毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第188話 【檻】

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「もういいや! ほら2人とも手を出して! 出さなかったらクスシ命令で強制労働っ!」
「あ゙ぁ゙?」
「ちょっと! ボクに命令しな……」
「はぁ~い! じゃ~んけ~ん、……ほいっ!」

 最終的に、カールはニコチンと水銀にじゃんけんをさせる。問答無用で掛け声をかけ、反応が早かったニコチンはパーを、反応が遅れた水銀は握っていたままだった右手をグー判定とされ、勝ったのはニコチンとなった。

「へっ。御愁傷様」
「ふざけるんじゃないわよ!!」

 鼻で笑うニコチンに怒り狂う水銀。
 なおカールは諸手をあげて狂喜乱舞している。

「銀ちゃん確保やった~っ! これで【檻】もイギリス出張も安心安全っ!」
「待ちなさい。イギリスって何よ、イギリスって。ボクはアンタの命令なんて聞く気ないのだけれど」
「お願いでも駄目? 駄目?」
「駄目ね」
「く……っ! 銀ちゃんいるとすっごく助かるんだけど……! 駄目だって言うのなら! かくなる上は!」

 クスシの権限を立場のある水銀に使う気なのだろうか。とモーズはアセトから頂戴したジンジャーエールをストローで飲みながら、カールの動向を観察する。
 するとカールは何を思ったのか、石畳が敷き詰められた広場の上に大の字になって――長い手足をバタつかせて駄々を捏ね始めた。挙動が完全に未就学児である。

「やだやだぁっ! 銀ちゃん来てくれなきゃ俺ちゃんい~や~だ~っ!」
「ちょっと!? いい年して何をしているのよ! やめなさいな、みっともないっ!」
「銀ちゃんがうんって言ってくれるまで、俺ちゃんここ動かないかんね~っ!」

 そうやってカールが喧しく騒ぎ立てるものだから、広場から離れて遠巻きに様子を見ていたウミヘビ達も気になったようで、何だ何だと野次馬として顔を出し始めている。
 つまり悪目立ちをしている。水銀の名を叫ぶカールという男によって。

「わかった、わかったからもうよしなさいな! 特別に、付き合ってあげる……っ!」
「いよっしゃあ!」

 羞恥心で折れた水銀からの承諾を得たと同時にカールは腹筋を駆使して上体を起き上がらせ、次いで飛び上がるかのようにぴょんと立ち上がる。

「ではいっつぁ【檻】へ! ごーごごーっ!」
「本当、疲れるわこいつ……」
(あの水銀さんが振り回されている……)

 ◇

 広場で会ったばかりなのに既に疲労困憊な水銀を連れ、ニコチンとアセトと別れた後、一行はネグラの地下施設、【檻】へと向かった。
 一見なんの変哲もない住居に入って、その住居の奥の部屋、書斎に地下へ続く隠し扉があるのだ。まるで秘密基地。
 モーズは少々、少年心を刺激されながらカールの後を追って地下へ続く階段を降りる。

「ここが、【檻】……っ!」

 地上階から二階層分、降った先にある【檻】。
 そこは目に優しい柔らかな乳白色をしたライトに照らされ、パステルカラーをしたブロックソファが四角を作るように並んでいたり、その中にはゴムボールや積み木や絵本が散乱している。
 小ぶりなテントやジャングルジム、滑り台なんて物も並んでいて、卵型機器カプセルも時折り設置してあるものの、側から見ると幼い子供を預ける託児所そのものである。

「……。ここは、託児所か……?」
「だから言ったじゃない。【檻】なんて仰々しい名前をつけているけれど、実際はキッズルームよ、キッズルーム」

 モーズの隣で歩く水銀が、両腕を組んで呆れるように言った。
 一般的な託児所やキッズルームと異なるのは、その遊具が置いてあるスペースの前に、透明なガラスが壁として立ち塞がっている事だろうか。これによってモーズ達は見る事はできても、近寄る事も触れる事もできない。
 水族館の展示室のように、廊下の横、部屋の片側に配置されたガラスと中の隔離部屋が、突き当たりが見えないほど奥まで延々と続いている。

