毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第263話 焼身

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 ◇

 手の平に似た突起を先端に付けた菌糸は、獲物を狙う蛇と似た動きをしていた。
 大口を開けて、今にも噛み付こうとしてきている蛇。
 しかしそんな意欲的な菌糸が、いい養分だろうモーズを前にしても遠巻きで様子を伺うに留まっているのは、『珊瑚』の天敵であるアセトアルデヒドがいるからだろう。下手に襲えば彼の毒素を受け、死滅してしまう。菌糸はそれをわかっているようだった。
 しかし地上へ繋がる階段が瓦礫で塞がっている今、アセトアルデヒドはこれ以上、動けない。抱えているモーズを下ろし、地道に瓦礫を退かせば逃げられるとは思うが、そんな悠長な事をしていればモーズが菌糸に飲み込まれてしまう。

「ニコの抽射器があれば道を作れたんだけどねぇ。ごめんねぇ、モーズ先生ぇ」
「謝る事ではない。こちらとしては現状維持を保ってくれているだけでも、非常に助かる。青洲さん達が来るのを待てるのだから」
「でもぉ、自滅覚悟で襲われたら僕にはどうしようもないしぃ、向こうが痺れを切らしたら危ないよぉ?」

 菌糸がいつまでも待ってくれているとは限らない。〈根〉には影響しないと割り切って攻撃を仕掛けてこられたら、逃げ場のないここではなす術なく殺されてしまう。
 その前に手を考えなければと、モーズは思考を巡らせる。
 以前、学会で《植物型》の中に取り込まれた時は、アイギスを介して〈根〉に危険性の高いイメージを伝え、菌糸の壁に穴を空けさせた事がある。それを応用すれば、毒素を使わなくても退けられるかもしれない。

(だが銃弾のイメージでは穴を空ける事はできても、通路を覆い尽くす菌糸を退けるのは……。ニコチンの使っていた毒霧はどうだ? しかし見たのは一度だけ。それも人体の形を取っていない対象への効果をイメージするのは難しいな。他に毒霧のように広範囲へ効果が渡る物と言えば……)

 そこでモーズは、自分を抱えるアセトアルデヒドへ視線を向けた。

「モーズ先生ぇ、どうしたのぉ?」
「アセトアルデヒド、私に火を付けてくれないか?」
「……。え、えぇええ?」

 突然の要望。それも焼身を求めてきた事に、当たり前だがアセトアルデヒドは大層困惑する。

「あぁ、すまない。説明不足だったな。アイギスの電気信号を用い着火のイメージを菌糸で伝え、退けようと考えたんだ。しかし私には想像力が足りていない。炎に包まれる熱さも痛みもわからない。幸運にも私は今まで、火災に見舞われた事がなかったからな。だから手の平にでも火をつけて貰おうかと……。丁度、衣服が濡れているから延焼の心配も薄い」
「それで自分を焼くって発想になるかなぁ?」
「君が嫌と言うのならば強制はしない。その時は、そうだな。瓦礫に私の血を付着させ遠方に投げ、少しでも気を逸らすとか……」
「どっちにしろ、モーズ先生ぇが怪我するじゃない。ここは普通、僕に特攻させるとかさぁ」
「特攻? 何故? そんな事をさせても君が傷付くだけだろう?」

 当たり前に心配してくるモーズに、アセトアルデヒドは言葉を詰まらせた。

「心配せずとも私はアイギスの再生力で治癒が……あっ、叩かないでくれアイギスっ」

 ぺしぺしと、モーズの首筋から生えたアイギスの触手が彼の頬を気持ち強めに叩いている。再生力を理由に自分を鑑みない事に怒っているのだ。
 覚悟が違う。心の強さが違う。モーズはウミヘビよりも遥かに脆く弱い人間だと言うのに。
 それを目の当たりにして、唇を噛み締めるアセトアルデヒド。出血しそうなほど、強く。

「……わかったぁ」
「っ! アセトアルデヒド、感謝する! アイギス、その間は暫く分離を……、うおっ!?」

 アセトアルデヒドはモーズを片手で抱えられるよう、右肩の上に座らせる。
 ぐんと視線が高くなり、モーズは戸惑った。

「アイギスって、電気を放てるんだったよねぇ?」
「正確には電気信号だが、他者とコミュニケーションを取る関係で電気を放てる。と言えるな。それでアセトアルデヒド、この体勢は一体……」
「そっかぁ。じゃあちょっと、手伝ってぇ」

