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第十章 イギリス出張編
第194話 フローレンス看護師長
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「申し遅れました。私はここで看護師長を務めております、フローレンスと申します」
遊戯室の廊下へ出た後。フローレンスはモーズ達に向け、深々と頭をさげ、挨拶をしてきた。
モーズも彼女に続いて会釈をする。
「クスシのモーズです。お世話になります。後ほど、同行者のカールさんも挨拶をさせますね」
「ところで、モーズ様は先日の特殊学会で発表を務めたモーズ様で、お間違いないでしょうか?」
「はい、そうです」
モーズが肯定すれば、フローレンスは一歩モーズに歩み寄って、マスク越しに熱い視線を向けてきた。
「お会いできて光栄です。もしよろしければになりますが、夜にお話の時間を設けて貰ってもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「お疲れ様の所、ありがとうございます。では場所と時間はこの辺りで……」
腕時計型電子機器で病棟の敷地マップを空中に投影し、フローレンスは待ち合わせ場所と時間を指定する。
指摘してきた場所は、薔薇が咲き誇る病棟の庭園。その中にあるガゼボが設置された場所だった。
「えぇ、わかりました。その時にはカールさんも連れて」
「可能でしたら、2人きりでお願いしたいです」
「はぁ、2人きり」
ロマンチックな景色が広がる夜の庭で、独身の男女が2人切り。
条件だけ並べるとでえとにしか思えない。そのでえとの予定をどんどん詰めていく2人を前にエドワードが「えっ、えっ」と困惑する。
「2人きりは……。少々、事情的にできな」
「何を言うておるんじゃ! おなごの頼みは聞くものぞ!?」
「ぐぇ」
突如として砒素に後ろからぐいと襟首を掴まれて、モーズは蛙が潰れたような呻き声を発してしまった。
しかし砒素は構わず襟首を引っ張り続け、耳元に口を寄せるとフローレンスには聞こえないよう小声で話しかける。
「遠巻きにこっそり見張っておくから、彼女には2人きりだと言うとよいっ!」
「何故そこまで……?」
「鈍チンじゃなぁっ! よいから言うのじゃっ!」
そこで襟首を離し、背中をばしりと軽く叩かれてしまったモーズは、戸惑いつつも砒素に言われた通り問題のない旨をフローレンスに伝えた。
「ええと、大丈夫だそうです。私だけで伺いますね」
「ありがとうございます。お待ちしております」
色良い返事を貰えたフローレンスは喜色を帯びた声と共に頭を下げると、背筋を伸ばしいい姿勢を保った状態で歩き廊下を去って行った。
「今夜が楽しみじゃのうっ!」
「ボクの予想だと、砒素の期待が叶う事はないと思うのだけれどね」
◇
「ひぃちゃんから連絡きたけど、モーズちゃんに春が来たってマァジ!?」
夕食の時間も終えた夜。
案内された宿泊施設こと感染病棟付属の看護師寮の空き部屋に、日中、姿を見せなかったカールがやって来る。
部屋には二段ベッドが二つ導入されていて、下段のベッドに腰をおろした水銀と赤毛の車番、テトラミックスが既にチェスの対戦をしながらくつろいでいた。
なおラボから来た全員が寝るとなるとベットが1つ足りない計算になるが、珊瑚症罹患者であるモーズには別途個室が用意されており、今晩はそちらで睡眠を取る予定だ。
「あとミックスちゃんもここにいるんだ? いつもみたく車中泊かなって思ってた!」
「俺もそー思っていたんだけど、その件の女の人に連れて来られちゃったー。こんな所で寝ていたら身体が固まって休まらないとか、不衛生だとか不健全とか何とかで」
テトラミックスは出先で日を跨ぐ事になった場合、トイレやシャワーなどの水場を他所で借りる事はあるものの、それ以外は常に車内で過ごしている。例えクスシや他のウミヘビがホテルに泊まる事になったとしても、ずっと車の中で番人をしている事が常だ。
クスシ達の足がなくならないよう、控え続けるのもテトラミックスの役目。だが今日は例のフローレンスによって車から引き摺り出され、この部屋に案内されたのだと言う。
「最初は口頭注意でねー。でも俺は車番だしー。って居座っていたら一度引っ込んで、それからどこからともなく斧を持ってきて、車の窓を割ろうとしてきたものだから慌てて出た」
