毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第233話 太陽の花

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 チッ、チッ、チッ、チッ
 寄宿舎の自室の壁にかけられた、アナログ時計。その短針は夜中の3時を指し示していた。
 当然ながら遮光カーテンの向こう側は真っ暗で、夜遅くまでラボで仕事をしているクスシ達も流石に寝ているだろう時間。

(変な時間に起きてしまった……)

 そんな半端な時間に目が覚めてしまったモーズは、懐かしい夢を見た所為か一度起きる気になれず、ベッドから身体を起こすと、作業机の卓上ライトを点灯して椅子に腰掛けた。
 そこで視界に入ったのは、ルチルから貰ったタイル・コースターだ。ペガサス座がデザインされた、コースター。

(ペガサス教団のイコンに描かれていた『一つ目』……。ルチル医師ならば正体を知っているだろうか?)

 メモに書かれていたルチルの連絡先は控えてある。訊こうと思えばいつでも訊ける。
 パラスで彼と会食をした時の発言から、教団の集会でステージ6と接触していたと思われるルチルなら、彼らの動向や目的を何かしら知っているかもしれない。

(とは言え、イギリスでの事もあり私はペガサス教団との接触は厳禁と命じられてしまっている。たまたま居合わせたのならばまだしも、私から近付くのは危険だと。元々クスシはペガサス教団への深入りは副所長から禁止されているから、順当な判断なのだろうが……)

 クスシの規約の1つ、『ペガサス教団の詮索禁止令』は副所長によって定められた規約である。
 ペガサス教団は珊瑚症研究とは関係なく、構うだけ無駄だから国連警察に対応を任せろ、というのが副所長の見解らしい。だが、治療を放置した信徒が多くいるペガサス教団はステージ4や5、今となってはステージ6も所属している組織。
 まだまだ未知数なステージ6との接触ができる可能性があるというのに、実際、アメリカやパラス、イギリスで突発的な大災害を引き起こしたというのに、その規約の見直しは頑なにされていない。

(その真意が何なのかは、副所長に直接訊かなければわからないか)

 この副所長の定めた規約を破ると厳罰が待っている、とはカールの弁だ。恐らく彼は規約を破った事があるのだろう。そして実際に厳罰を受けたのであろう。好奇心が旺盛で、身体的にも精神的にも自由でタフなカールでさえ従っている規約。
 重要な意味があると推測できるが、その真意はクスシの誰も知らない。

(答えを知りようもない事を考えていても仕方ない。また散歩でもして、思考をクリアにするか)

 そうして自室を出る時に、ほんの一瞬、赤い人影が視界の右端に見えた気がした。
 前よりも、近い距離で。

 ◇

 モーズが夜の散歩先として選んだ場所は、ラボの展望台であった。今夜も雲一つない晴天。星空は何物にも遮られる事なく輝いている。心を落ち着かせるには最適だと、モーズは前回の訪問で学んだ。
 真夜中という時間が時間なので展望台は無人だと思っていたのだが、先客が居た。
 セレンとよく似た背格好をしたウミヘビ、テルルだ。
 今夜は望遠鏡を使わずにブロックソファに腰掛け、夜空ではなく月が映る海の方へ視線を向け、ぼんやりと夜風に吹かれている。

「ええと、失礼」

 モーズは恐る恐るテルルの隣の席に座ってみる。テルルから返事はなかったが、嫌がる素振りもなく動かないので、近付いた事を許されたと思う事とした。
 テルルは動くのも喋るのも億劫だっただけな気もしたが。

「こんな時間まで起きているとは……。いや、ウミヘビの睡眠リズムは人間と異なるのだったか。その気になれば5日間一睡もしなくとも平気だとか」
「…………」

 一方的に喋り掛けてみるが、やはりテルルからの返事はない。ただ聞こえてはいるはずだ。
 意図的に無視する姿勢は青洲に似ている所があるな、とモーズは心の中で思った。寡黙で言葉数が少なく、喋ったとしてもゆっくりとした口調で間が独特。何よりコミニケーションを避けがちと、共通点が多い。
 3日後にはその意思疎通に癖のある青洲と日本へ向かうのだ。テルルともう少し親しくなりたいのと、寡黙な性格の者と喋る練習も兼ねて、一方的になるとわかりつつもモーズは話しかける事とした。

