毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第八章 特殊学会編

第148話 特殊学会、開幕

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 特殊学会が開かれるコンベンションホールの出入り口には、武装した軍人が複数人警備に当たっていた。そして入室の際には、その軍人の審査が必要なようだった。
 感染対策からマスクは外さなくていいが、1人1人、健康状態と身分証明の確認を同時に行える、空港の金属探知機に似た見目の銀枠ゲートを潜る生体認証照合が求められている。
 パラス国は街中での生物災害バイオハザードが発生したばかり。珊瑚症への警戒が強まっているのだ。

(しかし随分と仰々しい。パフォーマンスも兼ねているのか?)

 ルイはそんな事を考えながらも生体認証を手早く済ませ、ホールの中へと足を踏み入れる。
 ホールの座席は大学の講堂と同じく階段状で、壇上を扇状に囲う形に設計されている。座る席は指定席。机にはあらかじめ、招集を受けた医師のネームプレートが置かれていた。等間隔に間を空けて。
 『審査役』を務めるルイの席は壇上の正面、かつ一番手前の座席。
 モーズの姿が一番よく見える、特等席だ。

 しかしルイは自身の席に座る前に、ざっとホールを軽く見回した。
 既に席に座っている医師は30人ほど。感染病棟の院長クラスの人間しか集っておらず、感染対策の意識の高さから皆フェイスマスクで顔を覆っている。
 だがネームプレートを確認せずとも、ルイはそのマスクのデザインで席に着いている者が誰なのか判別できた。

(ほう。ロベルト院長や柴三郎だけでなく、イギリスのジョン院長、イタリアのカミッロ院長、オランダのアントニ院長、スコットランドのアレキサンダー院長……。む? ハンガリーのイグナーツ院長も出席しているな。急な招集だったというのに、主要な人間が揃っているではないか。エミール院長が来れなかったのが本当に残念であるな)

 院長の名と共にマスクのデザインが広まるほど、第一線で活躍している者が多く揃っている事に、ルイは満足げに頷く。
 だが初めて見るマスクもあった。黒山羊のマスク。それを付けた男が、ホールの最奥席に座っている。

(あの黒山羊の男、胸元のバッチからしてWHOの者か? 主催側としてパラスWHO協会の会長が来る、という話ならば小耳に挟んだが……。彼がそうなのだろうか?)

 不気味なデザインのマスクに少し忌避感を覚えつつ、ルイは指定席へ座った。
 少しして、空席を挟んだ隣の席に柴三郎が座る。想定外の隣人に、ルイはマスクの下で頬を引き攣らせた。反対に柴三郎はルイの方にずいと身体を寄せ、喜色に満ちた声で話しかけてくる。

「ルイ院長! 隣で嬉しかぁ! わい特殊学会初参加で今から緊張しとるったい。知っとる方が側におると安心するばい。ロベルト院長は端ん席で離れてもうたし。ほんでルイ院長はどぎゃん発表がくるて予想しとる? 珊瑚症ん治療法に関することとか? 新しか抗真菌剤? ワクチン? どうやろか?」
「粛に。吾輩は集中したいのだ、話しかけるのは遠慮願いたい」
「えぇ~? そぎゃん寂しかことゆわんで~」
「何なら質疑応答以外で口を開けるでない」
「なして!?」

 訛りの強い快活な声で、捲し立てるように喋る柴三郎。ルイは彼が苦手だった。
 誰が悪いとかではなく個人的な相性の問題であり、必要以上に交流しなければお互い不快にならないだろう、とルイなりに気を遣って避けているのにも関わらず、柴三郎はお構いなく距離を詰めてくる。
 柴三郎は何故かルイに強い関心を抱いているようだが、それがまた苦手意識を加速させる結果となってしまっていた。

(柴三郎は無視するとして、今はモーズである。ロベルト院長の数いる門下生の1人……という訳ではないが、きゃつが見込んだ者の1人には違いない。そして今はユストゥスらの元で研究をしているとなると、相当しごかれてきたのでは?)

 年若いものの、ルイがライバル視する知見者達に囲まれて磨かれてきただろう、新進気鋭。
 相手に不足なし。
 学会開幕の時間が近付き、壇上へ姿を現したモーズを真っ直ぐ見据え、ルイはマスクの下で不敵な笑みを浮かべる。

「さて、お手並み拝見」

 ***

 ホールの壁にかけられたアナログ時計の針が10時を指す。学会開幕の時間が訪れる。
 壇上にはモーズの他に、手伝いとしてホログラム投影機器の操作を受け持つセレンと、壇上の上に置いた収納ケースの側に控えるホルムアルデヒドがいた。しかし先輩クスシであるパウルは、上手の壁に背中を預けて突っ立っている。彼はモーズに手を貸すつもりはないからだ。
 なおパウルが連れてきたアニリンはと言うと、壇上ではなく聴講席にいるロベルト院長の隣に座っている。居心地がいいらしい。

 チッ、チッ、チッ、チッ
 10時。時間となったのでモーズは早速、演台の上に置かれたマイクのスイッチを押し、聴講者に向けて挨拶をした。

「ええと。本日はお忙しい中、集って頂き誠にありがとうございます。オフィウクス・ラボから参りましたモーズです。クスシとしては若輩もいい所ですが、有意義な時間になるよう精一杯」
「口上はいい。さっさと始めろ」
「えぇ……」
「時間の無駄だ」

 その聴講者の1人、イギリスの感染病棟現院長『ジョン』に挨拶を遮ったうえで発表を催促されてしまい、モーズは困惑する。

「もう発表に入った方がいいぞ。短気なやつも多いからさ」
「あ、あぁ」

 パウルにも先に進めるよう促されたモーズは、セレンに指示を出して背後のスクリーンに資料映像を投影して貰った。

「では早速、発表に入ります。本日、発表するテーマは珊瑚症の最終段階ステージ5。それよりも更に先――」

 スクリーンにまず映ったのは、周囲が真っ赤に染まった菌床の一場面。
 山積みに積み重なったステージ5感染者と〈根〉の前に佇む、1人の少年。

「《ステージ6》についてです」

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