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第十章 イギリス出張編
第193話 お茶会の誘い
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「おじさま」
電灯が消され、宙に浮かぶ複数のホログラム映像のみが光源となった薄暗い院長室の中で、少女のソプラノ声が囁くように木霊する。
「ねぇ、おじさま。聞こえているのでしょう?」
彼女が誘いをかけているのは院長机の椅子に腰掛け、ホログラム映像を凝視する、ジョンだ。
「お茶会があるの。一緒に行って、くださらない?」
腰をこえるほどの長さを持つストロベリーブロンドをツインテールに結った少女は、レースとフリル、リボンをふんだんにあしらった黒いドレスに身を包んでいて、ビスクドールそのもののようだった。
「とびきり美味しい紅茶をご用意したの。早く行かないと、冷めてしまうわ」
齢13歳になるかどうかに見える、幼く可愛らしい少女。
彼女は院長机の上に腰をおろして、返事を一切返さないジョンに何度も誘いをかけている。
「わたしのお誘い、嫌だったかしら?」
少女は院長机の上に置かれた彼の左手に、レース手袋をはめた自身の小さな右手を重ねて、じっと赤い瞳で見下ろす。
しかしジョンの視線は患者のカルテが載ったホログラム映像にだけ向けられていて、少女は眼中にないようだった。
「それともお顔が、気に入らない?」
パチンッ
スイッチが押される軽快な音と共に、薄暗かった院長室が一気に電灯に照らされ明るくなる。
「暗ぁい!」
電気を付けたのは、院長室へ荒い足取りで入ってきたカールである。
「どーもどーもジョン院長っ! お仕事中失礼しまぁすっ!」
彼はジョンしかいない院長室内を遠慮なく歩き、ホログラム映像が浮かぶ院長机の上に腰をおろした。
「何の用だ。質問があるのならばエドワードに……」
「そ、れ、よ、りっ!」
びしりと、カールはジョンの発言を遮った上で人差し指を向けてくる。
「隠し事とかぁ、ジョン院長らしくなくなくない?」
「…………」
「あっ、もしかして言えない感じっ? 誰かさんに口止めされてるとかぁ?」
「俺が何を話そうが話さまいが、依頼には関係ない。迅速に早急にステージ6を」
「だってぇ、だってぇ。体重計の数値がちょーっと変だっただけで、ステージ6が出たって思わないでしょ~? っていうかぁ、さっき警備室で記録見てきたけど単に誤作動っぽかったよ?」
カールの指摘に、ジョンはフェイスマスクの下で密かにカールから視線をそらした。
つい先程までカールと同じように院長机に腰をおろしていた少女の姿は、ない。煙のように、消えてしまっている。
「俺の知るジョン院長はせっかちさんだけど、早計じゃないし? もっと、確信的な何かがあったんじゃないの~?」
「…………」
ふざけた振る舞いが目立つカールだが、長年クスシをやっているだけあり、彼の観察眼は非常に鋭い。
ここでジョンが偽りを口にしてケムに撒こうとしても、見逃してはくれないとわかる程に。
ジョンは大きく溜め息を吐いた。
「モーズに、感染病棟内の全てを回らせろ。庭園も含めて。それで何もなければ、俺がイカれたというだけだ。人間の脳味噌なぞ信用ならん。ここでお前達に先入観を与えたら、調査結果が狂う」
「あっ、そ。指名してきただけあってモーズちゃん、が肝なのねぇ。そんじゃ俺ちゃん今日は別行動取ろっかな~!」
「別行動?」
「ジョン院長も効率的な方が好きっしょ~? 最強格なウミヘビ2人もモーズちゃんに付けているし、俺ちゃんはちょおっと自由にさせていただきま~すよ~っと!」
「何を言い出すのかと思えば。お前はいつも自由だろうが」
「はっはっはっはっ!」
そこでひょいと、軽い身のこなしで院長机から降りるカール。
「あっ、そうそうジョン院長っ! 病棟のセキュリティ気にしてたよね~?」
「あぁ。早速、不備が見つかったか?」
「いやぁ? 不備は見付けてないよぉ? 不足は、あるかもっ! ジョン院長もこないだの学会で薄々気付いているかもだけどぉ」
