毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第199話 眠らない子供たち

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「ジョン院長、如何なさいました?」
「い、いや。気にするな。それよりもフローレンス、国連軍へ連絡を」
【そうだわ。お庭で遊んで貰いましょう。薔薇が素敵なお庭。あぁ、でも、『オニキス』は乱暴な男の子だから、薔薇を枯らしてしまうかしら?】

 少女はジョンの左手を握る。花弁を両手で包み込むように、優しく愛おしげに。

【でも、いいわよね? ずぅっと、わたしの話を聞いてくださらなかった、おじさまへの罰だもの】

 その言葉を聞いたジョンは少女の手を振り払い、絶呼した。

「エドワード! クスシとウミヘビを連れ庭園へ向かえ!」
「はいっ!?」
「そして庭園にいる患者をシェルターに連れて行け! 今すぐにだ!!」
「わ、わかりましたっ!」

 唐突な指示だったものの、エドワードは素直に聞き入れてモーズとカール、そして砒素を連れて庭園へ向かって走る。
 ただジョンの側にいた水銀だけは動かず、その場に留まっていた。

「慌ただしいわねぇ」
「お前も向かえ」
「ボクに命令しないで頂戴な。ステージ6の痕跡が残っている場所から、全員が離れる訳にはいかないでしょう?」
【嫌だわ、おじさま。わたし、とっても怖いわ。蛇よ、蛇。大きなお口を開けて、獲物を丸呑みしてしまうの。追い払ってくださらない?】
「無駄な気遣いだ。俺はこのまま、無菌室クリーンルームで全身の消毒殺菌をする。ステージ6とやらの痕跡が消えてしまうのは残念だが、それで当面の危険性はな」
【駄目よ、おじさま。お茶会の誘いに応えないまま、わたしから離れようだなんて】

 ぞわり。ジョンの背筋に悪寒が走る。
 理由のわからない、本能的な恐怖、嫌悪感、忌避感。それを視界の左端に映る少女から、感じる。

【わたしまで乱暴しなくちゃ、いけなくなるじゃない】

 ◇

「すみません、緊急事態故に走っています! 道を開けてください!」
「同じく、失礼します!」
「忙しないのぅ」

 病棟内にいる患者や医師や看護師に断りを入れながら、エドワードは庭園に向け走る。モーズもそれに続く。
 切羽詰まった様子の彼らと異なり涼しい顔で歩くように移動する砒素は、同じく余裕そうな様子で隣を走るカールを横目で見た。

「カールよ。水銀をあの場に置いていったが、よいのか?」
「銀ちゃんならどうとでも対処できるからね~。できれば俺も残りたかったけど、今はモーズちゃん優先っ!」

 やがて4人はエントランスまで辿り着き、出入り口に設置された自動ドアの前で開閉を待つまでになった。
 しかしそのタイミングで、病棟の医師がエドワードに駆け寄り声をかけてきた。

「エドワード副院長! お忙しい所、失礼します!」
「何だい!? 手短に……っ!」
「実はキッドくんの姿が見えなくて、心当たりないでしょうか!」
「えっ!? キッドがいない!?」

 理性をなくしてしまうステージ4目前、と診断されているキッドの姿が見えない。それはエドワードにとって聞き流せない事態だった。

「投薬の時間だというのに、ついさっき診察室を抜け出してしまって……!」
「もし庭園に居たら危ないかもしれません! エドワードさん、急ぎましょう!」
「は、はいっ! すまない、見かけたら連絡する!」

 エドワードはモーズと共に更に走る足を早め、出入り口を抜けて庭園へと向かった。
 そして庭園にいた病棟の職員と連携し、災害発生の危険があるとして患者へ避難指示を出しつつ、エドワードはキッドを探す。

「キッド! キッドどこだい!? クッキーの用意ができたんだ、僕とこっそり貰いに行こう! キッド!」

 もしもキッドが庭園に居たとしたら、この呼びかけに応えてくれるはず。
 そう信じてエドワードが迷宮ラビリンス状の庭園を走り回っていると、生垣の曲がり角からひょっこりと、サッカーボールを持った男の子キッドが顔を出した。

「あ、エド先生~っ!」
「キッド! あぁ、よかった!」

 あっさりと見付けられた事に、エドワードは胸を撫で下ろしながらキッドへ駆け寄る。
 キッドは心配されていた事など露知らぬ様子で、サッカーボールを抱きしめ嬉しそうに喋り出す。

「ねぇエド先生っ! ぼく今日から寝なくてもいいんだって!」
「ね、寝なくてもいい?」

 エドワードは困惑する。何せキッドは眠らなくていいどころか、これからコールドスリープの処理を受けてずっと眠る事になるのだ。
 24時間365日。仮死状態という名の眠りに半永久的につく。
 なのにどうして、はしゃいだ様子で「寝なくていい」という言葉が出てくるのか、意味がわからなかった。

「あのお兄ちゃんが言ってたんだ!」

 だがキッドは直ぐにその答えを教えてくれた。生垣の曲がり角の奥を指差し、その先で立って居た黒服の少年に、この事を教わったのだと。
 黒い髪に黒い瞳に黒い爪をした、真っ黒い少年。彼の姿を見たモーズはマスクの下でぎょっと目を見開いた。

「オニキス……!?」
「あっ、モーズだぁ。久しぶりだねぇ~」

 ペガサス教団のエンブレムが付いた黒服を見に纏う、ドイツの菌床で出会った少年、『オニキス』。
 足に穴が空いても動き、感染者や菌糸を操り、モーズ達を追い詰めてきた推定ステージ6。
 モーズは直ぐにエドワード達の前に出て、オニキスから距離を取るよう進言した。

「いけない! 2人とも下がって……!」
「ねぇねぇ、サッカーしようよ! ここのお庭広いからずっと遊んでいられるよ~っ!」

 年相応に、いや外見年齢よりもいくばか幼い言動で、無邪気に笑うオニキス。
 彼の誘いに魅せられて、キッドがエドワードの元から離れようとしたものだから、エドワードは慌ててキッドの肩を掴んで静止させた。

「駄目だキッド! ほら、知らない人と下手に関わっちゃ駄目だろう!?」
「でもエド先生、お兄ちゃんはぼくが寝なくていい方法を知っているんだって。ずっとサッカーできるんだって!」
「オニキス! キッドくんに何を吹き込んで……!」
「何で怒っているの、モーズ? 嘘じゃないよ! だって僕たちに、睡眠なんて要らないものっ!」

 ――寄生菌が眠るとでも?
 いつだかユストゥスに告げられた言葉が、モーズの脳裏に過ぎった。
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