毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
197 / 600
第十章 イギリス出張編

第194話 フローレンス看護師長

しおりを挟む
「申し遅れました。私はここで看護師長を務めております、フローレンスと申します」

 遊戯室の廊下へ出た後。フローレンスはモーズ達に向け、深々と頭をさげ、挨拶をしてきた。
 モーズも彼女に続いて会釈をする。

「クスシのモーズです。お世話になります。後ほど、同行者のカールさんも挨拶をさせますね」
「ところで、モーズ様は先日の特殊学会で発表を務めたモーズ様で、お間違いないでしょうか?」
「はい、そうです」

 モーズが肯定すれば、フローレンスは一歩モーズに歩み寄って、マスク越しに熱い視線を向けてきた。

「お会いできて光栄です。もしよろしければになりますが、夜にお話の時間を設けて貰ってもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「お疲れ様の所、ありがとうございます。では場所と時間はこの辺りで……」

 腕時計型電子機器で病棟の敷地マップを空中に投影し、フローレンスは待ち合わせ場所と時間を指定する。
 指摘してきた場所は、薔薇が咲き誇る病棟の庭園。その中にあるガゼボが設置された場所だった。

「えぇ、わかりました。その時にはカールさんも連れて」
「可能でしたら、2人きりでお願いしたいです」
「はぁ、2人きり」

 ロマンチックな景色が広がる夜の庭で、独身の男女が2人切り。
 条件だけ並べるとにしか思えない。そのの予定をどんどん詰めていく2人を前にエドワードが「えっ、えっ」と困惑する。

「2人きりは……。少々、事情的にできな」
「何を言うておるんじゃ! おなごの頼みは聞くものぞ!?」
「ぐぇ」

 突如として砒素に後ろからぐいと襟首を掴まれて、モーズは蛙が潰れたような呻き声を発してしまった。
 しかし砒素は構わず襟首を引っ張り続け、耳元に口を寄せるとフローレンスには聞こえないよう小声で話しかける。

「遠巻きにこっそり見張っておくから、彼女には2人きりだと言うとよいっ!」
「何故そこまで……?」
「鈍チンじゃなぁっ! よいから言うのじゃっ!」

 そこで襟首を離し、背中をばしりと軽く叩かれてしまったモーズは、戸惑いつつも砒素に言われた通り問題のない旨をフローレンスに伝えた。

「ええと、大丈夫だそうです。私だけで伺いますね」
「ありがとうございます。お待ちしております」

 色良い返事を貰えたフローレンスは喜色を帯びた声と共に頭を下げると、背筋を伸ばしいい姿勢を保った状態で歩き廊下を去って行った。

「今夜が楽しみじゃのうっ!」
「ボクの予想だと、砒素の期待が叶う事はないと思うのだけれどね」

 ◇

「ひぃちゃんから連絡きたけど、モーズちゃんに春が来たってマァジ!?」

 夕食の時間も終えた夜。
 案内された宿泊施設こと感染病棟付属の看護師寮の空き部屋に、日中、姿を見せなかったカールがやって来る。
 部屋には二段ベッドが二つ導入されていて、下段のベッドに腰をおろした水銀と赤毛の車番、テトラミックスが既にチェスの対戦をしながらくつろいでいた。
 なおラボから来た全員が寝るとなるとベットが1つ足りない計算になるが、珊瑚症罹患者であるモーズには別途個室が用意されており、今晩はそちらで睡眠を取る予定だ。

「あとミックスちゃんもここにいるんだ? いつもみたく車中泊かなって思ってた!」
「俺もそー思っていたんだけど、その件の女の人に連れて来られちゃったー。こんな所で寝ていたら身体が固まって休まらないとか、不衛生だとか不健全とか何とかで」

 テトラミックスは出先で日を跨ぐ事になった場合、トイレやシャワーなどの水場を他所で借りる事はあるものの、それ以外は常に車内で過ごしている。例えクスシや他のウミヘビがホテルに泊まる事になったとしても、ずっと車の中で番人をしている事が常だ。
 クスシ達の足がなくならないよう、控え続けるのもテトラミックスの役目。だが今日は例のフローレンスによって車から引き摺り出され、この部屋に案内されたのだと言う。

「最初は口頭注意でねー。でも俺は車番だしー。って居座っていたら一度引っ込んで、それからどこからともなく斧を持ってきて、車の窓を割ろうとしてきたものだから慌てて出た」
「つ、強ぉい……!」

 運転席のサイドミラー越しに見た、斧を引き摺るフローレンスの姿はさながらホラー映画のワンシーンだったと、テトラミックスは遠い目をして話してくれた。

「モーズには砒素が付いていっているし、大丈夫でしょう。ボク達は好きに過ごしましょうか」
「なぁに言ってるのぉ~! 行くよ! 覗きにっ!!」
「はぁ?」

 カールは水銀が手に持っていたナイトのチェス駒を奪い取って、高らかに宣言する。

「ほらミックスちゃんもっ!」
「えぇ? 俺も?」

 そのままテトラミックスにもベッドから立ち上がるよう促すカール。

「俺ちゃん達はモーズちゃんを守るのもお仕事なんだから、草葉の陰から一部始終を見守らないとじゃんっ!」
「ついさっきまで居なかった奴が何を言っているのかしら……」
「さぁさぁ! こっそり行こうじゃないかっ!」
「とことん人の話を聞かないわねぇ」

 カールは水銀とミックスも巻き込み、意気揚々と約束の場所である庭園へ向かう。
 フローレンスが約束の場所として選んだガゼボの中では既にモーズがガーデンチェアに腰掛けていて、ガーデンテーブルを挟んだ先ではフローレンスも席についている。

「おお、来たか。こっちじゃ、こっち」

 そのガゼボの様子が見られる、少し離れた場所に置かれた飾り柱の陰から砒素がカール達を手招きした。

「今どんな感じっ?」
「丁度、合流したところじゃよ」
「やった~っ!」

 砒素の報告を聞き、うきうきで飾り柱の陰へ走るカール。
 呆れた様子の水銀と、どうでも良さそうなテトラミックスも続いて飾り柱の裏へと身を隠した。

「期待しているところ悪いのだけれど、多分お望みのものは見れないわよ」
「そんなのわかんないじゃん! 俺ちゃん、人類の希望は捨てちゃ駄目だと思うんだ……!」
「ここで壮大な言い回しするところがカールだなぁって感じー」
「やろうとしている事は、ただの覗き見でしょうに……」
「静かにせぬか、お主らっ」

 確かフローレンスの方が一回り年上だったから、このまま付き合う事になったらモーズは姉さん女房を貰う事になるのかな? なんて低俗な会話を交わしつつ、カール達は柱の陰からトーテムポールのように顔を出してじっと観察をする。
 ガゼボでは、ガーデンテーブルの上に置いた暖かく輝くランタンを光源として、モーズとフローレンスの慎ましやかな談話が始まっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...