カールはくるくると踊るように何度かその場を回った後、彼は宙に浮いていたホログラム映像をちょいちょいと指でつつく。
電子機器を経由して投影された、ホログラム映像を。
「『珊瑚』は電気を操ってセキュリティの突破ないし破壊ができる可能性がある。電気に頼るところが多い病棟だと、危ない……かもねっ?」
◇
「エドワード副院長」
砒素が曲芸を見せ、水銀が簡単なファッションコーディネートを子供達に教えている遊戯室の中に、一人の女性が入室してくる。
氷の結晶が大きく描かれたフェイスマスクで顔を覆った女性。背筋をぴんと伸ばし、芯の通った声で喋る彼女は、看護服に身を包んでいた。
「フローレンス看護師長。どうしましたか?」
「お客様にご利用いただく宿泊所の案内をお持ちいたしました」
エドワードに『フローレンス』と呼ばれたその女性は、エドワードに案内が記された書類が入った透明ファイルを手渡している。
「手配ありがとうございます、フローレンス看護師長」
「それから、そろそろ夕餉のお時間が近付いてきましたので、子供達を興奮させるのもほどほどに」
「わかりま……えっ、もうそんな時間ですかっ!?」
エドワードがはっとして遊戯室の壁にかけられたアナログ時計を見てみると、長針は5時を指し短針は30を指し、と、夕飯の時間である18時が迫っていることを表している。
長居をさせ過ぎてしまった事に、エドワードは慌ててモーズへ頭を下げた。
「すみません、今日は全くご案内できませんでしたね」
「いえ、お気になさらず。そもそも私達がこちらに到着したのが午後で遅い時間でしたし」
「本当にすみません。移動でお疲れでしょうし、早く休めるよう早速、宿泊所まで案内しますね。えっと、カールさんは……」
「彼の端末に連絡を入れておきますので、気にしなくて大丈夫かと。お二方、宿泊所を案内してくださるそうだ。行こう」
モーズは子供達に囲まれていた砒素と水銀に声をかけ、退室を促す。
「ばいば~い」
「また来てねぇ~」
「ばいばいじゃ!」
「ま、気が向いたらね」
何だかんだ打ち解けていたらしい2人は子供達に向けて軽く手を振って、モーズと共に遊戯室を出たのであった。
電灯が消され、宙に浮かぶ複数のホログラム映像のみが光源となった薄暗い院長室の中で、少女のソプラノ声が囁くように木霊する。
「ねぇ、おじさま。聞こえているのでしょう?」
彼女が誘いをかけているのは院長机の椅子に腰掛け、ホログラム映像を凝視する、ジョンだ。
「お茶会があるの。一緒に行って、くださらない?」
腰をこえるほどの長さを持つストロベリーブロンドをツインテールに結った少女は、レースとフリル、リボンをふんだんにあしらった黒いドレスに身を包んでいて、ビスクドールそのもののようだった。
「とびきり美味しい紅茶をご用意したの。早く行かないと、冷めてしまうわ」
齢13歳になるかどうかに見える、幼く可愛らしい少女。
彼女は院長机の上に腰をおろして、返事を一切返さないジョンに何度も誘いをかけている。
「わたしのお誘い、嫌だったかしら?」
少女は院長机の上に置かれた彼の左手に、レース手袋をはめた自身の小さな右手を重ねて、じっと赤い瞳で見下ろす。
しかしジョンの視線は患者のカルテが載ったホログラム映像にだけ向けられていて、少女は眼中にないようだった。
「それともお顔が、気に入らない?」
パチンッ
スイッチが押される軽快な音と共に、薄暗かった院長室が一気に電灯に照らされ明るくなる。
「暗ぁい!」
電気を付けたのは、院長室へ荒い足取りで入ってきたカールである。
「どーもどーもジョン院長っ! お仕事中失礼しまぁすっ!」
彼はジョンしかいない院長室内を遠慮なく歩き、ホログラム映像が浮かぶ院長机の上に腰をおろした。
「何の用だ。質問があるのならばエドワードに……」
「そ、れ、よ、りっ!」
びしりと、カールはジョンの発言を遮った上で人差し指を向けてくる。
「隠し事とかぁ、ジョン院長らしくなくなくない?」
「…………」
「あっ、もしかして言えない感じっ? 誰かさんに口止めされてるとかぁ?」