「3日後、私は日本へ向かう事となった。ウミヘビ達への土産は何がいいだろうな。流石に全員分は購入できないが、少なくとも世話になっているセレンには用意したいと思っている」
「…………」
「訪日するのは初めての経験になる。他国に比べて英語の普及率が低く言葉が通じ難いと聞いた。翻訳機を使う予定ではあるが、それも初めて使う。スムーズに会話ができるのか、まだ不安だな」
「…………」
「そうだ。飛行機のパイロットを務めてくれるヒドラジンにも礼を用意しなくては。アメリカ遠征時にも世話になったのだし。彼の好きな物は何だろうな。テトラミックスには以前、イギリス感染病棟の売店で売っていたロンドンバスの置物を差し入れした事があるが、ヒドラジンの場合は宇宙に関する物が喜ばれるだろうか? 例えば以前、月がデザインされたロケットペンダントを露店で見た事がある。そのようなアクセサリーでも……」
「…………。私に」

 喋った。
 言葉を返してくれると思っていなかったモーズは驚愕しつつ、彼の言葉を聞き逃さないよう静かに傾聴する。

「私に、何を……期待する」
「期待?」

 話しかけてくるモーズは自分に何かを期待していると思ったようで、テルルは端的に要望を聞き出そうとしてきた。
 しかし実際にはモーズからの要望は特に何もない。ただ話してみたかっただけである。

「ううむ、期待は、特にしていないな。ただ私の事を少しでも知って貰いたかっただけというか……。私は君達を管理する立場の、クスシだから。煩わしかったのならば謝ろう」
「…………。珍妙な、クスシ……」
「私はやはり珍妙なのか……」

 そこでふと、テルルは銀白色の瞳を伏せ、少しうつむいた。そしてその状態のまま口を開く。

「……ヒドラジンは、惑星を閉じ込めた……クリスタルボールを好む」
「えっ。ほ、本当か!?」
「それから……。シャグマアミガサタケ……」
「うん? しゃぐまあみがさたけ……? ……あ、キノコの事か! 有益な情報、感謝する! 日本で入手できるかはわからないが、探してみよう!」

 まさか具体的な内容を教えてくれるとは思ってもおらず、反応が少し遅れてしまったものの、モーズはポケットに入れていた携帯端末を手に取るとメモをした。
 ちなみにシャグマアミガサタケは毒キノコの事である。毒抜きすれば食べられるので食用に販売している国もあるが、そのまま食べたらキノコに含まれるヒドラジン化合物の毒で致死に至るという、極めて危険な代物。

(ついでにセレンの事も教えて貰いたいが、込み入った事情があるそうだし難しいか。どうもウミヘビは自身の毒素が含まれる食材を好むようだから、魚か豚の缶詰でも……)
「セレンは、……向日葵を」

 しかしテルルは事情があるらしいセレンの事までも、話してくれた。
 向日葵。黄色い花弁を付けた大輪の花。太陽を追いかけ向きを変える向日性の花。丁度、今の季節に咲き誇る黄色い夏の花。

「向日葵を見ると、笑って、いたな……」

 そういえばセレンは以前、中毒症状によって長らく眠っていたニコチンが目覚めた際、見舞いとして黄色い花束を用意していた。もしかすると彼の好きな花と思われる、向日葵を参考に用意していたのかもしれない。
 太陽の花向日葵を好むセレン。月は太陽光の反射によって輝いている事を考えると、なんだか納得できてしまう。
 だがそんなセレンの事を語るテルルは、酷く苦しげな顔をしていた。
 セレンに悪感情を抱いている風には見えない。そもそも悪感情を抱いていたら自ら話に出す事も、会話に乗ってくれる事もなかったはずだ。

 セレン本人は怪我も病気もなく天真爛漫に、元気に過ごしている。ネグラに向かえばいつでも会える。
 なのに辛そうな顔をする理由がわからず、モーズは戸惑ってしまう。

「君は、君達は一体……」
「…………。喋り、すぎたな……。……もう、眠れ。人の子は、脆い……」

 テルルが話してくれたのはそこまでで、以降はモーズが何度声をかけても寡黙を突き通すようになってしまった。
 わからない事が増えはしたものの、少しは歩み寄れたはず。今夜はそれに満足するとして、睡眠を促されたのもありモーズは自室へと戻っていったのだった。



※補足。向日葵の種にはセレンが含まれています

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