「つ、強ぉい……!」
運転席のサイドミラー越しに見た、斧を引き摺るフローレンスの姿はさながらホラー映画のワンシーンだったと、テトラミックスは遠い目をして話してくれた。
「モーズには砒素が付いていっているし、大丈夫でしょう。ボク達は好きに過ごしましょうか」
「なぁに言ってるのぉ~! 行くよ! 覗きにっ!!」
「はぁ?」
カールは水銀が手に持っていたナイトのチェス駒を奪い取って、高らかに宣言する。
「ほらミックスちゃんもっ!」
「えぇ? 俺も?」
そのままテトラミックスにもベッドから立ち上がるよう促すカール。
「俺ちゃん達はモーズちゃんを守るのもお仕事なんだから、草葉の陰から一部始終を見守らないとじゃんっ!」
「ついさっきまで居なかった奴が何を言っているのかしら……」
「さぁさぁ! こっそり行こうじゃないかっ!」
「とことん人の話を聞かないわねぇ」
カールは水銀とミックスも巻き込み、意気揚々と約束の場所である庭園へ向かう。
フローレンスが約束の場所として選んだガゼボの中では既にモーズがガーデンチェアに腰掛けていて、ガーデンテーブルを挟んだ先ではフローレンスも席についている。
「おお、来たか。こっちじゃ、こっち」
そのガゼボの様子が見られる、少し離れた場所に置かれた飾り柱の陰から砒素がカール達を手招きした。
「今どんな感じっ?」
「丁度、合流したところじゃよ」
「やった~っ!」
砒素の報告を聞き、うきうきで飾り柱の陰へ走るカール。
呆れた様子の水銀と、どうでも良さそうなテトラミックスも続いて飾り柱の裏へと身を隠した。
「期待しているところ悪いのだけれど、多分お望みのものは見れないわよ」
「そんなのわかんないじゃん! 俺ちゃん、人類の希望は捨てちゃ駄目だと思うんだ……!」
「ここで壮大な言い回しするところがカールだなぁって感じー」
「やろうとしている事は、ただの覗き見でしょうに……」
「静かにせぬか、お主らっ」
確かフローレンスの方が一回り年上だったから、このまま付き合う事になったらモーズは姉さん女房を貰う事になるのかな? なんて低俗な会話を交わしつつ、カール達は柱の陰からトーテムポールのように顔を出してじっと観察をする。
ガゼボでは、ガーデンテーブルの上に置いた暖かく輝くランタンを光源として、モーズとフローレンスの慎ましやかな談話が始まっていた。
遊戯室の廊下へ出た後。フローレンスはモーズ達に向け、深々と頭をさげ、挨拶をしてきた。
モーズも彼女に続いて会釈をする。
「クスシのモーズです。お世話になります。後ほど、同行者のカールさんも挨拶をさせますね」
「ところで、モーズ様は先日の特殊学会で発表を務めたモーズ様で、お間違いないでしょうか?」
「はい、そうです」
モーズが肯定すれば、フローレンスは一歩モーズに歩み寄って、マスク越しに熱い視線を向けてきた。
「お会いできて光栄です。もしよろしければになりますが、夜にお話の時間を設けて貰ってもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「お疲れ様の所、ありがとうございます。では場所と時間はこの辺りで……」
腕時計型電子機器で病棟の敷地マップを空中に投影し、フローレンスは待ち合わせ場所と時間を指定する。
指摘してきた場所は、薔薇が咲き誇る病棟の庭園。その中にあるガゼボが設置された場所だった。
「えぇ、わかりました。その時にはカールさんも連れて」
「可能でしたら、2人きりでお願いしたいです」
「はぁ、2人きり」
ロマンチックな景色が広がる夜の庭で、独身の男女が2人切り。
条件だけ並べるとでえとにしか思えない。そのでえとの予定をどんどん詰めていく2人を前にエドワードが「えっ、えっ」と困惑する。
「2人きりは……。少々、事情的にできな」
「何を言うておるんじゃ! おなごの頼みは聞くものぞ!?」
「ぐぇ」
突如として砒素に後ろからぐいと襟首を掴まれて、モーズは蛙が潰れたような呻き声を発してしまった。
しかし砒素は構わず襟首を引っ張り続け、耳元に口を寄せるとフローレンスには聞こえないよう小声で話しかける。
「遠巻きにこっそり見張っておくから、彼女には2人きりだと言うとよいっ!」
「何故そこまで……?」
「鈍チンじゃなぁっ! よいから言うのじゃっ!」
