毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第264話 利用価値

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「酷い有様ネ」

 屋敷の外。中庭の池の前で、鶏血は呆れた声を発していた。
 彼の視線の先にあるのは豪邸と呼んで差し支えのない日本家屋。なのだが、屋根には大穴が空き瓦は吹き飛び、隕石でも落ちたかのような有様になっている。
 尤も実際はその逆、外側から異物が落ちてきたのではなく、内側から異物が打ち上げられたのだ。
 その打ち上げられた異物は花火となって夜空を彩ったものだから、今頃、大衆の注目は屋敷に集まり、電子端末をカメラを掲げ群がっている事だろう。
 しかも間もなくして、穴から真っ赤な菌糸が間欠泉のように吹き出し、夜空に手を伸ばし始めた。日本家屋全体も血管が張り巡ったかの如く赤く染まっていき――菌床が、生成されていく。

「予想通り、駄目になったヨ。信徒を喰らってブクブクと肥えて、醜いったらありゃしないネ」

 やれやれと肩をすくめる鶏血。
 ここまで急激に菌床が広がったとなると、両手足の指では足りない数の人間が取り込まれた事になる。つまり屋内に居た信徒達だ。
 病の苦しみからの解放、更には死すらも超越し、《不老不死》を求め信仰をしてきた敬虔なペガサス教団の信徒達。
 その末路が『珊瑚』の養分、と考えるとゾッとしない。

「《未成熟子》の扱いなんざ所詮はこの程度。幾ら貢献しようとも、何かの拍子で養分を吸い尽くされて、カラカラにされる。アタシも屋敷に残っていたらどうなっていたカ。あぁ、怖イ。怖いヨ……。……ついでにクスシの連中が巻き込まれてくれていたらいいガ、この程度で死ぬとは思えないネ。土壇場で計画を変更し行き当たりばったりで動いて、いい成果なんて出せる訳がなイ。当然の帰結ヨ」

 穴だらけ隙だらけの計画なぞ、成功する訳がない。
 緻密に着実に正確に、をモットーにする鶏血からすれば信じられないほど杜撰。しかし本来ならばクスシ殺しもウミヘビ狩りもなせず終わる所を、鶏血の計らいでモーズを《覗き穴》に導く事はできたのだ。伝道師としての役割は最低限、こなせたと考えていいだろう。
 だがそれも半端に終わる事を、鶏血は読んでいた。

(《覗き穴》……本尊に直接繋がっている菌糸ネットワーク。そこから『珊瑚サマ』が神饌しんせんを見る場合、一定の時間を必要とする。しかもあれだけ適合率の高い神饌しんせんだ、じっくり時間をかけて観察したい筈。が、直ぐに奪還されるのは火を見るよりも明らか。そして《覗き穴》にあるのは所詮、《原木端末》。『珊瑚サマ』の望む緻密な動きなんてできる筈もなく……)

 。と、菌糸を伸ばし菌床を広げ、辺り構わず取り込む。
 《覗き穴》に近ければ近いほど巻き込まれる。鶏血からすれば、神饌を捧げる役目を買って出る事は自殺行為だった。浅はかな信徒達はわかっていないようだったが。

「けど刺激する事には成功しタ。愚図なりに、よく働いてくれたヨ。……狙い通りにネ」

 仮面の下でほくそ笑む鶏血。
 鶏血が信徒達の前だろうと構わず暴言を吐き続け、横暴に振る舞っていたのはわざとだ。扱い辛く性格の悪い人間と印象付ければ、向こうから距離を取ってくれる。反発をしてくれる。出し抜こうとしてくれる。
 それでいて有効そうな案を提示すれば、よく考えもせず実行してくれる。すると鶏血が現場からいなくなっていても、安全地帯に逃げても、計画の危険性さえ気付かず勝手に奮闘してくれる。
 後は失敗すれば信徒に責任を押し付け、成功すれば横から掠め取り、自分の成果だと上に報告すればいい。
 何とも楽な作業だ。

「ウミヘビを攫ってきた時は流石に焦ったが、概ね成功ネ。安心しておくれ、お前達の犠牲は無駄にしないヨ。無様に命を散らした事は、アタシがちゃあんと伝えてやろウ。どうせ他に報告できる信徒なんざ残っちゃいなイ。これでまた一つ、アタシの価値が……」

 その時ふと、鶏血の身体に影がかかる。
 今晩は雲一つない晴天。月明かりを遮るものはないはずと鶏血が顔をあげれば、いつの間にか夜空に手を伸ばしていた菌糸が地面に向かってきていて、無差別に無秩序に、手当たり次第取り込まんと襲いかかってきた――!

