毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第189話 猛毒ストック

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「パラチオンちゃんはちょ~強いけど、それは個人の強さだ。純粋な戦闘力。それも素敵だよ? でもねぇ、毒素だけ見ると君のは殺虫に特化していて、相性バッチリなら無双できちゃうほどだけどぉ……他のタイプだと、効き目はイマイチだろう?」

 そう言うカールに対して、パラチオンはベッドから降りると殺気が籠った紅い目で睨み付ける。

「そんな事はないっ!!」
「事実は変えられないよパラチオンちゃん。相性はきちんと見極めなきゃ、遠征なぁんて夢のまた夢。……苦手な面や弱い面も認めてこそ、人は強くなるのさ」

 バンッ!
 あらん限りの力で、パラチオンはガラスを手の平で叩いた。しかし特殊性らしいガラスは割れず、更には自己修復機能まであるらしく、少し入ったヒビは時間経過と共にみるみる修復されていっている。

「圧倒的な力の前では、相性なぞ些事だ。それが俺の血で証明できるというのなら、くれてやる」
「えっ、本当っ!?」
「二度も言わせるな。ただし証明できた暁には……褒美を寄越せ」
「りょーかいりょーかい!」

 カールに約束を取り付けたパラチオンはガラスの壁から離れ、奥の無機質な白い扉の中へ引っ込んでしまった。あの先には何があるのだろうか、なんてモーズが考えていると、暫くて廊下に円柱型自動人形オートマタがどこからともなく現れ、自分達の元へやってきて、持っていたトレイに乗せたパックを差し出してくる。
 よく晴れた日の海の色に似た、青い血液が入った血液パックだ。ラベルには『C10H14NO5PS』と、パラチオンの化学式が書かれている。
 カールはそのパックを嬉々として受け取り、高らかに掲げた。

「パラチオンの毒素、ゲットだぜ!!」
「……どこから計算だったんだ?」
「最初っからね。本当にあのお子ちゃまは単純なんだから」

 正直に「血を分けて欲しい」と伝えても、それに応える優しさも義理もないパラチオンは却下または無視してきた事だろう。それをわかっていたカールは彼をそれとなく煽って、上手いこと自分から血液を渡させたのだ。
 無事に目的を達成し、「後でモーズちゃんのアイギスにストックさせようっ」と喜色に満ちた声で話しながら元来た道を戻るカール。彼の後にモーズと水銀も続く。

「けどパラチオンが言っていた『圧倒的な毒素の前では相性なんて些事』っていうのは、あながち間違っていないのよねぇ」

 地上階へ続く階段を登る最中、水銀はそんな事を話し始めた。

「そうなのか?」
「人間じゃないっていうステージ6は知らないけれど、ステージ5には複数のタイプがあるとはいえ、感染者本体は人間なんだから、人間に有毒な毒素は全部効くのよ」
「成る程。あくまで変異した『珊瑚』に対して相性があるのであって、感染者本人は人間。菌糸が全身に巡っているとはいえ、毒の耐性は基本的には宿主が基準、と」

 ステージ6の毒耐性があがっているのも、実際はあがっているのではなく、細胞の置換が『珊瑚』に進んだ結果、本来の耐性の強さが表面化しただけなのかもしれない。と、モーズは考察する。
 ステージ6がその場にいるとステージ5までも毒の耐性が強くなるメカニズムは依然さっぱりわからないものの、この考察は仮説を立てる足掛かりにはなりそうだ。

「でぇもパラチオンちゃんの毒素は容赦ないからね~。ステージ6が出てきてもきっとイチコロよ⭐︎」
「それだけ強い毒素を持ち歩くのは、普通に怖いのだが?」
「使わずに済むことを祈りましょうか」

 3人が地上階まで戻り、住居の外へと出た直後。カールの付けていた腕時計型電子機器の着信音が鳴り響く。
 このタイミングは偶然ではなく、【檻】に続く住居と【檻】のある地下には普通の電波が届かない仕様になっているのだ。なので緊急でも何でもない連絡が【檻】にいる間にかけられ続けていると、出た途端に一気に通知が来ることとなる。

