毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第232話 軍医志願

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 ◆

 孤児院の共同部屋に置かれた共同パソコンの前で、14歳となったモーズは、カタカタとキーボードを叩いて一人情報を検索していた。

(頑張ったお陰で、何とかフランチェスコと一緒に飛び級ができそうだ。孤児院は成人する年である18歳までしか居られないのだし、なるべく学生の期間は減らしたい。でも学費は国の援助で無料にできるけれど、生活費の工面が……)

 大学生活を送るのにどうしても避けられない問題、生活費。
 学費は無料にできるが、こればかりは誰も用意してくれない。なので孤児院を出た後、医大を卒業するまでに必要な生活費を計算して、その工面を今からしようと計画を立てていた。

『働きながらの勉学、は……。私の頭じゃ、厳しそうだな。しかもこの金額の用意なんて……』

 アルバイトが可能となる年齢は16歳から。飛び級を駆使し、医大に入学できる年齢と重なる。
 勉強に追い付くだけで必死なモーズにとって、また並行作業マルチタスクが苦手な不器用なモーズにとって、アルバイトをこなしながらの通学は現実的ではなかった。

『……。災害孤児の援助は、充実しているなぁ……』

 何か国や州が行っている支援はないかと検索を進めてみると、家や家族を失った災害孤児を対象とした援助が多く出てきた。
 しかしモーズは災害孤児ではない。この制度は使えない。

『軍医……』

 ただそんなモーズでも一つ、援助を受けられる道が存在した。
 それは軍医に志願する事だ。

(働かずとも手当が貰える。条件は医大卒業後、医師免許取得からの8年の軍属……。珊瑚症の研究は遅れてしまうかもしれないけど、現実的に考えるとこれが最も勉強に集中できる、かな?)

 戦争や紛争に駆り出されたり、感染の危険のある菌床の処分を任されたりと、非常に危険が伴うが、モーズが調べられた中ではこれしか手段がない。
 モーズはそこで一度パソコンをシャットダウンすると、共同部屋から廊下を出てフランチェスコの姿を探した。

(フランチェスコに訊けば違う案も出てくるかもしれない。相談してみよう)

 自分より遥かに利巧で頭も柔らかいフランチェスコならば、自分では見付けられなかった手段を探し出してくれるかもしれない。
 そんな期待を抱いて孤児院の中を歩いていると、談話室の中からシスターとフランチェスコの話す声が聞こえてきた。何やら真剣に話し込んでいる様子から、モーズは談話室には入らず廊下で2人の会話が終わるのを待つ事とした。

『どうして、ご夫妻の申し出を断ったのですか? 跡継ぎとして最適だと判断して、貴方を養子にと仰ってくださったのですよ?』

 そして扉の隙間から聞こえてきた話の内容は、フランチェスコの養子の件であった。

『災害孤児を引き取ると慈善活動に貢献したとして、国の補助を受けられる。世間体もよくなり、社会的信頼を得られ、融資が通りやすくなるメリットもある。僕自身ではなく、それが狙いでしょう? ですから断りました』
『そんなことはありませんよ。補助を得られるのは事実ですが、優秀な貴方を病棟の跡継ぎにしたいという思いは本物でしょう。そうでなければ遠くから足を運んできませんよ』

 青天の霹靂、ではない。
 とうとう来たか、という思いの方が、モーズには強かった。

 ――モーズ、いいですか? 他の子供達が戻って来るまで、廊下に出てはいけませんよ?

 新しい家族を求めて、孤児院を訪れる大人たち。
 子供達は廊下に一列に並んで、その大人に値踏みされる。気に入った子供がいれば指名をして、家族として迎え入れる。
 その列に、モーズが並ぶ事はなかった。

 ――今回のご夫妻が求めている子供は、災害孤児なのですから。

 感染爆発パンデミックがいくばか落ち着いた頃。国連は災害によって大量に増えた災害孤児を引き取った者に、補助金を与えるようになった。また災害孤児を引き取れば慈善活動に貢献したとして、功績をアピールでき融資が通りやすくなったり、社会的信頼を得られる副次的効果も発揮する。
 なので子供を引き取れるだけの経済力と生活力があると判断された大人、特に政治家や不動産屋や企業の社長といった、社会的信頼や融資を重要視する職の者は、積極的に災害孤児を引き取りにきた。

