毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
201 / 600
第十章 イギリス出張編

第198話 透明少女

しおりを挟む
「あっ! 噂をすれば~、ジョン院長とフローレンス看護師長がいるよ~っ!」

 話がひと段落した所で、エドワードとモーズの間に割って入るようにカールがやって来た。
 今まで最後尾を歩き不気味なほど無言でいた彼は診察室や待合所よりずっと奥、建物の外にある渡り廊下に立つジョンとフローレンスの姿を見てはしゃいだような声をあげる。

「院長達がいるのは隔離病棟に続く廊下です。現在、隔離病棟にいる患者はいませんが……。その、庭園でサッカーボールを持った男の子を見たでしょう? 『キッド』という名の子なんですが。……あの子はもう、限界でして」

 心なしか薄暗く感じる渡り廊下。その先にある、隔離病棟。
 ステージ4となったと判断された患者が入院する場所。

「鎮静剤の準備を、しているのだと思います」
「それは、つまり……」
「はい。明日から、コールドスリープに回されてしまいます」

 安楽死もしくは仮死状態コールドスリープ処理を施される、処置室。
 幼いキッドは両親の希望もありコールドスリープをする運びとなったが、治療方法が見付かっていない今、次にいつ目覚めるのかは未知数だ。
 『未来の可能性へ託し眠らせる』と言えば聞こえはいいものの、それが10年後になるか100年後になるか、誰もわからない。家族と再び会える保証もない。冬眠から目覚めないまま亡くなる動物がいるのと同じように、治療方法が見付かるまで生命を維持できず亡くなる可能性も無視できない割合である。
 実質、死なせるのと同じである。
 エドワードは白衣の裾を力強く握り締めている。無力な自分を責めているのだろう。

 しかし医療とは地道な研究の元に発展するもの。ここで自責をしても精神を削るだけだ。
 モーズは話をそらそうと、ジョンの側を歩く、浮世離れした少女を話題に出す事とした。

「しかし、あの患者服を着ていない少女……。見るからに部外者ですが、もしかして彼女はジョン院長のお子さんですか?」
「はい?」
「はぁ?」
「おなご?」

 がしかし、何気なく聞いたつもりの少女の存在は、エドワードは勿論、後ろを歩いていた水銀と砒素にも通じなかった。
 皆が首を傾げる意味がわからず、モーズは困惑する。

「えーっと、モーズちゃん? どの辺に女の子がいっるの~かなぁ?」
「えっ? ジョン院長の左手を握って、寄り添うように一緒に立っていますが?」

 カールにも通じていなかった少女の存在。
 彼女がどこにいるのか具体的に言えばわかるだろうかと、モーズが戸惑いながら答えると、カールはすかさずジョンの方を指差し、叫んだ。

「……銀ちゃん! 熱探知!!」
「ボクをサーモグラフィー扱いしないで頂戴。仕方ないから応えてあげるけれど」

 カールに命じられた水銀は、病棟内を疾走する。
 待合所を行き交う人々をすり抜けるように走り、無駄なく、素早く、瞬く間に渡り廊下へ駆けて行く。

「えっ? えっ?」
「おなごの姿なぞ何処にもおらぬぞ?」
「そ、そんな。あんなにはっきりと、黒いドレスを着た少女が見えるのに?」

 モーズが状況を飲み込めていない内にも、水銀はジョン達の元へ辿り着くとハイヒールを鳴らして歩み寄る。

「フローレンス、届いたか?」
「いいえ、届いておりません」
「失礼するわ」

 そして彼はフローレンスと問答を交わすジョンの前で、頭に乗せていた小さな銀色のシルクハットを手に取った。

「何の用だ」
「下調べよ。万が一があるから、マスクは外さないように」

 水銀はそのシルクハットを斜めにして持つと――振り上げた。
 直後、シルクハットの中からは蓮の花弁を模した無数の液体金属が舞い散り、廊下に降り注ぐ。
 銀の花吹雪は廊下を煌めかせ、金属光沢の反射が鏡の如く周囲を映し取る。だがその花弁状の液体金属に、少女の姿は映っていない。

