ6のネフェリンと比べれば、幾分も軽い。

「しかもステージ5よりも『珊瑚』に蝕まれているのならば――その差は明白だ」

 その結果に辿り着いたモーズは力強い声で、断言する。

「だから私は、体重をただの目安とするのではなく、確固たる指針になるよう研究をいたしました」
「そ、それでも《ステージ6》と目される人間のデータが1人だけでは、比較も何も……。性別や年齢などの条件ごとにデータを集め、誤差を極力なくした平均値を出さなければ……。最低でも100人分のデータは欲しい……」
「おっしゃる通りです。私も信用性があがるよう統計学に基づき、誤差がプラマイ5に収まるようにいたしました。を」

 声を震わせながらも聴講者の1人から出た最もな疑問に答える為、モーズはスクリーンに今度はグラフを表示した。
 そのグラフにはステージ4となったドイツ人患者の、男女別平均体重が身長ごとに記載されている。参考にした患者の数は成人済み男女それぞれ400人と、誤差が少ないとわかるグラフだ。
 しかしモーズが用意したグラフはこれだけではない。

「ラボの冷安室で眠るステージ4患者1500。その方々を性別、年齢、身長、性別、人種、肥満症または羸痩るいそう症だったか、など条件ごとに分け平均値を出しました。お手元にデータを送りましたので、ご確認ください」

 ブゥン。
 モーズの合図と共に、聴講者の前の机にホログラム画面が浮かび上がる。そこには1500万人分のカルテと、それを元に作成した幾つものグラフ。
 全てを確認しようと思うと、莫大な時間がかかる圧倒的な情報量。

「ステージ6はステージ4よりも遥かに重い。故にステージ4の重ささえ把握していれば、見分けは容易のはず。それに何より、体重計の用意は負担が非常に少ない。性能を求めなければ電気さえ必要としない。だから私はこのデータを皆さんに

 カルテとそれを元に作成したグラフが映るホログラム画面。これは各々の記録媒体にダウンロードできる仕様だった。
 モーズはオフィウクス・ラボが所持していた1500万人分のデータを、今ここに集う医師達に明け渡したのだ。

「《ステージ6》が幾ら人と同じように振る舞おうとも、幾ら正気に見えても、その本能は増殖と繁殖。いつ何処で感染爆発パンデミックを起こすかわからない、時限爆弾。治療を放置している感染者と同じように、監視や拘束、時に処分が必要だ。
 なので疑わしい人が現れたと思ったその時は、オフィウクス・ラボにご連絡ください。私モーズが、私の責任の元に対処いたします。第二、第三の『暁の悲劇』が起きないよう、尽力いたします。……今回の発表が、少しでも有意義だったと、使えると思う事がありましたら……」

 そこでモーズは演台から離れて壇上の中央に立ち、聴講者全員に向け、深く頭を下げた。

「どうか未熟な私めにご協力を、よろしくお願いいたします」

 聴講席からの反応は見えない。聞こえない。
 だがモーズは現時点で伝えられる研究、全てを発表した。好感触を得られなかったのならば、自分の力不足だったというだけ。
 モーズは気持ちを切り替え、顔を上げる。

「発表は、以上です。引き続き質疑応答を……」

 パチパチ

 ふと、小さな拍手の音が聞こえてくる。
 それは、ルイの手からだった。

 パチパチ。パチパチパチ。パチパチパチ。
 パチパチパチパチパチパチ!

 その拍手は伝染するかのように、他の聴講者からも段々と拍手があがり、
 やがてコンベンションホールは、万雷の拍手に包まれたのだった。
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