 壁に歩み寄り、そこに侵蝕する真っ赤な菌糸へ手の平を付けるアセトアルデヒド。そのままの姿勢を数秒維持した後、彼は手の平を壁から離した。

「ねぇ、アイギス。ここぉ、燃やせるぅ?」

 アセトアルデヒドに請われたアイギスは、モーズの手の甲からするりと姿を現すと、その身を壁へ近づけた。
 直後、パチリと甲高い音が鳴ったかと思えば、壁に火が付く。風が吹けば消えそうな大きさの火だ。しかしそれは瞬きの間に大きくなり、侵蝕する菌糸を上から包み込むように燃え広がっていく。
 真っ赤な菌糸を焼く真っ赤な炎。その脅威から逃れようと、菌糸は水槽のある白い部屋まで一気に後退していった。

「これで時間稼ぎ、できたかなぁ?」
「す、凄いな。ありがとうアセトアルデヒド、これで瓦礫をどかす作業に集中できる……!」
「2人共、下がれ」

 その時、淡々とした声が瓦礫の奥から聞こえた。それと同時に階段を覆い隠していた瓦礫がひとりでに(実際には透明化されたアイギスが行なっているのだろうが)浮き上がり、壁際に投げ捨てられ、真ん中に道を作る。
 そうして作られた人一人分の通り道を下ってきたのは、声の主である青州であった。

「青洲さん!」
「モーズも、来ていたとはな……。理由は、後で訊こう。今は脱出を、急ぐ……」
「はい」
「うん」

 「ところでそろそろ降ろしてくれないだろうか?」「モーズ先生ぇ降ろしたら無茶しそうだから、だぁめ」なんて会話を交わしながら、アセトアルデヒドと彼に抱えられたモーズは階段を登り始める。

「そうだ、青州さん。実はこの奥に《原木》がありまして」
「それは、聞き及んだ……」
「その《原木》は菌糸を伸ばし信徒を取り込み〈根〉とし、菌床を生成したようです」
「何……?」

 《原木》が菌床を作ったという報告は今まで一度も聞いた事がない。
 青州はてっきり、信徒の内の誰かがステージ5となり菌床を作り、地震を引き起こしたと考えていた。
 しかしステージ6が観測されて以降、イレギュラーな事ばかりが起こっているのだ、《原木》に今までにない変化が起きても何ら不思議ではない。
 特にモーズは〈根〉の声が聞こえる、と言う報告を受けている。嘘偽りではないだろう。

「モーズ……。今の〈根〉の様子は、わかるか……?」
「ええと、そうですね」

 階段を上る足音と混ざらないよう意識しつつ、モーズは目を瞑って集中し始める。

【ア、ア、ア……。熱イ、熱イィイイイ……】

 頭の中に直接響くように聞こえる〈根〉は。アセトアルデヒドの放った火を受けて痛みに悶えているようだった。神経が繋がっている。菌糸との繋がりの強い《植物型》の特徴だ。
 見た目こそ特異だが、本質はさほど変わらないのかもしれない。

【ナァンデ熱インダ、『』ト苦痛ナンテ……。ヤハリ足リナイノカ……? アレキサンドライト、アレキサンドライト、アレキサンドライト……。ドコダ、ドコニ……】
「〈根〉は何やら、宝石の名前を冠する物を探して……」
【ドコダァッッ!】

 頭が割れるのではと思う程の叫喚。モーズは反射的に耳を塞いだ。
 ビキビキビキッ!
 すると叫び声に呼応するかのように、通路に走っていた亀裂が大きくなりそこから再び菌糸が伸びてくる。うねうねとイソギンチャクの触手のように不規則に動かし、人間の手の平に似た先端をしきりに閉じたり開いたりと、何かを掴もうとする動作を繰り返している。
 それは絡み合い重なり合い、階段の出口に赤い壁を形成し行く手を阻むだけでく、左右にどかした瓦礫の隙間からも生えてきて、モーズ達を取り囲む。

「うわぁ。どうしよう、もう一回燃やすぅ?」
「小生が、対応する。2人は……いや、しゃがんだ方が、よさそうだ」

 ドンッ!
 直後。菌糸の壁が、銃声と共に吹き飛んだ。

「アセト!」

 その穴を空けた人物、ニコチンは声を荒げながら続々と菌糸を撃ち落とし、強引に道を切り開いてゆく。
 そして人が通れる程に菌糸を片した後、アセトアルデヒドの元まで駆け降りてきた。

「アセト、アセト! 怪我してねぇか! 怖い思いしてねぇか!?」
「あぁ、うん。僕は大丈夫だよぉ?」
「嘘つくな、顔色悪ぃぞ! 何かあっただろ! あと何でモーズ抱えてんだ、歩きにくいだろ」
「その、降ろしてくれなくてな……」
「あ゙ぁ゙? お前ぇにゃ訊いてねぇ」
「ええっとぉ、色々あってねぇ」

 ニコチンに引き続き、アトロピンも階段を降り青州の前へと歩み寄る。

「青洲先生、モーズ殿。ご無事でよかった」
「アトロピン……。モーズと共に待機を、命じていた筈だが……」
「お説教は後ほど受けますので。さぁ、お手をお取りください。ここが崩壊する前に、脱出致します」
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