毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第149話 ステージ6の見付け方

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「……以上の映像記録から読み取れるのは、他の感染者の進行の促進、毒の耐性の向上、怪我の回復の速さ、菌床の〈根〉を含めた感染者と菌糸を操れる、見た目は健常者と同等で、なおかつ知性も人並みに持っている。などですね」

 ドイツの菌床で接触した、《ステージ6》と目される少年オニキス。顔はぼかしての公開だが、明らかに自分の意思で菌糸を操っていたり、足に穴が空いても動いていたり、という異質さははっきり伝えられる。
 モーズはそのまま同じく《ステージ6》と予想されるネフェリンの記録映像も流して、数日前まで確かにあったステージ2の症状が綺麗に消えていたり、菌糸を生やしてその先端を凶器として振るっていたり、ウミヘビに対して敵意を剥き出しにしていたりと、不可解な言動をしていた場面を聴講者へ見せた。

「纏めますと《ステージ6》は人の姿をした災害といっていい。アメリカで一晩のうちに広まった超規模菌床がもたらした『暁の悲劇』も、《ステージ6》の存在が大きく関わっていただろうという推測が……」
「いい加減にしろ! 荒唐無稽すぎる!」

 その時、聴講者席からドンッ! と机を叩く音と共に聴講者の1人から怒鳴り声が発せられる。

「私は今まで何百人もの感染者を診てきたが、変異体だろうと正気に戻ってくれた患者はいなかったぞ!」
「おいおい、質疑応答はまだだってのに……」
「前例のない話ですからね。無理もない。順番に説明します」

 壁に寄り掛かって発表を眺めていたパウルは呆れているが、モーズは発表を一旦止め、発言の返答を優先した。

「感染病棟で診る患者はステージ4までです。そして《ステージ6》はステージ5を経由しなければならない。《ステージ6》が観測されたのはここ最近、という点を除いても、接する機会はまず訪れなかったでしょう」
「ステージ4が正気に戻る可能性はゼロだと?」
「今回のテーマは《鼠型》や《虫型》に続く変異体ではなく、あくまで進行度が進んだ感染者の話です。私の結論ではステージ5を経由せずして《ステージ6》になる事は、ない。それに、感染者が正気に戻っているのとも違うかと」

 そこでモーズは演台に置いていたパソコンを操作し、壇上の真上にホログラム画像を投影する。
 投影されたのは、2つの脳。聴講者から見て右側には《ステージ5》、左側には『健常者』という文字が上に浮かんでいる。
 並べられた2つの脳が異なる点は、色だ。健常者の脳は白に近い桃色をしているが、ステージ5感染者の脳は絵の具でも塗りたくったような赤色に染まっている箇所がある。
 それは寄生菌『珊瑚』に侵蝕されている証だった。

「これは標本を元に作製した、人の脳のホログラム映像です。実物をご覧になった事がある方もいるでしょうが、比較として並べました。その上で、こちらをご覧ください」

 モーズはそのまま、もう1つホログラム映像を投影する。
 その映像は、絵の具のダマを脳の形に固めたかのような、歪な物。凹凸はあるものの表面が滑らか。まるでプラスチックで作製した粗悪な模型のようだ。並べて映されている断面図もまた同様に、模型を切断したかのようだった。
 その脳擬きの上には、《ステージ6》という文字が浮かんでいた。

「これは《ステージ6》の『珊瑚』を人工人間へ寄生させた結果、変質した脳です。……いや、脳らしきもの、と言った方がいいかもしれません。表面だけよく真似ていますが実際は――人体の構造とかけ離れた、模造品だ」

 次いでモーズは壇上の端に控えていたホルムアルデヒドへ向け、「持って来て貰っていいか?」とハンドサインを送る。

「残念ながら《ステージ6》の『珊瑚』は4、5と同じように人工人間の中では生きられないらしく、この人工脳は『珊瑚』ごと間もなく壊死。実物を会場へ持って来れませんでした。けれど擬態をしている、という事は伝わるかと。
 《ステージ6》感染者の人皮を剥いた中身には、真菌が詰まっている」

 指示を受けたホルムアルデヒドは床に置いていた棺桶サイズのケースを軽々と持ち上げて、壇上の中心へと運ぶ。そして蓋を開け、セレンにカメラを構えさせてその中身をスクリーンへと映した。
 そうしてスクリーンに、保存処理が施されたネフェリンの遺体が映る。

「彼女はアメリカの菌床で処分した《ステージ6》感染者。脳だけでなく、様々な箇所が真菌に侵されている」

 次いでモーズがセレンにカメラへ映させたのは、ネフェリンの腹部の傷。
 皮膚が開き中の肉が見えるほど大きく裂けた切り傷、その内側。

「それも肉眼でわかるレベルに」

 そこには薬品で固定された胞子状の真っ赤な真菌が筋肉全体を覆い尽くし、白い筋繊維が見えなくなるほど侵蝕しているのがわかった。
 本来ならば筋肉の筋が定まった方向に規則的に走っている筈なのに、一切の判別がつかない。
 まるで腹の中を絵の具で塗り固めたような、異様な光景。

「ラボがこの特異な感染者を『変異体』としなかったのは、このように体内に侵蝕している『珊瑚』の増殖具合がステージ5を遥かに上回っているとわかるからです。何せステージを決めるのは感染経緯や進行速度ではなく、『珊瑚』の

 ガンが体内にどれほど転移しているかどうかでステージの呼称が変わるのと同じように、珊瑚症も皮膚の変質や症状などから侵蝕具合を見てステージを決める。
 そしてネフェリンの遺体は外皮こそ健康的に見えるものの、内側はステージ5の解剖記録よりエゲツない量の『珊瑚』が蔓延っている。
 それが目視で確認できてしまう。

「だから《ステージ6》と名付けました」

 モーズは侵蝕具合を根拠にそう結論付ける。

「この情報は既に国連警察に渡しております。きっと今後、《ステージ6》と見られる感染者が続々と現れる事でしょう。皆さんの身近に潜んでいる可能性も十分ある」
「つまりだ。君は我々の不安を煽り、疑心暗鬼にさせる為に学会へ来たというのか?」
「いいえ」

 他の聴講者から出た疑問にも、モーズは丁寧に対応した。

「私の話したい本題は寧ろ、ここからです。私は今から皆さんに、感染者と健常者の【見分け方】をお伝えいたします」

 モーズがはっきりと言い放った内容に、聴講席が騒つく。

「見分け方!? サンプルはそこに横たわる女性だけだというのに……!」
「はい。検証が不十分というのは重々承知です。しかしたった1人分のサンプルだろうと、《ステージ6》な事には変わりない。決して無視することはできないと、私は強く思っています。故に彼女から得られた情報は最大限、活用する事にいたしました」
「……で? 肝心の見分け方は?」

 今まで静かに発表を聴いていた審査役のルイが、ここで初めて口を開く。

「体温か? 採血か? 尿検査か? 脳波か? レントゲンか? MRIか? DNA鑑定か? まさか、そこの遺体のように解剖をしろと言うのではなかろうな? 大規模になるほど時間も金もかかる。ややこしい手順が必要だとすれば、病棟と患者の負担からして実用化するのは現実的ではないぞ」
「ご安心ください。もっとシンプルな方法です」

 そこでモーズはしゃがみ込んで、演台の下に置いていた鞄を開けごそごそと何かを取り出す。そして再び立ち上がった彼の手が持っていたのは、家電売り場でよく見るオーソドックスな体重計。
 医師ならば健康診断などで幾度も使用する、非常に身近な物。

「【体重測定】。これでわかります」


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