毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第198話 透明少女

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「あっ! 噂をすれば~、ジョン院長とフローレンス看護師長がいるよ~っ!」

 話がひと段落した所で、エドワードとモーズの間に割って入るようにカールがやって来た。
 今まで最後尾を歩き不気味なほど無言でいた彼は診察室や待合所よりずっと奥、建物の外にある渡り廊下に立つジョンとフローレンスの姿を見てはしゃいだような声をあげる。

「院長達がいるのは隔離病棟に続く廊下です。現在、隔離病棟にいる患者はいませんが……。その、庭園でサッカーボールを持った男の子を見たでしょう? 『キッド』という名の子なんですが。……あの子はもう、限界でして」

 心なしか薄暗く感じる渡り廊下。その先にある、隔離病棟。
 ステージ4となったと判断された患者が入院する場所。

「鎮静剤の準備を、しているのだと思います」
「それは、つまり……」
「はい。明日から、コールドスリープに回されてしまいます」

 安楽死もしくは仮死状態コールドスリープ処理を施される、処置室。
 幼いキッドは両親の希望もありコールドスリープをする運びとなったが、治療方法が見付かっていない今、次にいつ目覚めるのかは未知数だ。
 『未来の可能性へ託し眠らせる』と言えば聞こえはいいものの、それが10年後になるか100年後になるか、誰もわからない。家族と再び会える保証もない。冬眠から目覚めないまま亡くなる動物がいるのと同じように、治療方法が見付かるまで生命を維持できず亡くなる可能性も無視できない割合である。
 実質、死なせるのと同じである。
 エドワードは白衣の裾を力強く握り締めている。無力な自分を責めているのだろう。

 しかし医療とは地道な研究の元に発展するもの。ここで自責をしても精神を削るだけだ。
 モーズは話をそらそうと、ジョンの側を歩く、浮世離れした少女を話題に出す事とした。

「しかし、あの患者服を着ていない少女……。見るからに部外者ですが、もしかして彼女はジョン院長のお子さんですか?」
「はい?」
「はぁ?」
「おなご?」

 がしかし、何気なく聞いたつもりの少女の存在は、エドワードは勿論、後ろを歩いていた水銀と砒素にも通じなかった。
 皆が首を傾げる意味がわからず、モーズは困惑する。

「えーっと、モーズちゃん? どの辺に女の子がいっるの~かなぁ?」
「えっ? ジョン院長の左手を握って、寄り添うように一緒に立っていますが?」

 カールにも通じていなかった少女の存在。
 彼女がどこにいるのか具体的に言えばわかるだろうかと、モーズが戸惑いながら答えると、カールはすかさずジョンの方を指差し、叫んだ。

「……銀ちゃん! 熱探知!!」
「ボクをサーモグラフィー扱いしないで頂戴。仕方ないから応えてあげるけれど」

 カールに命じられた水銀は、病棟内を疾走する。
 待合所を行き交う人々をすり抜けるように走り、無駄なく、素早く、瞬く間に渡り廊下へ駆けて行く。

「えっ? えっ?」
「おなごの姿なぞ何処にもおらぬぞ?」
「そ、そんな。あんなにはっきりと、黒いドレスを着た少女が見えるのに?」

 モーズが状況を飲み込めていない内にも、水銀はジョン達の元へ辿り着くとハイヒールを鳴らして歩み寄る。

「フローレンス、届いたか?」
「いいえ、届いておりません」
「失礼するわ」

 そして彼はフローレンスと問答を交わすジョンの前で、頭に乗せていた小さな銀色のシルクハットを手に取った。

「何の用だ」
「下調べよ。万が一があるから、マスクは外さないように」

 水銀はそのシルクハットを斜めにして持つと――振り上げた。
 直後、シルクハットの中からは蓮の花弁を模した無数の液体金属が舞い散り、廊下に降り注ぐ。
 銀の花吹雪は廊下を煌めかせ、金属光沢の反射が鏡の如く周囲を映し取る。だがその花弁状の液体金属に、少女の姿は映っていない。