「ひょおおおおおっ!?」

 鶏血は頓狂な悲鳴をあげながら走り出す。
 しかし急激に増殖し、伸びてくる無数の“手”から逃げ切る事は難しく、黒服の裾を掴まれてしまった。

「ユワ~っ! ユワ~っ! どこいるネ! 助けるヨ!!」
「鶏血さま!」

 ドゴッ!
 鶏血の悲鳴を聞き付け、ユワが屋敷の壁を蹴破って現れる。
 その瞬間、鶏血を取り込もうとしてきた“手”が、時が止まったかのように静止した。すかさずユワは鶏血の元に駆け寄り、彼を抱き上げ“手”から距離を取る。ビリリと黒服の裾が千切れる音が響いた。

「遅イ! 遅いよユワッ! アタシに何かあったらどう責任取るつもりだったヨ!」
「申し訳ありません。ワタシはどうも菌糸の扱いが不得意なもので、なかなか見付け出せず……っ」
「言い訳なんて聞きたくないヨ!」

 閉じた扇子でべしべしと面頬を叩く鶏血を懸命に宥めるユワ。
 そのまま外へずらかろうとした時、ユワが空けた壁の穴から脱出してきた一人の信徒が叫んだ。

「ユワお前、《御使い》だったのか……!?」

 確かに今、ユワは菌糸の動きを静止させた。人間の姿を保ちながら菌糸のコントロールができる者は、ステージ6……つまり《御使い》である事の証左。
 しかしユワは今まで一度も《御使い》と告げる事なく、あくまで鶏血の側使いとして振る舞っていた。

「あぁ、あぁ、お恥ずかしい。今見た事は忘れてください。こんな出来損ないのワタシは《御使い》など名乗れません。決して、口外しないで頂きたく」
「《御使い》ならば! なぜ鶏血に、《未成熟子》に媚び諂う!? 貴方からすれば鶏血こそ傅けるべき下等生物では……っ!」

 ひゅっ
 風を切る音が響く。信徒の右頬に一本の赤い線が走り、そこから血が滴り落ちる。
 一瞬の間に目の前に移動したユワの高く上げた蹴りが、信徒の真横をかすったのだ。

「鶏血さまは【誕生日】を迎えずして洗礼を受けられた伝道師です。惰性で《御使い》になったワタシとは異なる、代わりの利かないお方。幾ら朽ちない強い身体を得られようとも、永遠を手にしようとも、頭脳だけは、再現できないのですから」

 ゆっくりと足を下ろしながら、冷たい声音で語るユワ。

「その汚い口でこの方を愚弄するおつもりならば、貴方も供物にしてあげましょう」
「ひ、ひっ、ひぃいいいいっ!」

 最後に軽く脅せば、命の危機を感じ取った信徒はほうほうの体で逃げていった。

「あぁ、あぁ。鶏血さま。おぞましい所をお見せしてしまい申し訳ありません。しかし貴方の障害はワタシが全て取り除きますから、どうかこれからも、ワタシの頭脳でいてください」

 汚物がいなくなった所でユワは抱えている鶏血を更に抱き寄せ、先程とは打って変わって恍惚した様子で語りかける。

(利用価値がなければ養分か苗床に。利用価値があれば取り入る。幾ら人真似しようとも所詮は寄生菌。思考回路は単純で、わかりやすいな)

 その甘い声を冷静に聞き流しつつ、鶏血は赤い扇子を開くと仮面で覆われた顔を仰いだ。

「マ。アタシは永遠の命さえ手にできれば、馬鹿になっても構わないのだけどネ」
「鶏血さま、そう仰らずに」
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