 しかしモーズは珊瑚症の感染爆発パンデミックによる生物災害バイオハザードが起きる以前に捨てられた、孤児。災害の直接的な被害者ではない。
 大人が求める都合の良い子供ではない。
 故に6歳となった年以降、モーズは一度も廊下に並ぶ事はなかった。孤児院を訪れた者の中には、純粋に子供が欲しい大人もいたかもしれないが、災害孤児を引き渡せば教会にも補助金が入る。どんな子を引き取ろうと構わない場合でも、災害孤児の選んで貰った方が双方、得だ。
 尤もモーズにとって、養子に出されるか出されないかはどうでもよかった。ただ引き取られた同じ屋根の下で生活を共にした子供と、二度と会えなくなるのが嫌だった。
 手紙一つ、シスターから厳重に禁止されていたから。

 ――モーズ、よいですか? あの子は新しい家族と共に、新しい環境で、新しい幸せを覚えていくのです。
 ――家族を失った結果として流れ着いた孤児院の記憶を、思い出させてはいけません。

 モーズが下手に接しようとすれば、トラウマを呼び起こす可能性がある。だから会うことも、喋ることも、連絡を取ることもいけない、と。
 孤児院での出来事はなるべく忘れさせてあげるべきだと。
 家族を失った悲しみを抱いた子供にとってはそれが最善で、正しい事。モーズもそれは何となくわかる。
 そんな中フランチェスコはよく廊下の待機列からこっそり抜け出し、律儀に待機命令に従い待ちぼうけを受けていたモーズの元、共同部屋へ入り込んできて、大人達の話が終わるまでお喋りをしてくれた。
 それがシスターにバレて二人で怒られる事もあったけれど、お陰でモーズは寂しい思いを紛らわす事ができた。

 待機命令に従わず廊下の列に並んだ子供もいたし、廊下に並ぶのも暇だからと孤児院の外へ勝手に抜け出す子供もいたが、そういった我慢のできない、規則に反した行いをする子供から感染または災害に巻き込まれていって、いつしか孤児院で災害孤児でない子供はモーズ一人だけとなっていたから。

(……私達も14歳になる。流石にこの年で連絡を取るなとは、シスターも言わないよね。もしフランチェスコが遠くに行ってしまっても、大丈夫。大丈夫……)

 恐らくフランチェスコを引き取りたいと名乗り出た夫妻は、自分の病院を運営したい、所謂いわゆる開業医を目指す医者だろう。補助と融資を受け取りつつ、災害孤児を引き取った功績をひけらかせば患者も呼び込める。打ってつけだ。
 しかし家族として馴染みやすい幼い孤児ではなく、成人に近いフランチェスコを指名してきたという事は、病院の跡継ぎにしたい思いも本物のはず。フランチェスコが医者になる為の支援は、惜しまずしてくれると想像できる。

(下心はどうあれ、衣食住が揃い、進学に理解のある家族を得られそうだったというのに断るとは。性格が合わなそうだったのだろうか? けどフランチェスコの優秀さはどこかからか知れ渡っているようだし、いずれ相性のいい新しい家族が彼にも……)
『モーズ、どうしたの?』

 フランチェスコについて考え事をしていたら、いつの間にかシスターとの話が終わり廊下に出ていたフランチェスコ本人に声をかけられた。

『あ、いや、何でも』

 モーズはたまたま居合わせた体を取って、本題である援助の件を相談しようとした。

『その、フランチェスコ。大学に無事に入学できたと仮定しての相談なんだけど……。ほら、18歳になれば私達はここを出て行かなくてはならないだろう?』
『うん。住む所とか考えないとね。大学に近い所を借りられたら嬉しいなぁ』
『それで、』
『それに18歳になったら、両親の遺産を受け取れる』

 その一言を聞いて、モーズの頭の中は真っ白になり、そのまま硬直してしまう。

『モーズ?』
『……あ、そう、だったね』

 フランチェスコには家族が居た。家族が残してくれた物があった。その事を完全に失念していた。
 モーズには家族も後ろ盾も遺産も何もないけれど。

(軍医に、志願しよう)

 頼るものがない以上、自力でどうにかしなくては。
 そう思って、一人で、志願を決めた。

 ◆
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