「居ない。いえ、少し違うわね。

 尤も姿が見えずとも、水銀は銀の花吹雪を介して『熱探知』を行い、不自然な冷熱源を感じ取っていた。
 小さな冷熱源。人の形には到底届かないサイズの熱源。精々、虫ケラサイズの冷熱源。
 それがジョンの左手首にへばり付き、彼の体温を放出する形で体表を冷やしている。

「ちょっといいかしら」

 水銀は直ぐに不自然な冷熱源ことジョンの左手首を掴み、白衣の裾をめくって露出させた。
 彼の左手首には、モーズ達も使う腕時計型電子機器が着けられている。金属製故にそれが熱を奪うことそのものは不自然ではないが、肌身離さず付けている物に常時体温が奪われる事なぞ普通は起きえない。

「貴方、この腕時計はいつも着けているのかしら?」
「基本的に起きている間は常に着けている。それがどうした」
「消毒は?」
「定期的にしている」
「ちなみに最後に消毒をしたのは今朝9時です」

 ジョンの行動を把握しているフローレンスが淡々と答える。

「ふぅん。経緯はわからないけれど……のだから、何処からか入り込んだわね?」

 水銀は散らした花弁を宙に浮かせ、シルクハットの中へと収納しながらジョンの腕時計を凝視した。
 キノコ、または真菌や酵母の作るコロニーは自身の水分を蒸発させ気化熱を奪うことにより、周囲の温度を下げる機能を持つ。冬虫夏草の仲間とされる『珊瑚』も同じ事で、ある程度の塊となると熱を奪う性質を持つ。
 つまり彼の腕時計には、『珊瑚』の塊が、付着している。
 感染病棟内である以上、感染者こと『珊瑚』保菌者である患者が多くいるのは当たり前で、徹底的に消毒や殺菌を施しても人間を介して『珊瑚』は入ってくるのはわかる。
 だがジョンに付着している『珊瑚』は感染者が保菌している『珊瑚』とは、一味違った。

「貴方に付着している『珊瑚』こそ、ステージ6のものよ?」

 蠢いているのだ、『珊瑚』の、真菌が。
 尤も肉眼では『珊瑚』の姿は確認できない。腕時計に擬態しているのか何なのか、ある程度の塊になっている筈なのに透明だ。
 だが熱の動きを感じ取れる水銀には、腕時計を中心に『珊瑚』がジョンの左手首で蠢いているのがはっきりとわかった。

「ステージ6の真菌か。是非とも採取し、培養して研究したい所だが……」
「危険すぎるから良しなさい。ほら外す」

 水銀はジョンの意向を無視しちゃっちゃと腕時計を外させると、既に消毒液を構えていたフローレンスへ渡す。
 腕時計を渡されたフローレンスは無言で的確に、殺菌処理を施した。

「貴方自身も消毒した方がいいでしょうね。モーズ曰く、少女に付き纏われているみたいよ?」
「少女……。容姿はわかるか?」
「黒いドレスを着た子。その子が貴方の側に寄り添っている。らしいわ」
「……そうか」
【まぁ、モーズ。あの紳士こそ、『アレキサンドライト』なのね。うふふ、とっても素敵。話に聞いた時よりも、ずぅっと、

 その時、ソプラノの声が、囁くようにジョンの頭の中に響く。水銀にもフローレンスにも聞こえていない、あどけない少女の声。
 腕時計を外してもなお、消毒してもなお、少女はジョンの視界から消えていない。

【でもわたしは、おじさまのお相手を任された身だから、お誘いできないの。残念だわ】

 水銀の勧め通り、頭から消毒を施した方がいいのかもしれない。ステージ6の物とされる『珊瑚』が何処から入り込んだのか調べるのはその後でもできる。
 しかしこれで現状、真菌だけとはいえステージ6の出現は確定した。ジョンは災害に備える為にフローレンスへ指示をくだす。

「フローレンス、予定変更だ。今すぐに国連軍へ連絡を……」
【おじさま? 蛇だけじゃ飽き足らず、兵隊さんまで呼んでしまうの? 酷いわ、わたしの嫌いなものばかり。……少し、お仕置きがいるかしら?】

 するとジョンの言葉を遮るように、少女の冷え切った声が、頭に響いた。
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