そこで襟首を離し、背中をばしりと軽く叩かれてしまったモーズは、戸惑いつつも砒素に言われた通り問題のない旨をフローレンスに伝えた。
「ええと、大丈夫だそうです。私だけで伺いますね」
「ありがとうございます。お待ちしております」
色良い返事を貰えたフローレンスは喜色を帯びた声と共に頭を下げると、背筋を伸ばしいい姿勢を保った状態で歩き廊下を去って行った。
「今夜が楽しみじゃのうっ!」
「ボクの予想だと、砒素の期待が叶う事はないと思うのだけれどね」
◇
「ひぃちゃんから連絡きたけど、モーズちゃんに春が来たってマァジ!?」
夕食の時間も終えた夜。
案内された宿泊施設こと感染病棟付属の看護師寮の空き部屋に、日中、姿を見せなかったカールがやって来る。
部屋には二段ベッドが二つ導入されていて、下段のベッドに腰をおろした水銀と赤毛の車番、テトラミックスが既にチェスの対戦をしながらくつろいでいた。
なおラボから来た全員が寝るとなるとベットが1つ足りない計算になるが、珊瑚症罹患者であるモーズには別途個室が用意されており、今晩はそちらで睡眠を取る予定だ。
「あとミックスちゃんもここにいるんだ? いつもみたく車中泊かなって思ってた!」
「俺もそー思っていたんだけど、その件の女の人に連れて来られちゃったー。こんな所で寝ていたら身体が固まって休まらないとか、不衛生だとか不健全とか何とかで」
テトラミックスは出先で日を跨ぐ事になった場合、トイレやシャワーなどの水場を他所で借りる事はあるものの、それ以外は常に車内で過ごしている。例えクスシや他のウミヘビがホテルに泊まる事になったとしても、ずっと車の中で番人をしている事が常だ。
クスシ達の足がなくならないよう、控え続けるのもテトラミックスの役目。だが今日は例のフローレンスによって車から引き摺り出され、この部屋に案内されたのだと言う。
「最初は口頭注意でねー。でも俺は車番だしー。って居座っていたら一度引っ込んで、それからどこからともなく斧を持ってきて、車の窓を割ろうとしてきたものだから慌てて出た」
「つ、強ぉい……!」
運転席のサイドミラー越しに見た、斧を引き摺るフローレンスの姿はさながらホラー映画のワンシーンだったと、テトラミックスは遠い目をして話してくれた。
「モーズには砒素が付いていっているし、大丈夫でしょう。ボク達は好きに過ごしましょうか」
「なぁに言ってるのぉ~! 行くよ! 覗きにっ!!」
「はぁ?」
カールは水銀が手に持っていたナイトのチェス駒を奪い取って、高らかに宣言する。
「ほらミックスちゃんもっ!」
「えぇ? 俺も?」
そのままテトラミックスにもベッドから立ち上がるよう促すカール。
「俺ちゃん達はモーズちゃんを守るのもお仕事なんだから、草葉の陰から一部始終を見守らないとじゃんっ!」
「ついさっきまで居なかった奴が何を言っているのかしら……」
「さぁさぁ! こっそり行こうじゃないかっ!」
「とことん人の話を聞かないわねぇ」
カールは水銀とミックスも巻き込み、意気揚々と約束の場所である庭園へ向かう。
フローレンスが約束の場所として選んだガゼボの中では既にモーズがガーデンチェアに腰掛けていて、ガーデンテーブルを挟んだ先ではフローレンスも席についている。
「おお、来たか。こっちじゃ、こっち」
そのガゼボの様子が見られる、少し離れた場所に置かれた飾り柱の陰から砒素がカール達を手招きした。
「今どんな感じっ?」
「丁度、合流したところじゃよ」
「やった~っ!」
砒素の報告を聞き、うきうきで飾り柱の陰へ走るカール。
呆れた様子の水銀と、どうでも良さそうなテトラミックスも続いて飾り柱の裏へと身を隠した。
「期待しているところ悪いのだけれど、多分お望みのものは見れないわよ」
「そんなのわかんないじゃん! 俺ちゃん、人類の希望は捨てちゃ駄目だと思うんだ……!」
「ここで壮大な言い回しするところがカールだなぁって感じー」
「やろうとしている事は、ただの覗き見でしょうに……」
「静かにせぬか、お主らっ」
確かフローレンスの方が一回り年上だったから、このまま付き合う事になったらモーズは姉さん女房を貰う事になるのかな? なんて低俗な会話を交わしつつ、カール達は柱の陰からトーテムポールのように顔を出してじっと観察をする。
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