「俺が何を話そうが話さまいが、依頼には関係ない。迅速に早急にステージ6を」
「だってぇ、だってぇ。体重計の数値がちょーっと変だっただけで、ステージ6が出たって思わないでしょ~? っていうかぁ、さっき警備室で記録見てきたけど単に誤作動っぽかったよ?」
カールの指摘に、ジョンはフェイスマスクの下で密かにカールから視線をそらした。
つい先程までカールと同じように院長机に腰をおろしていた少女の姿は、ない。煙のように、消えてしまっている。
「俺の知るジョン院長はせっかちさんだけど、早計じゃないし? もっと、確信的な何かがあったんじゃないの~?」
「…………」
ふざけた振る舞いが目立つカールだが、長年クスシをやっているだけあり、彼の観察眼は非常に鋭い。
ここでジョンが偽りを口にしてケムに撒こうとしても、見逃してはくれないとわかる程に。
ジョンは大きく溜め息を吐いた。
「モーズに、感染病棟内の全てを回らせろ。庭園も含めて。それで何もなければ、俺がイカれたというだけだ。人間の脳味噌なぞ信用ならん。ここでお前達に先入観を与えたら、調査結果が狂う」
「あっ、そ。指名してきただけあってモーズちゃん、が肝なのねぇ。そんじゃ俺ちゃん今日は別行動取ろっかな~!」
「別行動?」
「ジョン院長も効率的な方が好きっしょ~? 最強格なウミヘビ2人もモーズちゃんに付けているし、俺ちゃんはちょおっと自由にさせていただきま~すよ~っと!」
「何を言い出すのかと思えば。お前はいつも自由だろうが」
「はっはっはっはっ!」
そこでひょいと、軽い身のこなしで院長机から降りるカール。
「あっ、そうそうジョン院長っ! 病棟のセキュリティ気にしてたよね~?」
「あぁ。早速、不備が見つかったか?」
「いやぁ? 不備は見付けてないよぉ? 不足は、あるかもっ! ジョン院長もこないだの学会で薄々気付いているかもだけどぉ」
カールはくるくると踊るように何度かその場を回った後、彼は宙に浮いていたホログラム映像をちょいちょいと指でつつく。
電子機器を経由して投影された、ホログラム映像を。
「『珊瑚』は電気を操ってセキュリティの突破ないし破壊ができる可能性がある。電気に頼るところが多い病棟だと、危ない……かもねっ?」
◇
「エドワード副院長」
砒素が曲芸を見せ、水銀が簡単なファッションコーディネートを子供達に教えている遊戯室の中に、一人の女性が入室してくる。
氷の結晶が大きく描かれたフェイスマスクで顔を覆った女性。背筋をぴんと伸ばし、芯の通った声で喋る彼女は、看護服に身を包んでいた。
「フローレンス看護師長。どうしましたか?」
「お客様にご利用いただく宿泊所の案内をお持ちいたしました」
エドワードに『フローレンス』と呼ばれたその女性は、エドワードに案内が記された書類が入った透明ファイルを手渡している。
「手配ありがとうございます、フローレンス看護師長」
「それから、そろそろ夕餉のお時間が近付いてきましたので、子供達を興奮させるのもほどほどに」
「わかりま……えっ、もうそんな時間ですかっ!?」
エドワードがはっとして遊戯室の壁にかけられたアナログ時計を見てみると、長針は5時を指し短針は30を指し、と、夕飯の時間である18時が迫っていることを表している。
長居をさせ過ぎてしまった事に、エドワードは慌ててモーズへ頭を下げた。
「すみません、今日は全くご案内できませんでしたね」
「いえ、お気になさらず。そもそも私達がこちらに到着したのが午後で遅い時間でしたし」
「本当にすみません。移動でお疲れでしょうし、早く休めるよう早速、宿泊所まで案内しますね。えっと、カールさんは……」
「彼の端末に連絡を入れておきますので、気にしなくて大丈夫かと。お二方、宿泊所を案内してくださるそうだ。行こう」
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「ばいば~い」
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