『先生っ! 先生っ! イギリスへ出張に行くってほんまでっか!?』

 そしてカールへかけられていた通知の相手は、シアンであった。

『自分も連れてって連れてって連れてってください!』
『シアンッ! 早速、仕事をほっぽり出すでないわ!!』

 腕時計型電子機器からは、シアンのすぐ側にいるらしい砒素の声まで聞こえる。

『昨日も短剣の手入れだけに時間を費やしおって! 抽射器の整備に製造に調整にと、通常業務が全く進んでおらぬぞっ!?』
『口煩い爺さんや。別に後回しにしても支障のない仕事ばっかやないか』
『わしに負担が回ってくるじゃろがっ!』
「あ、丁度よかったひぃちゃん。君に決めたっ!」

 しかしカールが選んだのは、出張の同行を懇願してきたシアンではなく、彼の側に居た砒素の方だった。

『はぁああああっ!?』

 直後、シアンの納得できない思いを多分に含んだ絶叫が電子機器から響き渡る。

『何でですの先生っ!』
『わしは一向に構わぬがのぅ』
『自分が構いますっ!!』
「だってぇ。イギリスじゃモーズちゃんに付きっきりで守って欲しいけどぉ、シアンは俺ちゃんのことだぁい好きだから、いざとなったら俺ちゃん優先するっしょ?」
『当たり前やないですか』
「はい。お留守番」
『そんな殺生なっ!!』
『いひっ。愉快じゃ、愉快じゃ』
『こんのクソジジイ……っ!』

 殺意のこもったシアンの声。この声をモーズは知っている。先日、バーチャルゲーム内で聴いた時と同じ声色だ。
 その経験から予想できる通り、通話先でシアンは臨戦体勢に入ったらしく、ガシャンやらガタガタやら硬質な物が落ちたり倒れたりしたかのような、大きなノイズまで聞こえてくるようになってしまった。

『出張に行けんよう、足引きちぎって再起不能にしたろか!?』
『小童が吠えよる。やれるものならやってみるとよかろう。ま、無理じゃろが』
『歳食っとるだけでいちびるなや! いてこますぞ……っ!』
「アンタ達、喧嘩するにしても現実リアルはやめなさいよ。流れ弾で所長の研究室が壊れたらどうしてくれるの」

 第一課所属同士のウミヘビの喧嘩など、辺りが更地になるのでは? とモーズは戦々恐々してしまうが、水銀は何てことのないようにラボにある所長の研究室の心配だけしている。
 もしかすると、よくある事なのかもしれない。

「シアン~。もう出発しちゃうから、ひぃちゃん引き留めるのやめてね~?」
『そやけど先生~っ!』
「帰ったらたっぷり構ってあげるからっ! 我慢した分、きっとた~のしぃよっ?」
『……うぅ、はい』

 しょぼんと落ち込んだ声音で返事をしつつも、カールに従い、シアンは通話を切る形ですごすご引き下がっていった。
 どうにか大事にならなかった事にモーズは胸を撫で下ろす。

「いやぁ。シアンからの愛はいつもなら嬉しいんだけどねぇ。今回ば~かりは邪魔になっちゃうね。残念っ! けど代わりにひぃちゃんを呼べたのは超ラッキー!」
「そうなのですか?」
「ひぃちゃんは殺虫も殺鼠も得意で頼りになるからね! あ、勿論。銀ちゃんもオールマイティで活躍できるから頼りにしているよぅ?」
「いちいちフォローなんて要らないわよ。ボクが強いのなんて当たり前でしょう?」
「さっすがぁ。これで安心安全だぁ~いっ! じゃ、港でひぃちゃんの合流を待とうかっ!」
「はい」

 ウミヘビの選出も終えたモーズ達は港へ向かい、砒素が合流したと同時にいつも通り空陸両用車へ乗り、人工島アバトンを発ったのだった。
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