「だぁれに頼もっかな~。ここにいるウミヘビの毒素なら誰でもモーズちゃんを守ってくれるだろうけどぉ」

 カールはスキップ気味に【檻】の廊下を歩き、隔離部屋を見渡してめぼしいウミヘビを探す。
 ガラスの向こう側にいるウミヘビ達は基本、眠っていた。ハンモックに身を預けたり、テントの中で身体を丸めたり、並んだブロックソファの上で横たわったりと、各々好きに眠っている。
 ウミヘビは人間よりも睡眠時間を必要としないと聞くが、ここにいるウミヘビ達は例外らしい。

「カールはこんな所に何しに来たのかしら?」
「私のアイギスに強い毒素をストックしようという事になってな。その対象をここに求めているのかと……」
「はぁ? まさかウミヘビの血をそのまま触手に溜める気? そんな事をしたら宿主にも影響が出るでしょうに」
「ハブクラゲ型ならば大丈夫と聞いたが、やはり危険が伴うか。ここは諦めて貰った方が……」
「えっ。貴方のアイギス、ハブクラゲ型なの? 心配して損したわ」
「今、退路が絶たれたな?」

 扱い切れるか怪しい猛毒のストックを避けたかったモーズだったが、水銀にも「問題ない」判定を受けてしまい肩を落とす。
 そんな会話をしている最中、カールは奥へ奥へと進んでいき、ベッドの上で身体を丸めて眠る黄色い髪をしたウミヘビ――パラチオンへ声をかけた。

「パ、ラ、チ、オ、ン、ちゃぁ~んっ! ご機嫌いっかが~?」

 ガラス越しに声をかけられたパラチオンは、ゆっくりと瞼を開けて紅い瞳を晒すと、気怠げに話し始める。

「俺様の安眠を乱す奴は、誰だ」
「カールでっす! お昼寝中にごめんねぇ~」
「……珍獣が何の用だ」

 【檻】でのパラチオンはシミュレーターで複数人のウミヘビ相手に大暴れしていた時と異なり、随分とダウナーだ。
 彼が『戦闘をしたい』という欲求を抱いていない時は、淡々とした性格をしているらしい。

を探しているんだけどぉ、知らない~?」

 モーズが知らないウミヘビの名を出しつつ、カールはガラスに手の平をつける。

「……クスシから姿が見えないという事は卵型機器カプセルの中だろう。どの卵型機器カプセルの中かは、知らん」
「そう言わずに~っ! 探すの手伝ってくんない~? ガラスの中に入るのって手続き多くて面倒なんだよねっ!!」
「俺様に面倒を押し付けるな」

 そう話すパラチオンはベッドから起きあがろうともしない。しかもカールの後ろに水銀の姿がある事に気付いて、彼は「チッ」と短く舌打ちをした。

「最強詐称者まで連れ歩いて、俺様の機嫌を損ねに来たのか?」

 声に苛立ちを孕み、ますます非積極的な態度を取るパラチオン。そのまま彼は水銀の隣に立つモーズにも視線を向けた。

「……ん? そこのクスシ、初めて見るマスクを付けているな。新人か」

 彼は、モーズを知らなかった。

(そうか。私は試合を観戦する形で彼の姿は見てはいたが、仮想空間にいたパラチオンは現実リアルを見ていなかった。これが初対面じゃないか)

 その事をすっかり失念していたモーズは、改めてパラチオンへ挨拶をする。

「初めまして。私の名はモーズという。1月前に入所した新人だ」
「脆そうな人間だな」

 モーズを一目見たパラチオンの手厳しい評価が下る。

「この脆ぉい新人ちゃんにぃ、の毒素を持たせてあげたくってねぇ」
「……最強の?」
「このままじゃ風が吹けば倒れちゃうくらい弱弱だからね! だからモルちゃんやホスちゃんに是非是非、協力して貰いたくって!」

 そのカールの発言に、パラチオンは眠たげにしていた真紅の瞳を見開き、ベッドから起き上がった。

「そこに、なぜ俺の選択肢が、ないっ!」
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