「居ない。いえ、少し違うわね。

 尤も姿が見えずとも、水銀は銀の花吹雪を介して『熱探知』を行い、不自然な冷熱源を感じ取っていた。
 小さな冷熱源。人の形には到底届かないサイズの熱源。精々、虫ケラサイズの冷熱源。
 それがジョンの左手首にへばり付き、彼の体温を放出する形で体表を冷やしている。

「ちょっといいかしら」

 水銀は直ぐに不自然な冷熱源ことジョンの左手首を掴み、白衣の裾をめくって露出させた。
 彼の左手首には、モーズ達も使う腕時計型電子機器が着けられている。金属製故にそれが熱を奪うことそのものは不自然ではないが、肌身離さず付けている物に常時体温が奪われる事なぞ普通は起きえない。

「貴方、この腕時計はいつも着けているのかしら?」
「基本的に起きている間は常に着けている。それがどうした」
「消毒は?」
「定期的にしている」
「ちなみに最後に消毒をしたのは今朝9時です」

 ジョンの行動を把握しているフローレンスが淡々と答える。

「ふぅん。経緯はわからないけれど……のだから、何処からか入り込んだわね?」

 水銀は散らした花弁を宙に浮かせ、シルクハットの中へと収納しながらジョンの腕時計を凝視した。
 キノコ、または真菌や酵母の作るコロニーは自身の水分を蒸発させ気化熱を奪うことにより、周囲の温度を下げる機能を持つ。冬虫夏草の仲間とされる『珊瑚』も同じ事で、ある程度の塊となると熱を奪う性質を持つ。
 つまり彼の腕時計には、『珊瑚』の塊が、付着している。
 感染病棟内である以上、感染者こと『珊瑚』保菌者である患者が多くいるのは当たり前で、徹底的に消毒や殺菌を施しても人間を介して『珊瑚』は入ってくるのはわかる。
 だがジョンに付着している『珊瑚』は感染者が保菌している『珊瑚』とは、一味違った。

「貴方に付着している『珊瑚』こそ、ステージ6のものよ?」

 蠢いているのだ、『珊瑚』の、真菌が。
 尤も肉眼では『珊瑚』の姿は確認できない。腕時計に擬態しているのか何なのか、ある程度の塊になっている筈なのに透明だ。
 だが熱の動きを感じ取れる水銀には、腕時計を中心に『珊瑚』がジョンの左手首で蠢いているのがはっきりとわかった。

「ステージ6の真菌か。是非とも採取し、培養して研究したい所だが……」
「危険すぎるから良しなさい。ほら外す」

 水銀はジョンの意向を無視しちゃっちゃと腕時計を外させると、既に消毒液を構えていたフローレンスへ渡す。
 腕時計を渡されたフローレンスは無言で的確に、殺菌処理を施した。

「貴方自身も消毒した方がいいでしょうね。モーズ曰く、少女に付き纏われているみたいよ?」
「少女……。容姿はわかるか?」
「黒いドレスを着た子。その子が貴方の側に寄り添っている。らしいわ」
「……そうか」
【まぁ、モーズ。あの紳士こそ、『アレキサンドライト』なのね。うふふ、とっても素敵。話に聞いた時よりも、ずぅっと、

 その時、ソプラノの声が、囁くようにジョンの頭の中に響く。水銀にもフローレンスにも聞こえていない、あどけない少女の声。
 腕時計を外してもなお、消毒してもなお、少女はジョンの視界から消えていない。

【でもわたしは、おじさまのお相手を任された身だから、お誘いできないの。残念だわ】

 水銀の勧め通り、頭から消毒を施した方がいいのかもしれない。ステージ6の物とされる『珊瑚』が何処から入り込んだのか調べるのはその後でもできる。
 しかしこれで現状、真菌だけとはいえステージ6の出現は確定した。ジョンは災害に備える為にフローレンスへ指示をくだす。

「フローレンス、予定変更だ。今すぐに国連軍へ連絡を……」
【おじさま? 蛇だけじゃ飽き足らず、兵隊さんまで呼んでしまうの? 酷いわ、わたしの嫌いなものばかり。……少し、お仕置きがいるかしら?】

 するとジョンの言葉を遮るように、少女の冷え切った声が、頭に響いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...